破滅フラグその1
それから半年が経過。
たった半年。
しかし色々な事が変わった。いや、変えていった。
1番の変化はお嬢様が丸くなってきたことだろう。
依然として理不尽さは健在ではあるが、聞き分けは良くなり、使用人達へのお仕置きが減った。僕以外へのは…。
悪役令嬢から、ツン×3デレ×1(ツンツンツンデレ)ヒロインに変化したイメージだ。
そもそも、半年前でも傲慢の中に優しさはあったのだ。ただ想像以上にいい方へはいってくれた。
それにしても僕だけにまだお仕置きがあるのは解せない。まぁ慣れてきたが…。
…いや、Mじゃない。本当に。たぶん。
そして、裏で暗躍するのに必要な能力。目標にしていた攻撃魔法に無詠唱魔法はしっかり習得。
特に大きな壁はなかった。
レベルで言えば11歳にして(半年の間で11歳になりました)乙女ゲームの終盤で覚える魔法、16歳前後で使うレベルのものを使える。
ただしまだ最強には程遠い。
さて、今日。
公爵家の飾り付けられた広間には人がごった返しており、あるイベントが行われている。
乙女ゲーム本編のシナリオへと直結するものだ。
お嬢様の10歳の誕生日祝いであり、婚約披露宴。
相手はもちろん、第1王子レオンハルト・ウェンイザー殿下。未来の国王にして、ゲームの攻略対象の1人である。
ちなみに、今日は婚約披露宴であり、要は外部への発表会だ。
婚約自体は1年ほど前に決まっていたため、第1王子の婚約者にならないようにするのは不可能だった。
「イザベラ嬢、お手を。今日、この場で皆の前に誓いましょう。私は彼女を一生涯の伴侶として迎え、あらゆる困難から守り抜く、と。」
そしてちょうど今だ。
王子殿下とお嬢様が向かい合い、広間を見渡せる階段の上で婚約披露を行っているところである。
王子様は、ゲーム通りの金髪にブラウンの目。だがゲームとは違い童顔が残る美少年。
しかし顔とは反対に、一つ一つの言動、行動は既に洗練されていて、10歳とは思えない程だ。
「はい、レオンハルト殿下。私も誓うわ。」
反対のエスコートに腕を組んで無反応のお嬢様は、誰からでも教養の低さが見えてしまう。
覚悟は決めたが、殿下の前さえツン×3デレ×1。いや、デレ×0を目にすると胃が痛い。
「レオンハルト殿下に!」
「イザベラ様に!」
「王国の未来に!!」
しかしそんなお嬢様は公爵家の1人娘。そして未来の王妃様。
嫉妬等に満ちた陰口は少し聞こえるも、広間には拍手が沸き上がった。
拍手が収まると、進行役の声が高らかに響く。
「それでは、ご列席の皆様。お二人への祝福のお言葉を賜りたく存じます。」
その合図を皮切りに、広間の空気は一気に華やき、貴族たちが順々に列を作り、二人へと歩み寄って行った。
「レオンハルト殿下、イザベラ様。ご婚約、誠におめでとうございます。」
「これほどめでたい日はございませんな、王国の未来も安泰でありましょう。」
口々に述べられる祝いの言葉。
だが笑顔の下には、素直な祝いが4割。その他は嫉妬や取り入ろうという隠れた魂胆が透けて見える感じだ。
僕が王子様かお嬢様ならゲボっていたかもしれない…。
そんな中、お嬢様は棒立ちで何も考えていなそうである。
そんなお嬢様に対して、殿下は涼やかな笑みを浮かべ、誰に対しても丁寧に応じているのでさすがだ。
まだ列の終わりは見えないのに、大した精神面である。
「レオンハルト殿下、イザベラお嬢様、ご婚約おめでとうございます。」
1年前の婚約時にお祝いは言ったが、貴族たちが行っているのに従者の自分が祝わないのはありえない。
そういう事で、人の列も減ってきたところ僕も挨拶に行った。
「クロード様、ありがとうございます。」
「あらクロード、やっと来たのね。待ちくたびれたわ。」
従者にすら丁寧な殿下に反して、ついに話したと思ったお嬢様はラフでツンな発言。
「ふん、疲れたわ!」
「…。」
急なお嬢様のめちゃくちゃ発言に流石の王子様も戦慄。
