許可をくれたのは、君のほう。
『近づいてきたのは、君のほう。』の続編です。
前作を読んでいたほうがより楽しめる…かと。
「おはようございます」
「…………」
「朝ごはん、できてます」
テーブルの上に並んでいる料理は、おいしそう。
「くうううううううう!」
オルガはその場にしゃがみ込んだ。
「だから私がだめになるって言ってるのに……!」
悔しい……!
*
ちかい。
具体的に言えば、こうした食事の時の皿の位置。
そもそもなんで食事をするのに隣に座るんだろう? 最初は向かい側にいたはずなんだけど。
涼しい顔をしている幼馴染はすでに身なりを整えている。
寝癖のついているオルガはそれがまた、悔しい。
「なんか嬉しそうだねノイン」
いつもより上機嫌なのは、見てわかる。
「トムさんからの手紙を受け取りました」
「と、トムさん!?」
村で唯一、字の読み書きができる人だ!
「君が出発する前に出していたみたいです。詰所宛てなので、昨日受け取りました」
「わあ! なんて書いてあったの!? トムさんと手紙のやり取りしてたなんて知らなかったな、私」
「君のご両親も、祖父君もご存知ですよ」
……なんて?
「君が勘違いをしていると知らせてくれました」
「かんちがい?」
ノインはふ、と笑う。
「君のことをお嫁さんに貰う相手は、俺だそうです」
「…………………………え?」
「娘さんを俺にくださいと頭を下げたのに、無効になったのかと心配していたので」
「ええっ!」
そんなの知らない!
ノインが瞳を伏せ、悲しそうにした。
「やっぱり忘れてたんですね」
「う! いや、でもね? そんなの聞かされてないんだよ?
誰も言ってくれなかったし、い、行き遅れだってよく言われてたし」
「君のご家族は知ってます。それに」
それに?
ノインはにこ、と微笑んだ。
「許可をくれたのは、君のほうです」
***
王都の騎士団試験に合格したノインは、田舎の同じ村出身でオルガの幼馴染だ。
昔はオルガより小さかったし、今みたいにいつも優しく穏やかに微笑んでいるわけではなかった。
(いったいいつ……? なんでそんなことになってるんだろ……。でも待てよ。子どもの言ったことなんだし、みんな本気にしてないと思うんだよね。それだ!)
ハッとして隣のノインを見遣った。
「違います」
「うっ!」
先回りをするようにノインが否定する。
「君のおじいさんが持たせたお土産を、忘れたんですか?」
「え……? たしか、精のつく……」
「俺の子ども、絶対かわいいんですよね?」
「わああああああああ!」
絶叫を上げてしまい、逃げ出そうとする。しかし、しっかりと手を繋がれているのでそれもできない。
「はな、はなしてってば!」
「騎士団に一緒に行くって言い出したのは君ですよ?」
「ううううううう!」
家族公認だったことに泣きそうになる。
「…………トムさんの手紙、ほかになにか書いてあった?」
「君が、子どもをたくさん産んで村に貢献するって、みんなの前で言ったことですか?」
「ぎゃああああああああああああ!」
ひとしきり声を上げてから、オルガはしなびた野菜のように元気をなくした。
全部ノインに筒抜けだったことは、ショックが大きい。
しょぼしょぼと歩きながら、オルガは繋がれている手を見下ろした。
「やっぱり都会は危険なの?」
「…………はい」
繋いだノインの指に、力が入る。
「心の魔物が出ます」
「その『心の魔物』って、よく出るの?」
「君がこちらに来てから、よく」
「そんなに!?」
ぎょっとして、先ほどまで萎れていたとは思えないほど背筋をぴんとし、オルガは自身の胸に手を当てた。
「大丈夫! 私がノインを守るからね! 盾くらいにはなれるはずだから!」
「…………」
「フフ、こう見えても私、村の収穫物を一人でたくさん運ぶんだよ!
ほらね、力こぶ作れるし。ノインみたいに戦えないけど、鍬とか持って振り回すくらいならできるし!
それはそれで危険だろうけど、時間稼ぎくらいにはなれると思うんだよね!」
一気にまくし立て、ほらほら! とオルガが日に焼けた細い腕で、ぐっ、と力こぶを作ってノインに見せる。
「危険です」
「ん?」
きけん? なにが?
もしや心の魔物とやらが出たのだろうか?
