乙女ゲーム主人公ですが、脇役親友にヒロインの座を乗っ取られそうです。
______ この世界は、乙女ゲームの世界だ。
私がそれに気付いたのは、8歳の夏。
攻略キャラクターで、幼馴染の子野伊月が隣に越してきた日だった。
私はいわゆる転生者、というヤツで前世の記憶がある。前世では、熱烈な乙女ゲームオタクだった私は、“桜舞う季節をキミに(通称サクキミ)”という乙女ゲームにハマっていた。
テンプレな設定ながらも、ドキドキしてしまうシナリオ、そしてキャラに合った声優のボイス! 乙女ゲーム界でも、かなり売れた方でアニメ化やドラマ化など色々展開していった。
ちなみに、ドラマの方は俳優がキャラとまったく合っていなかった上に演技が大根だったので日曜のゴールデンタイムという時間なのに視聴率5パーセントを切って爆死していた。ああいうのは、二次元だから良いのであってリアルではダメなのだ。それに、少女漫画ならともかく、何故乙女ゲームを原作にドラマを作ったのか。
そんなわけで、サクキミは大ヒットで2、3と続編を出して行き、どんどん売れた。主人公も攻略キャラも一緒なのにシナリオはまったく飽きなかったので、良かったのだが、5の発売日。
予約していたのをゲームショップから受け取りに行き、家でさっそくプレイしようと思った直後。
浮かれていた私は、信号が赤になったのも気付かずに、大型トラックに轢かれて死んだ。
後から分かったことなのだが、運転手もお酒を飲んでいて、どのみち私は死ぬ運命だったと言う。
何故そんなことが分かるのか、というのは別の話だ。
サクキミは、主人公が高校に入学したところからスタートする。
スポーツ万能爽やか幼馴染、俺様生徒会長、サド眼鏡敬語副会長、ツンデレ理事長子息ヤンキー、可愛い系ショタっ子、チャラ男先輩、無表情孤独な王子美術部部員、従兄弟のクラス担任。
以上の8人が攻略対象で、言うまでもないが全員イケメンである。
主人公は、ピンク髪ロングの美少女で、主人公に転生してしまった私としては現実世界で自分の髪がピンクとか嫌だなとか思っていたが、普通に黒髪だった。
ただ、遠くからある角度で光が当たると若干、ピンクに見えるらしい。どんな構造だ。
ルートは個人ルート、逆ハーレムルートがあり、その中から更に蜜月ルートと甘美ルートに分かれる。蜜月ルートなんて、画面の前で悶えてしまうほどに甘くて、逆ハーレムルートの蜜月では、もう本当に主人公モテていた。
私が主人公になったからには、必ず、高校1年生の1年間で誰かと恋をしてエンドを迎えなければならない。
私の記憶によると、このゲームには誰ともくっつかないノーマルエンドというものはないので、絶対に、だ。
______ じゃあ、誰とエンドを迎えるのか?
私が1番好きだったのは、ツンデレヤンキーの竜ヶ崎良太だ。その次に爽やか幼馴染の伊月や、俺様生徒会長の巳川司となる。
まあ、期間は1年あるんだし、取り敢えず全員の好感度を一定に上げておいて、後で決めるか。
その考え自体から、私の主人公人生は終わっていたのかもしれない。
「はじめまして、花京院華です。葵ちゃん、これからよろしくね!」
高校に入学した。
伊月とのイベントを済ませ、隣の席の親友キャラとなる少女に声をかけられる。
栗色の髪にウェーブに赤いリボン、と黒髪主人公の私より、よっぽど主人公らしい正統派ヒロインタイプの美少女だ。
ギャルゲーとか他の乙女ゲームとかにあるような、攻略対象の情報を教えてくれる便利キャラではなく、ちゃんと物語にも参加してくるキャラクターだ。
確か、幼馴染伊月とヤンキー竜ヶ崎、無表情美術部部員猪爪遣都ルートに入ると、ライバルキャラとして結構見せ場があったりする。
…… それと、名前の花、かぶってるよね、とかそんなツッコミはしてはいけない。
「よろしくね、華ちゃん」
その時、彼女によって主人公の座が乗っ取られるなんて、思ってもいなかった。
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入学から3日立った。
今日の昼休みは、ヤンキー竜ヶ崎との出会いイベントがある。
華ちゃんと中庭でお昼を食べていたところ、近くの林で声が聞こえる。
行ってみると、そこで竜ヶ崎とその手下が1人のモブヤンキーをボコボコにしており(竜ヶ崎は近くで見ているだけだが)、それを見て怖がっている華ちゃんとかばいながら、私が竜ヶ崎にガツンと一発いれるのだ。
実は、竜ヶ崎は根は真面目で良いヤツなので、モブヤンキーは竜ヶ崎の仲間をボコボコにした仕返しみたいなものなのだが、それは竜ヶ崎ルートに入らないと知れない情報だ。
「あれ…………? 何か、声が…………?」
