えぴそーど9 姫様御出掛(中編)
まったく…、世の中と言う名の虫籠を作りなさった神とやらに唾を吐きかけたいような気分だ。もともと商店街の本屋という憩いの場所は知り合いと遭遇する可能性が高いということはわかっいたが、だからって天敵と鉢合わせするような出くわし方をさせられるのはご勘弁願いたい。
「いやー,こんな場所で姫様に会えるなんてなんたる偶然! このような機会を下さった神様には心からお礼をしないとね! サンキューゴッド! イッツフライデイ!」
それは仕事に疲れたサラリーマンが,週末の金曜日に飲み会で発するべき台詞だ。決して中学生が使える言葉じゃない。
……これは断じて偶然なんかじゃない,きっとこの前の話を盗み聞きして先回りしてたのかもしれない。いやもしかすれば家の前からずっと尾けられていたのか? とりあえず店の中で叫ぶなストーカー(仮)。
「お探しのDVDは『怠惰ニック』だろう? それならあそこの棚にあるから持っていくといい」
そう言いながら指差した区画には,なるほど,旧作洋画のDVDがあいうえお順にずらりと並んでいた。小ぢんまりとした店の入り口付近は新作のモノが陳列してあって,聞かなきゃわからなかっただろうから素直に助かった。
「行こうぜ歩美,怠惰ニックを探さなくちゃな」
「………ふぁ!? まっ待って優くーん!」
『隣のトド』や『おどろけ姫』といった例の巨匠映画の区画に足を止めていた歩美は,やや遅れながらついてきた。
ええっと,怠惰ニック,た…た…た…。あれ? 無い…。ここじゃないのかな? タ行の映画はこの一番下の段なんだがな…。俺がしゃがみながら探していると肩を叩かれ、振り向くとヤツのニヤニヤとした顔があった。まさか……,
「姫、お探しのDVDはこちらではないですかな?」
再び指し示す指はなぜか妙に上向きの角度をしており,その場所には探していたパッケージが二つほど陳列されていた。それもご丁寧にチ行の映画の左側に。
…ハメられた。こいつ,先回りして一番上の段に置き換えたんだ。試しに自分で取ろうとするが,届かない。上から二段目の段のところにギリギリ指が引っ掛かる程度なのだ,自力では無理に決まってる。
「ありゃりゃ…,優くんにはちょっと届かないみたいだね? 私が取ってあげ」
「おっと歩美くん危ない! 床にGの戦隊が!」
ひぇぇぇ! っと恐れおののく歩美。いや,嘘だって気付けよ。
「おい福島,性根の腐った真似してないでさっさとそれ渡せよ」
「これでは姫様がこの『怠惰ニック』を手に入れることが出来ないではないか! どうしたものか…,どうすれば…」
今日はとことん人の話は聞くものかと決め込んだらしい。いつもより二割り増しで腹ただしい。
「む! そうか! その手があった! そう,この手が!」
福島の手がワキワキと蠢きだしている,今までの経験上この動きは非常に不味い。DVDなんて知ったことではない,状況が変わった。店の出口は…良し,誰もいない。今なら余裕で抜けられる。三秒数えたら走るぞ。一,二,さ,
「大変だ歩美君! 今度はそっちに行ったぞ!」
ひぇぇぇ! っと恐れおののき駆け回る歩美。だから嘘だって気づけ…,あ!? 出口が塞がれた! 畜生,これじゃあ最短経路が確保できない。福島め,歩美を誘導しやがった。…だが俺の脚力を舐めるなよ,このナリになってから前と比べてかなりの軽量化が図れたんだ,棚の周りをぐるりと回れば…行ける。風になれ俺! 行け!
「さあ姫様どうぞおとりくださいませ!!」
風になる前に見事に防風林に捕まり,両脇を持たれて抱えあげられてしまった。不覚。
「今すぐ離せ」
「それはできません,姫様。『怠惰ニック』を見捨てるおつもりですか? さぁ早く!」
結局何を言っても,そこのパッケージを取れの一点張りになりそうな気がしたので,仕方なく手に取った。男女の顔をバックに立派な船の写真が写されている。歩美が言ってたのはこれか,「私飛んでる!」って。今の俺も飛んでるよ。参ったかニック? 俺は参りました。さぁ今すぐ下ろせ福島…。
「それではカウンタまで向かいましょうか,姫様!」
俺を抱き上げたままカウンタまで向かっていく,このストレート変質者め。…仕方ない,これで気が済むなら好きにするがいい,さすがに外に出たら暴れてでも抜け出すがな。ほら店員さん,このDVDを貸してくれ。
「あらお嬢ちゃんこんにちわ! このDVD一枚でいいのね? 旧作だから七泊までできるけどどうしようか?」
やたらフレンドリーで若い女性店員がいた。いつも来てたけどこの店にこんな人いたっけ?
「えと…,七泊でお願いします」
「七泊ね? 会員証はお持ちですか? …はい,350円になりますね!」
350円か…,CD借りるなら一日で120円くらいで済むのに,なんか気分的に損した気分になってしまうな。中学生の財布では100円はかなりの力があるぜ。
「はい,ちょうどですね,ありがとうございました,どうぞー」
DVDの入った青い袋を受け取り,レシートをもう片方の手で持つ。…さぁさっさとこの店を抜けよう…。ほら福島動け。
「今日はお兄ちゃんとお出かけかな? 一人で買い物できたね,エライえらい!」
俺たち,端から見たら兄妹ならしいよ? 頭撫でられちゃった。…あれ? なんか凄く顔が熱い…,耳の端まで熱いよ? ……今すぐ下ろしてくれ福島,なんか逃げたい気分なんだ,おい! 福島,下ろせ,下ろせよー!!
「あは,照れて赤くなっちゃった。本当に可愛いね!」
俺は両手を顔に当ててただ顔を見られないようにしているしかなかった,…両脇から感じる福島の手の感触があまりに不快だったので脇を強く締め付けるが,やっこさんは気にせず,むしろもっとと指が動いていた。
「じゃあね,お姫様!」
直後,自分の口からハ行とナ行の組み合わさったなにやら奇妙な発声が出てきたが,そんなことを気にしてられるほど今の俺は心の余裕を持ち合わせていなかった。店員のニコニコとした笑顔が目に焼きついて離れない,嗚呼見ないで…。
またしても更新が途絶え途絶えになって申し訳ありません,たまにいただく評価やメッセージにはいつも励まされます。今度の更新はもう少し早くするよう,努力します…。




