シーン3
どれほどの間、深い霧の中をさまよっていたであろうか。
「だめだ、もう一歩も歩くことができない……」
歩きつかれた鳴海は、祭壇から数キロ離れた樹木の陰にへたり込む。
「どこに向かえばいいのかも……わからない」
心臓は止まっているというのに、疲労は蓄積され、痛覚はそのまま残っている。
パーカーの袖を引き破った鳴海は、血がにじんだ足裏へと巻きつけ、このような状況下でも腹の虫が鳴いた己に赤面し、
「そういえば……水と食料が入っているといっていたな」
空腹感を覚えた彼は、もぞもぞと袋の口を開く。
「中身は……」
黒地に黄金色の刺繍がほどこされたローブ、水筒と木の実、白い布に包まれた物体と、
「拳銃――」
フラッシュバックする、悪夢の記憶。
「でもこの銃って……」
おそるおそる銃杷を握った途端、異形の銃は緑色に発光をはじめ……。
まるで生命力が吸い取られていくような感覚に、思わず鳴海は手を離してしまう。
「赤い、弾丸?」
落下の衝撃で横へとスライドした回転式弾倉にみえた弾の数は、五発。
しばし鳴海は、異質な銃を眺めていたが……。
「……モデルガンか何かに決まっている」
思考を遮断するかのように袋へと戻し、空腹を満たすために木の実をかじる。
「ぅ……」
が、あまりにも不味かったため、すぐさま吐き出し、
「……食べ物だと思ったのに」
がっくりと両手両ひざを地に付けた彼は、あらためて匂いの元を探る。
「美味しそうな匂いがしたのは……布に包まれているほうかな?」
いままで嗅いだことのない、それでいて、やけに食欲をそそる不思議な香り。
生ツバを呑みこんだ鳴海は、白布が巻かれた物体へと手を伸ばすが、
「……!?」
突如きこえてきた、野犬とは異なる遠吠えに総毛立つ。
「いまのって……まさか、狼の遠吠え?」
日本では絶滅したといわれる、犬神の咆哮。
さりとてその叫びには、明確な殺意と狂気がはらまれており――生命の危険を感じた鳴海は、皮袋を手に無我夢中で走り出し、
「ルロオオォ――ッ!」
彼の数百メートル後方に現れた、一頭の狼――否、幻想生物であるはずの人狼は、逃げ惑う獲物に向け猛追撃を開始した。