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なんてことはない平日

掲載日:2026/04/18

初老を前に働く中年女性は考える。

 今日は四月十四日。何があるわけじゃない。が、連絡先を表示して、電話番号を表示するも、気持ちがすくみ画面をひとつ前に戻す。どれくらいその画面を見ていたのか、耐えられなくなり、画面から視線を逸らす。

そして携帯電話の画面が暗くなったら、安堵して、携帯電話を居て他のことをし始めた。

こうして連絡をしないなんてことはしょっちゅうな状態になっている私は、それを恥ずかしいと自覚しながらそのことに目を背けていた。

そうして誰も知らない私の秘密が生まれたのは、私の年も中年に差し掛かったころからだった。

それから数年、何食わぬ顔で生活をしていた私も、それから数年の内に、連絡先を表示することもなくなった。

 仕事を終われば、缶ビールを片手に一杯飲む。

 すっかり大人の仲間入りだ。

と歓喜していたのはいつの頃だったか。新入社員の頃を懐かしく思い出す。

 坐禅やリラクゼーションを勧める広告が目についた。

 見ていたら癒されていくようで、眺めていても値段を見て現実に戻る。  

安くなっているところもあるらしいが、ここはなかなかなお値段のものだった。したくなった気持ちを落ち着かせるために、手元にあるコップの中身を確認する。直ぐに飲み物が得られない状態で、辛いなぁと癒されたいなぁという心の声に従い、携帯電話でアプリを使用し癒し系の音楽を探して曲を流した。

 初めは聞き取りづらい音にイライラしたが、音を二つ大きくして、待ってみると音が聞こえてきた。波の音と水の流れる音、そして小鳥のさえずりだった。

テレビのスイッチをOFFにして照明の明かりも橙色に変える。

「雰囲気出てきたか」

水をコップに注ぎ、座ってからひと口飲む。

呼吸に集中して、目を瞑る。コップはもちろんテーブルへ。

両手を広げて、腕も広げて胸を張る。肩甲骨の周りの筋肉が動いているのを意識しながら両腕を回す。ゆっくり。深呼吸する。

首回りのストレッチ、首を回す。右回し。左回し。右を向く。左を向く。下を向く。上を向く。

そうしてもう一度首を回す。右回し。左回し。

鼻からすって、口で長く息をはく。

これを三回繰り返し、次に口から吸って鼻から出す。これも三回繰り返す。

肩を上下させる。五度行う。

そうすると、なんだか身体にたまった疲れが解れてくるようだった。

あとは無理のない姿勢でゆったりと時間を過ごす。自分の呼吸に耳を傾けるのも良し。音楽を聴いているのも良し。

こうしておおよそ10分くらいで、閉じていた瞼を開き、ゆっくり立ち上がって、大きく伸びをする。

「あー」

うがいをしてからベッドへ移動した。

「明日もよろしく。おやすみなさい」

彼女が寝静まった部屋では、携帯電話から流れる癒し系音楽は再生が終わっており、画面も暗くなっている。携帯機能のひとつに一定時間以上操作がない場合にアプリなど停止して閉じる機能がついている。それが機能したのか携帯電話が静かだ。

