ロクデナシのロクデナシによるロクデナシのための七夕
くだらない話を何度も何度も繰り返しすることに意味はないんだけれど、強いて言うならば「楽しいから」というのが本音だ。
情報とメディアにかまけている間にも、そんな楽しい事を考えたりしたりするのと同じように時間は流れ過ぎ去っている。ま、日本人らしいと言えばそれまでなんだけれども。とりあえずはテレビで報じられる胡散臭いニュースやピッチの外れたかわいらしいシンガーのドキュメンタリーを見るよりかは、お気に入りの動画を見てまったりするのがまったき仕合せというもの。そしてそんな足の痺れる事よりも、乳酸を大量に生産して遠出をし、気の置けない人達とくだらない話を繰り返すほうが、少なくとも今の僕にとってはとても楽しいのだ。
環八通り沿いの緑の看板、赤い文字で書いてある店名を口にすれば、誰かしらから「ああ、あれか」という返事が聞ける。何を隠そう、そこが僕らの集会場、もとい座談会本会場だからだ。バイトをしているわけでもないのにそこそこに懐のあったかい連中が集まっているのだが、如何せん世知辛い学生生活を送っているものだから―といってもお子様のそれとほとんど同レベルの話だけれど―どことなく高価格のお店なんかには近づきたがらない。だからこそグリーンを基調にした赤い文字のファミレスに、リーズナブルなひと時を求め足繁く通ったりするのだ。。無論、飲料だけを。迷惑なのは承知の上で、つつましく騒ぐのが僕らなりのマナーだ。
「一樹。目が死んでるぞ」
話の口火をいつも抜刀切りで両断するのは雄那。女子みたいな名の響きだけれども、正真正銘剛勇無双のでかい男だ。…いや、正しくは豪遊夢想というべきだろうな。
「というより、死んだ魚みたいな目してるぞ」
「いつも言うけど、一体何なんですかソレ」
一樹は丁寧語を乱用する。普通に喋れとつっこむ余地はどこにもなく、そんなスタンスは何故か寛容な態度で迎え入れられている。というよりたぶん、もう面倒なんだろうけど。
「髪の毛だってまるでルート記号みたいにぺったんこじゃねえか」
「どうしたらそんなたとえが思いつくの。数学狂かあんたは」
肩をたたかれる。
後ろには今来たばかりの優大がいた。
「遅かったな」
「母親がうるさくて。あと、ごめん。今日も9時までには戻ってこいって…」
いつまでそんなお約束を律義に守るつもりなんだね、君は。そんな事を言ってやっても、きっとこの男は尻に敷かれた座布団のようにひしゃげたまま動かないんだろう。
「あれ、シノは?」
「シノはもう中に入ってる。お前来るの待ってたんだから」
「そうなの? ああ、ほんとごめん」
階段を登り始めた雄那と一樹の後を追うように、優大がおたおたと走っていく。自分もその後をゆったりと追うことにする。
自分にどれだけの誇りを持てれば、そんな大胆発言が出来るのか一度聞いてみたい。いや、聞くべきなんだろうが、たぶん面倒なことになるだけだ。
「俺は目が大きい子がいいなー」
「いやいや、小さくて丸い子のほうが可愛いよ」
人の容姿で人を語れば、彼らにとって恋愛とは肉欲の一端に過ぎないんじゃないかとたまに思って勝手にどっちらける自分がいる。かまとととかむっつりとかさくらん坊主とか好きに呼んだらいい。少なくとも僕はその場の雰囲気が楽しければいいんだ。
「ハマは?」
「俺? 俺は大きい人の方がいいな」
「ほらほら! やっぱハマはいい目してるよ!」
「えー? じゃあさじゃあさ…」
こういう会話が年齢に相応なのか不相応なのかは別として、世間体に当て嵌めて考えた時の選り好みと、自分の直感で選んだものとはかなりの大差があると感じるのだけれど、はたしてそれは可笑しいんだろうか。どうでもいいやという怠慢と、シラネという無関心が脳内に押し寄せているが、おそらくそれは優大にも同じように立ち昇っているんじゃないかと思い話しかける。
「優大は? この前言ってた感じの子がいいのか?」
「え、まあ、うん」
照れているのかそうでないのか分からない曖昧模糊な返事をかましてメロンソーダを口に運ぶ優大。以前「メロンソーダとコーラを上手く注ぐと、きれいに上下に分かれる」なんていう噂を試し、案の定えげつない液体と化したそれを一気飲みさせられた彼だが、やはりメロンソーダは手放せないといった心中がとてもよく伝わってくる。もっぱらジンジャエールで通すのは僕だが、兎にも角にもCO2の入った飲み物は万人に共通する栄養剤なのは間違いなさそうだ。話は逸れるがアルコール類にも大抵それは入っているしそれ自体の滋養強壮能力はえげつないほど高性能だ。まあ、この年ではご法度なんだろうけど、そんな誰が決めたかもわからないようなお約束を守るやつは…、少なくとも優大以外にはいないんじゃなかろうか。
