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君と紡いだ宝物  作者: 朝凪 紡


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6/7

めぶく、よかん。

「はぁ…はぁ…」

私は今、学生時代の持久走よりも全力で走っている。

それもそのはず。

今日こそ行こうと思っていた時間は、とっくに過ぎてしまっている。


遡ること三時間前―――

カタカタ…カタ…

(よし、この調子なら十八時には終われる!)

時計を見ながら、やった!と思っていると、後ろの気配に気づく。

(…まずい、視線を感じる)

気配と視線を感じた時点で、この先の未来は私でも予測できる。

もう、これは、確定演出だ。

「すまん瀬梛、この資料を作成を頼む」

(ですよね~あの視線、そわそわし出したら残業の合図って、もう決まってるんだよなあ…)

嫌だからと言って避けられるものではないので、差し出された資料を受け取る。

「…かしこまりました」

資料に目を通し、スンとなる。

(頑張って全力で進めても一時間かかる…パパっと終わらせよ)

気を持ち直してパソコンとの共同作業に戻った。


その後も、後輩の手伝いや上司からのお願い対応で、現在の時刻はなんと二十一時を回っている。

(あれはもう帰らせる気なかったよね)

約束があると、急ぎのものだけ終わらせ、私は今、全力でお店を目指している。

(また行くと伝えたからには行かないとね………というか、むしろ行きたくて仕方ないんだよね)

連絡を取る手段がなく、行かないという選択肢はなかった。

それに加えて、今日もお店に行けるということを一日中楽しみにしていたのだ。

行けないほうが精神治安上よろしくない。

たった二日、それだけの関わりなのに、あの場所を思い浮かべると心が落ち着くから不思議だ。

とにかく私は走り続けた。

「はぁ、はぁ…はぁ」

裏道を駆使して最短ルートで、路地にたどり着いた。

そこで一度膝に手をつく。

(さ、酸素が…足りてない)

軽く息を整えて、一瞬走るか歩くか迷う。

(…いやいや遅刻してるんだし、とにかく急がないと)

田んぼで駆けているように重い足を前に押し出す。

無我夢中で走っているおかげで暗い路地も怖くない。

(あとちょっと…!)

灯りが路地のゴールを示してくれている。

最後の力を振り絞ってスピードを上げ路地を抜けた。


「はぁ、はぁ…」

(ここに来るとき高確率で何か起きてない?もうそういう運命?)

フルマラソンをしている人たちに脱帽である。

きっとこんな無茶苦茶な走り方はしていないだろうけど、とにかく尊敬である。

膝に手をついたまま、腕を上げる余裕すらない。

ふぅ――

(体力つけなきゃ)

カラン…

唐突に聞きなれた音がして、反射的に視線を向けた。

そこには、ドアからひょこっと顔を出している時雨がいる。

「翠さん、来てくれたんですね」

「!?っすみません!遅くなってしまって…」

膝についていた手を置きなおし、深々と頭を下げた。

「いえ、来てくださってとても嬉しいです」

「っ…」

この上ないくらいに穏やかな笑みは、昼間とは違った優しい光に包まれ一枚絵のように輝いて見える。

「遅くまで働かれたんですね、お疲れ様です。…夜はまだ冷えますね。中にどうぞ」

「…はい」

歩き出した瞬間、風がそっと頬をなでた。

まるで私を歓迎してくれているかのように――

そう思えるほどに、優しく吹いた。


カラーン

ドアが閉まり、ベルの音が静寂の中に響き渡る。

「カモミールティをご用意しますので、お掛けになってお待ちください」

「あ、そんないつも通りお水で問題ないですよ…!」

(もう遅いのに、ごちそうになるわけにはいかない)

「僕がそうしたいだけなので受け取ってもらえると嬉しいです。カモミールティは苦手ですか?」

吸い込まれそうに優しい表情だ。

自然と心が緩んでしまう。


(……惚れないほうが、むしろ無理かもしれない)

「に、がてじゃないです。いただきます」

魅了の不可避スキルでも持っているのだろうか。

そう思うほどに、言葉の端々や表情さえも、特別扱いされているように勘違いしそうになる。

「それならよかったです。少々お待ちください」

「ありがとうございます!」

(厚意を無下にする方が失礼だよね、今度何かお菓子でも持ってこよう)

二十時間営業と言えど、彼への申し訳なさは消えなかったが、感謝の気持ちも同じくらい湧いてきた。

椅子に腰かけながら、彼の厚意を勘違いしてしまいそうになる自分を諫める。


(そんなはず…ないもんね)

窓の外に目を向けると、いつもよりやわらかな灯りが、夜の静けさを包み込むように降り注いでいた。

まるで、道しるべのような光を私はただ見つめていた。

心のどこかが、少しだけあたたかくなった気がした。

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