7 休日
セーナは項垂れていた。
セーナはカフェで本日二度目の朝食を食べ終え、食後の紅茶を飲んでいた。
今日は休日、買い物に出掛けよう!と家を出たはいいが途中で憂鬱になりカフェに入って紅茶を注文した。朝食時だったせいで朝食もつけるだろうと話を進められ、そのまま二度目の朝食を食べる羽目になってしまった。
何をしているんだろう、ただでさえ気分が憂鬱になっていたのにさらに拍車をかけた。
今日は以前から気になっていた可愛い服屋に行くと決めていたのに。
紅茶を片手に外を眺め、ため息をつく。
セーナと同じ年頃の女の子はみんな可愛らしく着飾って街中を楽しそうに友達同士であるいは恋人同士で歩いている。
羨ましい
それが素直な感情だった。
自分とは違う、
セーナは仕事柄外で過ごすことが多く、身だしなみを整えられない時もある。
そのため気をつけていても肌は薄く日焼けし、荒れてしまうし髪はゴワゴワしている。
はぁ、何度目かのため息をつく。
通り過ぎる女性の服装を見ては、あぁあれ可愛い、あぁあんなのが着てみたいと思いを募らせていた。
カップルをみて、いつかは自分も…などと考えてみたものの身近な男性を思い浮かべると浮かぶのはバルトとウィンだけだった。
…ないわ。
仕事仲間と妹じゃあねぇとセーナは苦笑いをこぼした。
ふと、店を出ることにした。
予定変えていつもの店に行こう。
そうと決まれば早速行こう。セーナはすぐに店を出た。
店に着いた頃には既に昼前だった。
「こんにちは!」
「いらっしゃいませ~!あら!セーナちゃんじゃない!いらっしゃい!」
中から大声で出て来た店長は少し?変わってる。
とてもお洒落で気配り上手、可愛い物好きでおすすめしてくれるものはどれもセンスがいい。
お化粧の仕方も詳しいし、着こなしだって教えてくれる。
男の人だけど…。それもすごくがたいのいい。
「今日はどんなご用なの?服かしら?」
「うーん。色々かな?目的ってのはないかな。」
「あらそうなの~!ならいっぱい見ていってね!私も色々持ってくるわ~!」
そう言って奥の棚の方に向かって行った。
うん。
かなり変わってる。
正直言って最初は引いたわ。
「セーナちゃん!こんなのどうかしら?」
奥から服を抱えて店長が戻ってきた。
店長が持ってきた服が並べられるのを見て、セーナは流石、と思っていた。
セーナの好みを把握しきっている。
セーナは派手な格好を好まない。
落ち着いた色の派手過ぎない、それでいて可愛いらしい服が並べられていく。
中にはちょっと派手なものや趣向の違うものも混ぜられている。
並べ終わるが早いか店長はセーナを鏡の前に連れていき、服をあてはじめた。
店長は凄いと思う。
ちょっと派手かななんて思っていてもあてて見ると悪くないかもって思えたりして。
でも売り込みは強引じゃなくてちゃんと私のことを考えてくれている。
色々話ながらセーナは何度も鏡の前に立ち、服を吟味していった。
「これに、決めようかしら。」
「いいと思うわ~!とてもよく似合ってる!」
「じゃあ…これに決めるわ!」
セーナは一着だけ買うことにした。
「他はいいのかしら?」
「うん、あんまりお金ないし…。また稼いでからにするわ。」
セーナが苦笑いを浮かべる。
「お仕事大変だものね。頑張って稼いできてね~!でも、」
「気をつけて。」
「あ、はい!」
「そうだ!これも持ってきたんだったわ!」
一瞬店長の雰囲気が変わった気がした。
それは刹那流されてしまったけれど。
「これ!プレゼントするわ!」
店長は大きなリボンを取り出した。
「え…でもそんな、悪いわ…。」
「いいのよ!いつも着てくれるお礼!ほら!」
そう言って強引につけられ、鏡の前に立たされた。
「とっても可愛いわ!」
可愛い、とセーナも思った。
「だから貰ってちょうだい。」
「本当にいいの?」
セーナは遠慮がちに尋ねた。
「勿論!その代わりまた顔見せに来て頂戴!」
「もちろんよ!ありがとう!」
セーナはそのリボンがとても気に入った。
見せられた時リボンなんて似合わない、いらないって思ってたはずなのに。
「またね~!」
店長が笑顔で手を振り見送ってくれた。
セーナも笑顔で手を振り返して店を出た。
胸元に大きなリボンを着けて。
楽しい。
こんなにも街を歩くのが楽しいことがあっただろうか。
セーナはガラスに映る自分の姿を見て、何度リボンを確めながら歩いていった。
いつ以来だろうこんな女の子らしいものを着けるなんて。
誰かに見せたい、そんな風に思っていた。
でも見せる相手なんて思いつかない。
それでもセーナの楽しさは止まらなかった。
