『螺鈿の国の一粒真珠』~ですので、あなたのことは愛することはないと申しているでしょう?
「ですので、わたくしがあなたを愛することなどないと何度も申していますでしょう?」
薔薇の刺繍が施された布張りのソファに凛と座り、注がれたお茶を見つめたままの私はゆっくりと立ち上ろうとする優男に告げた。
「えぇ、存じております。ただエリカ様にお似合いになるかと思って、贈り物を持ってきただけですので」
優男の雰囲気を纏うのは、親が決めただけの婚約者。
没落しそうな我が公爵家に有益だと思われた豪商の息子エリックは今、金の台に乗せられた白い花飾りを、私の髪にパチンと留めていた。
「よくお似合いでございます」
その彼は、断りもなく女性の御髪に触れて満足そうに私を見つめる。
「あなたには年上の、今にも落ちぶれていなくなってしまうようなプライドだけが高いわたくしよりも、若くてあなたのことを思ってくれる方がお似合いだと、何度も申していると思いますけれど」
別に外に女を作ってくれても構わない。その女をここにさえ連れてこなければ、自分の家でちゃんと奥方として扱えばいい。そう言っている。私はここでただ枯れていくことだけを望んでいるのだから。
家が求めるものは、彼の財力。血縁にこだわるのであれば、親族からの養子を迎えればいい。そして、彼らの家が求めるものは、うちの権力。
公爵家ともなれば、王家とのつながりも太くなる。
商人の家にとってもこれほどいい話はなかったのだろう。
「やはり、エリカ様のお目には敵いませんでしたか……。今の私では、このような安物くらいしか。申し訳ありませんでした」
安物?
私が首を傾げていると、エリックが「失礼しました」と悲しそうに笑いながら、去っていく。
もちろん、公爵という立場上、安物を付けてはいられない。
だから、過去の栄光の証である代々の骨董を身につけている。
銘打たれたそれらの骨董は、それだけで価値なのだから。
……銘打たれたそれらの骨董。
大きなため息をついて、立ち上がる。
金の手すりに毛織の絨毯が敷かれた大理石の階段。
どこか遠くの国から手に入れたという白磁の壺。
螺鈿の小箱には、輝きを失ってもなお価値がある金の指輪や宝石が詰め込まれている。
磨けば輝く。
しかし、ここに住む私たちには、もうそれを磨く力はない。
これらのものは、すべて借金の形に取られていて、その借金を実質全て買い上げた者がエリックの実家であるメイデルジョウ家であり、エリックはそこの次男だ。
そして、公爵であるグランフィリアが最後に擲ったものが『私』という家格。
一人娘で蝶よ花よと育てられてきた覚えはある。箱入り娘だったとも思っている。だからこそ、そう思われないためにも、教会で行われる孤児への施しも忘れなかった。
もちろん資金繰りが悪くなっていた辺りからは、金銭での施しはできず、読み書きを教えるという形を取ってはいたが、やはり、地獄の沙汰も金次第なのだろうと思い知った。
金銭を教会に施さなかった私を助ける神は、いなかったのだ。
そんなことを思って自室の扉を開こうとすると、母が私を見つめていた。
「またエリックを返してしまったの?」
その手には、おそらく湿気てしまっている高級茶葉で入れたティーセットの盆があった。
「えぇ、ここに通うことは彼の時間の無駄でしょうから」
「近い未来の旦那様ですよ。それまでに少しでもお互いのことを知っておくべきだと思うのは当然のことではありませんか?」
「おっしゃる通りです、お母様」
母の悲し気で非難するようなその瞳から逃れるようにして、私は自室の中へ引きこもった。
そんな風に言うお母様ですら、エリックのことを呼び捨てになさるのでしょう?
彼はこの家の蜜をただ吸いに来ただけの害虫だと思っていらっしゃるのでしょう?
それ以上を知る必要など、あるというのでしょうか?
