第八話 少女たち(下)
「みんな腰抜けよ!責任とることから逃げてばっかり……!舞ちゃんは、大体京姫じゃないのよ!みんなを率いて戦っていく存在なのに、どうしてそんな生ぬるいことを言っていられる訳?!舞ちゃん……本当に、世界を守る気あるの?」
「姫様……」
傷心の舞が一人さびしく帰る下校の路で、左大臣も舞の異変を感じ取って鞄から顔を出す。舞は左大臣に向かって微笑みかける。ゴールデンウィーク中は素晴らしく心地よい天気に恵まれて、行楽の人々は幸いであった。ほとんど桜花市に留まって過ごした舞でさえも、その陽気を謳歌することに努力を惜しまなかった。今日は日差しも疲れたと見えて、薄い雲が青空に羅のように被せられ、午後の日はそこから曇り硝子を透かしたような乳白色の光を投げかけるだけである。野良猫が暢気そうに民家の塀の上で欠伸をし、雀たちがそうした怠惰な猫は恐れる価値もないと言わんばかりにその真上の木の枝で鳴き交わしている。その庭の家にたくさん実をつけているジューンベリーが彼らを呼び寄せるらしい。見上げる家々の窓に、薄曇りの空が映って流れている。舞はまるで、偉大な川の流れを、決して絶ゆることのない時の遷り方を見るような気がした。
「どうされました?元気がありませんな」
「ちょっとね……翼ちゃんと喧嘩しちゃっただけ」
「なんと、翼殿と!」
「……仕方ないの。私が甘えたことばかり言ってたから。翼ちゃんの方が私の百倍しっかりしてた。私、自分が情けなくって、仕方なくて……」
左大臣が何も返さないのを、当初はただ言葉に詰まっているだけかと思ったが、それにしても沈黙が長すぎる。ふと、肩に抱えた鞄を見遣ると、テディベアの顔はとっくに引っ込んでおり、ファスナーだけが中途半端に開いている。「左大臣?」鞄の中に向かってそっと呼びかけた直後、舞は自分の上に翳された影に気がついた。咄嗟に自分の左肩の方を仰ぎみた舞の目は、司の冷やかな薄紫色の瞳にぶつかった。
「うわああああっ!!」
舞は叫んですさまじい勢いで後ずさり、彼女の右手に続いていた塀にぴたりと背中を張り付いた。雀たちが一斉に飛び立ち、猫が驚いて塀の上から飛び降りて逃げていく。閑静な住宅街に響き渡った舞の声の大きさに、司は神経質そうに美しい頬を引き攣らせながらも、舞にならって立ち止まった。
「ゆ、結城君!!」
「……なに一人でぶつぶつ話してるんだ?」
「えっ、えぇっ?!あっ!えっ、えーっと……電話!電話してたの!!」
「随分と不良になったんだな。前は僕の携帯電話にどうこう言ってたくせに」
そう言い捨てて立ち止まっていた司は歩き出す。しかし、司の背ってあんなにも高かったかしら――突然司が現れた驚きからようやく立ち返りはじめた舞は、司の言葉が指す意味に気がついた。今、司の方から初めて、怪物に襲われたあの日のことに触れたのだ。今までそんなことなどなかったかのように振る舞っていた司が……
「結城君!待って!」
慌てて駆けつけてその隣に立った舞に、司は一瞥もくれなかったが追い払おうともしなかった。横顔の澄まし切った様子は、やはり近寄りがたくて怖いけれども、でも見つめていたくもなる。舞の足がもつれて、はからずも司の肩に頭がぶつかると、二人は慌てて距離を置いた。司の肩、私の頭より上にあったんだ。小学生まで、私の方が、背が高かったのに。舞は急いで首を振る。違う、小学生時代を一緒に過ごしたのは、この結城司じゃない。
「……お前は何か知ってるのか?」
隣に並ぶなり降ってきた司の言葉に、舞は戸惑う。
「なんのこと……?」
「怪物のことだ。僕が転校してきた日、怪物に襲われただろう。あの後もこの町では正体のよくわからない獣の目撃談が相次いでいた。あくまでも噂だが……それでもこの数週間でこの町の行方不明者が増加しているのは本当らしい。それから先週のことだ。お前は確か『あの怪物がまた現れた』とそう言ったはずだ。だが、クラスの奴の話では、現れたのは巨大な蜘蛛だという……なぜ、お前はあの時僕にああ言ったんだ?どうして『あの怪物』だなんて言った?第一どうしてあの時、怪物が現れたことがわかったんだ?」
舞は答えに窮す。なんと説明したらよいものか……舞は鈴が鳴ったから、咄嗟に「あの怪物」が現れたものだと思い、司にもそう説明しただけだ。そう説明した方が、司にはよりよく理解できるはずだから。それがこんなところで仇となるなんて。言い訳を考えなければ。しかし、もう嘘を考え出すほどの気力もない。舞は途切れ途切れにようやく思いついたことを語る。