中庭にあるベンチに座り、お弁当箱を開けようとすると華ちゃんが不思議そうに首を傾げる。
よし、シナリオ通りの展開だ。
「あっちの林からだね。…… 華ちゃん、行ってみない?」
頷く華ちゃんと一緒に立ち上がり、林へと続く小道を歩く。
向こうからは見えない木の影にかくれ、私たちは様子を伺った。
「ヒイッ……!? ごめんなさいごめんなさいもうしませんだからゆる」
「あぁん? お前、今なんつった? 竜ヶ崎さん、どうしますぅ?」
「…… まだだ。まだ足りない」
手下ヤンキーは竜ヶ崎の言葉に一斉に返事をすると、またモブヤンキーをボコボコにし出す。
「きゃっ!?」
目の前で広がっている光景に驚いた華ちゃんが可愛らしい悲鳴を上げる。
それを目ざとく聞きつけた竜ヶ崎が手下に指示すると、周辺を探させ、私たちを見つけた。
「竜ヶ崎さん、こいつらです」
「……」
突き出された私たちは、仕方なく竜ヶ崎の目の前に現れる。
………… こんな時に思うわけではないが、二次元竜ヶ崎もカッコ良かったけど、三次元竜ヶ崎もイケる。
声もゲームの声優のままだし、クォーターながらもその言葉使いや風格で染めたと思われてしまう金髪も、ブレザーの学校なのに何故か学ランを着崩しているとことかも、すべてがゲーム通りだ!
って、いかんいかん。
ここは、私がガツンと言うシーンではないか。
怯えている親友を背中にかばい、こう言うのだ。
____ あなた、バカじゃないの!?
「あなた、バカじゃないの!?」
…… ん? あれ? あれれれれ?
何故、私、華ちゃんの後ろにいるのだろうか。
何故、華ちゃんが私が言うつもりの言葉を言っているのだろうか。
「理事長の息子かどうかは知らないけどね、暴力は良くないの。今すぐやめて!」
「ハァ!? お前、竜ヶ崎さんに何を__!」
「______ チッ。面白れーじゃねーか。やめろ」
私が言うはずだった言葉を一言一句間違えずに言った華ちゃんは、竜ヶ崎を睨み付ける。
竜ヶ崎は、舌打ちすると、手下ヤンキーたちに命じた。
中学の頃からヤンキーだった竜ヶ崎は、自分を怖がって近寄らない者がほとんどだったのに、面と向かって立ち向かってくる主人公に興味を抱いたというのが本音だ。
「………… 1年A組、花京院華。文句があるならいつでもかかってこい!」
華ちゃんはそう、吐き捨てるように言うと私の腕を半ば強引に掴んで歩き出す。
竜ヶ崎それを一瞥するも、吐き捨てるように何かをつぶやくと手下たちを連れて、どこかに消えた。
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華ちゃんは、私と同じく転生者なのだろうか。
かばう行為までは、同じようになっても分からないこともないけど、台詞が一言一句同じというのは偶然では済ませられない。
だけど、本人に聞いたとして、転生者でも素直に認めてくれるとも限らないし、転生者じゃなかった場合は頭のおかしい子とでも思われるのがオチだ。
「あー…… どうしよっかな」
思わず口から漏れた言葉に、慌てて誰かいなかったか周りを見渡す。
人気のない校舎裏を選んだのが吉だったのか、周りには誰もいなかった。
放課後。
昼休みに竜ヶ崎との出会いイベントがあったが、放課後には無表情孤独な王子美術部部員の猪爪遣都との出会いイベントもある。
帰宅しようとした主人公が教室に忘れ物をし、それを取りに行こうと廊下を歩いていたところ、途中にあった美術室で猪爪が1人で絵を描いているのを見つける。
猪爪の絵に感動した主人公は思わず、絵を褒めてしまうのだ。
無表情無口で今まで周囲から遠ざけられ、絵を褒められたことなどなかった猪爪は、照れながらもぶっきらぼうにありがとう、とつぶやくのだ。
ちなみに、他の美術部部員どうしたなどとはツッこんではいけない。
竜ヶ崎一筋だった私でも、このシーンは猪爪に鞍替えしようかと真剣に悩んだくらい萌えた。
それで、私は今、猪爪と出会うべく帰宅部の私は校舎裏で暇つぶしをしているのだ。
数時間前に気付いたことなのだが、放課後と言っても2時間半くらいあり、かなり長い。
ただ、スチルの背景に夕日が写っていたので、5時くらいを目安に美術室を覗いてみるつもりだ。
現在、4時50分。
主人公は、校門を出たあたりで忘れ物に気付いたので、そろそろ動き出しても良いか。
私は立ち上がると、スクールバッグを持ち校門へと歩き出した。
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5時3分。
美術室の入り口の小窓に顔を近付けた私は、目の前に広がる光景に自分の目を疑っていた。
「うわあ、す、凄い! 凄い、上手だよ!」
「っ!? ………… あ、ありがと」
あれ? あれれれれ? あれれれれれ?