元は水の豊かな土地だった。だから、今も教会では水神様への信仰は深く、人々も月に一度の礼拝には必ず出席している。
領主や領民たちも川や湖から取れる水産物や田畑での農作物で財を成し、その収益で得た財で豊かになっていた。それを統治する公爵家もまた、それで潤う。
それが、ここ五年必ずやってくる日照りで、すべてが変わってしまったのだ。
夏の日照りが水を奪い、魚や貝の住処が少なくなると、もちろん水産業は衰退した。
さらには、水を引いて潤わせていたはずの田畑にも水が供給されなくなりつつあった。
困窮する領主と領民たち。領民を統治するのが領主だとしても、領主を統治する公爵家としては、どうにかして彼らを救わなければならない。
だから、必要なことであれば金に糸目を付けずに事業を進めたのだ。
それほどに、その頃はうちにも財があったのだ。
あると思っていたのだ。
領地から少し離れた場所にある大きな川から水を引くという案が、各領主から上がってきた。
良い考えだと、何も考えずにそれを進めたのがうちだ。
きっと馬鹿だったのだ。
私は先ほど髪につけられた髪飾りを無造作に取り外し、そして理解した。
金メッキの台座に乗っかる真珠の小花と名もなき白石の飾りたち。
「そうね、わたくしによく似合うものだわ」
もちろん、皮肉めいたその言葉は私に向けて。そして、エリックを罵るために吐き出されたもの。
癪には触ったが、金メッキの髪飾りは、ずっと続けている孤児への読み書き指導に付けていくには、ちょうどよかった。
読み書き指導へ教会に伺う際には、いつもよりも身軽に動けるブラウスとスカートに着替えて出発する。鏡の前に立ち、その出で立ちを確かめて、髪飾りに目をやると、ほんとうに町娘のように見えた。
いつもよりも少しだけ背伸びをしている、そんな町娘なら、このくらいなのだろう。
以前なら馬車で通っていたその道は、歩けば小一時間かかる。つばの広い白い帽子を被り、玄関を出ようとすると、またエリックがいた。
「エリカ様。おひとりでお出かけですか?」
「えぇ」
馬車を持つことすらできないのよ。
傘持ちの侍女すら雇えない。
馬鹿にしに来たのね。
「これから孤児に読み書きを教えに参りますので、あなたの相手をしている時間はありません」
エリックを追い返そうとした言葉だったのに、彼はにこやかに「お供させてください」と私の一歩踏後ろを歩き始めた。そして、気づいたのだろう。
「付けてくださったのですか。やはりとてもお似合いです」
と、嬉しそうな声が、私の背中に投げられた。
そうでしょう? 落ちぶれた公爵令嬢を見ることができてよかったわね。
その言葉は私のおなかの中でやっと抑え込むことができていた。それなのに、彼は私の心を逆撫でる。
「そのお荷物を持……」
「結構です」
私は一人で歩いて行くの。
それで良いんだから。
あなたの施しなど、受けたくありません。
隠した言葉よりも、吐かれたたったひとつの言葉はきっとずっと深く響いたはずだ。だから、彼はそれ以降は喋らず、黙って私に付いてきたのだから。
町に入ると、その寂れた様が私の目に映り、胸が痛くなった。
幼い頃にやってきたここは、もっと賑やかで、活きの良い川魚を売りさばく店主に驚き、泣いたり、目を瞠ったりと忙しく、父や母の手を握っていなければ怖くて仕方のない場所だった。
いや、違う。いつかこの手を離せる時が来る日を心待ちにしたい場所でもあった。
自分だけで歩いて、自分だけの宝物を探しに。
とても賑やかな町に、幼い私の心はずっと踊り続けていたのだ。
それが、今ではない。
職を求めて別の土地に移り住む者が増えてきた。
取水工事に従事する者以外の給金は、ほとんどないらしい。
寂れてくると、荒くれ者が別の土地から流れつく。
夜の街が荒れ始める。
働きに出た親が帰ってこなくなる。
子どもたちが飢え始める。
教会がそんな孤児を集めていた。
だけど、それにも限界があるのだろう。
それを物語るように、空っぽになった桶を馬車に詰め込んだ水売りが、私たちの横を通り過ぎ、乾燥した砂を舞い上げた。
教会の扉を開けると饐えた臭いが、鼻を突いた。汗の臭いだけではなく、最近は嘔吐を繰り返す者も多いそうだ。腐ったもの腐った水を口にするのだ。
皆、空腹なのだ。
「グランフィリア様」
「ご無沙汰しております。少し立て込んでおりまして」
司祭の顔はいつも通り優しく私を出迎える。
「縁談がおまとまりになったとか」
笑顔を向けるそんな司祭を私は無視した。
「子どもたちはいかがですか?」
「グランフィリア様が来られることを心待ちにしておりますよ」
本当は食べ物をたくさん持ってきてあげたい。
私はそんな思いを胸に、そんなこともできない自分を蔑んだ。
「エリカさま」
そんな思いに苛まれていると、あのエリックの声が聞こえた。あぁ、そう言えば、ついて来ていたのだったわ。そんな風に思い、振り返ると、エリックは私の思ったものとは違う表情を浮かべて教会の中を見渡していた。
「想像していたよりも酷いのですね」
彼はポツンと、私を見ずにそう言った。
彼に施しを求める、それが私のすべきことなのだろうか?
