第五話 「役割」
遠風は、最初から呼ばれていた。
分隊が集まる前、
地図が広げられる前、
遠風だけが名を呼ばれた。
「お前は、別動だ」
命令ではない。
説明に近い言い方だった。
地図の端、細い線で示された道。
本隊の進路から、外れている。
「敵が出る可能性がある」
「多くはない」
「接触しても、戦う必要はない」
遠風は頷いた。
どれも、聞き慣れた言葉だった。
「戻ってこられるか?」
問われたのは、戦果ではなかった。
「戻れます」
遠風は即答した。
走らなくても、戻れる距離だった。
分隊は走る。
風走り隊らしく、速く。
遠風は、逆へ向かう。
歩いて、音を消し、影を選ぶ。
弓を手に、
槍は背に。
敵は、いた。
四人。
散開している。
遠風は、撃たない。
位置を変え、もう一度見る。
敵の動きが鈍い。
警戒しているが、判断が遅い。
――止められる。
遠風は、そう判断した。
一矢。
地面に突き刺さる。
わざと外す。
敵が止まる。
声が上がる。
指示が乱れる。
もう一矢。
今度は、盾の縁。
撃たれている。
だが、数が分からない。
遠風は下がらない。
走らない。
位置をずらすだけだ。
敵の一人が踏み込む。
距離を誤った。
遠風は弓を流し、槍に替える。
迎えるだけ。
追わない。
短い衝突。
敵は退く。
それで十分だった。
敵は進めなくなった。
足が止まり、道を選び直す。
遠風は、それ以上関わらない。
走らず、引く。
合流地点に戻ると、
分隊はすでに配置を終えていた。
「来たか」
分隊長は、それだけ言った。
「敵は?」
「止まっています」
それ以上、説明はいらなかった。
任務は成功した。
戦果はない。
だが、敵は来なかった。
その夜、
分隊長ではない者が、遠風のところへ来た。
階級章の重い男だった。
「お前、名前は?」
「遠風です」
男は頷く。
「走らないんだな」
「はい」
「弓が主だ」
「はい」
「近づかれたら?」
「槍に替えます」
男は少し笑った。
「分隊に入れておくのは、惜しい」
その言葉は、評価だった。
同時に、線引きでもあった。
「次からは、こういう役割が増える」
地図の外縁。
進路の先。
退路の裏。
「一人で動け」
命令だった。
遠風は、迷わなかった。
「了解」
走らない。
弓を主に。
槍は切り替え。
それが、
遠風の役割になった。
この時から、
分隊の報告書には、
こんな一文が増える。
――別動、遠風。
遠風は、その意味を深く考えなかった。
ただ、
一人で動くほうが、
判断が澄む。
それだけだった。