夜更けに雨が降り出した。

朝が明ける前に彼女は起き出した。

時計を見る。

いつもの起床時間よりも30分早く起きれたようだ。

それくらいで起きて朝の用意をすればゆっくり過ごせる時間が設けられる。

嬉しくなった。

トイレ行こう。

トイレに行って済ませてから、ベッドの方へ戻ろうとして足が止まる。

お腹が空いた。

何か食べたいなぁ。

朝にお腹が空いている、それを自覚できている。それが嬉しかった。

がっつり炭水化物とタンパク質を摂りたい。

冷蔵庫や菓子パン類を見ると無かった。乾麺でもないかと探す。

乾麺があった。

パスタだ。

昔はスパゲッティーって呼んでいたのに。いつのまにかテレビの影響を受けてパスタというのが当たり前に成っている。そのことに気が付くのに随分年数がかかった。

ソースを探す。

ミートソースがあった。

ラッキーであり、買い物をしておいた自分に感謝を表し、ひとり台所で頭を下げる。

電子レンジでパスタを一人前茹でる。

ソースは温めずそのままだ。

面倒になったからだ。

耐熱皿のままにソースを適量盛り付ける。サラダ菜はなかったのでこのまま頂く感じになる。

フォークを持ち出して箸を持ち出す。

牛乳をコップに注いで、どちらもテーブルに移動させる。つまり配膳だ。

ため息ひとつ。

席に着く。

「いただきます」

ご飯を食べる。今作ったパスタだ。

そのまま食べていると、テレビが気になりだした。

席を立って、リモコンを手に持つ。

電源を入れる。

朝の様子を映し出している。ニュース番組の天気予報が流れていた。

「きょうは」

晴れ曇りだ。

あー、明日は午前中に雨が降るのか。

いかんいかん。

空腹を満たしたら眠たくなってきてしまった。

食べてこのまま寝るわけにはいかんのだ。

「よいしょ」

起きて立ち上がる。食べた食器を流しに移動させて水に浸ける。

立ち上がったついでにカーテンを整えた。

ビックリするがまだ朝日はこれからだった。

「おお」

このまま移動して服を着替える。いや、そのまえに顔を洗おう。

歯も磨いてしまえ。

身支度を進めていく。

そうしているうちに動きやすくなってきた。

ゴミ捨てをしてからテレビの電源を切る。

戸締りをして鞄の中身を確認する。

今日はこれだけでよかっただろうか。

予定を思い出して、自信が無くて紙を見返す。

確認する。

忘れ物が多くなった時から、リストを作っておいておいたのだ。

こうして今でも時々忘れることがあるので、重宝している。準備を終える。

もちろん足りない分は用意して入れておいた。

そうしているうちに、早めに家を出る。いつもより30分前には家を出られた。己の朝のルーティンの正確さに驚きながら、

「さぁ、いくか」

身なりを整えて、鞄を持つ。手に家の鍵を持たせて、玄関の扉を潜る。新聞は中にしまっておいた。

「行ってきます」と言う。

扉を閉めて鍵をかける。

さぁ、朝の行動の始まりだ。

青空、雲の流れ。近所の人との挨拶。

通勤や通学の人たちの流れ。

あのような流れに自分も今から合流するのだ。

遅れないようにしないと。

最寄り駅まで自転車で移動する。

信号もしっかり守る。

移動する時間が何故かこころ踊る瞬間があるがよくわかっていないままほほ笑む。

いつもの駐輪場。いつものホーム。

いつもの決まった時間帯の電車。

早く来たので座れた。

移動する電車も敷かれたレールの上を移動するので、いつものルートだ。

いつもの速度。

耳馴染みのそれらの音を心地よく聞きながら下車する駅で周囲を確認して降りる。

改札はいつもくらいの人が居た。前に近場の旅をしようとしている中年の女性が居た。私もいずれ平日の朝から近場の旅を満喫できる日々を送れる時が来るだろうか。

信号待ちをしている人は多かった。

ブオオンとエンジンの音が目立つ車が通っていった。一瞬目に映るその姿はすぐにみえなくなった。そのすぐ後に大型バイク五台が移動していく。なんていう迫力だろうか。

男性の中に女性も居る。

ヘルメットしているのではっきりとはわからないが、みな年上な気がする。

すごいなぁ。

アクティブな年上の世代の流行ったものを想像して、舌を巻く。

すごいなぁ。

その言葉しか出てこない。

彼らのアクティブ具合ったらなかった。流行った物はみなで行こうとみんなを誘って移動しているみたいで、映像に映っている白黒映像に映る上の世代の若い時の姿は何をしていても30年後でも大勢の同じような年代の若者同士で賑わっていた。

