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腐り姫と不死の王  作者: コードアリス
第二話: 不死の王
6/33

シーン1

「……もう逃げないから、縄をといてほしい」

「い~や、ダメじゃ。――もうワシはだまされんぞ」

 死霊の森を抜けるまで、幾度となく繰り返されてきた鳴海とアリアの問答。


「……おしっこがしたい」

 雪化粧された稜線から()が昇るさなか、

「うむ、遠慮なく馬上からするがよい。……ついでにおぬしのナニを覗いてやるのじゃ」

「うぅ……」

 墨染めのローブをまとい、両手をしばられた鳴海は、異形の馬に揺らされ半べそをかく。


 そんな彼の姿に、


「それにもっと喜ばぬか。こんな美人なお姉さんの胸にはさまれ、おぬしは悠々と旅をしておるのじゃからな?」

 と、アリアは陽気にうそぶき、

「……貧乳のくせに」

 ぼそりと聞こえてきた言に、思わず口元をひくつかせていたが……。


「な、なかなかに口が達者じゃのぅ。……ちなみにワシはまだ成長期じゃ。無論、胸も大きくなるし――」

「……あんなでっかい鳥、僕の世界では飛んでいなかったよ」

 呆れ顔となった鳴海は、虚空を旋回する孤影へと視線を転じ、

「鳥というか、あれは野生の飛竜(ワイバーン)なのじゃが。捕まったら巣に運ばれ(つつ)かれるぞ?」

 そんな物騒な怪物がうろつく世界で、のんきに旅をしている自分たちに嘆息する。


 そう、彼が死ぬための旅を……。


「……腹がすいてはおらぬのか?」

 まぶたを伏せたアリアは、静かに問い、

「あんなの、絶対に食べるもんか」

 ふて顔となった鳴海は、かたくなに本来の食事(、、、、、)を摂ることを拒む。


「……僕は、人間なのだから」

「違う。おぬしはもうヒトではない」

 されど、背後から聞こえてきた否定の声に思わず身をかたくし、

「もはやヒトの血肉以外、おぬしの体は受け付けぬ。無論、おぬしが餓死することはないが、その苦しみは想像を絶するであろう。……それが不死となった者の宿業(さだめ)なのじゃ」

 まるで救いを見い出せぬ言葉に、声を震わせ反駁する。


「……アリアは僕を殺しにきたんだろ?」

「否。おぬしが成仏する方法、あるいは生きるための希望を見つけることがワシの望み。――それが四百年前に、おぬしと交わした約束なのじゃ」

「不死の王と呼ばれていた、僕との?」

「そう。友であり、世界を滅ぼしかけた……おぬしの切なる願いなのじゃよ」

「……」

「おぬしが埋葬した腕は、貴族たちに焼き払われた村から調達したもの。ヒトを殺めることには抵抗があるのじゃろうが……やはり死肉でも食うてはくれぬのか?」

「……いや、そういう問題じゃないでしょ」

 ふたたび嘆息した鳴海は、かすかに見えはじめた町へと視線を向ける。


 不死の王?

 人肉以外は、受け付けない?


「……馬鹿げている」

 そう。なにもかもすべて彼女の妄言に過ぎない。


「そんなウソ、僕は絶対に信じないから」

 されど鳴海の体は、すでに変調をきたしていた。


「……」

 数時間前から視界がかすみ、頭痛がおさまらない。

 喉をうるおそうとした水など、腐った魚のような臭いがした。

 木の実をかじっても肉体が受けつけぬことは……もはや学習済み。


「やはりつらそうじゃな」

 そんな彼の苦しみに馬を停止させたアリアは、左手の人差し指の腹を噛み切り、

「あ……」

 雪肌を流れる赤いしずくに、鳴海の喉は大きく動く。


「ワシにはヒトの血が半分ほど混ざっておる。おぬしの口にはあわぬやもしれぬが、これで喉をうるおすがよい」

「アリアは僕に……人肉をたべさせたいから、こんな真似をするんだろ?」

 疑心暗鬼となった鳴海は視線を逸らし、

「おぬしが苦しむ姿を……みたくないだけじゃよ」

 悲しげに聴こえてきたアリアの声に、ローブの端を強く握り締める。


「町についたら、僕にも食べられるものがきっとある。……だから、いまは我慢をする」

 そして唇をかみしめた鳴海は沈黙し、

「そうか……。では今しばらくの間、辛抱しておくれ」

 そっとつぶやいたアリアは、城壁に囲まれた町に向けて馬を進めた。


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