あなたの望みを叶えます
クラスで僕は、特別な意味で浮いている。誰もが僕に意味ありげな視線を向ける。期待なのか恐れなのか、ありふれた男子に向ける目つきではないことは確かだ。
この状況はこのクラスに編成されてから始まった。たまたま僕の目の前で、「あ~あ、今すぐたこ焼き喰いたい。あっつあつのマヨたっぷりのたこ焼き」と、クラスメイトが言ったときだった。
なんの予告もなしに、「たこ焼き」が僕の机に現れた。僕と雑談していた、当の「たこ焼き食べたい」クラスメイトも、その現象を目の当たりにした。最初は無言で「たこ焼き」を見ていたクラスメイトは、「これ食べられんの?」とうわずった声音で言った。
とりあえず、クラスメイトは「たこ焼き」を喰った。
僕からしてみたら、いきなり現れたたこ焼きを食べる勇気はなかったけど。
この時は、これが僕の仕業なのだと誰も思わなかったし、自分も分からなかった。こんなことが頻繁に起こるまでは。似たような現象が、僕がいるときにだけ起こり続けたら、誰でも僕が原因なのだと思うだろう。実際に僕もそう感じた。
超能力者となった僕は、たった一ヶ月でクラスの特別な人間にクラスチェンジしたのだ。まだ、テレビまでは来ないが、学級新聞の部員は来た。
「これまでなぜ出してみようとは思わなかったんですか?」
「え、それは、こんな能力あるなんて知らなかったし……。自分でも未だに戸惑ってるんですけど……」
「自分の欲しいものは出せますか?」
「うーん、それは出せませんでした」
「では、今まで出したものの中に一番高価なものはなんですか?」
「たぶんブランドもののバッグです……」
そうなのだ。今や僕は引っ張りだこ。人気者ともちょっと違う……。都合のいい存在のような気がする。欲しいものを無料で提供する四次元ポケットのような存在。
欲にまみれたクラスメイトの中で、全く僕にお願いをしてこない人間がいた。恵津と言う男だ。窓際の席でいつも外を眺めてる変わったヤツだ。短い黒髪に、グレイっぽい瞳をしていて、なんだかその瞳に見られていると、心まで丸裸にされてしまうような気持ちになる。
彼は僕が能力を披露するのを横目で見ては、鼻で笑うように「フッ」と軽く息を吐く。それが、どうしても気に触った。
僕にとって、この能力はもはや捨てがたい、自己存在理由のような物になっていた。それを鼻で笑われると言うことは、僕自身が笑われたようなものだ。
人の言いなりになって高価ないろんな品物を出現させている、他人の道具でしかない僕にだって誇りというものがある。たとえ、この能力で自分の欲しいものを手に入れることができなくても……。
僕の望みは単純で難しい。相手がいないと成り立たない。形にならないものだから。
僕は恋がしてみたい。誰かを好きになってみたい。人に利用されている今だからこそ、僕を一番必要だと言ってくれる人がいて欲しい。
群がってくる人間を押しのけて、僕は恵津の前に立った。見下すように、僕は言った。
「恵津だけだね。何か欲しいものはないのか? 僕が何でも出してあげるから、何でも言ってみなよ」
恵津が僕を無表情に眺める。グレイの瞳が僕を見透かすように絡みついてくる。息苦しい。居心地が悪い。僕は自分から目をそらし、もじもじと足を動かした。少しかっこわるいけど、恵津には僕を萎縮させる力がある。
「俺にも欲しいものはあるけど、それはあんたに出してもらえるようなものじゃない」
その言葉は、とてもとがった針となって、僕の心臓を一突きにした。ちくりと針が刺さった感触に、僕はたじろいだ。
「へぇ……、欲がないんだね。僕がこんなこといわれたらすぐに欲しい物を言ってしまうけどな」
皮肉な笑みを浮かべて、恵津が言った。
「あんたが欲しいものってなんだ?」
僕は瞬間顔を赤らめた。恋人が欲しいなんて、少し恥ずかしいことだと思う。でも、僕の能力は口にしないと叶わない。どっちにしろ僕の願いは叶わないのだから、言ってしまってもかまわないだろう。
「ささやかなもんだよ。恋人が欲しい」
「じゃあ、もう叶ったと思うよ」
僕の心臓がどきりと飛び跳ねた。なんだろう。目の前にいる恵津がなんだかすごいハンサムに見えだした。男にハンサムとか変かな……。とにかく、目を合わすのがとてつもなく恥ずかしくなってきて、僕は俯いた。
「願いが叶ったかな……。俺はやっと叶ったけど」
僕は驚いて顔を上げた。
クラスメイトたちの視線が僕らに集中して、背中に痛いほど感じる。
「ど、どういう意味?」
「あんたの願いが叶って、俺の願いも叶ったから、もう、皆の便利屋にならなくていいんじゃないかな」
言ってる意味が分からない。でも、恵津の言葉はすんなりと本当のことだと信じられた。と言うか、恵津の声が甘く感じられて、心臓と脳味噌が溶けそうになる。さっきから、熱でもあるのかと思うほど、頬が熱いし……。
僕は一体どうしてしまったんだろう……。
放課後。僕は恵津と一緒にいた。
恵津が僕に言った。
「ずっと好きだった。それで神様に願ったんだ。うちには神棚があるから」
「それと今の状況、どんな関係があるの?」
僕は恵津の手を握って、学校の帰り道を恵津と一緒にたどっている。
「そしたら、高宮に超能力が芽生えた」
「……それって、神様が叶えたってこと? でも、恵津と超能力と今の状況、どう関係あるのさ」
「俺は、高宮の願いを叶えたかった。遠回りだけど、高宮が俺に願い事を聞かなかったら、高宮は俺を好きになってくれなかった」
「……、あのさ、恵津は何を願ったの?」
恵津が優しく微笑んだ。
「高宮が俺を好きになったらいいなって思ったんだ」
神様はずるい。僕が恋がしたいと願っていたことを知っていたとしか思えない。でも、高宮の握る手を感じると、そんなこと、どうだってよくなってくるんだ。