表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/10

最初のイベント

 入学して一週間が経った。

 不安のせいか、少し頭が痛い。


 今日からはいよいよ、学園の看板授業である魔法の実技が始まる。

 既にいくつかの授業は本格的に始まっており、生徒たちもそれぞれ学園生活のリズムを、王立学園そのものを掴みつつあった。


 しかし、入学から1週間が経ち、少し慣れ始めた新入生でも困惑させられるものがある。

 それは王立学園だ。言葉の通り、学園そのもの。

 そう、ここは国最大の規模を誇り国内外から人が集まるマンモス校。

 校舎は広大で、新入生の間では迷宮と呼ばれるほどだ。

 まぁ、乙女ゲームでマップを覚えている僕にとっては迷子になる心配はない。


 いや、それではないのだ。僕の頭を痛くする原因は。

 

 それは、今日始まる魔法実技の授業の直前、ゲームなら必ず発生する最初のイベント。ヒロインと王子様の出会いだ。


 ゲームでは、ヒロインは魔法実技の教室がわからず迷子になっていた。

 そんな中、ルーカスの護衛を振り切ったレオンハルトが走るところにヒロインが偶然ぶつかり…。

 その後、王子と知らないヒロインが対峙し、初めて自分に媚びない女性に興味を持った王子がアプローチを始める。

 物語の幕開けの場面だ。


 何としても阻止しなければならない。


 だから今日この時間は王子を監視し、一緒に行動したいのだが、今回は王子は単独で教室に向かうことになってしまった。


 王宮ではルーカスだけでなく、多くの人間に常に監視されていた彼に、僕が口を出すことはできない。

 僕にだって心はある。Noとは言えなかった。


 しかし今回は、慌てて教室まで走るつもりはないだろう。

 まぁ大丈夫だ、たぶん…。


 不安は消えなかったので、僕はトイレに行くことにした。

 その後、慎重に王子を追いかけるつもりだ。



―――



 入学して1週間。

 学園は広大で、四方八方を囲む壁はただの迷路。

 その迷宮に平民出身、さらに王都に来て初めて3階建ての家を知った少女ルミナが迷い込むのも無理はなかった。


「…えっと、この廊下を曲がれば教室、だったかな?」


 何度地図を見直しても、同じ場所にしか見えない。足元には整えられたレンガが道を作っている。

 道端には花がさく土の道に、お庭の畑が恋しい。


 そもそも、自分など場違いにも程があるのだ。

 王立魔法学園の入学許可通知書が届いた時は、家族と共にそれはもう喜んだ。

 卒業出来れば将来は家族に良い生活をさせてあげられると。


 しかし、未来のためと思っても、見慣れない全て。さらに、周囲は高貴で話しかけるだけでも無礼に当たると思うと、不安で声も出せない。


 自分は異分子なのだと。

 圧倒されていた事から、自分から友を作れずボッチ。

 学園に来てからの会話は、入学式で話してくれた扇を手に持つとても美しいご令嬢とのやり取りだけだった。

 それも「従者がどっか消えた」と言う意味の分からない文句の聞き相手になっただけ。


 それは初日だった。少し怖いと思ってしまったが、今思えば平民の私に気を使ってくれたのだろう。

 もう一度ちゃんと話をしてみたい。今はそれしかプラスな思考は考えられなかい。


 目に涙を浮かべながら、不安そうにきょろきょろしていると、背後から柔らかな声をかけられた。


「迷ったのかな?」


 振り向けば、一人の青年。落ち着いた佇まいと、目を引く整った容姿。

 だがルミナはまだ彼の正体に気づかず、ただ頼りになりそうな優しい生徒程度に思っていた。


「えっと…はい。魔法実技のクラスなんですけど…教室がどこかわからなくて…」

「同じだな。なら案内しよう。実はこの学園、入学前に下見をした事があってな、道は覚えている。」


 軽く微笑んでそう言う青年。その横顔を見ながら、ルミナは思わず感嘆の声を漏らす。


「すごいですね!それに、ここにいる人たちって王子様みたいに格好いい人ばかりって聞いてましたけど…」

「王子様、か。ふふ、それはどうかな」


 軽くはぐらかしながらも、彼はどこか愉快そうだ。

 そんなやり取りの最中、ふと足元に何かが落ちているのにルミナは気づいた。


「あれ…?」


 小さな扇。いや、細工の見事な高級品が、廊下の角に転がっている。

 拾い上げた瞬間、花びらのように柔らかな香りがふわりと広がった。


「これ…誰かの忘れ物でしょうか?」


 こんな立派な物を誰が…あれ…?


 おそるおそる問いかけるルミナ。

 青年は一目見て、小さく眉を上げた。


「それは私の婚約者、イザベラ嬢の物だな。いつも顔もとに広げ、大事そうに持っている印象があるが。」

「顔もとに扇…。」


 ルミナの脳裏に、あの日の光景がよみがえる。

 美しい瞳に気高い雰囲気を纏い、可愛くもプリプリほっぺを膨らませていたあの少女。

 そして、ぽつりとこぼした「従者がどっか消えた」という言葉。


「そうだ…あのお嬢様の…」


 胸の奥がじんわり温かくなる。

 唯一声をかけてくれた相手。

 その持ち物を、自分が拾った。それだけで、ほんの少しだけ心細さが和らいだ。


「大切なものだろう。彼女に返さなくてはな。」


 青年は微笑むと、ルミナに向かって軽く頷く。

 そして入学以来閉じていた口が開いていた。


「はい!それと…そのお方について、出来ればお話しを!!」



―――


 王子から少し遅れてしまった僕は、追いかけながらも風魔法で二人の会話を盗聴していた。

 …ヤバい、と思った。

 

 いや、案の定ヤバかった。見ると空気が完全にラブコメしていたのだ。

 ヒロインと王子が出会い、ほんのり惹かれ合う雰囲気。まさにゲーム通りの展開に突入しかけていた。


 だからこそ、咄嗟にお嬢様の扇を投げ込んだ自分、ナイス判断。

 あれで話題をずらしていなければ、危うくルート開始の合図になっていたところだ。


 …いや、待て。

 ルミナの話してる通りだと、王子様より先に、お嬢様の方にルミナが心を開いてないか!?

 唯一声をかけてくれた相手、とか言ってるぞ。お嬢様がすでにヒロインを攻略している可能性があるんじゃ…。


 もしも、光の魔力はイベント強制力を打ち消すなんて裏設定でもあれば助かるんだが。

 そうでもなければ、この強制力。

 走ってもいなかった王子がヒロインに話しかける展開なんて、まともに抗えない気がしてならない。


 …にしても、お嬢様は既にルミナと会話していたのか。そして、従者の僕がそれを知らないしていなかったとは?

 まぁ…入学式ではちょくちょく消えていたが、よそ見中に変なフラグが立っていなくてよかった。


 ルミナは気を使って声をかけてくれた、なんて美談っぽく受け取っているが、実際はただ僕に怒っていて、その愚痴を聞いてほしかっただけだろうに…。

 結果として王子様フラグを回避できたから良しとするけど。



 その後、教室に着いて話をしていた彼が王子様であると知ったルミナの驚きよう。

 いつも通りトイレが長いと怒られた僕の話は…忘れてくれ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