破滅フラグその2。ルーカス・ヴェイル
イザベラお嬢様とレオンハルト殿下の婚約披露宴から約1ヶ月。
僕とお嬢様は決められた1ヶ月に1回の殿下との対面のために王宮に来た。
王宮内は、ノワール公爵家の屋敷とは種類の違う装飾を纏っていた。
床には綺麗な刺繍の入った絨毯が敷かれ、壁には絵画。白色の柱には綺麗な彫刻が彫られている。
1言で言うならば、豪華だがだが気品が良い。
屋敷も豪華で見惚れる事はあるが、統一感が少なく見栄を意識した雰囲気。
対して、豪華度では劣るものの、全体が統一されており重圧感が出ている。
「ふ、ふん。まぁまぁ…結構すごいわね!」
前世の人生含めても萎縮してしまう僕とは違い、お嬢様は胸を張り、堂々とした足取りで歩く。
しかし、完全に強気発言はなかった。
というのも、婚約に浮かれ天狗になっていたお嬢様を僕が叱ったことで、多少の変化が芽生えたからだろう。
約2週間前、僕より2歳年下(お嬢様より1歳年下)のメイドを、乙女ゲームの悪役令嬢ばりに叱っていたことに危機感を覚え、かなり説教した。
婚約発表での貴族から起きたもてはやしが、彼女を正当化する盾となり、以前の理不尽な我儘を再現させてしまっていたことが原因である。
まぁそんな事があって、お嬢様も少し言動などを気にするようになったのだ。
いや、なってなかったら悲しいが…。
まぁなっていなくても、屋敷で萎縮してしまっていたそのメイドが一件以降、僕には心を開いてくれたのでよかった。
ちなみに、お嬢様に失礼を働いたが公爵夫妻からは、「うちの娘が悪かった」と対した罰はなかった。
娘をあんな性格にさせて…と思うかもしれないが、親バカすぎるだけでちゃんと人格者なのだ。
「イザベラ嬢、クロード様、ようこそお越しくださいました。移動は疲れたと思いますし、お茶にしましょう。」
長い廊下を行くと、レオンハルト殿下と護衛の姿が見え、殿下直々のお迎えを受け、その後中庭へと連れられた。
案内された中庭は王宮南に広がり、まるで別世界のようだった。
高くそびえる天井は一面のガラスで覆われ、整えられた花や草木が陽光に照らされ、そこはさながら絵画のようだ。
公爵家でもここまでの中庭はない。流石王族の住む宮殿と言える。
しかし、門からここまで来るのに10〜20分。流石に広すぎだ。お嬢様なんて軽く息が上がっているし、今度からは公爵家に来てもらいたい。
「では改めて、イザベラ・ド・ノワール嬢、今日は王宮へお越しいただきありがとうございます。」
殿下は中庭の真ん中にあるテラスまで来ると立ち止まった。
そして、王族にも関わらず、しっかり相手に敬意を見せるエスコート。
微笑みに、柔らかい声。披露宴でも思ったが、まだ10歳のできる行動じゃない。
「いいえ、対した苦労はないわ!…ですわよ!」
うん。王子様に対して言葉を考えたお嬢様。
結果としてはよく分からない言葉遣いになったが、しっかり子供でほっこりする。
まぁ、エスコートを受けず腕組みで仁王立ちしているので行動はまだできていないが…。
「では、お茶をどうぞ。護衛のお二人も端でリラックスしていてくださいね。」
なんだかんだお嬢様もちゃんと座り、殿下との会話がスタートした。
「…と言うのがお家であって…っで、それで…」
「ふむふむ。それは…そして…」
「クロード様、クロード様?」
「はい!なんでございましょう!?」
風魔法の応用で2人の話を盗聴していた所、殿下の護衛。乙女ゲームの攻略対象、ルーカス・ヴェイルに声をかけられた。
王子に引けを取らないイケメン顔。
表面的にはだいぶしっかりしている様に見える。しかし、少し雰囲気が暗い。
「すまない。最近のイザベラ嬢は随分と落ち着いているとお聞きしたので何があったのかが気になってしまって…。」
口を開いたルーカスはそう続けた。
第一印象は王子と同じで大人っぽい。だったが、ゲームのルーカスとは少し違う感じだ。
ゲームでは話すのはヒロインとの会話くらいだった。
「…いや、私が口にすべきことではないか。忘れてくれ。」
しかし、顔を上げたルーカスは口ごもる。
「それはですね…して、…と言うことをやってしまって…。」
僕は記憶を思い出した時期から婚約発表で天狗になったお嬢様に説教したことまでを話した。もちろん、前世の記憶は伝えずにだ。
「…殿下から聞いたお嬢様の男性不信はそういう事があったのか。」
男性、不信!?
なぜ僕の話から物騒な単語が出てきたのか気になるが…乙女ゲームにそんな物はない!と、聞き返さないようにする。
「しかし、お嬢様と仲良く会話ができて…羨ましよ。」
ルーカスはまた下を向いた。
何を自分を低く見積もっているのか?
