ふいに、はじまる。
(そして、なぜそんなに……かっこいいんだ)
こっちの気持ちのほうが強いかもしれない。
「こ、んにちは」
詰まりました――
かっこよすぎて、ちゃんと挨拶できる日が来るのか不安になる。
そこで、当たり前に次があると思っていることに自分のことながら戸惑う。
(……それはちょっと、図々しいかな。いやでも、定食!あれだけ美味しいんだから、通うなら挨拶くらいちゃんと…!)
顔に熱が集まってきそうなところで、何とか引き戻した。
もはや引き戻せたか定かではないが、意識し始めた瞬間から、地雷原に迷い込んでしまうような気がして――
それだけは避けたい。
ひとり心内論争を繰り広げていると、穏やかで聴き心地の良い声色が耳をかすめた。
「今日は、」
彼の視線が、窓の外へゆっくりと向けられる。
少しの所作でも見惚れてしまう。
とても遠くを見つめているように細められた目には、穏やかな光が照らされている。
本当にここに存在しているのか疑いそうなほど絵にかいたような一幕だ。
「雨ですね。濡れませんでしたか?」
彼の言葉ではっとする。
(ガン見しちゃったよ)
おろおろしながら返答をする。
「傘を動かした反動で少し濡れました」
「では、タオルをお持ちしますね。お好きなお席でお待ちください」
「っ」
「お構いなく」と言う隙も与えず、朗らかに微笑み、厨房とは別の方向にあるドアを開け中に入っていった。
(行っちゃった…)
紳士かな――
(スマートすぎるでしょ)
彼は、欠点という言葉すらも持ち合わせてなさそうだ。
(いやそんなことはないだろう…出会って2日で分かるか~!というか友達でもないし)
何考えてんだと自己ツッコミを入れながら、昨日と同じ席に座った。
(今日が雨って知ってたってことは、やっぱりここも降ってたのかな?日の光がよく当たっているから、剛速球で水滴が蒸発したのかも)
そういうことか、と納得して、窓の外を眺める。
元気そうな草木を見ると自然と笑みがこぼれた。
コン…
物音がして反射的に振り返る。
するとテーブルに湯飲みを置く彼の姿があった。
「お待たせしました、どうぞ」
(足音は何処へ…)
「ありがとうございます」
差し出されたタオルを受け取る。
(距離感すごいな)
「いいな」と思う気持ちと、「いや、こんな出来すぎた話ある?」という警戒心がせめぎ合う。
定食もおいしくて、この美貌で対応も良いというのに今日も私以外のお客さんはいない。
(雨だからかな?)
偶然だろうとは思うが、抱いた疑問は簡単には消えてくれなかった。
「注文が決まりましたらお呼びください」
そんな私とは打って変わって、彼は一礼して厨房へとはけていく。
(…考えすぎか)
やばいやつが作る定食の味ではなかったなと思い直した。
昨日食べたサバ定食は、素人でも熟練された味の深みみたいなものを感じた。
魚を焼くにしても、一日二日ではあの焼き加減には到達できないだろう。
私では一生をかけてもあんなにおいしく焼けないと断言できる。
(まぁなんかあっても何とかなるか)
気持ちを切り替えメニューを見る。
(今日は何にしようかな)
昨日とは全く違うメニューが並んでいて、これまたどれもおいしそうである。
迷いそうになったところを茄子とそぼろのあんかけ定食が目に入り即決した。
というのも私は幼いころから、雨の日はなぜか茄子が食べたくなるのだ。
注文をしようと彼を探していると、ちょうどタイミングよく厨房から出てきた。
「お願いします」
と声かけすると、
「はい、お伺いいたします」
と返してこちらに向かってきた。
「ご注文をお伺いします」
「Bセットとほうじ茶をお願いします」
「かしこまりました」
なんとなく会釈をして彼が去っていくのを待っていたが、戻る気配がない。
(どうかしたのかな…実は茄子がきれてますとかかな)
彼の様子を伺いつつ、待っていると、
「もし…、不快でなければ、ご一緒してもよいでしょうか」
「………ふぇっ?」
言葉にならないただの音がこぼれた。
「ちょうど今から休憩をしようと思っておりまして、ご一緒できたら嬉しいなと…」
(ん?まてまてまてまて、頭が回らない、え~っと…ええぇ!?)
一気に心拍数が跳ね上がる。
思考の糸がほどけて、言葉もバグった。
「い、一緒に食事をスルトイウコトデショウカ?」
言葉として成立しているかもわからないほど驚きで頭が真っ白になっている。
なぜこんなにも動揺してしまっているのだろうか。
(いや、するでしょ!びっくりするよ)
少し目を伏せて、微かに頬を緩めながら「はい」とだけ返してくれた。
「っ!?」
(そんな急に!?)
驚きすぎてどうしたらいいかわからない。
「え、えっと…」
どうにか会話をつなごうと声を発してみるが、思いのほか困惑しているようだ。
それでも、何となく答えは出ているように思えた。
「あ、あの、その、一緒に食べましょう…!」
(言えた~!頑張った~!)
今日は、ご褒美にホールケーキを一気食いしても許される気がする。
お察しかもしれないが、私はものすごく人見知りである。
ましてや、こんなに美形で、はや推しと言っても過言ではない人物から予兆もなく食事に誘われるとは、混乱の極みである。
「え、良いのですか…!?」
「え、断ったほうが良かったですか!?」
勢いでよくわからない返答をしてしまった。
(まてまて、落ち着くんだ…何を言っているんだ私は)
ふぅと一息つき鼓動を戻す。
「いえ!まさか良いと言ってもらえると思っておらず、取り乱しました。大変失礼を…」
そういってお辞儀をする。
そして続けて「では、お食事を準備して参りますので、少々お待ちください」
「あ、はい…お願いします」
今までで一番爽やかな笑みを浮かべた彼。
その背中が厨房へと戻る時、どこか足取りが軽く見えた。
(すごい勢いだったな…また緊張してきた)
彼が戻ってくるまでの間、どうにか緊張を逃がそうとひたすら手のひらに米を書いては飲み込んでみた。




