芽生え
初めまして、ゆるりと申します。
お手に取っていただき、ありがとうございます。
「ゆみものがたり」は、美嶋 由実と渡利 心夢という、2人の少年少女の物語です。由実と心夢の今後を、暖かく見守っていただけるとありがたいです。こんな人生を歩みたいという、私の理想の人生像を、この物語に載せて、皆様にお届けできれば嬉しいです。
それでは、お楽しみください。
淡い桃色の花びらが散っていたあの日、俺は、彼女と出会った。見ず知らずの少女なのに、俺はいつの間にか、彼女の事を目で追っていた。何事にも興味関心がない。彼女の目が、そう言っているような、悲しい目をしていたから……。俺はこの女に、「つまらない」という感情を忘れさせてやりたい。そう思った。これは、美嶋 由実という1人の少女と俺、渡利 心夢の物語――――。
私は、何に対しても誰に対しても興味関心がない、つまらない女。「面白い」だとか、「楽しい」だとかいう感情はいつの間にか、どこかに置き去りにしてしまったらしい。何をしていても「つまらない」し、「つまらない」と思っている自分自身も、とても「つまらない」。何もかも「つまらない」、この世の全てが「つまらない」。
この世の全てがつまらないという事は、これから週5で3年間も行く事になる高校という場所も、心底つまらないのだろう。1年E組の面白さの欠片も感じられない教室で、窓側2列目の1番後ろの席に腰掛ける。周りの人達は皆、高校という新しい世界に胸を踊らせている。私には何がそんなに楽しみなのかが全く理解出来なかった。
「なぁ、アンタが俺の隣か?」
左隣の席に腰掛けながら声を掛けてきたのは、高身長で細身の男子だ。180cmくらいはあるだろうか。
「さぁ、そうなんじゃない?」
「そうか、俺ぁ渡利 心夢。今日からよろしくな」
渡利と名乗った男子は、ネクタイをゆるく締めたいかにも「チャラ男」というような、茶髪系の男子だ。
「美嶋 由実、こちらこそよろしく」
つまらない何気ない挨拶をしたこの時、私は予測出来ていなかった。何事にも「つまらない」と思っていた私が、この男と出会った事によって、変わっていく事を――――。
翌日のLHR。クラス委員を決めると、担任が話し始めた。男子の中から1人、女子の中から1人を選ぶらしい。
「やってくれるやつはいないか?」
担任の声も虚しく、どちらも率先して挙手をする者はいなかった。室内には、他人に押し付け合う声がひっきりなしに飛び交っている。非常に醜い光景だ。「面倒くさい」事をしたくないが為に、他人にその「面倒くさい」事を押し付け、自分は「楽」をする。そんな自己中心的な連中ばかりだ。私は、その場で静かに手を挙げた。
「私やります」
こんな醜い光景をいつまでも見ているのは御免だと思った。早くこの空間から逃げ出したい。そんな自己中心的な想いからの行動だ。そんな自己中心的な考え方でしか行動出来ない自分自身に、また腹が立った。
「はい」
左隣から聞こえた。見ると、渡利がだるそうに手を挙げていた。
「面倒臭ぇし、俺やってやるよ」
意外だった。このクラスにいる男子の中で1番やらなそうだと思っていたからだ。座り方も物凄くだらけていて、全くそんな印象は見受けられない。渡利はなぜ、クラス委員になろうと思ったのだろうか。その理由は、私には分かるはずもなかった。他に挙手をする者はおらず、1年E組のクラス委員は、私と渡利の2人になった。私達の進行で、クラスの各委員会が決められていった。
帰りのSHRが終わり、帰り支度をしていた。
「美嶋、ちょっと手伝え」
渡利が私に声を掛けながら、1枚の紙をピラピラしている。委員会担当表だ。決まった委員会担当者名を記載するのだ。
「それぐらい1人でやりなさいよ」
「悪ぃ、俺ぁ字が汚ぇんだ」
「じゃあ私がやっておくから、渡利くんは帰りなさい」
そう言って担当表に伸ばした私の手を、渡利はひょいと交わした。
「バカか?お前。それじゃあ、クラス委員が2人いる意味がねぇだろ。俺が読み上げるから、お前が書け。そしたら共同作業になるだろ」
確かにそうだと思い、素直に渡利の言う事を聞き、私達は作業を始めた。
「なぁ、1つ聞いていいか?」
作業をしながら、渡利がぽつりと話し始めた。
「何?」
「お前さぁ、何でクラス委員やろうと思ったの?女子ん中で1番美嶋がやらなそうだと思ってたわ、俺」
「つまらない時間を早く終わらせたかっただけ。自分でやるかやらないかは正直どうでもいい」
「ふ〜ん」
渡利は、納得したように唸った。
「ふ〜んって、渡利くんこそ何でよ。渡利くんも1番やりたがらなそうって思ってたのに」
「俺は…」
渡利は、1つ間を置いて私を見据え、続けた。
「お前が面白い奴だと思ったからだ」
「は?」
「お前ってなんか、何に対しても興味ねぇってオーラが身体中からガンガン出てんのに、何故かクラス委員に立候補するし。そ んなオーラ全開のお前とやるクラス委員ってどんなもんなんだろうなって、ちょっとワクワクした」
驚いた。つまらないと思っていた自分自身の事を、「面白い奴」だと言う人は、初めてだったから。渡利に面白い奴だと言われて、「嬉しい」と久しぶりに感じた。そして、私の事を「面白い」と言った渡利に、少しだけ私の思考が傾いた。
俺は、美嶋はつまらない奴ではないと思った。本人は自分自身に全く期待していないようだが、美嶋は俺が今まで会ってきたどの女とも違うし、そんな美嶋にとてつもない興味を持った。大抵は、クラス委員をやるなんて言う奴は「目立ちたい」という思いからだろう。だが、美嶋は「つまらないからやる」と言った。そんな面白い事をする奴なんて早々いない。常に仏頂面で、他人なんか眼中になかったり、この委員会担当表のように、1人でなんでもやろうとしてしまうような奴だ。そんな女は一体、どんな時に笑うのだろう。どんな顔をして笑うのだろうと好奇心が湧いた。だから俺は、クラス委員をやりながら、美嶋をとことん観察しようと思った。美嶋は、整った顔立ちだが、仏頂面が原因であまりそれが際立っていない。だからこそ、美嶋 由実という女を俺の手で笑顔にしてやりたくなった。高校生活の最初をこの女に使っても、罰は当たらないだろう。
「ゆみものがたり」の第1章を読んでくださり、ありがとうございます。「つまらない」という感情しか抱けない由実と、そんな由実の事を「面白い」と感じている心夢。そんな2人をどのようにしていこうか、今から続きを書く事がとても楽しみです。みなさんも、2人のこれからを、暖かく見守っていただけると嬉しいです。
ゆるり