「それは……お姉ちゃんが、教えてくれて……あの時、駅前にいたから、連絡くれて……」
「なら、なぜ『あの怪物』なんて、言った?」
「お姉ちゃんが怪物って言ってたから、私、てっきり……」
司は呆れかえったような溜息を吐いた。信用していないということを示す溜息だ。それが意図せずして舞の心を傷つける。どうしてそんな細かなことをこの人は気にするのだろう?私はただ、守ろうとしただけじゃない。司とその母親とを。
「結城君……!」
「……あの怪物に襲われた日、あの怪物は明らかにお前を狙ってた。お前はこの町で起こってる事について、何か知っているんだな」
「違う!私はなにも……!」
「嘘をつくな」
怒鳴った訳でもない司の静かな声が、剃刀のような鈍色の刃を閃かせて、舞の心に差し込まれていく。舞は冷水を浴びせられかけたかのように凍りついた。舞は右手の指を左手でぎゅっと抱きしめるようにして胸の上に掲げて立ち尽くす。舞より数歩進んで、司も足を止める。しかし、司は振り返りもしない。
「京野、先週のことについては、僕は感謝していなくもない。僕は母を病院に連れていくところだった。お前が忠告してくれなかったら、僕も母もあの事故とやらに巻き込まれていたかもしれないからな。今頃その巨大な蜘蛛とやらの餌食になっていたかもしれない」
司は皮肉な笑いを音だけで舞に示した。
「だが、お前が怪物についてなにかを知っているのであれば、更に言ってしまえば、お前のせいでこの町の人間が怪物に襲われているのだとしたら……お前はよくも平気で日々を過ごしていられるな。お前には何かしら手を打つ義務があるだろう」
舞はますます強く自分の右手の指を握り締める。もう痛みを通り越してほとんど感覚がなくなっている。それでも舞は翡翠の瞳を見開き、華奢な体を震わせながら、込み上げてくる言葉を必死に必死にのみこもうとする――戦ってるじゃない。命を懸けて、戦ってるじゃない……!
「……まあ、お節介だったな」
舞がなにも言わぬのを何の印と見たかはわからぬが、司はただそう言い残して革靴の音をたてはじめる。遠のいていくその足音を聞いているうちに、舞は堪えようとしていたものがついに堪えかねる段階まで来たことを悟った。あの日、怪物に襲われ、京姫として覚醒したあの日から、否、司の死を目の前に見たあの日から、舞の中に注ぎ込まれ続け、撹拌されて澱を掻きたてていたものが、翼との口論で嵩を増していた。それは必ずしも他人にぶつけるべきものではなく、ただあふれ出て自分の胸の中でこそ新たな濁流を生じるべきものではあったが、今の舞の心には、あふれ出たものを抱えきれるだけの器がなかった。卑怯だと知りつつも、舞は司の背中に向かって言う。
「なにも知らないくせに!」
驚いたように司が振り返る。舞が大切にしていた人と見間違えてもおかしくないほど、遠のいた場所で。でも、違うのだ。あの人は結城司ではない。司さえいてくれれば、舞がこんな苦しみを知ることもなかったというのに。
「あなたは、あなたは、私のことなにも知らないじゃない!知ったような口きかないでよ!……あなたは司なんかじゃない!結城司じゃない!」
舞はくるりと踵を返して駆けだした。司の足であれば追いかけてくることは容易であったはずだが、そうする必要性を単に感じなかったのか、それとも舞の発した言葉の意味に当惑したものか、司は追ってはこなかった。舞の足は自然と学校を行き過ぎて、大通りに沿っている真っ直ぐな住宅街の路を抜けて町の北の方へと進み、そして、見知らぬざわめきの中に止まった――白いセーラー服を着た少女たちの小鳥のさえずりのような明るくきらびやかなざわめきの中に。
ちょうど下校時刻であるらしい。私立水仙女学院の豪奢なアーチ型の門が開け放たれていて、そこから可憐な装いをした生徒たちが鈴のように笑声を震わせて次々と現れてくる。校門横には守衛が一人立っていて、帰宅する少女たちの背中を見守っている。その大半はこの町の出身ではない少女たちは、公立中学に通う舞の制服に、無邪気ながらも怪訝な面持ちをさり気なく向けていた。舞は怒りと悲しみで表情をくしゃくしゃにして、しかも結構な距離を駆けたせいで息がはずみ、汗だくになっている自分を急に恥ずかしく思った。電柱の陰に隠れて汗を拭い、ついでに目元にハンカチを押し当てて、舞は息を整える。「では、御機嫌よう」白い帽子を被った少女たちからは、そんな嘘のような言葉すら飛び出ている。舞は姉がしとやかに挨拶を交わしている情景を想像して、思わず吹き出しそうになった。