何故、美術室に華ちゃんがいるんだろうか。
何故、猪爪の絵を褒めているんだろうか。
何故、猪爪もそれにお礼を言ってるのだろうか。
………… もしかしなくとも、私、華ちゃんにイベント取られた?
「____ あれっ!? 葵ちゃん!」
「え?」
美術室前で呆然と立ち尽くしていると、華ちゃんが中から出て来た。
誰、という風な顔をする猪爪に、私の友達、と軽く紹介する。
「どうしたの、葵ちゃん。こんな遅くに。葵ちゃん、部活とか入ってなかったよね?」
「…… っ、あ、ああ、うん。ちょっと、教室に忘れ物があって」
「えー!? 葵ちゃんも!? 私もなんだ。何か、凄いね!」
偶然が2度重なるとは、考えられない。
…… 華ちゃん、わざとやってるんじゃないか?
やっぱり転生者で、ヒロインの座を乗っ取ろうとしてるとか。
でも、そんな身近に都合よく転生者なんているか?
結局、竜ヶ崎、猪爪との出会いフラグは華ちゃんのせいでことごとくへし折れ、彼らの私の印象など劇的な出会いをした花京院華の怯えていた、偶然通りかかった友達Aくらいが上等だ。
…… 逆ハーレムルートや竜ヶ崎、猪爪ルートを狙っていたわけじゃないが、もうこれから2人と関わることは出来ないだろう。
そう思うと、何故か自然とため息が出た。
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「あ、乗っ取られヒロイン、霧鷺さん」
「うっさい」
空教室から、校庭で乳繰りあっている華ちゃんと攻略対象たちを見下ろす。
やめて、私のために争わないでとか言う人初めて見たよ。
違うタイプの人たち好きになりすぎだよ。
華ちゃんの右手を爽やか幼馴染の伊月、左手を俺様生徒会長の巳川、右手二の腕をヤンキー竜ヶ崎、左手二の腕をサド眼鏡副会長狗山、背中を孤独芸術家猪爪、右のサイドの髪に口付けているのがチャラ男鳥丸、左のサイドの髪に口付けているのが担任虎井。
両手に花どころか周囲に花じゃないだろうか、これ。
竜ヶ崎、猪爪と出会ってから華ちゃんは、本当は主人公である私がこなすはずのイベントを次々とやっていった。
猪爪の絵を手伝ったり、竜ヶ崎と仲直りしたり、巳川の生徒会の仕事を手伝わされたり、狗山と一緒に勉強したり。鳥丸と放課後デートしたり、伊月と下校したり、虎井の補習という名目でいちゃついたり。
竜ヶ崎と猪爪の出会いイベントの後は、私も負けずと他キャラと出会おうとしたのだが、何故か先に華ちゃんが出会っていたり、別の場所で華ちゃんと出会っている。
次々と私の攻略対象を親友であるはずの華ちゃんが攻略していき、幼馴染の伊月の好感度が私より華ちゃんの方が上がったあたりで、私はもう諦め始めた。
別に、主人公が攻略しなくても良いんじゃなかったんだろうか。
そもそも、私は彼らと恋愛をしなくても良かったんじゃないか。
そんなことを考えながら、私はこれから傍観することに決めた。
見ろ、これが本当の傍観ヒロインだ!