「白のワンピって実際可愛くなくないか?」
「というかエロいよな」
外は満月。季節柄、夜な夜な庭に繰り出して笹の葉を広げ、紙になにかしらの縦文を書いて吊るすあの行事がそこかしこで行われているけれど、こいつらにはそれを慎ましく敢行しようという意志は全く見受けられない。浪漫の欠片もない、と言えばそこまでだが、このご時世、ロマンスだの純粋だのといって囃し立てたって、その声の方を振り向くような御人はどこにいるだろう。他人は他人、自分さえよければそれでよし。そんなありえない思い上がりがまかり通っているように感じる今日この頃。こんな考えが徒然なるままに頭に浮かぶのは、僕が廃人か変態か虚け者か阿呆か莫迦か捻くれ者か何かのどれかだ。
「巨乳!」
「知るかよ。絶対ハマは美乳派だから。なあ、そうだろ?」
「…どっちかなら、巨乳かな」
「巨乳!」
そう言えば、七夕といえば天の川を舞台にしたあの話が有名だ。中国が生み出した彦星アルタイルと織姫ベガの悲恋劇。詳しい内容はよくは知らないが、一年に一度だけ愛する人と会えるという煽情的な御伽話を昔は現実の事のように信じて疑わなかった。なんて悲しいんだろう。なんて切ないんだろう。そんなふうに子どもながらに涙して話を聞いていた。
「でもワンピに合わなくね?」
「いやいや、そうとも限らないですよ」
「つか余計エロくね?」
「お前ちょっと黙ってろ」
七夕の日にはいつもその話を先生に聞かされていた。といってもまだ義務教育が始まる前の時期だ。うっすらとしか記憶に残っていない。しかし、脳裏に鮮やかに煌めいていた星々と、対岸の上で見つめ合う男女の光景は、子どもながらにとてもロマンチックに思えていた。さあそろそろ悲しくなってきた。僕自身に、そんな切ない恋物語はあっただろうか。さんざん議論を重ねても、どうやっても自分の中で理想が邪魔をして、それでいて極端に臆病になってしまう自分に。優大、シノ、一樹、雄那、そして僕。なかなかどうして廻り合わせがないのだろうと嘆いてはいるが、しかし全く機会がなかったかと言うとそうでもなかったりする。
「チャイナってお前…」
「ごめ、ちょっとトイレ」
「チャイナはないよ、チャイナは…」
「そう? あのスリットから見えんのがいいんじゃんか!」
一見色恋沙汰に無関心そうに見える優大だが、卒業と同時にこっちへ引っ越してくる時、密かにラブレターなるものをもらっていたそうだが、うっかり実家にその恋文を封も切らずに置いて来てしまったらしい。かといって親戚に探してもらって届けてもらうには相当の覚悟がいるとかなんとかで、結局それは2年経った今でもどこかの引き出しにでも眠っているらしい。
その次に古いのは雄那だったと思う。
「ポニテは反則。チート。絶対ダメ」
「いいじゃん別に」
「ダメ」
皆はその話をこう呼ぶ。『舞浜の奇蹟』と。なんてことはない。その名の駅でこっぱずかしい告白をされたということのほかに説明がいるものは何もない。それでも、草食の極み―あいつはユーカリの葉しか食べない―なんて茶化されていた雄那に起こった大波乱に、我がクラス一同はノストラダムスの大予言が的中してしまったというような顔をさせられたものだ。そして何より、ただの野獣―あいつは清らかな乙女にしか会わない。否。喰わない―と僕らは茶化していただけに、その朗報は鬱の他なかった。なんであいつが、と真っ先に頭に浮かんでしまうあたり、嫉妬はもとより常識というか通念というか公序良俗(関係ない)というか…、そんなものが一気に覆されたそんな気分だった。
「ああ、それならわかる」
「マジ? じゃあこれは?」
「ああ、そりゃあれだ。ええと、何だっけ? ランバダ?」
「いや、それ踊りだから」
しかしそんな絵にかいたような始まりを迎えた恋愛話は、自然消滅というなんの魅力も盛況もない終幕を下ろしたそうだ。どう始末をつけたのかは結局教えてはくれていないが、そもそも雄那には肉欲しか感じられない以上、事なかれではただの友人のようにしか感じられなかったのだろう。哀れ、その想い人。今度はきちんと自分自身を好いてくれる相手を見つけてくれ。
「ハマはショート派? ロング派?」
「ロング」
「なんで?」
「かわいいから」
「だったら断然ショートだろぉ!?」
「…知るか」