手を離したノインがオルガの腰に手をやり、引き寄せた。
「魔物の気配を感じました」
「ええっ!? どこ? どこどこ!?」
辺りを見回すが、早朝だということもあってそれほど通りに人は多くない。
自分がこんな時間から大声を上げてしまったことも忘れ、オルガは周囲を警戒してキリッと表情を作った。
「安心して! 私がノインを守ってみせるから! 騎士団まで無事に連れていくからね!」
*
挨拶だけなら、ということで騎士団に連れて来てくれたわけだが結局、心の魔物とやらは出なかったので肩透かしを食らった。
「初めましてー! ノインと同期のー、ジョスって言いまーす!」
「はじめましてえー! オルガっていいまーす!」
大声で返事をしてから、オルガはノインを見遣った。
「遠くない?」
いくらなんでも遠すぎる。
「ノインの奥さんー! 大変だと思うけどー! よろしくー!」
「まだ奥さんじゃないですー! こちらこそよろしくお願いしますー!」
いや、やっぱり遠い。かなり遠い。
「すみませーん! ノインに話があるのでー、そっちに行ってもいいですかー!」
「どう、」
ぞ、と続けようとしたのに、ノインに遮られる。
「危険です」
「なにが?」
「俺の忍耐が」
「???」
なにを言ってるんだこいつ。
「でもこれじゃ、詰所の中に入れないよ? すっごく離れてるし」
「安全距離です」
「騎士団の詰所にも心の魔物ってのが出るって、こと?」
ごくりと喉を鳴らすと、ノインが頷く。
「どうなってるの都会って!?
あっ、でもだからノインたちが騎士として頑張ってるってことだよね……。
でも魔物かぁ。この国は魔物の出没が少ないってことだったけど、ねえ、ノインは大丈夫? 騎士だから危ない仕事もするんでしょ? 怪我とかしない?」
心配して覗き込むと、彼が微笑む。
「大丈夫です」
「本当に!? べつに未亡人になるかもって心配してるわけじゃないよ!
あ、でも、ノインと結婚するならその覚悟はしておかなくちゃいけないってことだよね。
どうしよう、騎士の奥さんて夫が死んだ時になにするの!?」
「勝手に殺さないでください」
「夫婦漫才?」
割り込んだ声に、オルガはハッとする。
詰所の入り口にいたはずのジョスがしびれを切らして近づいてきたようだ。
ちら、とジョスがオルガを見た。
「彼女が、誘いを蹴ってた例の」
ジョスの脇腹にノインが容赦なく肘を入れたため、言葉が途中で途切れてしまう。
「誘い? 例の?」
「なんでもありません」
「いってー! なにするんだよ!」
す、とノインがオルガを庇うように一歩前に出る。背の低いオルガからジョスが完全に見えなくなり、「ええ?」と声を上げた。
「危険です」
「ちょ、見えないよノイン! ノインってば!」
「汚れます。君の目が」
「なんてこと言うんだよ!」
思わずといったようにジョスが声を張り上げた。
ぴょんぴょんとジャンプをするが、ノインがそのたびに細かく位置を動いて見えなくする。こいつ……!
「本性隠してやがったなおまえ!」
「隠してません」
「昇進したくないって言うから協力してやったのに!」
「あなたにも利があったからでは」
「他人行儀すぎるだろ!」
「あなたは他人です」
みえない! ぜんぜんっ、みえない!
(無駄にでっかくなるから! いいよ、こっちから)
左側から回り込もうとすると、くるっとノインがこちらを振り向いて抱きしめてきた。
「??? ノイン、くるし」
「見学はやめます」
「えっ」
「今日は休みます」
なんで!?
「おいノイン!」
「帰ります」
そのままひょいとオルガは抱き上げられ、ノインが走り出した。
「ちょ、ノイン!? だめだって! お仕事でしょ!?」
「ずっと休みなしで働いています。大丈夫」
なにが大丈夫!?
というか。
(けっこう力持ちだよね!? 脚ながいし…………)
思わずまじまじと見つめてしまう。
自分と違って夜空みたいな髪の色をしている。
オルガの視線に気づき、薄い桃色の瞳がこちらを向いた。
「っ」
好きです。ずっと好きだったんです。
(なんで今、思い出すの!?)
たったったっ、と朝の道を軽快に走るノインに、心が落ち着かないオルガがなにか言われる前にと、口を開いた。
「な、なんか」
「…………」
「絵本に出てくる王子様みたいだね、ノイン」
きょとんとしたように目を丸くしていたノインが、ふふ、と笑った。
「王子様は嫌いって言ってたじゃないですか」
「えっ!?」
「平凡な騎士とめでたしめでたし、が好きなんですよね」
「……………………???」
「真っ赤になってる君も、かわいいです」
「おおおお降ろしてええええええ!」
「ご両親の前で、結婚してもいいと許可したのは君ですよ」
「わああああああああ!」
過去の自分はなんてことをしているんだ!
***
今日こそは!
