シーン2
時をおなじく。
鳴海たちのいる死霊の森から、南西五十キロほど進んだ高台に建つレスタニア城にて。
「……やめぃ」
楽の音が止み、妖しく揺らめいていた踊り子たちが息をのむさなか、
「そこな小娘。いま、余の顔のシワを嗤いおったな?」
怨讐をはらんだ老人のしゃがれ声が、居並ぶ臣下の心を凍りつかせていく。
「い、いいえ! けっしてそのような――」
骨皮だけとなった指を向けられた踊り子は身をふるわせ、
「そんなにもおかしかったか? 余は醜い老塊として、そちのまなこに映ったか?」
にやと笑ったレドリック王は、あご先で衛兵たちに合図を送り、
「お、お慈悲を! なにとぞお慈悲をっ!」
屈強な男たちに両腕をつかまれた娘は、涙ながらに慈悲を乞う。
「痴れ者ではあるが、よい肉付きをしておる」
が、ドレスを引き裂いた王は、豊満な胸へと五指を食い込ませ、
「ちょうどエサをやる時間だった。――この娘、生きたまま犬どもに喰わせてやれ」
恐怖に満ちた娘の顏を肴に、嗜虐の笑みへと口元を歪ませていく。
「ひ、いやあぁァ――ッ!」
それは、憎悪にもひとしき感情だった。
「これ見よがしに若い肌をみせつけおって……馬鹿が」
忍び寄る死の影。枯れ枝のように朽ちゆく己の肉体。
五十年前、“嘆きの壁”から現れた妖魔たちを退けた三英雄のひとりは、老いと死の恐怖に怯え、あまねく黄金よりも、かつての若さ、生命力を渇望していた。
そんな命の理に、王が歯噛みするさなか、
「殿下」
紺色のローブに身を包んだ白髪の男が、娘と入れ替わるかのように姿を現す。
「おお、ネビュロスよ! 待ちくたびれておったぞ!」
長身痩躯の中年男性。
陰気で血色の悪い術者の登場に、内心で毒づいていた臣下は大勢いた。
「ホホ、遅くなりまして申し訳ございません。新薬の生成に手間どりまして」
数年前に登用された、得体の知れぬ魔術師。
いかなる手段を用いたか、怪しげな術の研究まで許され、それに異を唱えた者たちは王の命令によって処刑されてしまった。
「ほ、ほほゥ……これはまた、美しき紅玉のような色合いじゃな?」
後継者争いが起こっている帝国からの干渉も絶えてひとしく、もはや狂王たちに逆らえる者など、この国には存在しない。
そんな臣下たちの心情をあざ笑うかのように、
「シオンよ、酒を」
王はネビュロスから受け取った小瓶の中身を杯へと垂らし、
「そなたの兄の命……はたして、いかなる味がするであろうな?」
「……」
顔をうつむけた少年従者の反応を愉しみながら、並々と酒を注がせ、
「ああ、美味い……まるで朽ちかけた余の肉体に、ふたたび活力がよみがえってくるようじゃ」
血色に揺らめく液体を飲み干し、満足げに舌なめずりをしていたが……。
「いまひとつ。ぜひとも殿下のお耳に入れたいことが」
ネビュロスからの耳打ちを許可した王は、
「――まことか!?」
「はい。ついに訪れたのです。
長年に渡る殿下の願いを成就させるときが」
「お、おぉ……!」
もたらされし福音に痩躯をふるわせる。
「我が財を使い潰そうと構わぬ! ネビュロスよ、必ずやその者を捕えてまいれ!」
そしてドス黒い欲望で頭蓋を満たした王の姿に、
「殿下の御心のままに」
うやうやしく一礼をしたネビュロスは、フードの奥でほくそ笑みながら大広間を後にし、
「そなたも余の糧となるまでは、しっかりと愛でてやるから、のぅ?」
「……身にあまる光栄にございます」
あらがえぬ怪物の言に、シオンは作り笑顔で応えるしかなかった。