シノは逆にしっかりした経験を持っている。といってもこちらは実を結んではいないのだが。彼自身がとても一途なのは少なくとも僕はよく知っているし、巨乳だのポニテだのと騒いでいるのも周りに調子を合わせて盛り上がっているのは明白だ。明朗快活で人気だったとある女子を好きになってからというもの、彼の起した行動はどれも乙女チックな涙モノだった。下駄箱に手紙を入れてみたり、席替えの時に級長と共謀して隣同士にしようとしたり、同じ委員会に入ろうとしたり…。小さな努力の積み重ね、とはよく言うが、その積みに積んだ努力の山を使って、何故目の前の高嶺の花に直接手を触れようとしないのかがただただ疑問だった。彼は、奥手だったのだ。
「ショートと巨乳って、合うの?」
「さあ…」
「誰かいる? そんな人」
「…あ、B組の安藤さんとか」
「ああ…」
「ああ…」
「うん。却下」
影ながらフォローもしてあげたが、結局その子には何も言えず、そのまま卒業してしまった。恋の不始末、不完全燃焼のうちに終わったシノだったが、そんな彼にはきっともっと良い人が言い寄ってくれるものと祈ってやまない。
そして、一樹だ。やつは、悔しいけれどイケてる面子という分類にソートされても異論はないだろう。それでいて普段からクールなキャラクターを貫いているお陰で女子の間では噂話が流布するほどの芸能人ぶりだ。とまあ人気の方は良いのだが、如何せんそのクールの度合いが強すぎて女子はもちろんのこと、男友達もロクにできないというなんだか憐憫の乾杯を掲げてやりたくなるような身の上だったりする。
「コーラじゃなくてグレープだった気がする」
「優大。じゃ、オレンジとグレープでやってみようぜ」
「え、また?」
「あれ、前もそうだっけ?」
「うん…」
「じゃあ…、サイダーとグレープで」
「そうじゃなくて」
で、肝心の恋話といえば、無きにしも非ずといった感じだ。とある年末、とある女の子から初詣のお誘いをうけた時の事。その時彼は僕らとボーリングでフィーバーしていた。ゲームを中断し彼の携帯電話に群がった僕らだったが、彼はなんとそのお誘いをさも当然というように断ったのだ。他人の浮かれ話に飢えている僕ら―といっても僕自身はそこまで飢えてないのだが―にとって、その行為は許すまじ、非現実的で、とどのつまり「なんてもったいない!」ということなのだ。そしてその理由も非情の限りで、僕らはただただその女の子に頭を下げるのみだった。なんというか…、彼曰く「あまり可愛くない」だそうで。
「おお? これ成功したんじゃね?」
「なんか液体プリンみたいだな」
「グレープがカラメル?」
「そうそう」
「で、どうすんのこれ」
残るは俺自身。さあ、何を語るべきかねえ…
「ハマ! じゃんけん!」
「えー?」
「負けたらイッキで。はい、最初はグー、じゃんけん―」
◇
人には人それぞれの物語がある。そしてどの物語でも、主人公はその人自身。彼らにとって、僕の存在は助役かスペシャルサンクスかその程度。それでも、僕はこのろくでもない会話を飽きずに何度もできる仲間が好きだ。主役を際立たせるためなら、オーバー過ぎるくらいのアクションをかましたっていい位。
他人の色恋沙汰を囃したてるのは好きではないが、聞くのは好きだ。人がどんなように悩み、どんなように想い、どんなに好いているか。純粋無垢でまっすぐであればあるほどそれは尊く、また受け取る側もさも著名な芸術家がこしらえたガラス細工を扱うかのように繊細で集中した足取りが必要だ。それを手に入れる事ができるのは果たしていつになるのやら。
でもだからこそ僕は彼らとともに暗中模索を繰り返す。天の川を望む高台で一人佇む織姫を探し続ける。ろくでもない僕らが見つけ出せるのはたかが知れているにしても、いつかきっと心の中に蓬莱の玉にも劣らない美しい想いを秘めた女性に出会うだろうと祈っている。そんな空想を年不相応に声高に議論できるのも、他でもないろくでなしの彼らがいるからこそだ。だから僕は彼らが好きだ。だから僕は彼らを敬愛しているし、信頼しているのだ。―そう。例え液体プリンをイッキ飲みさせられたとしても、だ。
「すげえ後味…」
飲み干したグラスをテーブルに置き、爆笑する彼らを眺める。
明日もきっとこんな感じなんだろうなと思う今日この頃。僕の腹は抑えきれない嘔吐感で煮えくりかえっており、おそらく数秒後には大災害がおきることとなるだろうこの座談会は、今日も見ていられないし聞いちゃいられないムードを漂わせてその帳を下ろしつつあった。
友との別れは辛いものです。すぐまた会えるとは分かっていながらも、いつでも会えるという立場と、いつでも会えなくなるという立場とでは天と地ほどの差があります。そんな境遇なので、少しだけ彼らを思い返したくなったのかもしれません。
人には人それぞれの――と話の中でも書きましたが、私の中にいる親友たちを、少しでも面白く知ってもらえたらいいなと思います。…まあ、実際ここまで酷いかどうか別として(笑)