ネコみみとしっぽが見える
短い話ですが、時間つぶしにどうぞ
いつものように気怠さを覚えながらも生徒会室に足を向ける。この時間ならば副会長が来ているだろう。
妙に生真面目なあいつは毎朝同じ時間には生徒会室に来ている。
今日も例外ではなく、ノックもなしに生徒会室の扉を開ければこちらよりも先に向こうから声をかけてくる。
「おはようございます」
今日は早いですね、と耳に馴染む落ち着いた声が聞こえる。
欠伸を堪えながらそれに答えようと口を開くが、目に入った光景にそのまま動きをとめてしまう。
「会長? どうかしたのですか?」
「……どうかしたって、お前がどうした」
当然の疑問を口にすれば、副会長は意味が分からないと首を軽く傾げる。
それと同時に三角の耳も一緒に傾く。そして目線を下へ移動させれば緩やかに曲線を描く尻尾。
どこからどう見ても、猫耳と尻尾にしか見えない。
それを生真面目を体現したかのような副会長が着けていれば、どうかしたのかと思わないわけがない。
「ストレスか? 最近忙しかったからな」
突拍子もない行動に出るほど疲れているのかと、無茶ぶりをしていると自覚のある会長は己の行動を反省する。
だが、副会長は困惑しているらしく、耳が横へ垂れる。
表情はほとんど変わらないため、つい動きのあるものへ目が行く。
「確かに最近忙しくはありましたが、いつもの事と言ってしまえばいつもの事で……」
「そうか、いつもいつも頑張っていたんだな。気付いてやれなくて悪かった」
長い間一緒に居るにも関わらず、病んでしまうほど疲れていると気付けなかったことに不甲斐無さを覚える。
「そんな貴方らしくもない事を言ってどうしたんですか。そして、先程からどうして頭ばかり見ているのですか?」
何かついているのだろうかと副会長は自分の頭を触る。
もちろんそこには猫耳があるのだが、副会長が気にした様子はない。
「お前の仕事は俺がやっておいてやるから、今日はゆっくり休め」
「……意味が分からなさ過ぎて気持ちが悪いのですが、何か悪い物でも食べましたか?」
困惑を通りこして何やら不審な目で見られる。
普段の行いを考えれば、当然の反応と言えるだろうが、今は非常事態だ。
「今度から負担が少なくなるように調整してやるから――」
言いながら副会長に近づくと、警戒したかのように耳と尻尾が立つ。
「だから、いい加減にそれを取れ」
無造作に猫耳に手を伸ばして引っ張る。簡単に外れるだろうと思ったが、意外にも取れない。
尚もグイグイと引っ張るが、一向に取れる気配はない。
「――い、痛いです! 髪引っ張らないでください」
「お前、どうやってとめたんだ?」
ピンでとめているのかと、耳の付け根あたりを探る。
「ちょっと、本当に何なんですか」
乱暴な手つきで触られるのが嫌なのか腕をつかみ、ついでに尻尾でもぺしぺしと抗議してくる。
なんだ、この無駄に高性能な尻尾は。鬱陶しい尻尾を強く掴んで捕まえる。
「――え、」
すると、副会長は力が抜けたかのようにその場へ座り込んでしまう。
「おい、大丈夫か」
「……大丈夫、じゃないです。何をしたんですか。急に力が抜けて」
「……――お前、もしかして見えていないのか?」
副会長が座り込んだことによって、耳の付け根がよく見える。
それはどう見ても自然に頭皮とくっ付いているようにしか見えなかった。
「だから、先程から貴方は何を言っているんですか」
その言葉で確信する。
副会長に耳と尻尾は見えていないのだと。
考えてみれば、あの副会長が猫耳と尻尾をつけて登校してくるはずがない。
耳と尻尾はどうやら自分だけにしか見えないらしく、忘れ物を取りに顔を出した会計に確認しても普段と何も変わらないと言っていた。
もっとも大がかりなドッキリという可能性もなくはないが、こんな下らないことに副会長が付き合うとは思えない。
そうなれば、出来ることは何もなく、存在を無視して普段通りに振舞うことに決める。
「おい、コーヒー……」
淹れてくれと頼もうと声をかけた瞬間、猫耳がピンと立つ。
「……飲むか?」
予定していた言葉と違う言葉が出て、自分でも混乱したが、それは副会長も同様らしく尻尾がハテナの形になった。
給湯室でコーヒーを淹れながらため息を吐く。
やりにくい。普段通りにやろうとするのだが、どうしても目が耳と尻尾へと行ってしまう。
どうして自分だけが見えるのだろうか。副会長を猫みたいだと感じたことは無かったはずだが。
だいたい、猫と副会長はイメージ的に大分離れている。
