暗殺者なんてやめよう?
暗殺者家業を続けて丁度10年、俺は気付いた。
「なんで暗殺者なんてやっているんだろう?」
昔は冒険者というものに憧れていた。自由に戦い、自由に飲み、自由に稼ぐその姿に憧れを抱いていたのだ。しかし、それも実力があって初めて得られる自由だった。
最初は冒険者をしていた。俺は特に隠れること、隠密行動というのが大得意だった。不意打ちや裏工作などが何故か得意だったのだ。小手先が器用で、割りとどんなこともこなせたのだが、冒険者を続けることは難しかった。
何故なら、冒険者に不可欠な筋力と持久力が無かったからだ。大剣やメイスを振り回す力が無ければ、長期戦も難しかった。
もちろん、昔からの夢だったから頑張って続けていたが、出来たのは下級のモンスターを倒せる程度。
自由に生きられる冒険者は中級以上のモンスターを倒せるようになってからなのだ。俺にその実力はなかった。
何時からか冒険者を諦めかけていたのだが、ある日突然、見知らぬ人から依頼を受けた。
簡単に言えば、暗殺である。自分の奥さんが友人に取られたので二人を殺してほしいというよくある痴情のもつれだ。冒険者を諦めて欠けていた俺は半ば適当に軽い気持ちでその依頼を受けた。
結果から言えば『簡単』だった。モンスターを倒すほどの筋力はいらないし、長期戦になるようなこともない。特に暗殺ならば、尚更である。手先が器用なのと、筋力を補うための知力策略を元に、バレるようなこともなかった。
依頼相手からは天性の才能だと言われた。
俺は気付いた。暗殺なら俺は食っていけるよな?なら、暗殺でもして暮らしていくか!そんな軽い気持ちで暗殺者として生きていくことを決めた。
それから暗殺家業を続けてきたが、なんということだろう、モテないのだ。暗殺というのは身バレをしてはならない。
ならば俺がどれだけ人を殺し、有名になってもモテることはないのだ。俺はそのことに10年かけて気付いた。というか教えてもらった。信頼できる仲間の言っていたことなので信じてはいる。
が、今でも嘘だと言ってほしい。俺の10年はなんのためにあったのかと何時でも悔やんでいるからだ。
俺が暗殺を続けている内に度々必要になったのでギルドというものを作った。アリバイを作るために必要だったのだが、暗殺ギルドという名目のはずが、何時からか『最強の暗殺ギルド』と言われるようになった。
最初にギルドに入ってきたシアという女の子に俺は管理を任せたのだが、シアは俺の意には反してギルドをどんどん大きくしていった。
なんでこんなに凄い子が俺のギルドに入ったんだろうと甚だ疑問を持ったものだが、シアは恩返しだといって止まない。
そんなある日俺はシアといつもの酒場で会話をしていた。
「俺ってなんで暗殺者してんの?」
「確かマスターが、暗殺してればモテると思ったと言っていましたね。」
「モテねぇ!!」
俺は目の前の机を叩いて嘆く。いてぇ、手がいてぇ。残酷な事実を前に俺は酒を煽る。
「なんでモテないんだ?」
「暗殺をしてモテると思ってたんですか?」
「え?モテないの?」
シアは俺を見て溜め息をついたあとに重々しく口を開く。
「無礼を承知で言いますが、暗殺は顔を見られないように行うので、例え暗殺者として有名になってもマスターがその暗殺者だと周りの者が気付かれなければ意味がありませんよ?」
「そういえばそうか……そういえばそうだな!!」
俺は更に酒を煽り、納得の意を示す。何故今まで気付かなかったんだろう、やはりシアは有能な仲間だ。聡明と言わざるを得ない。
「じゃあ、俺、暗殺者やめるわ。」
「はい?」
「いや、モテねえなら暗殺者をやっていく意味がないなって。」
俺の動機は大概、面白いか、儲かるか、モテるかの三つに付随する。暗殺者は儲かるが、面白くないし、モテない。今までたくさん儲けてきたお陰で金に困ることはないので、もうやっていく理由が無くなったのだ。
「マスターが止めるなら私もやめます。」
「は?なんで?シアが大きくしたギルドだぞ?俺はなんの管理もしてないし。」
目の前の表情の薄い銀髪の女の子は呆れたように溜め息を吐いて、こちらを見つめ返す。綺麗な赤い瞳には俺の酔って上気した顔が写し出されている。
「私がギルドに居る意味が無くなるからです。」
「どういう意味だよ、ギルドマスターの座なら譲ってやるぞ?どうせもう戻らないしな。」
今まで同じように譲ろうとしたがシアは一向に首をたてに振らなかった。そもそも、ギルドのメンバーでさえ俺の顔を知ってる者は少ない。シアが異常に崇拝しているマスターがいるとか言われているが、俺自身、暗殺者を続けるために顔バレはしたくなかったので最低限見せなかったのだ。
だから多少顔の知られているシアがギルドマスターの席につくことで更に大きいギルドになることだろう。
「マスターがいないところは私のいる場所じゃありません。何処かへ行くならば私も連れていってください。」
「えぇ…まあ断る理由もないから良いけどさ、ギルドはどうするんだよ?シアが大きくしたのに。」
「捨てます。もしくは部下に任せます。」
軽いな~。一応、10年続けてきたギルドなんだけどな。世界に名を轟かすほどになってきたギルドで最高峰とも言ってもいいはずだ。そのギルドのマスターとなれば、その権力は偉大なものだろう。大国の王だって敬語になるほどだ。
「放浪の旅だぞ?人助けをしていくつもりだが、ギルドマスターでいた方がずっと楽だしずっと稼げるぞ?」
「何回言わせるんですか、私はギルドに興味はありません。それにギルドを大きくしたのもマスターを喜ばせたいが為です。」
「え、初耳なんですけど?」
そうだったのか。てっきりギルドを大きくすることでモテたいと思っていたのかと。だって俺以上に顔も出していたし。なんだ俺の為って。俺の何が目的なんだ?