他国にある食べ物を高額でも、恒久的に買うことができたなら、ここにある孤児たちにも食が回ってくるのだろうか?
そんな風に思ってしまった。
子どもたちは以前よりも痩せて見えた。
だけど、私が持ってきた黒板と白墨を手に取り、嬉しそうに文字を書き、計算ができたことを喜ぶ。
驚いたことに、エリックはその饐えた臭いをさせている子どもたちの傍で、同じように嬉しそうに文字を教えたり、計算を教えてたりしていた。
「エリックは賢いんだねぇ」
「子どもの頃、たくさん勉強させられたからね」
そう言って、戸惑いもなくその虱がいる頭を撫でて、笑いかける。
「勉学は、きっといつか君の富となるよ」
すると、子どもは嬉しそうに笑って、
「じゃあ、僕が賢くなって水を持っていきますって水神様に伝える」
と言う。
それは、司祭が「水神様も水を失い困ってらっしゃる」と教えているからだろう。
教会の炊き出しの手伝いをした後に、私とエリックは帰路へとついた。エリックは屋敷まで私を送るつもりらしく、私に黙ってついて来ていた。
「ひどい統治者でしょう?」
「いいえ」
その答えに、意地悪な胸の内が答える。
そうよね、そんなひどい統治者の家格が欲しくて、私をもらおうとしているのだもの。あなたが酷いだなんて言える立場じゃないわよね、と。
「ただ、自分の無力さが身に染みてしまいますね」
エリックはそれ以上、話さなかった。
私が話しかけなかったと言うのも、あるのだろうけれど。
彼は、ただ私を屋敷まで送り届け一礼した後、そのまま踵を返した。
毎日のように顔を出していたエリックが来なくなったのは、その日が境だった。
もしかしたら、ほんとうに見限られてしまったのかもしれないという虚しさと絶望と、もう心を乱されることがないという安堵感とが混じり合う日々を過ごしていた。
私はいつも通り町へ向かい、教会へ行く。
子どもたちに読み書きを教える。名前を書けるようになっただけで喜び、感謝される。
ほんとうは、お腹が減っているだろうに。
謝りたくなるが、今日の分のパンを一欠けら、ここに持ってきたからといって何もならないことも分かっている。
行き倒れた一人に、その時のみの施しでは解決にはならない。
だから、私は子どもたちに読み書きを教えている。
将来、この子たちの富につながるようにと。
それを、エリックが……。
同じことを言っていた。
彼が来なくなって、ずいぶん経っていた。私は何かを振り払うために、息を吸い込み、ここの歴史を彼らに伝える。読み書きの次は住む世界を知ることだ。
どうしてそうなってしまったのか。誰が失敗したからこうなったのか。
そう思っていた。
「エリカ様」
司祭がやはりいつもと同じ優しい微笑みで私の名前を呼んだ。いいえ、いつもとは違い、幼い頃のように私の『名前』を呼んだ。
「先日、メイデルジョウのご子息がお越しになられまして」
しかし、きょとんとしている私が「あぁ」と思った先日と、司祭の先日は違っていた。
「子どもたちにと、豆の樽を持ってきてくださいました」
こちらの豆は乾燥させてあるのでずいぶん日持ちするものだそうです。
そして、こちらはその豆を育てるための豆です。
「子どもたちとともに、今それを育てているのです」
面白いのですよ。
この豆は、発芽にはそれほど水はいらないのだそうです。
だけど、豆を太らせようとする時には水が必要だと。
その頃までには、なんとか水を引けるようにするからと。
その時は、こんな豆じゃなくてパンをたくさん持ってくると。
司祭はにこやかに私に語り続けた。
「司祭の私は、それが確実な真実ではないことも知っています。だけど、子どもたちはそれを心待ちにしています。それが例え嘘ものの希望だとしても。だから、豆の種は半分残して希望にしています」