「ねえ、霧鷺さん」
「なーにー、黒野君」
私の隣まで行くと、校庭にいる華ちゃんたちを面白そうに見下ろす彼____ 黒野渚は、クラスメイトだ。
サクキミの中ではモブだが、実は、前世が私と同じ転生者なのだ。
妹さんがこの作品の大層なファンで、兄である黒野君や家族が巻き添えをくらい、黒野君、お母さん、お父さん全員がこのゲームをクリアしているとか。
それは、2以降も続いたらしい。
この前、私の一言から始まり、お互いが転生者だと分かって、幾分か楽になった。
仲間がいるというだけでも心強い。
「良いの? 花京院さんがヒロインやっちゃってるけど」
「良いの、良いのー。華ちゃんがヒロインで、私はライバルにもなれない、ただの主人公の親友だよ」
私が傍観することを決め、放課後、時々華ちゃんたちのことを観察することにしてから、黒野君も一緒に見るようになった。
フラグだとか、誰ルートに入りそうだとか、そんな話で少しは盛り上がっている。
「へえ、じゃあ、霧鷺さんはヒロインやめるの?」
「やめるっていうか、華ちゃんの独り勝ちだったけどね」
黒野君は、華ちゃんが取り合われているのを見ながら世間話のように話す。
私もそれに同じように答えると、再び、観察体制になった。
「____ そういえば霧鷺さん、このシリーズ7作まであるけど、どこまでプレイしたの?」
「私は、4。5の発売日に交通事故にあってさ。あー、せめてプレイしたかったな、5!」
「でも、霧鷺さんが期待してるようなのとは違うと思うよ」
あのサクキミなんだから、面白いと思うけどな。
毎回聞くその言葉に、はあー、とため息をつく。
「あのさ、黒野君。毎回毎回なんだけど、何で肝心の内容を教えてくれないのさ」
「知りたいの?」
そりゃ、勿論。
5をプレイせずに死んだのは、私の無念なのだ。
転生しなけりゃ、地縛霊にでもなってたかもしれない。
「良いの?」
「当たり前じゃないか!」
すると、黒野君はふうん、とそっけなくつぶやきながらも嬉しそうだった。
やっぱり、サクキミ同志として共有したいよね!
「まず、5の主人公は霧鷺葵じゃないよ。攻略対象も一新されてる」
「………… え?」
黒野君の話だと、5の主人公は私ではなく、その親友キャラの華ちゃんらしい。
良きライバルキャラとして脇役では、人気の高かった華ちゃんを利用し、彼女が主人公の物語を作ったとか。
それも割とファンたちに受け、本編ほどではないが売れたとか。OVAとしてアニメ化もしているみたいだ。
「なるほどなるほど………… って、ちょっとそれはおかしいんじゃないかな」
物語は、霧鷺葵の物語と同時期に進み、はじまりは文化祭後に私の攻略キャラに失恋してかららしい。
でも、それはおかしい。
華ちゃんは、4月から私の攻略____ いや、元・攻略キャラを攻略し、私からヒロインの座を乗っ取って、本来なら霧鷺葵が体験する物語を進めている。
「これから、5のキャラが華ちゃんの前に登場するってこと?」
黒野君は、それに違う、という意味で首を左右に振った。
…… じゃあ、どういうことだ?
「ねえ、霧鷺さん」
その言葉を言うと、黒野君は笑みを浮かべる。
それに何故だか背筋に悪寒が走り、思わず後ずさりする。
「“桜舞う季節をキミに”の5は、さっきも話した通り、主人公は花京院華なんだよ。俺としては、ふんわりとした雰囲気が大嫌いで、前作までのが良かったけど。彼女が1までしかプレイしてなくて助かったよ。…… で、彼女は本来の主人公である霧鷺さんから主人公の座を乗っ取った。____ 知ってる?子野、巳川、竜ヶ崎、狗山、猪爪、 鳥丸、虎井__ 1から4までは、名前に干支が入った人たちが攻略対象だったけど____ 5、では色なんだよ」
今にも逃げ出そうとする私の右腕を掴み、黒野君は相変わらずの笑顔でこう言った。
「______ 良いんでしょ、霧鷺さん?」