勢いをつけてドアを開く。
「おはようございます」
料理の乗った皿をテーブルに並べているノインの姿が目に入り、ずしゃ、とその場に膝をついた。
どれだけ早く起きても先を越されている。なぜ……。
ノインが目の前に来て、屈んでくれた。
「床は冷たいので座り込まないほうがいいです」
「…………」
差し出されている手を見遣り、オルガは落ち込んでしまう。
「私だって朝ごはんくらい作れるよ?」
「はい」
「ノインのほうが上手なのはわかってるけど、け、結婚するとしても、こんなに甘やかしちゃだめだって!」
「…………」
「もっと料理うまくなるか」
「君がおいしいのはわかってますよ」
………………………ん?
言葉を遮られて、オルガは不思議そうに目の前のノインを見つめる。
「? ここで私、一回も料理してないけど……」
はて?
首を傾げていると、いきなり抱え上げられた。
「わあ!」
「床は冷たいと言っています」
「わわっ、わかったってば」
彼はそのままオルガを食事の時の定位置に座らせると、「どうぞ」と微笑む。
いや、どうぞじゃない。呑気に朝ごはんを食べてる場合じゃ……。
ちらっと見ると、どれも美味しそうだ。サラダなんて、フルーツが入っている。ぜいたくな!
漂っている匂いから絶対に美味しいことがわかるだけに、オルガは「うう」とうめく。
「毎回ごまかされない、けど」
けど。
「冷めたらもったいないから食べてからね」
「はい」
どれを食べてもおいしいのが本当にくやしい。
(芋料理以外も練習しなきゃ……!
ベーコン分厚く切ってくれてる……目玉焼きが半熟……これコンソメスープだけど、こんなに美味しくなるものだっけ?
そういえばパンてどうしてるんだろ。トーストじゃなくて丸くてふわっふわのもちもちなんだよね。そのまま出してもいいのにちゃんと温めてくれてて、へへ)
「パンのおかわりありますよ」
「ふぉんふぉう!? ひゃっふぁー!」
やったー!
(おいし~! あと二つくらいなら食べれそう!)
もぐもぐと食べていると、ノインがパンの入った小さなカゴを持ってきて、目の前に置いてくれる。ことんとジャムの瓶も置いてくれた。
思わずきらきらと感謝の瞳で彼を見つめると、優しく微笑んでくれる。
あぁ、いい朝だなあ。
なにに怒っていたかすっかり忘れ、オルガは朝食を堪能したのだった。
*
どんどんどん! とドアが叩かれる。
ぎぃぃ、と扉が重苦しい音をさせて、内側から開かれた。
時間は夜間。
腕組みをして、ドアを背にしたノインが軽く首を傾げた。
「なにしに来たって顔するんじゃねえよ……」
わなわなと震えているジョスが手に持っている紙の束を差し出す。
「うるさい」
「手続きの書類を持ってきてやったのになんだその態度は!」
「頼んでない」
「あのな……。おまえが昇進蹴ったの、あの子のためなんだろ?」
「………………」
「休み返上で働いてたのも、色んな令嬢の誘いを断り続けてたのも……なにがいいんだよ、ただの田舎くさいお嬢さんじゃないか」
話を聞いていたノインがふ、と笑った。
「そうですね」
肯定したことで、ジョスが少し表情を緩める。
ジョスの持つ書類を受け取るや、ノインはバタンと扉を閉めた。
締め出されたジョスがわめいていたがノインは一切ドアを開けようとしない。そこに、家の小さな風呂からあがったオルガが姿を現した。
「なんか外がうるさくない? あ、お風呂あいたよ」
「………………」
ノインが片手を伸ばしてくるが、すぐに引っ込めた。
「どうしたの?」
「回避、しました」
「なにを?」
「…………」
少し迷ったように視線を動かしてから、ニッとノインが笑ってみせた。
「??? なにその、」
笑み、は。
(ちかい)
吐息が、かかる。
「君に興味を持たれるのを」
「ノ」
言葉が呑み込まれる。
重なっていたそれが離れ、ノインが微笑んだ。
「おいしいのは、君のほうです」
集まった熱のせいで、顔が真っ赤になってしまう。
「えっ、なっ」
「いつものように好きだと連呼したほうが良かったですか」
「はっ!?」
「好きです」
「んなっ!」
「好き。好きですオルガ。……大好き。…………好きですよ」
「わわ、わかったからっ! わかったわかった! ちょ、うぁ」
近い近い近い!
*****
「いだっ! おい、ちょっと!」
木剣を無言で、ノインが容赦なくジョスに打ち込む。
「同じ箇所ばっかり狙いやがって! いだ!」
手首を的確に打たれ、ジョスの手から木剣がかわいた音をさせて地面に落ちた。
「拾ってください」
「なんでそんな機嫌が悪……痛づ!」
「……………………」
「弁当食ったくらいでなんだよ! いつもはなんにも言わねえだろ。でも今日のは芋料理ばっか、あだ!」
「早く拾ってください」
「わかったわかっ、いだ!」
痛いって!
「近づいてきたのは、君のほう。」の続きとなる短編です。
読んでいただき、ありがとうございます。
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