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第二話 「退く距離」

森の端で、分隊は伏せていた。

夜明け前、霧が低く垂れ、視界は悪い。

偵察任務――敵影を確認し、深追いはしない。

それが命令だった。

遠風は前に出ない。

最後尾でもない。

分隊の中ほど、退路が見える位置を選んでいた。

「動きがある」

先頭の兵が囁く。

遠風も気づいていた。

足音は三人。軽装。斥候だ。

距離はまだある。

弓の間合いだが、撃つ理由はない。

敵が止まる。

何かを探している。

遠風は地面を見た。

湿った土。

足跡が、二つに増えている。

「来る」

言葉は小さかったが、分隊長は反応した。

次の瞬間、矢が飛ぶ。

敵の矢だ。

狙いは甘いが、位置は割れた。

「退け!」

分隊長の判断は正しい。

目的は偵察で、交戦ではない。

分隊は一斉に動く。

走る。

霧を裂き、森の奥へ。

遠風も下がる。

だが、走らない。

歩幅を崩さず、弓を構えたまま、後退する。

一矢。

牽制。

敵の足が止まる。

もう一矢。

撃たない。

距離を測る。

敵は追ってこない。

だが、引きもしていない。

「まだだ」

遠風は判断する。

ここで完全に離れれば、敵は前に出る。

分隊の背が、霧に消えかける。

十分だ。

これ以上、足止めはいらない。

遠風は弓を背に回し、槍を握る。

一歩、横にずれる。

視線をわざと見せる。

敵の一人が動いた。

近い。

速い。

遠風は踏み込まない。

相手が踏み込む。

槍が短く鳴る。

浅い突き。

殺さない。

敵は退く。

仲間が引き戻す。

距離が、開いた。

遠風はそれ以上追わない。

目的は果たした。

分隊に追いつくと、すでに足を止めていた。

「遅れたな」

分隊長が言う。

責める声ではない。

「走らなかっただけです」

遠風は答える。

誰かが笑いかけ、

誰かが首を傾げる。

「正しかった」

分隊長は言った。

「だが……」

言葉が、続かない。

正しい撤退だった。

被害もない。

情報も持ち帰れた。

それでも、

遠風だけが、

霧の中に一瞬、残っていた。

「次からは、もう少し前に出ろ」

そう言われたが、

それが評価なのか、警戒なのか、

遠風には分からない。

分かっているのは一つだけだ。

退く時にも、距離がある。

遠風は弓を整え、槍を戻す。

走らずに戻れた。

それで、よかった。

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