「姫様、大丈夫ですか?」
左大臣が鞄の内よりささやきかける。舞は頷いた。
「大丈夫……ありがとう」
「しかし、いやはや、あの結城という少年は恥知らずな。一体なんなのですか?!姫様に助けてもらったご恩も忘れて……!」
我を忘れて憤激する左大臣に、舞は唇に人差し指をあてて「しーっ」と言った。
「いいの、左大臣。結城君のことは言わないで。私もさっき相当ひどいこと言っちゃった……きっと結城君には意味がわからなかったと思うけど、謝らなくちゃ」
「なんと!姫様が謝る必要はないではありませぬか!先にあちらが……」
「仕方ないよ、左大臣。だって、結城君は私が戦ってることなんか全然知らないんだもん。そういう見方されても、無理ないよ……それより、左大臣、いいニュースがあるよ!」
私立水仙女学院図書館は、初代学長の友人であり、偉大な蔵書家であった人が、一切の係累を持たぬままなくなったので、振鈴文庫の蔵書印を捺された彼の全ての本を受け継いで、以来国内でも有数の厖大な蔵書数を誇るようになった。もちろん、貴重書や古文書の類は研究対象として大事に保管されているから一般公開はされてはいないけれど、図書館ではそうした本を電子データベースから見ることができたし、その蔵書家とやらがこの付近の地域研究を行っていたこともあって、桜花市に関する古い資料が直接手にとれるもの、とれぬものも含めてとにかく豊富なのである。水仙女学院の生徒ではない舞がその恩恵に与れるのは、今から五年ほど前に桜花市と学院が提携して、一般の桜花市民も図書館への立ち入りと資料の閲覧ができるようになったためで、今までは一度も足を踏み入れたことはなかったけれども、左大臣がなにかと古い本が好きなのを思い出して行ってみることにしたのである。それに、螺鈿に関してももっと調べられるかもしれない。
図書館への入り口は学院を囲っている白い壁を回って反対側、水仙女学院桜花キャンパスの方の入り口へとまわらなければならなかった。メインのキャンパスは都内にあるので、文学部と教育学部だけというこちらのキャンパスはさほど大きくはなかったけれど、最近真新しくしたばかりの、ガラス張りの校舎を持っていて、図書館はその校舎の上から三階分を占めている。きらきらと日の光を反射している回転ドアを潜り抜けて、洒落た身なりをした女子大生たちに憧れの眼差しを振りまきながら、舞は広々とした日当たりのよいホールを横切りエレベーターに乗り込んだ。幸いエレベーターに他に乗り込む者がいなかったので、舞は呟いた。
「いいなあ。私も水仙女学院に入れたらなあ」
「勉強なさりませんと」
と、左大臣が鞄の中から言う。舞は頬を膨らませた。
「そんなことわかってるもん……!」
エレベーターが最上階についたので、舞は降り立った。図書館の受付で生徒手帳を示し、入館証を受け取って中に通してもらう。閲覧スペースは天井までガラス張りになっていて、幾分弱められた日差しの下に柔らかな椅子と長机とがずらりと並べられ、影を伸ばしている。舞は左大臣とこそこそと相談しながら、備え付けられたパソコンで螺鈿にまつわる資料を検索し、指定された書架へと向かった。書架のあるスペースの天井はさすがにガラス張りにはなっていなかったが、図書館にありがちな無機質な白い蛍光灯ではなくて、オレンジ色の照明が据えられていたので、居心地がよさそうに見えた。舞は絨毯の床を踏みながら、ずらりと並べられた本の背表紙をきょろきょろと見回して、本棚の森を掻き進んでいく。そんな風によそ見をしていたので、舞は本棚の影から突如現れた人に気付かず、まともにその人の上腕に頭突きを食らわしてしまった。倒れたのは舞の方だったが。
「すまない!大丈……」
ぶつかった人は舞の顔を見るなり言葉を途切れさせた。しかし、それは舞とても同じだった。「大丈夫です」と言いかけた口がそのまま動かなくなってしまったのだ。ぶつかった人があまりに美しかったので。
(きれいな人……外国の人かな……?)