そういえば上司である中年に入ったと言っていた麻倉さんは、レコードが趣味でレコードを手に入れるために海外に旅行に行ったと満足げに語っていたなぁ。

そうだ。麻倉さんに渡すものあったんだった。

朝ついたらメールしておこう。

ははは。

私は笑いの中に、そういった熱量の感じられる場所に何年も赴いていないことを静かに認めつつ受け流し。こう思う。

携帯電話からもメールできるが、今は移動中なのでしないでおこう。

とくに急いでいて目的地のトイレに行くまでは。

と。そしてこんな風にも思う。

そう、そんな操作していて我慢するなんてできないのだ。

移動する足は自然と早くなる。

しかし安全もしっかり守る。

と。

そのことを言い訳にするかのようにして急いで歩く。

もう少しだと宥めながらようやくたどり着いたトイレ。

目的地は今だけ違ってていい。

トイレの順番を守り自分の順番になってから個室に入り、

「はー、セーフ」

用を済ませて手を洗う。

さぁ、整えて、いざ参らん。

フロアの勤務場所へ移動する。扉を潜り挨拶をする。

「おはようございます」

「ああ、おはよう」

「おはようございます」

同じフロアの人たちと朝の挨拶を済ませつつ席まで移動する。

荷物を出して、鞄を移動させる。ロッカーに仕舞う形をとっているところなので、そうするのだ。

そうだ、メールするのだった。

パソコンを起動させる。

メールを五分くらいで送信し、飲み物を用意していないことに気が付く。

飲み物を用意して、席に座って伸びをしたら、もう半分くらいの人が来ていた。

「みんな早いなぁ」

「あなたも早いじゃない」

びっくりして声の方を見ると、同僚が座っていた。

「ああ、おはようございます」

「おはようございます」

「急いできたんですか」

「ちょっとトイレ行きたくなって、今ここに来る前に寄ってきたところよ」

「ああ、そうだったんですか」

「そうなのよ。急に来ちゃって」

「はははは。あ、そうそうそういえば今日前崎さんがお話ししたいっておっしゃっていらっしゃいましたよ」

「え、何かな」

「あぁ、身構えなくても大丈夫ですって」

「何かあったわけじゃなく?」

「違いますって、ちょっと聞きたいことがあるだけで、両方で」

「両方って?」

「仕事とプライベートのことで」

「なに?」

「あはは、緊張しちゃって」

「そりゃするわよ」

その時後ろを通り過ぎる人物に視線を向けると前崎さんだった。

「あ」

「え」

前崎さんもこちらを見ていたので私の反応に気が付いて、驚いている。

そこのことに気が付いた同僚が説明をしてくれた。

すると前崎さんは恥ずかしそうに、近づいて私の持ち物について質問したかったと述べていた。後は資料のことについてと述べていた。

「なんだ」

大きな息を漏らして安堵した私をからかっているのか「そんなに安堵すること。さては何か隠してますか?」

「いや隠すも何も一般的な範囲内で生活していますので」

「なんですかそれは」

向いに座る大和田さんが私たちの会話を聞いていらっしゃったようで楽しそうに笑っている。

「あら、やだ。聞いてたんですか。忘れてください。あ、いけない。用意しないと」

始業時間に間に合うようにデスクで準備を進めていく。

忘れずに飲み物をパソコンの脇に置いた。

ようやくデスクに着席する。ロッカーに鞄を入れ忘れていることに気が付いて、慌てて入れに行く。

後ろでわっと笑い声が湧いた。驚いて振り向きたいのを我慢してロッカーに仕舞う自分を褒める。

気になったことを我慢した。

今日の仕事のことについて確認している間に、始業時間がやってきた。

いつもの仕事の時間だ。

20代手前からこの職場にお世話になるようになって早20年は経つ。他になにかとても熱中することもないので、これが私の集大成であり続けて維持していきたいことなのだろう。

ただ時々思う。

もう少し熱中したあの頃に抱いた夢を追いかけたとしても、おそらくこうして振り返ってぼんやりと思うのだろう。

初老を迎えるにあたっての中年としての心構えを今しているのだ。

結婚?

いやいやいや。

良い中の人もいない、これから作ろうと思わなくなった。寂しさはあるが周りを巻き込んだどたばた劇のようなアットホームを思い出す。もちろんドラマの番組をだ。

懐かしむ。

そうして楽しくなって好きな音楽を掛ける。眠りについて朝が来て仕事して、そうして楽しい時間と共にすごしてきた。

「楽しい」

「なに、いきなり」

パソコンの画面を見ながら呟いたのに聞こえたらしい。

「どんだけ」

と言いながら、「なんだか気持ちがすっきりしてきて」

「それならよかった」

「ご心配おかけしました」

「いえいえ」

「これからも宜しくお願いします」

「こちらこそ」

「できれば、今後ともこうして楽しくお付き合いください」

「もちろんだとも。まぁ、仕事以外で会うのないけどね」

「違いない」

と笑い合う。

周囲の人もこの会話は聞こえているだろうが、ほほ笑む人もいれば、真顔の人も居る。

ひとつ頷いて、ひと呼吸して、そして目の前の仕事に視線を向けた。

近所で猫が鳴いた。

「ミャー」

誰も気にした風はなかったが、その鳴き声が耳をつんざくような叫び声になった時、誰かが笑いだし、その笑いは大きな塊になって、フロアに花を添えた。

「縄張り争いしているぞ」

「夫婦喧嘩かもね」

「夫婦って、春だから猫も気が立ってるんだよ」

「ほほ。恋の季節」

「そんないい言葉の雰囲気じゃなかったですよ」

「たしかに」

また笑いがひと花咲いた。

窓から春の風が入ってきた。

窓際の社員が伸びをして深呼吸をしている。

その姿に嬉しくなって、のびやかなその息吹に影響を受けながら、今日も仕事をする。そんな私は幸せです。


若い時は若い時の決断があったように、この年頃もなにかしら人生の進路を決断するようです。ま、確認と反省と受け入れと前に進もうと思う気持ちを持つようになる。そんな人生の瞬間を描いてみました。自分もお話しを読んだり書いたりする時間を設けながら仕事をして長く生きていけれたらいいなあって思っています。そうなりますように。

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