そのままどんどん歩き続けた。
途中で行き先がないことに気づいたが歩き続けることにした。
このまま普段行かないところまで行こうと。
なんだか人通りが少ないような、気づいたときにタイミングよく会話が聞こえてきた。
どうやら聖女様が近くに来ているらしい。
皆見に行ってしまったのだろうか。
気にはなったが今はそれどころではない。
セーナはご機嫌に歩いていった。
ふと、そろそ戻らないと思った。
日は落ちかけている、
お腹も空いた。
考えてみれば二回目の朝食から何も食べていない。
夕食時にはまだ早いが何か食べて帰ろう。
そう思って近くにあった雰囲気の良い店に入った。
カウンター席に座り、『オススメ』と書いてあるものを注文し料理を待った。
特にすることもないのでついつい胸元のリボンに手が行き、弄ってしまう。
「お隣よろしいですか?」
「は、はい!」
不意に声をかけられて驚き、声が裏返ってしまった。恥ずかしい…。
「ありがとうございます。」
そう言って女性は隣席に腰かける。
綺麗だ。
美人ってのはもちろんだけど女の子らしい眩しさがある。
羨ましい。
セーナが女性を見つめていると、
「あなたのリボン、とても素敵ですね。」
と笑顔を見せた。
瞬間、顔が熱くなる。
「ほ、ホントに?!ありがとうございます!」
セーナは珍しく外行きじゃなく本当の笑みで返した。
それを見て女性はクスクスと笑う。
「ねぇあなた、この辺の人なのかしら?」
「ええ、住んでいるのは少し離れているけど。でもこの辺りは初めてきたんです。」
「そうなの、私は今日初めてこの街に来たのだけれどとても素敵な街ね。」
と笑顔を見せた。
仕草が、笑顔が、とても絵になる人だとセーナは思った。
「ねぇあなた、その、もう少し砕けて話して欲しいのだけれど、ダメかしら?歳も変わらないようだし…。」
セーナは一瞬考えた。
「いいわ。こんな感じでいいのかな?」
どこか、ぎこちなさもあるような喋り方で返した。
「フフフ、ありがとう。」
嬉しそうに女性は笑った。
それからしばらくの間二人の会話は初対面とは思えないほど弾んだ。
突如、女性の顔がハッとした。
「もう、こんな時間!行かなきゃ!」
窓の外を見ながら立ち上がり、急いで店を出ようとする。
「ごめんなさい。もう行くわ。えーとあなたのお名前は?」
「セーナよ。」
「楽しかったわセーナ。また会いましょう。」
そう言って急いで店を出て行ってしまった。
(名前、聞けなかったな…。)
セーナは少し寂しく感じた。
『また会いましょう。』
街で偶々会った人なんて、しかもこの辺りに住んでいない人にまた会うなんてことないに決まってる。
頭ではそう考えていてもセーナ自身もまた会える、そんな気がしてならないのだった。
すぐにセーナも店を出た。
来た道を戻り、歩いていると行きには気づかなかった街の奥に丘を発見した。
(あそこから見た夕日、綺麗そうだな…。)
セーナはもう少しだけ寄り道することに決めた。
歩いてみると意外と近くすぐに着いた。
そこは街を一望できる場所だった。
多くのカップルや観光客が景色を楽しみに来ていたがセーナように一人で来ている人は見当たらなかった。
セーナは少し後悔しながらも丘の柵の近くまで歩いた。
(綺麗…。)
そこからの眺めは素晴らしいものだった。
夕日は刻一刻と赤みを増、街を染め上げる。
これほどまでに美しい夕日は今まで見たことがなかった。
しかし、どこか懐かしい、見慣れたような気持ちにさせる。
沈み行く太陽の人びとを魅力する温かさにセーナも心奪われた。
「間に合った。」
不意に隣から声がした。
セーナは驚き、振り向くと
「また会ったわね、セーナ。」
紛れもない、さっきの女性がそこにはいた。
「あなたもこれを見に来たなんてね。奇遇ね。」
そう言いながらセーナの隣に来て柵にもたれかかった。
「ええ本当にまた会えるなんてね。」
二人は顔を見ず、夕日を見ながら会話した。
「本当に綺麗ね。」
女性がうっとりとしながら呟く。
そして二人は太陽が沈みきるまでその場を動かなかった。
太陽が沈みきると赤い景色はあっという間に暗く染まった。
「さてと、帰ろうかしらね。」
「ねぇ、私、あなたの名前まだ聞いてないわ。」
「ああ、そう言えばそうね。」
女性は少し考える素振りを見せた。
「エルよ。私はエル。じゃあねセーナ。今後こそまた会いましょう。」
そのままエルは去っていった。
現れてはすぐに去ってしまうエルはなんだか風のような人だ、とセーナは思った。
すっかり暗くなってしまった街の景色にお別れをしてセーナも帰路につく。
エルにまた会える日を楽しみにして。