腰まで伸びた豊かなプラチナブロンドの髪、透けるような皮膚、憂いを帯びたような柳眉、みずみずしいアイスグレイの瞳にすらりと通った高い鼻、そして薄く引き締まった唇。背がすらりと高く、頭に学生帽を被り、白い丈の長い学ランの下に黒いシャツ、ぴしっとアイロンをかけられた白いズボンとを履いている。どこの制服だろう。なんとなく色合いは、姉のゆかりがいつも着ている水仙女学院高等部のものに似ているけれど――でも、水仙女学院は女子校であるはずだし。目の前の人の性別はどちらだろう。
じっと見つめていると、その人ははっと我に返ったように、舞の傍に跪いた。その人の手が肩に触れて、舞はどきっとした。とてもよい香りがする。それから舞は、ふと、その人の手が震えていることに気がついた。ごく小刻みにではあるけれど。
「すみません、大丈夫でしたか?お怪我は……?!」
「あっ、は、はいっ!大丈夫です」
声を聞いてもなお、舞にはその人が男か女かとわかりかねる。少しかすれたような、深みのある低い声だ。その人に助け起こされて、舞は礼を言いながらにこっと笑いかけた。すると、その人も微笑んだ。少し躊躇いながらも。しかし、事が済んだあとも、その人の目は舞の顔から離れない。
(えっと、知ってる人だっけ……?でも、こんなきれいな人、会ってたらさすがに覚えてるよね……)
「あっ、あの、どうかしましたか?」
舞が尋ねると、その人は急いで帽子の鍔を掲げなおして瞳をその影の中に押し隠した。
「い、いいえ……!その、ぶつかってしまってすみません」
「そんな!私の方こそぼんやりしてたので……」
それから、その人は舞の方に横顔を向けて、何度か唇を動かしたのちに声を一層低めて尋ねた。
「……泣いていたのですか?」
「へっ?」
「顔に、涙の痕が……」
舞は恥ずかしくて頬を両手で押さえる。なんだ、まだ私泣いた顔のままだったんだ。確かに涙が乾いてきて、皮膚はひりひりしはじめてきたところだったけれど。「あっ、いや、その……」見知らぬ人に言い訳をしようとして舞の頬はますます赤らんでいく。
(なんかもう、今日ついてないな、私……全部私のせいではあるけれど)
また涙が出てきそうになるのを、舞は耐えた。知らない人の前で泣き出すわけにはいかないから。
と、舞の手の甲をとって、その美しい人はその上にそっと唇を落とす。そんなことをされたのは生まれて初めてであるので、舞はただただ唖然とするばかりである。会ったばかりの人にこんなことを……しかし、不思議と嫌な気はしなかった。その人が美しいためだろうか。そんなのは不貞だと、舞は自分の心を責めてみる。だが、溜まった涙が悲しみのそれから安堵のそれへと変わったことは認めぬ訳にはいかなかった。自分はこの人を知っているのだろうか。この人とも、もしや前世で……
「失礼を」
その人は舞の手を離すと、丁寧に頭を下げて本棚の中へと紛れていった。舞はくちづけられた手を抑えられたまま、しばらくの間放心状態でいたが、ようよう左大臣に袖を引っ張られて現実の世界に戻ってきた。それでも尚、舞はふわふわした気持ちのままでいた。
「姫様、お知り合いですか?わたしにはよく見えませんでしたが」
左大臣が小声で尋ねる。舞は首を振った。
「ううん、全然知らない人……」
「全然知らない人?!見知らぬ人の接吻を受けたのですか?!」
「セップンって、なに?」
左大臣はどう答えたものか迷っている間に、舞はもう一度右の甲に触れてみる。なんだかまだ温かい。それから舞はふと、セーラー服の胸ポケットに小さな切り花が咲いていることに気がついた。白い薔薇がたった一輪だけ。
本当は日差しの下のスペースに座りたかったのだけれど、左大臣が本を読んでいる光景を見られる訳にはならないので、舞は書架の方のスペースの壁際に空いている席を見つけて、そこを陣取った。積み上げた本の影で左大臣が古そうな書物に読みふけっている間、舞は本に集中しようと試みながらも、つい想いは白い薔薇の花弁の上へ、それから美しかったあの人へと移っていく。キスなんて初めてされた。司とさえまだなのに――そこまで思って、舞は恥ずかしさのあまり机の上に突っ伏してしまう。勢いが過ぎて鼻をぶつける。両手で鼻を押さえて悶絶しながらも、舞は再びあの人の唇の感触を思い出す。もしかしたら、最初から舞をからかっていたのかもしれない。でも、あの人、本当にとってもきれいだったんだもの。
