クロード暗躍劇
「なぜ失敗した?なぜだなぜだ。ついこないだまでただの理不尽暴力小娘だったやつに!」
ラビッシュは広間を、さらには屋敷を飛び出すと、怒りに震える拳を握りしめた。
「さらにワシだって王子と同じ段まで上がるつもりはなかった。しかし気づけばワシの勢いそのままに押し上げられていた。」
嘲笑、そして弾圧される光景。それを思い出すと顔は紅潮し、額には汗が滲む。
だが足取りは重く早い。まるで追われる兎のように、歩きながらも何度も後ろを振り返る。
「…逃げねば。せめて、王族派の追及が始まる前にワシの屋敷へ戻らねば…!」
ラビッシュは焦り、馬車が待つ門前へと急いだ。
しかし、そこで足が止まった。
夜の庭に小さい影が立っている。
月明かりを背に、一人。
「どちらへ行かれるのです?ラビッシュ侯爵。」
「…っ。だ、誰だ!?」
ラビッシュは思わず後退る。
庭を抜けてから正門までは一直線。さらには部下に自身の体に強化魔法をかけさせ、披露宴に挑んだ。
もし追われる事になってもただの兵士には捕まることがないように。
だが、道を塞ぐ影は微動だにせず、まるで最初から待ち構えていたように立っている。
「広間では随分とご立派なお言葉でしたね。マナーを重んじる侯爵閣下。」
影から発せられたのは声変わりも終わっていない高く柔らかな声。
しかし、その奥に潜む冷たさが肌を刺した。
ラビッシュの背筋に戦慄が走る。しかし…
「体格、声…ガキか!!」
どんなカラクリで追いついてきたのか?不気味さはあるが所詮は子供だろう。
夜気を震わせるほどの恐怖は正体を知った途端に霧散しはじめた。
焦燥に押し潰されかけた胸の内に、わずかながら自信が戻る。
披露宴に備えて施した強化魔法もある。
1人の子供を捻じ伏せることなど造作もなかろう。
「これでも魔法は心得ておるのだ。お前を人質にでも取れば…。炎よワシの力となり敵を討て!ファイア」
掌から打ち出された炎は青年を呑み込み半殺しにする…はずだった。
「無駄だ。」
魔力を使い放った炎は青年の声と共に消えた。
「な…なにっ!?ワシの炎が…!」
何が起こったのか分からない。理解できない。
ただ、月明かりに浮かんだ冷酷な双眸。
本能が理解する。何かヤバい、と。
「わ、私は何もしていない!ただ殿下のためを思い、あの令嬢の資質を」
「主人の悪口を言われるのは気分が悪い。言い訳は結構です。」
瞬間、影が霞んだ。
気付けば目の前にいて、自分を見下ろしている。
いや、その前に自分の体は屋敷の壁に追い詰められている。
「ひっ…!?」
何をされたのか分からない恐怖。影から覗く鋭い双眸。
手足に力は入らず、身体は恐怖でブルブルと震える。
「庭木の折枝…!?ば、馬鹿な!まさか、無詠唱の風…ワシに階段を登らせたのは貴さま」
「静かに。」
目の前の青年は笑みを見せつつ、口の前に指を立てた。
優しげな笑みとは反対に瞳は鋭く冷酷に光る。
「に、逃げなければ…逃げなけれ…ば」
ラビッシュは必死に腕を動かそうとする。
しかし、
「お嬢様に仇なす者は、私が排除する。それだけのことです。」
青年がニヤリと笑った瞬間、恐怖からか意識が飛んでしまった。
―――
まあそんなわけでラビッシュによる王子&公爵令嬢ディスり事件は終わった。
後はその場を離れ、すぐさま見張りの兵士を呼び寄せて侯爵を引き渡して事件解決だ。
して今回のこの乙女ゲーム開始前の事件。
これは元々回想シーンとして用意されていたものである。
本来なら、段に上がったラビッシュを王子が炎魔法で倒して、お嬢様が死体蹴りと言わんばかりにボコって終わり。
本編へは、死体蹴りの行動が未来の王妃としてちょっと…という評価をつけられて、と続いていた。
さらには、王子の魔法に惹かれたイザベラがクロードに炎魔法を習得させようとして、クロード最強への扉が軽く開いたらしい。
まぁクロードは炎魔法など使えないので扉を触った程度だろうが…。
ちな、僕はあの場で急に魔法を発動させたりしていないので、ラビッシュが言った「ワシに階段を登らせたのは貴様」とは、イベント強制力だか何かだろう。
ゲームでは、その後お嬢様にやられ日の目を見ることは…となったキャラだ。
見た目もそこまで良くなく、ゲームのヒロインには認知すらされない。そんな不憫なキャラである。
しかしこの世界でのラビッシュは、壁に頭を打ち過ぎたのか、はたまた酒を飲みすぎていたのか。
披露宴の事はほとんど覚えていなかった。
さらに、王族への不敬とは言っても階段を登ったくらい。
ラビッシュは1年間の外出禁止と、お嬢様へ接近の永久禁止を言い渡された。
ちなみに、広間に戻った後お嬢様に「…トイレくらいさっさとしなさいよ」と言われた。
上手く暗躍出来たと思ったが、そんな事なかった。名探偵コ◯ン君はさらっといなくなっておっちゃんを眠らせ、事件を解決させても特に何も言われないのに。
7歳がおっちゃんを眠させた。11歳(僕が)おじさんを眠させた。違いはないのに。
解せない。




