えぴそーど7 姫様御抜擢(前半)
長期間放置していたことの理由を見付けようとすれば、いくらでも見つかるのですが、言った瞬間にそのどれもが言い訳になってしまうでしょう。125日間の間、何も反応を示さなかったことを深くお詫び申し上げます。今回中途半端な分量での投稿となりますが、僕が生きてることを示す、生存確認ってことで…。
「昨日は大丈夫だった? 体痛くない? 優くん…」
俺が倒れた次の日の今日,朝教室に入ると真っ先に心配そうな顔をして近づいてきたのは歩美である。そういえば、あの変態保険医に襲われたときはもう下校時間を過ぎてたんだよなぁ…。おかげで部活をサボってしまったじゃないか。…元を辿れば『溶けた血』にハマッて完徹してた俺も悪いけどさ。
「大丈夫大丈夫! 別にどこも痛くないし,反省して睡眠時間をちゃんと戻したし」
「そう…,本当に良かったぁ。もし優くんが今日来なかったらどうしようって心配だったんだよ? 昨日の部活だって休んでたから,もしかしたら倒れた拍子に大怪我しちゃったんじゃないかって…」
言えない…,いつも運動部の擦り傷や風邪っぴきな生徒の手当てをしている保険医が,実は目ぼしい標的を見つけては『あんなこと』や『こんなこと』をしようとしてきたなんて…。
「ね…,念のために早退したんだよ。ほら,この体になってまだそんなに経ってないし,また授業中に倒れたりしたら怖いからさ」
「そうだったんだ…。もう,あんまり無理しないでよね!」
呆れたような笑顔を浮かべた歩美は,そのまま自分の席に戻っていった。…さてと。俺はアイツの席のほうを見た。表紙カバーの黒い,何やら怪しい手帳を片手にニヤニヤ笑いをしている。…気味悪すぎる。
「朝っぱらから何企んでんだ,福島?」
聞かれた本人は何故かシャーペンを取り出しながらこちらに向いた。
「おはよう子猫ちゃん。今の世の中にいるゴミ虫どもを排除して新世界を作ろうと思ってね。まずはあの保険医から…」
お前には死神が憑いてるのか?
「冗談だよ子猫ちゃん。でもまぁ,彼女は来ないはずだ,三日後には辞職するであろう」
さっきから子猫ちゃんってヤメ…え?
「彼女って…,あの保険医のことか!? お前あのあと何があったんだよ?」
「なぁに,最後に勝つのは,知力・体力・組織力に秀でた者だってことだよ」
自分の髪を指ですくうように,サラッと言ってのけていた。恐ろしすぎる…,ここの生徒会って,先生一人を消すのも楽にできてしまうのか…。
「不可能じゃないが簡単じゃないぞ? でも,姫の身に害を成した女豹には,それ相応に罰を受けてもらわねば気が済まないからな! あぁ〜〜〜〜!!無事で良かった,ひめさ」
お,予鈴だ。
俺はささっと自分の席に着席した。
国語の授業。
「えっと,そ・・・それじゃぁこのページの3行目から音読を,…姫宮さん如何でしょうか?」
腰低いな先生,そんなにあのカラス事件のことが頭から離れないのか? 髪の毛は有無を言わさず離れたのに。
「どうやら姫はそのような気分では無いようだ,無礼だぞ,下がれ!」
どの面下げて言ってやがる福島。
「わっわかりました…,失礼しました姫宮様…」
プライドの欠片も無いな先生,南無。
「今日はちゃんと部活に出れるよね,優くん?」
放課後のホームルームが終わるとすぐに俺の席に歩美がやってきた。
「あぁ,ちゃんと行くよ。ちょっと待ってろ,すぐ支度するから」
「焦らなくても構わないぞ,姫」
大慌てで支度して帰ろうとしても捕まえてきそうな奴が、その隣に悠然と立っていた。
音楽室に向かう途中,ふと忘れていたことに気がついた。
「そういえばさ,文化祭の曲っていつになったら全部決まるんだ? もう時間も無くなってきたし」
そう、昨今の『ゆとり教育』という馬鹿げた風潮にも負けず、この中学では毎年文化祭が開催される。俺たち吹奏楽部は日頃培った実力を発揮するのに最適なこの機会を逃すわけがないのだが、本番一ヵ月前に迫った今でも、曲が一曲しか決まっていないのだ。
「優君…、今日がその会議の日だよ?」
はぁと、ため息をつきながら呆れた表情で、歩美は返事をした。
「さっさと決めないと、おっしゃる通り時間が無いですからねぇ、姫様?」
意地の悪い声と表情で、部長がのたまいやがった。どうやら俺だけ完全に会議のことが頭から抜けていたようだ…。
「いやぁ〜それにしても、昨日はデッカイメス猫に襲われて大変だったよ。まるで豹のようだった」
…その豹を肉体的にも、社会的にも封殺おまえは、国家権力の犬ってところか。
「ひっ…! ひ、豹…? やだ…、そんなのが学校の辺りをうろついてるの…? 優君怖いよー…」
俺と福島と変態保険医の一件を知る由もない歩美は、何故か日本には有りもしないはずの名前に萎縮して、小柄な身体をふるふる震わせて腕にくっついてきた。…おい歩美、いつまで抱きついてるんだよ。もう音楽室見えてきてるんだぞ、こんなところ誰かに見られたら…
「あー!! アユミンずーるーいー!! 私も姫ちゃん抱っこするー♪♪」
「あ、私も私も〜!!」
「なになに!? 今日は姫っち奉仕デー!? こりゃ乗り遅れちゃいけないよー!!」
いい加減あんたたち女子は俺をオモチャ扱いするのを止めることは出来ないのか!? しかもスーパーの特売みたいな名称を付けるな!
「ふむ、僭越ながら不肖福島、姫さまのご好意に預かり『ごほーし』されるといたしましょう!」
女子にモミクチャにされる直前に、猫殺し福島の左頬にハイキックをくれてやったが、何故か満面の笑みを浮かべながら倒れていく様が見られた気がした。まあ、その後はもはや慣れっこになってしまった全方位圧迫攻撃に為す術無しな状態にされたわけだが。ん、白? 今福島の声が聞こえた…よう…な…。