しきりに僕に目線を送ってくる。
「クロード、ご主人様を無視とは言い度きょ」
「…レオンハルト殿下。頑張って下さい。」
僕はお嬢様を無視しながら、遠い目をして王子様の目線に応えた。
半年でお嬢様を丸くはしたが…王子様との対面は記憶が戻ってから初であり、予測不能だ。
言葉の通り、王子様には頑張ってもらいたい。
僕が挨拶してもしばらくは変わらず貴族たちが祝いの言葉を述べる展開が続いた。
しかし、それも少しすると広間がひときわざわめいた。
ざわめきを割って列の前に進み出たのは、少し太った中年の男性だった。
参列者の中でこんな事しそうな人は…おそらく反王族派の貴族だろう。
「殿下、イザベラ様。この度のご婚約、心よりお祝い申し上げます。ザ・コール侯爵家当主、ラビッシュでございます。」
と、自己紹介をしてくれた。
王族の婚約披露宴にいわば敵陣営の侯爵家当主が来たことは驚きではある。
が、礼儀等は問題はないし、ざわめきが起こる理由になりそうなことはない…。
「しかし殿下、貴方様のお隣に並ぶその女性、マナーというものがないのではありませんか。」
僕が楽観視していると、ラビッシュは顔を上げると同時に凄いディスをぶっ込んできた。
ラビッシュの発言に対し、無礼ではないのか?広間にそういう雰囲気はある。
しかし、近年性格が最悪と噂されていたイザベラお嬢様と第1王子との婚約話。
王族派の中でも疑問があった事はあり、皆殿下とお嬢様の次の行動に皆、息を呑んでいる。
「さっきから見ていて、イザベラ令嬢は挨拶すら返さず、レオンハルト殿下の手すら握らない。婚約を取りやめるべきです!」
ラビッシュはあろうことか、2人と同じ段まで登り主張を強めた。
「ラビッシュ、貴様!不敬であるぞ!」
流石に意地悪の域を超えたのだろう。
ラビッシュ侯爵の行動には我慢できないと、他の貴族たちは各自の護衛に合図を送り出す。
「待て。」
しかし護衛が動き出す前に殿下がストップをかけた。
ちなみに、特に優秀な護衛は殿下の声より先に中段まで登っている人もいた。
お嬢様の従者の僕は何をしているって?ご馳走を食べている。
「マナーを語るのなら、王族と同じ段に上がるのはマナー違反なんじゃないかしら?」
急にお嬢様の何気ない正論の1言。
反応は三者三様である。
当たり前のことじゃない!そう仁王立ちするお嬢様。
下を向き肩を軽く揺らしている王子殿下。
みるみる顔を赤くするラビッシュ。
その他の貴族達はクスクスと静かに笑っている。
広間に響いたお嬢様の一言に、空気が一変したのだ。あの理不尽お嬢様のお言葉にだ。
つい先ほどまでの彼女は無表情で「棒立ち」とすら言えたが、今は胸を張って堂々ラビッシュを見ている。
「…っ、貴様…!」
顔を真っ赤にしたラビッシュが、思わず口を開いた。
しかし、その続きは最後まで言えない。
殿下が口を開いたからだ。
「彼女の言う通りだ。王族と同じ段に上がるのは、立場を弁えぬ無礼である。」
レオンハルト王子の言葉は、たったの10歳には聞こえない重さを纏っていた。
会場のざわめきは再び沈黙に変わり、ただ殿下の声だけが響く。
「それに、私の婚約者に向けて発せられる言葉としては、いささか品位に欠ける。侯爵。…王国の未来を語る前に、ご自身の振る舞いを顧みられてはどうか?」
「ぐっ…!」
ラビッシュの顔は怒りと羞恥で紅潮していたが、反論はできない。
なぜなら、お嬢様が言った正論と殿下の言葉が、全て事実だったからだ。
少しすると会場の一角から、抑えきれぬ笑いが漏れた。
それを皮切りに「さすが殿下」や「公爵令嬢もなかなか」と囁きが広がる。
ラビッシュは最後に舌打ちをすると、直ぐに広間から出ていった。
「お嬢様、失礼いたします。」
僕は食事を止め、お嬢様に1言。
そしてラビッシュこと、ゴミ侯爵を追いかけその場を後にした。
お嬢様がまさかの大活躍をなさった。
つまり、今度は従者が暗躍する番なのだ。