猫といえば気まぐれでプライドが高く、それでいて時々酷く甘えたがる。そんなイメージだが、対する副会長は真面目過ぎるほど真面目で冷静な態度を崩さず、甘えてくることなどは一切無い。
時々、もう少し柔らかくなっても良いのになと思うほどだ。
……もしかして、柔らかくなった結果がアレなのだろうか。
だとすれば、意味もなく副会長に謝罪をしなければならない気がする。
「……やめよう」
考えるのはやめよう。考えれば考えるほど良くない考えが浮かんできそうだ。
それにグダグダしている間にコーヒーも淹れ終わった。
「砂糖はひとつで良いか?」
コーヒーを淹れたカップの片方を渡す。
副会長はお礼を言い、コーヒーに口をつける。
その表情を眺めるがいつも通りの整った顔があるだけで特に変化は見られない。
しかし、尻尾を見れば右へ左へゆったりと移動を繰り返している。
……喜んでいるのだろうか。
少なくとも不機嫌であることは無いようだ。
淹れたコーヒーに自分も口をつける。久しぶりに淹れたが、腕は落ちていないようだ。
けれど、副会長が淹れたものに慣れたせいか、少し物足りなく感じる。
それからは仕事を片付けることに集中した。
時々、副会長へ視線を向けてしまったが、今日の分はすべて終了だ。
伸びをしながら副会長を見るとまだ終わっていないようだ。
ピンと尖った耳が集中しているのを表している。
「おい、残りのヤツ半分寄越せ」
PCと対峙していた副会長がその言葉に顔を上げる。
「いえ、これは会長がやるような仕事でもないので」
「それならお前がやらなくても良いだろう」
断りそうな雰囲気を感じ取って半ば強引に仕事を奪う。
「さっさと片付ければ三限から出られるぞ」
ちなみに同じクラスだ。生徒会も教室も同じで、ここ一年は確実に一番長く時間を共有している。
「三限は確か、古典、でしたか」
古典とつぶやくと同時に尻尾が垂れ下がる。耳も心なし元気がない。
「古典が苦手なのか?」
苦手なものなど無いと勝手にイメージしていたので思わず尋ねる。
すると、綺麗な目を大きく見開いて驚かれる。
珍しくわかりやすい反応に、内心こちらも驚く。
「どうして、そう思うのですか?」
尻尾と耳的に。とは言えず。
「勘」
と答える。
ほぼ答えになっていないが、言い切ったせいか、何となく納得したように副会長が頷く。
「……別に古典が苦手というわけではないのです。ただ、先生が……」
「峰岸がどうかしたのか?」
言いよどむ副会長を促す。
言っていいのか迷っているのか尻尾がせわしなく動く。
「この前、資料の整理を頼まれて一人で片付けていたら先生がやってきて、その、いきなり手を握られまして。資料室まで走って来たのか、それが妙に暖かく湿っていて、鼻息も大分荒い様子で……」
その時を思い出したのか尻尾が膨れる。
そんな副会長の尻尾以上に、自分の顔の方が酷いことになっている気がするが。
「それ以来、良くないと思いつつも気持ち悪さを感じてしまって避けてしまっているんです」
「いや、そこは良いとか悪いとかじゃなくて全力で避けろ。近づくな。もし、近づかなきゃいけなくなったら絶対に一人で行くな。わかったな」
肩を強く掴み言い聞かす。
迫力に押されたのか、尻尾と耳が垂れる。
「はぁ、ですが峰岸先生は担任なので呼び出されてしまうと無視をするわけには……」
そういえばそうだったと思い出す。興味がなさ過ぎて忘れていた。
「……そん時は、俺を呼べ。助けてやる」
言ったと同時に何を言っているんだ自分はとも思う。
けれど撤回するつもりは無い。こいつが辛い目や嫌な目に遭うのは見たくない。
黙ってしまった副会長を見る。尻尾も耳も同じく沈黙してしまっている。
やはり気持ち悪いことを言ってしまったのだろうか。
不安になってきたが、やがて副会長が口を開く。
「……ありがとうございます」
小さな声だったが、言葉と同時に淡く微笑む。
一緒に居る時間は長いが、表情をほとんど変えないこいつの笑顔は希少だ。というより、初めて見た。
「あー……」
口から意味のない言葉が漏れる。
「会長?」
いつもの表情に戻り、首を軽く傾げる。
それと同時にやはり猫耳も動き、尻尾も揺れる。
ヒョコ、と動く猫耳に我慢できなくなって頭を撫でる。
副会長は少し驚いたように固まっている。上目遣いの視線に耐えられなくて、少し乱暴に頭を撫でまわし視線を外す。
外した視線のまま、正直に告白をする。
「俺、実は猫好きなんだ」
END
先生に襲われかけていたのを助けたのは、実は会長。
ただし急ぎで必要な書類がどこにあるかわからずに副会長を探しにきただけで、偶然助けられた形。
だから、次は偶然ではなく助けてくれると言われて嬉しかった様子。