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「妹が部屋で暴れてンッスよ!」(三十と一夜の短篇第35回)

作者: 錫 蒔隆

ショウからその電話が来たのは、夜中の三時。定まらない思考に叩きこまれる、異次元からのワイルドピッチ。「はあ?」と返す。誰だってそうなる。妹が夜中の三時に部屋で暴れているから、なんだというのか。おまえのその怒りを熟睡していたおれにぶつけることに、なんの意味があるのか。だんだんと眠気が死んでゆくのを感じている。いつもそうだ。

ショウは職場の後輩で、おれより八歳下。やつが十八のときに知りあって、かれこれ十年のつきあいになる。顔だちこそは整っている二枚目だが、その中身はドポンコツ。なにせ十八のころは、アナログの時計が読めないほどであった。この十年でましになってはいるが、その本質は変わっていない。もうすぐ三十になろうという男が夜中の三時、職場の先輩にプライベートをぶちこんでくる。いつも、想定の斜め上を行く。

「なんだ、行けばいいんか? じゃあ行ってやっから、ちょっと待ってろ」

通話を切ると、おれは部屋着のまま家を出て車に乗った。三十六歳独身、彼女なしの実家暮らし。身軽さだけは自信がある。きょうは土曜で仕事は休み。昼すぎに起きられて飯食ったら、スロット行くかな......計画的とはほどとおく、漫然とそう考えていた。どうせ暇だし。翌週からの話のネタに、やつの妹を拝みに行くか。後輩の妹に下心をいだくほど、落ちぶれちゃいない。やつを「義兄さん」と呼ぶ未来など、ぞっとしない。純粋な好奇心のみで、おれは夜闇にアクセルを踏む。


やつの家までのおよそ二十分、やつとの十年における特異なエピソードの数々を振りかえって独笑する。


ショウは、会話のキャッチボールができない。要点をまとめられない。質問のこたえが返ってこない。「風が吹けば桶屋が儲かる」的な脈絡を、なんの脈絡もなくぶちこんでくる。会話の途中で相手を異次元に放りこみ、質問のこたえを異次元から引っぱりだす。そういった種の体験は多くあるが、それら異次元のひとつひとつをおぼえていない。狐につままれたような気分だ。

ショウにリーチ式フォークリフトの操作を教えたのは、おれだった。いつのころからか手足のようにあつかえるようになって、いまでは調子に乗っている。ペダルを右足で踏んで右手にハンドルを握って、まうしろを向いてバック走行する。右腕で走行レバーをバックに入れつつ、両手の人差指を立ててコンソール部分をドラミングする。本人はかっこいいと思ってやっているのだろうが、危険な上に無駄な動きである。班長に何度も注意されているが、あらためようとしない。

おれよりも年上の後輩などは当初、やつのことを「ジャックナイフ」だと思っていた。近づいたらヤバいやつだ、と。なにせ、顔がいい。しかし蓋を開けてみれば、なんのことはない。手品なんかでつかう、刃の引っこむ「おもちゃのナイフ」だった。いまの彼はおれ以上に、ショウをイジリたおす。「異次元」やら「ワームホール」やらの表現は、彼からの受け売りである。彼にこの「妹が部屋で暴れている」ネタを提供したら、おもしろおかしく粉飾してくれるだろう。長い拘束時間の劣悪な労働環境を乗りきるためには、笑いが不可欠である。

そういえば、あんなこともあったっけ。班長を交えての宴席で、「ユウくんはおれの側に置いて成長させたかったんだよ」と班長に肩を叩かれた。おれと班長の間にいたショウがしたり顔で、「そうですねえ、伸びますねえ」と抜かしやがった。おれはすかさず、「おまえより八年先輩だよ?」とツッコミを入れた。その()が絶妙だったらしく、場は大いに盛りあがった。

やつは天然、口の利きかたを知らないところがある。おれの件もそう。班長が「あしたデバンやんねえとかあ」と言えば、「デバンニング経験あるんですか?」と言ってみたり。誰もそれで、いちいち腹を立てたりしない。威嚇してくる犬に「犬畜生が生意気に!」と憤るようなもので、噴飯するだけばからしい。笑いのネタにしてしまうのが正解だ。

仕事はできるように見えて、できていない。できるように見えるのは、体力だけはあるからだ。体力バカ。ピッキング作業で、いちおうの数はこなせる。けれど、倉庫業の基本である「先入れ先出し」をまるで理解していない。入庫をどこにしまうかといった頭脳労働は、さっぱりである。

できないのだが、できると思っているふしがある。天狗になっている。そのためかミスをしたとき、言い訳から始まる。出荷数量をまちがえたときは「十二個積んでえ、七個積んでえ......」と、なかなかまちがいを認めようとしない。出荷する商品を取りちがえたときも「一段め一段め二段めって来たからあ」と、ロケーションを決めた人間がわるいと言わんばかり。出荷ラベルに書いたコードの数字が汚く、「2」か「3」かわからなかったときも......「ドライバーにペン貸したら、ペン先潰されンスよ!」と、言い訳として成立しない言い訳をドヤ顔で宣っていた。そのときばかりはさすがに、「ジャポニカ学習帳買ってきて、数字書く練習しろ!」と言ってやった。


なんやかんやで十年、異次元的にズレているやつとやってきた。そしてきょうは、妹が部屋で暴れているらしい。たしか妹はふたりいるはずだが、暴れているのはどっちのほうなのか。両方なのか。あいつの妹だからあいつ同様、異次元的にズレているのか。だから夜中の三時、部屋で暴れているにちがいない。

テレビで最近、あいつと同種のタレントを見る。そう、滝沢カレンだ。滝沢カレンを男にしたのが、あいつだ。あいつを女にしたのが、滝沢カレンだ。無駄に顔はいいからな。ということは、やつの妹が滝沢カレンなのか。滝沢カレンが部屋で暴れているのか。ちょっと想像がつかない。

そもそも、あいつはなんなんだ? 「おまえ、顔はいいのに頭がな......」と、あいつに言ったことがある。

「そういうシタの星に生まれたンですよ」

あれは「星の(もと)」をそうおぼえてしまって出したものと思いこんで、さんざんイジリたおしてやった。だが、そうではなかったのかもしれない。あいつは遠いシタ星から飛来した、異星人にちがいない。そう考えれば、あいつのズレにすべて説明がつく。得心がゆく。十年まえからいるということは、だいぶ地球に浸透しているはずだ。危険だ。脂汗か冷や汗かわからない湿り。おれは車を停め、スマホを手に取った。JAXAの番号を調べてコールする。NASAじゃ日本語はつうじないと思ったから。夜中の三時半。

「シタ星人の滝沢カレンが、部屋で暴れてンスよ!」


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― 新着の感想 ―
[一言]  倉庫業あるあるな恐るべき人材のお話から、そう行くのかという面白いコメディでした。  妹が暴れている現場も気になりますが、電話をうけとってしまった宇宙局の人のその後が気になりますね。  右手…
[良い点] 最初は理知的だったはずの語り役がいつの間にかシタ星人のことをJAXAにお電話。 この文章のなかに正常と狂気の境界線があるようでした。
[良い点] 出だしから楽しかったです。 [一言] こんなひと、いるいる、と思いながら読むうちに、自分もいつのまにかシタ星人に絡めとられていくようでした。 夜中の三時におとなしく呼び出されている先輩は…
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