そんなことしなくても大丈夫、とは言えなかった。
いつも来年あたりには、と父が言っていたから。だけど、日照りだけではなく、川の工事はなかなかうまく進まなかったのだ。時に水売りに妨害されて、時に鉄砲水に妨害されて。
最大の難関はその川を持つ領地の領主だった。
延ばす川幅、流れ出る水量、そして、この異常気象。
いつうちの領民が飢えるか分からない。
領民思いの領主ではある。それを知っているからこそ、強行できないと父が言う。
「また真珠貝のボタンがここの産業として成り立つことを、私は夢見ているのです。だから、いつまでも来年こそはと信じていたいのですよ」
司祭は皴を深くして笑っていた。
その夜、私は螺鈿の小箱の中に入っている一粒の真珠を眺めていた。この真珠一粒ではパンも買えない。だけど、それは私たち公爵家にとって何物にも代えがたい価値があった。
かつて豊かなその水の源は、湧き水だった。その水はとても澄んでいて、川魚がたくさん住んでいた。その中に、川真珠貝という貝もあった。
きれいな川にしかない、そんな貝の内側には真珠層があり、ごくまれに真珠を生み出すものもあった。
螺鈿の小箱の中にあるそれは、そんな小さな真珠だ。
昔父が私を膝に乗せて語ったことがある。
この土地はこの川真珠貝の工芸で富を成したんだよ。国王様もそれはとても気に入ってくれた工芸品でね。だから、私はこの土地の川をずっと守りたいと思っているんだ。
そして、私を優しく見つめた父が言った。
「エリカには、そんな富をもたらしてくれる川真珠貝の中でも、真珠を生み出すようなものと一緒になって欲しいものだな」
私は「はい」とよく分からないまま答えていた。
エリックが私の前に再び現れたのは、月に一度ある礼拝の時だった。
水神様に祈りを捧げる。
しかし、水神様はお応えにならない。
それでも人々は集まってくる。
そんな人々の中のひとりに彼がいた。
彼は私を見つけると、軽く手をあげ、お辞儀した。
私も久しぶりの彼を見て自然と会釈していた。
エリックが、話があると言う。
私も話がしたかった。
エリックは少し日焼けをしていて、相変わらず付け焼刃のマナーで、私をエスコートしてくれた。
そして、その手を離し、唐突に向き合う。
全く紳士のマナーとしてなっていない。
「少し誤解があるかもしれませんので」
少しどころではないと、胸の内の私がその言葉に答える。しかし、淑女としてそれは躊躇われた。
だから「はい」とだけ答えた。
「もちろん、メイデルジョウ商会としてはあなたの家の爵位が欲しい。それがあれば、国王との商売が成り立つようになりますから」
私は黙って聞いていた。
「だけど、……」
言葉に詰まった彼は、私から視線を逸らし、その燦々たる太陽がある空に上げた。答えはそこにあるのだ。だから、私が一息に続けた。
「商会のご子息であればご存じであろうかと思います。我が領地では、かつて螺鈿細工が栄えておりました。川真珠貝をご存じでしょうか? 水産資源だけでなく、それを使って産業としていたのです。しかし、この五年で、その貝が取れなくなりました。なぜならば、その貝は澄んだ水にしか現れることのない貝だからです。今や、水源を失くした川は澱んでしまった。だから、あなたのような金に穢れた者が現れた、そう思っておりました」
その言葉に、彼が苦笑する。
あぁ、こんな表情もするのだ、この男は。
仮面を剥がしてやったという満足感とともに、私は彼の発言を抑えるために続けた。
「だけど、誤解をしていたことは認めます。あなたが金の亡者であるとは思えないようです」
「それはよかった」
「だからと言って、……」