乙女ゲームの攻略対象でイケメン、未来的には僕に次ぐくらいの強さにはなれるのに。
「俺なんて護衛のはずが、殿下の方が強いんだぞ。何のために居るのか分からねよ…。」
ルーカスはクールイケメンかと思っていたかが、かなりのネガティブキャラクターだったようだ。
確かにゲームでも王子に対するコンプレックスは抱えていた。しかし、想像以上に大きい。
「ノワール公爵家ではお嬢様の護衛は11歳の子供1人だけだ、しかも雑魚だし。しかし、殿下には沢山いる。責任を感じすぎず、もっと気楽に、側に居るだけでもいいのでは?」
ゲームではルーカス側はコンプレックスを抱えていたが、レオンハルト王子からしたら完全に友となっていた。
正直、僕みたいな強さがある人からしたら騎士団もルーカスも瞬殺する自信があるし、対して変わらない気がする。
だからこそ、かけた言葉は紛れもない本音だ。
「公爵家の令嬢に護衛が1人!?それは…将来を見込まれているのだな。」
激励の言葉をかけたはずが、ルーカスは自分を卑下する言葉を口に出した。
僕は雑魚だって伝えたのに。
どれだけコンプレックス抱えてんだよ…。
「まぁ、そいつはお嬢様叱ったヤバい奴なんだけどね…。」
そう、いつも思うが、そんな僕がお嬢様の従者を続けられている理由がうまく分からない。
「ただまぁ、近い歳のやつが近くにいると色々と良い影響は大きいよね。おっさん執事なんかといるよりも、気楽だろうし。」
精神的には僕はおっさんの部類ではあるが…。
見た目は子供なので棚に上げ話す。
「もっと…気楽な関係…。」
ルーカスは口ごもりながらも目は輝き、レオンハルト殿下のほうをまっすぐに見ている。
多少なりとも気楽になれたら良いな。
正直、能力不足だが何だかはトレーニングすれば良いと思う。
さらに、普通は魔法学園で習う魔法を王族として特別に予習しているのだから、能力では張り合うだけ無駄だと思うし。
そしたらもう精神が成長するしかない。
「ルーカス。私を見てましたが何か付いてました?」
レオンハルト殿下とイザベラお嬢様がいつの間にかこちらへ来ていた。
どうやら今日の対面は終わりらしい。
「いえ、そういうわけではございません。…イザベラ嬢とのお茶はよかったですか…?」
殿下に話しかけられたルーカスは少し口ごもりながらも、殿下に話しかけた。
「はい。有意義でしたよ。おや、あなたから話すとは珍しいですね。」
殿下は微笑みを深め、少しだけルーカスをからかうような視線を向けた。
その眼差しは家来へというよりも、同年代の友達に向けられる様なものっぽい。
「…殿下が望まれるのであれば、私はもっと話すよう努めます。」
「ふふ、それは楽しみですね。」
そう言った殿下は、口元に笑みが溢れている。
反対にルーカスはまだガチガチだが、これから良い関係を築いていけることだろう。
「…あら、護衛殿は何か良い顔をしているじゃない。さっきは死んでいたかと思っていたわ。」
ここで空気を読まないお嬢様が口を挟む。
見た感じ、私を置いて話すな!みたいな事を思っての事だろう。
「…そうでしょうか?」
ルーカスの口元にも軽い笑みが見える気がする。
「ええ。さっきまで婚約者に愛想つかされそうな顔をしてましたわ!」
お嬢様は勝ち誇ったように胸を張り、腰に手を当てて宣言する。
なんでそうわざわざ本人の前で堂々と言えるのか…。
「ははは。その通りだな。」
フォローなのか茶化しなのか分からない。だが殿下も言われ、ルーカスは軽く顔を赤くした。
「…殿下まで、そのように仰らなくても。」
ルーカスが軽く声を荒げる。
クール気取りではなく、子供らしい可愛らしい拗ね方だ。
「さ、疲れたわ、クロード。帰るわよ!」
またお嬢様は空気を読まず、1人スタスタ出入り口へと向かった。
いや、ここは2人にしようというお嬢様なりの考え…それはない。
まぁ僕も王宮の雰囲気には疲れたし帰りたい。
「…クロード。」
帰る所、ルーカスが小声で僕に囁いた。
「はい?」
「先ほどの言葉……気楽に、というやつだ。少し分かった気がする。イザベラ嬢は…本当に自由だな。」
いやそんな事は考えてなかったが…。
まぁ、励ましになったのなら万々歳だ。
確かにお嬢様は、貴族にしては自由すぎる。
その奔放さが、ルーカスには羨ましく見えたのかもしれない。
「ええ。まぁ。」
僕がそう答えると、ルーカスは小さく笑った。
「では、本日はありがとうございました。次の対面も楽しみにしております。」
出入り口の扉を開けてくれた殿下がそう、優雅に告げた。
「ええ。また今度。」
お嬢様は胸を張って堂々と返事をする。
その背中を見て、僕はふと思った。
あのお嬢様の自由さと無鉄砲さ。
叱るのは僕の役目だが、時に誰かの心を救うこともあるのかもしれない。
王宮を後にする頃、ルーカスがもう一度こちらを見て、ほんの僅かに口元を緩めた。
次に会うとき、彼は今日よりも少し成長しているのだろう。