(司がいるじゃない……)
舞は必死になって自分に言い聞かせる。
(私は、司にずっと好きでいるんじゃなかったの?どうして、ちょっとぶつかっただけの人になんか……!でも、私今、さっきのこと思い出して、すっごくどきどきしてる。バカみたい、バカみたい。本当にバカみたいにどきどきしてるんだもの。もう一度会いたいなんて、何考えてるの、私……大体、もう一度会えたところで……)
「姫様、少しいいですかな?」
積み上げた本の影から、左大臣が声をひそめて言った。舞は耳を寄せる。
「姫様、この本のこの部分なのですが……」
左大臣が言いかけた時、鈴の音がして、舞は瞬時に立ち上がる。聞き間違えではないかとそのまま待ってみると、やはりもう一度音が鳴った。舞は読みかけの本もそのままに、左大臣を引っ掴むと、すさまじい勢いで図書室を飛び出ていった。受付の女性がなにごとかと目を瞬かせるほどの動きで。
エレベーターを待つのももどかしく、階段を駆け下りている間、舞は左大臣とようやく会話することができた。
「姫様、どちらです?!」
「わからない……!とりあえず降りたら確かめてみるけど……!」
「鈴の音はかなり大きかったようですぞ、この近くでは?!」
「そうかも……!」
舞は突然足を止めて、降りかけていた階段を再びのぼり出した。左大臣がなにごとかと尋ねたが、舞は答えない。舞は踊場の窓を開けて身を乗り出すと息を呑んだ。甲高い悲鳴が響き渡るなか、中庭の中央に火柱が立ち、そこから螺鈿の僕である巨大な蜘蛛たちがぞくぞくと群がり出ているではないか。学生たちは驚き、逃げ惑い、蜘蛛たちがその後を追っている。
「いやはや……!」
左大臣が絶句するのを胸に抱いて、舞は見た。一匹の蜘蛛がその糸で女子大生の糸をとらえて、その上に覆いかぶさろうとする光景を。舞は再び階段を降りかけたが、どうせこのままでは間に合わないことに気がついて、くるりと再び踵を返す。それは舞の賭けであった。
「左大臣、行くよ!」
「ひ、姫様、まさか……っ?!」
おやめなされ、おやめなされ、と左大臣が連呼している。しかし、舞は構わず窓枠に足をかけた。一体何十メートルあるのだろう。舞には高さがよくわからない。頭がくらくらする。でも、やるしかないのである。ここで舞が死ぬも、今あの襲われている女子大生が死ぬも、舞にとっては同じことなのだから。左大臣が必死になって止めるなか、舞は深く息を吸って声をあげ、窓枠を蹴った。
景色が大きく歪んだ。鈴から放たれた光が舞を包む。桜の花弁が舞の体を纏い包んで、袖となり、背子となり、スカートとなり、靴となる。耳を切る風の音はすさまじく、長く波打つ髪が靡いている。伸ばした手に仗を授けられて、その仗の先で地面を捉えると、京姫は柔らかな芝生の上に静かに膝をついた。すかさず京姫は立ち上がって駆け出すと、獲物を糸で巻くことに余念のない蜘蛛に鋭い一撃を食らわせる。怯んだ蜘蛛を、左大臣の太刀が切り裂いた。
一匹の蜘蛛の糸が京姫の足に絡みついたが、京姫は仗先でそれを断ちきると、桜色の光で以って敵の目を潰した。左大臣がその蜘蛛に飛びかかるのを目の端で確かめながら、背後から襲い掛かってきていた蜘蛛の顎を突き、続いて頭を打つ。それでも尚も京姫を捉えようとする四本の前脚を払って、京姫は蜘蛛の頭の上に再び仗を振り下ろし、叫ぶ。
『桜吹雪っ!』
蜘蛛の体は桜の花弁となって散っていく。周囲を見渡した京姫は、倒れたまま、まだ糸に包まれている先ほどの女子大生に、二匹ほどの蜘蛛が近寄りつつあることに気付いた。京姫は彼らを蹴散らし、怒って鋏を鳴らす彼らのうち、一匹の頭部を仗で突き刺し、残る一匹の巨体を仗で薙ぎ払うと、女子大生の糸を解き、毒を注入された故に蒼白になり硬直した体を呪文で清める。そんな京姫に忍び寄ってきていた蜘蛛たちを、京姫は仗を地面に突いて叫ぶことで一掃した。
『桜人っ!!』
京姫の周囲に、花弁を巻き込んだ嵐が吹き荒れ、蜘蛛たちの体をばらばらに捥いで消滅させていく。京姫は女子大生の体を抱えると、ぱっと目についたベンチの上へと寝かせて、再び戦場に戻った。左大臣が三匹の蜘蛛を相手に奮闘している最中であった。だが、その働きぶりからみて、心配はないだろう。しかし、螺鈿はどこにいるのだ。やはり今回もその姿がない。
(まさか、今回もこっちは囮っていうんじゃないよね……?!)