その私の言葉を遮って、彼が笑った。
「座りませんか? 話は長くなりそうだ」
そして、胸のポケットのハンカチーフを地面に敷いた。
「公爵令嬢様に、こんな場所で失礼ですが」
「構いません」
私は、一応の礼儀を尽くす彼に頷き、そのまま地べたに座った。
エリックはその地べたを眺めながら、ぽつぽつと話し始めた。それは、いつもの優男の顔ではなく、ただひとりの個人としての彼だ。
「初めは、あなたも僕の財に釣られてくれないかなぁって思っていました」
エリックはそう言って、視線を上に向ける。
「あなたのことは一人娘っていうこと以外、全然知らなかったし、ここが瀕死の状態だって聞いて、父に掛け合ったんだ。ほら、僕次男だし、自分でなんとか道を開かなくちゃならない立場だったしね」
公爵家を助ける理由で家格を手に入れられないかって。もちろん、所帯を持つんだって真剣に考えていましたよ。だからこそ、ちゃんとその一人娘のことも知ろうと思って毎日通った。
「でも、たぶん、見抜かれてましたよね。色々と」
彼は、私を全く見ていなかった。ただ、淡々と言葉を落としてく。それだけ。だから、私もただ、耳を傾けた。淑女としてではなく。ただ、ひとりの人として。
「でも、あなたがいつもご自分を卑下するでしょう?」
「わたくしがいつ自分を卑下しました?」
「エリカ様が自分を語る時はいつも『家』があっての自分の価値だった。だからあの髪飾りを選んだ。メッキの貴族なんかじゃなくて、本物なんだって思ったから」
そこで、またエリックは地べたを見つめた。
確かに、髪飾りには一つだけ本物があった。私はその言葉を飲んで、彼を見つめる。
しかし、私は彼を知ってしまっていたのだ。
そんな風に選んだ彼がどうしてそれを安物だと卑下したのか。なぜ、たくさんのパンが用意できないのか。
買えなかったのだ。彼自身が彼の父親に借金をして、ここの治水事業に資金を出したから。
「本物はいつも美しい。だから、僕が泥水に慣れてしまわないように……」
そこまで言ったエリックが軽く頭を振った。
「いや、違うな。僕は君が好きだから、一緒になりたいと思っている」
まっすぐに瞳を私に向けて、地べたに座ったまま手を差し出す。
「今の僕は、父に借金をしている。だけど、返すだけの算段はつけている。ここで箔をつけて、君を伝手に王族との商売をして高価なものを買わせてやるんだ。ここまでは、今までと変わらない。だけど、君がいれば、きっと僕が道を間違えない」
全くマナーはなっていない。
本物の私が紛い物を信じるわけがない。
「どうか、僕を選んでください」
だから、答えは決まっていた。
「ご存じですか? 川真珠貝は真珠を作らない。真珠層があるだけ。だけど、川真珠貝にもまれに真珠が生まれるのです」
エリックは首を横にした後、そのままその首を傾げていた。
差し出された手は、香油を使って手入れをする貴族のものと違い、少しかさついていた。だけど、私はその手を取ってこう言った。
「食べきれないほどのパンをあの子たちに、あなたと共に持っていきたいと、今は思っております」
きっとあなたはその真珠を持つ者だと思うのです。
その答えの前に、目を見開いたエリックが思わずというように、私を抱きしめていた。彼の胸の鼓動が心地よく響いてくる。
全く紳士ではないけれど。
あなたは、本物の真珠。
「たくさんのパンと共に必ずあなたを連れていきます。だから、どうか僕に付いて来てください」
鼓動とともに胸に響くその言葉に私は、自然と「はい」と伝えていた。
お読みくださりありがとうございました。
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