乙女ゲームがスタートしました
春を迎え、ついに僕たちは魔法学園へと入学した。
王立魔法学園。もちろん魔法について学び、訓練をする場であり、『乙女ゲーム TRUE LOVE』の舞台である。
魔力を持つ15歳以上の者を国中から集め、3年間みっちり魔法について学ぶのだ。
また、貴族では社交界デービュー済みの年齢ではあるが、基本的な知識やマナーについて学ぶこともできる。
ちなみに、おバカ容疑をかけられているイザベラお嬢様は少なくとも1年間それらの講義を受けさせられる事になった。
そして、この学園は名前の通り国営。この国の中では1番の規模を誇る。
巨大な敷地内には、校舎に生徒と教師の寮、研究施設に訓練場。さらには舞踏会場なんかもある。
国がここまで巨大な学園を作った理由。それは魔法が使える者は貴重な国の財産となるからだ。
この国は世界的に見て魔法大国である。そんな魔法先進国に国家運営の巨大な学園。
国内の魔法教育の底上げはもちろん、あわよくば国外からも貴重な人材を受け入れたい。
そんな理由から学園は作られた。
そして、毎年国内外から魔力を持つ者たちが集結することになるのだが…。
ほぼ必ず、その入学者達はこの国の貴族だ。
そもそも、国外からも受け入れているとは言ってもこの国、ウェンイザー王国外で魔力を持つ者はほぼいない。
そして魔法を扱える者はこの国では重宝される。
そんな理由から、魔法を見込まれた子供たちは貴族の養子になる事が多かった。
すると血筋的にも平民からの魔力保持者は本当に稀となるのだ。
だがもちろん、稀と言うだけで魔力を持つ者全てが貴族であるわけではない。
血筋的に貴族に多いというだけで、平民だろうと魔力を持つ者は生まれるのだ。
ここ久しくは平民からの入学者はいなかった。
しかし、そんな中10数年ぶりに平民の入学者として学園にやってきたのが、乙女ゲームのヒロイン。゛ルミナ・マリエル゛だ。
さらに、貴族でもそういない光の魔力を持った存在でもある。
この世界の魔法の基本4属性、火・水・土・風以外を持った平民の新入生。
ルーカス・ヴェイルの様に4属性の派生となる属性を使う者もいるにはいるが、完全に4属性とは異なる魔力を持った美少女。
そんな彼女は、入学式からすぐに注目を浴びていた。
僕だってお嬢様を振り切り見に行った。
入学式会場の大広間、そこへ差し込む陽光を受け金色にきらめく髪。透き通る青い瞳。
その姿はまさに舞台の主役だった。
当たり前だ。容姿から存在感を放つだけではなく、入試試験で王子殿下に次ぐ二位という成績を残しているのだ。
周囲の生徒たちの視線は殿下以上に集まっていたと言っていいだろう。
羨望に興味、「平民ながらも…」といった嫉妬、あるいは警戒すら混じった視線だ。
しかしそのどれもが、彼女を特別な存在として扱っていたのだ。
僕もまた、お嬢様にお仕置きを受けていなければ、目を離せずにいただろう。
いや、離さなかった自信がある。
可憐な容姿…いや、なんと言っても乙女ゲーム主人公の登場なのだから。
ここから物語は本格的に動き始めるのだ。
彼女と関わることで、レオンハルト王子をはじめとした攻略対象たちが少しずつ運命を変えていく。
だが同時に、ゲームで定められた数々のイベント、破滅フラグもまた姿を現すことになる。
「…ここからが本番だ。」
僕は小さく呟き、お嬢様に腕十字固めを決められている拳を握りしめた。
乙女ゲームのシナリオに飲まれるわけにはいかない。
未来を変えてイザベラお嬢様を守り抜く、次いでに青春を謳歌する。
それが、この学園生活を迎えた僕の、最初の決意だ。
なんて、入学式ではカッコつけていた。
いやある程度はうまくいっていたのだ。学園での僕のキャラ付けは、裏で活躍するための良いポジションにできた。
そう、顔だけ良く他はパットしない公爵家の従者。
それでも、自信に顔を輝かせ、颯爽と護衛としてお嬢様を見守る姿は、悪くない。はずだった。
だが入学からわず数日で、僕の自信はぐらぐらと音を立てて崩れ去った。外界的に見せられる顔からも、自信とともに輝きは失った。
これでは僕はただのモブAだ。学園の中心とは行かなくても、一目置かれる存在くらいになったつもりだったのに。
…話を戻して、原因はただひとつ。
ヒロイン・ルミナの凄さ。いや、恐るべきヒロインのイベント強制力だ。
ゲームの中ではプレイヤーは各攻略対象を順に選び、ゆったりルートを進行できた。
たとえば、入学して1、2週目は王子レオンハルト。翌週からは護衛ルーカス。さらに翌週には頼れる先輩ラファエル。
そんな風に一つのルートにゆっくり、集中して没入できるはずだった。
けれど現実は違ったのだ。
ここはゲームではなく、容赦のない現実世界。
学年の違うラファエルはともかく、レオンハルトもルーカスも、なぜか初日からルミナと同じ授業を受けている。乙女ゲームではなかった展開だ。
そのたびに偶然だの必然だのを装ったフラグが次々に立っていくだろう。
イベントを管理していた見えないシナリオライターが消え、代わりに荒ぶる運命の糸が全員を一斉に引っ張っているような感覚。
しかも追い打ちをかけるようにだ。
イザベラお嬢様までもが、基本的な知識やマナーの授業でルミナと同席することになった。
さらに驚愕の事実。
その授業を受けているのは、イザベラお嬢様とルミナの二人だけ。
まぁ考えれば平民の入学者はヒロイン1人。そしてここは紳士淑女の貴族学校。普通の生徒なら受けない授業である。
自分がマナーは教えるなどでも言って、無理を言ってでも止めるべきだった。
広い教室の中に机が二つ並ぶ光景は、嫌な予感を膨らませるには十分すぎるのだ。
ヒロインと悪役令嬢。
この二人をわざわざ同じ場所に閉じ込めるだなんて、フラグを積み木のように積み上げては蹴り倒すようなものじゃないか。
頭が痛い。
さらに、そろそろ乙女ゲーム最初のイベントが起こる頃だ。
そしてもう少しすると、入試成績上位陣が生徒会へ入る話が出てくるだろう。
乙女ゲームヒロインと、攻略対象(自分以外が)&悪役令嬢のお嬢様が一同に集まるイベントも始まってくるのだ。
僕は2度目の青春の幕開けに、胃のあたりがひやりと冷たくなるのを感じていた。