だが、囮だとしたところで、この蜘蛛たちを倒さねば犠牲者が出る。もし、こちらが囮だとして、他に螺鈿の目的があるのだとしたら、翼が気付いてそちらに赴いてくれるだろうか――そうだ、私、喧嘩していたんだった。逃げ遅れた教授らしき初老の男性を追いかけまわしている蜘蛛の影をようやく踏んで、後ろから飛びかかりながら、京姫は思い出した――緊急事態なのだから、関係ないはずだけれど。
「大丈夫ですかっ?!」
蜘蛛を消滅させた後で、転倒して泡を吹いている教授の体を抱き起して、京姫は言う。すると、建物の中に避難していた人々のうち、二人ほど若いスーツ姿の男性たちが寄ってきてくれて、教授を連れていってくれた。京姫はベンチに寝かせていた女子大生のことをも二人に頼んだ。二人は京姫になにか尋ねたそうにしていたが、蜘蛛が恐ろしかったのか、なにも言わず、ただ頷いて安全なところへと引っ込んでいった。
蜘蛛は炎の中がうじゃうじゃと湧いてくるようだった。あの炎自体をどうやら消し止めねばならぬらしい。だが、尋常の水では鎮めることはできないだろう。青龍の水がなければ。京姫は桜の嵐を纏って近づく蜘蛛を跳ねのけながら、火柱の方へと近づいていく。火柱は、中庭の中央に生えていた巨大な欅の木を一瞬で焼き尽くして、その巨大な幹に代って聳えている。京姫はその前に立つと、嵐を鎮め、仗を両手で握りしめた。青龍の力がなくてもできるだろうか。目を閉じて、暗闇の中に思い描く。揺れる藤の枝――
『桜……っ!!』
「姫様!!」
左大臣の言葉に、京姫は目を開けた。巨大な影が自分を覆っていることがわかる。けれど、もはやどうしようもない――振り仰ぐ先に、邪悪な星座のようにぎらつく八つの目があった。
覚悟のためでなく、恐怖のために目を瞑った京姫は、バーンという何かが爆発するような音を聞いたように思った。耳がじんじんする。蜘蛛のやつらがなにか仕出かしたのだろうか。ふと、彼女に突き立てられるはずであった鋭い牙が一向に降りかかってこないことを不思議に思って、京姫が見てみると、今目があったばかりの蜘蛛がひっくり返って脚をしなびさせていた。外傷はどこにも見当たらない……否、その脇腹のあたりにごく数センチほどの傷痕があって血が流れ出ている。誰かが蜘蛛を銃撃したのだ。京姫は辺りを見渡した。一体誰が……?この怪物たちに、通常の武器は効かぬと左大臣に聞いたはずなのであるが。ならば、この銃は――
隣にしゅたっと飛び降りてきた人があって、京姫は叫び声をあげて飛びのいた。水色のリボンで結んだ藍色の髪と、横顔に嵌め込まれた青い宝石のようなその瞳はまさしく青龍であった。「青龍!」青龍は驚く京姫に何か言うでも、見遣るでもなく、ただ、蜘蛛を吐き出しているおぞましい火柱を見つめ、凍解を鞘から抜いた。
『青海波!』
凍解の刃が空気を裂いたところから滝を断ち切ったように白い飛沫が立ち、波となって、火柱を覆う。水に触れられたところから悪しき火は消え去り、跡にはその燻りさえも残らなかった。青龍はそれを見届けると、刀を鞘に収め、静かにふうっと息を吐いて、その場を去ろうとした。
「青龍!」
京姫の言葉にも青龍は振り返らない。すたすたと歩いていく青龍の後を、京姫は小走りになって追った。青龍の肩に手をかけ、再びその名を呼んでも、青龍は視線でさえも反応しようとしなかった。変身も解かぬまま、青龍は足早に、京姫の手を振り払いもせずに突き進んでいく。
「青龍ってば!ねぇ!」
いきなり青龍が駆け出したので、京姫は呆気にとられた。逃れるつもりなのだろうか。それほどまでに、青龍は怒っているのだろうか。だからといって、こんな風に無視するのはあまりにもひどいではないか。こちらは謝りたいし、礼も言いたいのだ。すると、京姫の方も腹が立ってきて、青龍を追って走り出す。
「あっ、姫様!」
最後の蜘蛛を倒し終わって、左大臣が気付いたときにはすでに京姫の姿も青龍の姿もなく、パトカーのサイレンの音が近づきつつあった。校舎に逃げ込んだ人々が恐々と顔をのぞかせはじめている。これ以上この場に留まる意味はなかろうと判断して、左大臣もまた主君を追った。
「青龍っ!!」
青龍は学院を囲っている白い壁を飛び越えていく。先ほど校舎の十数階から飛び降りたほどであるから、京姫の方も動じなかった。意地もあった。なにがあっても青龍に追いつくつもりであったから。住宅街を抜け、道路を横切って、青龍はやがて町の外れまで出た。急な斜面になった東雲川の河川敷に立って、初めて青龍は京姫の方を振り返った。二人は息を荒げながら、そうして川原の斜面の上と下から互いを睨み合っていた。
先に動いたのは青龍だった。青龍は再び凍解を抜いて、斜面を駆けあがってくる。京姫は仗で刀を受け止める。金属と金属の触れ合う音が響いて、お互いの手に持つ武器が細やかに震える。それを掌に感じたとき、二人の目が合った。二人は高らかな金属音に同じ心地よさを見出していることを認めた。
「姫様、青龍殿!なにをしてらっしゃるのですか?!」