「俺の財産ならやらんぞ?俺の子孫のために残してるんだからな。」
「別に財産なんて要りませんよ。ただマスターの愛が欲しいのです。」
「だからお前は何時からそんなはしたない言葉を…」
シアがギルドに入ってきたのは10年前の作ってすぐの日。その時はまだ5歳の純粋な女の子だったはずなのに…度々言われる冗談も、基本無表情なシアに言われるとびっくりして仕方がないからやめてほしい。
「とりあえず、俺はもうギルドはやめるぞ。」
「はい、じゃあ部下にギルドを任せますが、いいですか?」
「おう、今までの管理も任せっきりだったからな。これに関しても全部一任するよ。」
シアは結局ついてくるという。いやまあ、頼りになるし一番信頼している仲間なので、着いてきてくれるのは心強い。
「あ、マスターって呼ぶの、やめないか?俺もギルドマスターをやめるわけだし、名前で呼んでくれ。」
「マスターじゃだめですか?」
「うんうん、普通に名前で呼んでくれ。」
ギルドマスターじゃないのにマスターなんて、呼ばれてたらなんか言わせてる感じがあって嫌だ。俺のことは名前で呼んでほしい。名前で呼ばれることなんて今まで数えるくらいしかないからな。
「では、アルガ様と呼べばよろしいですか?」
「あぁ、それでいい。」
アルガ=ファルバルが俺のフルネームだ。うんうん、やはり名前で呼ばれる方がなんかいいな。しっくりくる。いやむしろ今までマスターだったから違和感の方が大きいかもしれないな…
「そろそろ出ようか。明日から出るし、準備もある。」
俺は机の上の酒を飲み干して、立ち上がる。この酒場ともしばらくのお別れだ。支払いを済ませて酒場を出る。俺がギルドを開いたときには席が埋まることはなかったが、今では『最強の暗殺ギルド』のメンバーが入り浸ると言って有名になり席が空くことの方が少なくなった。
「じゃあ一回ギルドのみんなに伝えてきます。絶対に先に行かないでくださいね?」
「だ、大丈夫だって。待ってるから。」
何度も振り替えりながら走っていくシアを見送り、俺は宿泊している宿屋に戻る。
明日から晴れて暗殺者を卒業することになる。そうだな、巷で有名な『ハーレム』とやらを目指してみよう。女の子をたくさん侍らすことを言うらしい。貴族のものは度々複数の女性を抱え込んでいたもんだ。
「ハーレムを目指すぞ~!!」
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その日、世界中に特大なニュースが届いた。
「聞きましたか、あの『最強の暗殺ギルド』のギルドマスターとサブマスターがギルドを抜けるという話を。」
暗い部屋のなかで執事のような服をきた男が話し掛ける。
「ふむ…これはどうなるかのぅ…あのギルドのお陰で貴族などの動きが鈍くなり、存在だけで抑止力になっていたというのに…」
貴族は『最強の暗殺ギルド』を恐れて、活発な動きが出来なかったが、そのブレーキは今壊れてしまったのだ。
「アサシネイションズのギルドマスター、『見えない影』、『血塗りの暗殺鬼 』、世界で知らぬものはいない名前でしたが、それも消え去るのでしょうか。」
「ふむぅ…内部で紛争でもあったのか、それとも暗殺業を続けられなくなったのか……いづれにしても、これで抑止力は無くなったわけじゃのう。どうしたものか…」
老人は髭を触りながら悩ましげな息を吐いた。まさかその理由がモテたいからやめる、ということを知らずに。
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