左大臣の言葉にも構わずに、京姫は青龍の刀を弾きかえした。青龍は優雅に後ろに身を引くと、再び京姫に向かってきた。京姫もまた仗を掲げた。刀と仗とが宙で交差し、火花が飛び散る。京姫が刀を押し切って仗で青龍の足元を薙ぎ払おうとすると、青龍はひらりと跳びはねて交わし、屈んだ京姫の肩を蹴って、姫の背後へと回る。京姫が振り返る先に、青龍は刀を突きだしたが、京姫は後方に向かって踵を蹴り出し、その刃を逸らした。左大臣が見かねて二人の間に割り込もうとしたが、途端に左大臣の体はぬいぐるみに戻ってしまう。京姫の変身が解けていないところを見ると、どうやら姫が勝手にそうしたものとみえる。
「姫様!青龍殿!やめなされ!」
二人は何も聞えぬかのように、草の上を転がった。斜面の中腹で二人は止まり、立ち上がって今度は同じ高さから睨み合う。青龍が先に攻勢に出た。京姫は青龍の刀を交わし、仗で受け止めながら、後ずさっていく。それでも青龍の攻撃は緩むことない。京姫は顔の真横で風を切っていった凍解を避けようとしてわずかによろけた。京姫は仗の先で地面を捉えて身を支えると、仗先をすぐに翻して、がら空きになった姫の脇腹めがけて斬りかかろうとする青龍の手首を打った。刀は青龍の手を離れて川面に落ちた。青龍が一瞬そちらに気を取られた隙に、京姫は水晶で青龍の横面を打った。咄嗟に仗を掴んだ青龍は自分も倒れかけながら、仗をぐいと引っ張って京姫の体を引き寄せ、膝蹴りを食らわせた。二人は共に転倒し、仗は斜面を滑って川面の中に姿を消した。
「あ、ああ……」
左大臣が慄き見守るなか、二人は互いに口の端に血を滲ませながらよろよろと立ち上がった。二人の目が合ったのと、駆け出したのが同時であった。それぞれの武器を探し求めて、二人は強く地面を蹴り、川の中へと身を投じた。二つの水しぶきが高く上がって、川面は凪いだ。
左大臣はぬいぐるみながらに真っ青になりながら、もはや言葉も失ってよろける小さな足で川辺へと近寄っていたが、斜面の途中でひっくり返ってしまうと、立ち上がる気力もなく茫然としてただただ、楽しげに日の光を躍らせている川を見つめるだけであった。一級河川だけあって、川幅はひろい。川底は深くはないし、水の流れもさほど早くはないけれども、それでも子供などがうっかりしていればさらわれてしまうことは確かである。それにいつまで経っても二人は浮かび上がってこない。まさか、仲間割れでお二人を亡くすだなんて……左大臣が気を失ってついに仰向けに崩れた直後、またもや二つの水柱が上がった。仗と刀とが夥しく舞う水滴の中に二つの光の線となって閃き、交差した。
『桜……っ!』
『青……っ!』
川面から肩から上を出して、二人は叫びかけて噎せこんだ。それでも二人はそれぞれの鼻先に武器を突き付けあうのをやめなかったが、やがて、髪や額や頬に雫を垂らしている互いの顔に気付くと、咳は鈴の音のような軽やかな少女の笑いへと変化した。二人は重たくなった衣装を引きずりながら河岸へと濡れた身を引き上げて横たわった。薄雲越しの日の光を正面に据えて、川辺の草が濡れた皮膚や服にはりつくのを感じながら、二人はなおも、咳き込み、そして笑い続けていた。
風が濡れた頬をくすぐっていく感触が心地よい。今日の涙を全て洗い流してくれるみたいで。ようやく笑いも咳もおさまって、京姫は深く息を吸う。ふと、青龍の指が京姫の手に触れた。舞は翼の手をやわらかく握り返す。冷え切った体の中で、合わせている掌だけが温かい。
「……ごめん」
舞は呟いた。「なにが?」と視線だけで問う翼。
「昼間のこと。私、意気地なしで、無責任で、ごめんね……」
「何言ってるの。意気地なしは、あたしの方でしょ」
舞は不思議そうに翡翠色の眼をぱちくりさせた。翼は少し気恥ずかしそうに笑って、
「二人で戦っていく勇気がなかったの、あたしには。でも、もうわかったから。たとえ二人でも、きっと戦っていけるって」
「翼ちゃん……」
「もちろん他の四神が一緒に戦ってくれるに越したことはないけどねっ。でも、あたしたち、二人でも漆なんか倒せるでしょ?大丈夫。あたしたちには、それだけの力があるはずだもん」
二人はどちらから仕掛けるでもなく、腰元でつないでいた手を瞳と瞳の間に持ち上げる。そうだ、翼の言う通りだ。二人で戦えばきっと大丈夫――舞と翼とは今日、確かにこの町の人々を守れたのだもの。翼という仲間を得て、そのことを改めて手の中に確かめて、舞はあることを思い立つ。この秘密を明け渡してしまおう。共に戦う仲間であるのだから――私は決めたんだ。絶対にもう一度、結城司と再会するって。だから、この決意を、翼だけには知ってもらいたい。
「ねぇ、翼ちゃん。私、まだ話してないことがあるの…………」
台所で人参を切っていた奈々は、なぜだか急にさびしくなって手を止めた。奈々の後ろでは、美々と音々とが悠太の怪獣ごっこに付き合ってやっているのだが、遊んでいるうちに段々と姉たちの方も夢中になってしまっている。楽しげな笑いは、開け放った窓の外にまで響くほど。もうすぐ父親と母親も帰ってくる。関係性としてはちょっと複雑ではあるけれど、どこまでも幸福で明るい家庭であるはずだ。自分を囲んでいるのは。それなのになぜ、さびしくなったりするのだろう。あたしの本当の居場所はここではないとでも……?
ならばどこだというのだろう?小さく切った野菜類を、火の通らないものから鍋に放り込んで炒めながら、奈々は自問する。分かり切った答えを出すのは辛かった。だって、永遠に戻れっこない。もう失ってしまったんだもの。黒葛原一家は、もう二度と戻ってこない。
「お兄ちゃん……」
奈々は弟、妹たちに聞えぬように小さく兄を呼んだ。なんて我儘な自分。現状は限りなく幸せなはずなのに、ないものねだりばかりしている自分。こういう自分が、奈々は嫌いだ。蹴り飛ばしたくなるほどに。
野菜と肉とを炒めた鍋の中に水を注ぎ終わるまで、奈々は我慢した。それから、お手洗いにでもちょっと出るというようなふりをして、寝室の扉を閉ざす。妹たちと共用の部屋だから、二段ベッドと奈々のためのシングルベッドとが、入り口からみて左右の壁に沿ってそれぞれ置かれ、勉強机が一つ、奈々のシングルベッドの奥にある。これは完全に奈々専用のものではあるけれど、自宅で勉強ということをほとんどしない奈々にとっては絵を描くためのスペースでしかない。そこには奈々の好きな画家の画集や、今まで描いた絵、雑誌の切り抜きなどがたくさん並べられたり貼りつけられたりしていたが、恰も奈々の心の内部をあらわしたかのようなその机の上にさえも、奈々が最も愛するひとの肖像はない。父に遠慮して、母に気を遣って。奈々は兄の写真を、生徒手帳の中だけに収めている。だが、今はそれを取り出す必要はない。
奈々はベッドに身を投げ出した。枕元の小さなテーブルの上には水槽が置かれており、その中では一匹の鮮やかな黄緑色の体をしたトカゲが気ままに動き回っている。その円らな目に見つめられて、奈々は微笑んだ。
「ルーシー……あたしって、最悪だよね」
ルーシーがなんと答えたのかは奈々には分からない。奈々は仰向けになって、頭の後ろで腕を組んだ。鍋が沸騰するまで。それまでは、一人で考えていたい。兄のこと……この世界でたった一人だけ、たった半分だけではあるけれども、血の繋がった兄弟のことを。兄に会いたい。今すぐに声を聞きたい。でも、兄は海を隔てた国にいる。奈々にとっては恐ろしく遠く感じられる、スコットランドに。
「奈々は急にお姉ちゃんになるんだね。頑張って。弟や妹たちのこと、しっかり守ってあげるんだよ。一緒に暮らす家族なんだからね」
守ってあげる――兄が言っていたのは、きっと姉としての務めのこと。一緒に遊び、悪いことをすれば叱り、休日は一緒に公園に遊びに行き、父と母が仕事をしている間の面倒を見て食事を作ってやり、保育園に迎えにいってやる。きっとこれだけのことだ。まさか、そこに……そこに、おぞましい敵と戦って、守ってやるなどという意味など――
「あたしには、できないよ……っ!」
不意に、意地悪な自分が頭をもたげる。もし、兄のためならば戦える?兄を守るためなら、戦えるかと、彼女は尋ねる。血の繋がっていない弟や妹のためには戦えないけれども……奈々はがばっと身を起こす。その答えは聞きたくなかった。姉として。兄にあんな風に誓ってしまった身として。
「うん、頑張る!なにがあっても、あたしが絶対に守ってあげる!」
「奈々姉ちゃん、お鍋ぐつぐつしてるよー!」
扉の向こうから叫ぶ悠太の声に生返事をして、奈々は床に足を着ける。それでも居間の方に向かう気になれない。あたしは、最悪の姉だ……
どこにいればいいの?どこに向かえばいいの?あたしの居場所はどこ――迷える奈々の前にいまだ答えはない。