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Knuckle strike

 決意したと同時に俺は跳んだ。もちろん、俺の体がというわけではなく、俺が乗っているロボットが助走なしに跳躍したという意味だ。今のロボットをうまく歩かせることもできない俺には走ってあの緑色のロボットのところまで行くのは不可能だ。走っている途中で気づかれて右手に持っている銃で撃ち落とされてしまう。


 だから決めるのは短時間でだ。どんな相手も突然現れた敵に対しては反応が遅れる。それは生物にとっての必然。つまりわかりやすく何が言いたいのかと言えば。


 「死ねやこんちくしょう!」


 振り抜いた拳が相手のロボットの頭部を撃ち抜くように、俺は右手に握った操縦桿を思いっきり前に向かって、押し込んだ。


✳︎


 突き出されたリレイドの右手がバズの頭部へと吸い込まれていく。とっさの出現、突然の強襲は誰にとっても予想外のことだ。それは無論、ゆっくりと降下していたバズのパイロットにとっても同じことだった。


 リレイドの瞬間出力、それはバズの出力を大きく上回る。一切の加速装置もなく、純粋な膂力という名のパワーだけでバズは一瞬にしてその姿を宙空から消した。


 有無を言わさずヘッドパーツを握られ、抵抗すら許されずに二車線道路に叩きつけられるバズ。崩れていく高架道路の瓦礫、それはフェロンノートを生き埋めにするだけなら十分すぎる質量攻撃だった。無数の巨岩が、瓦礫が雪崩のように頭部を失って周囲の状況がわからないバズに、そしてそれが逃げないように押さえつけているリレイドへと降り注ぐ。


 激しい崩落音が周囲に轟いた。通常のフェロンノートであればまず間違いなく爆発四散するほどの威力だ。事実、瓦礫の隙間から豪炎が巻き上がり、続いて、黒煙がジャイロのような色の爆炎と共に上がった。


 しかし、その瓦礫の山を跳ね除けるようにリレイドは起き上がった。背中から千切れた電力供給ケーブルをぶらぶらと垂らしながら立ち上がったその瞬間、悲鳴のような不協和音が駆動部や腰部の隙間から上がる。それはまるで死の淵で間際の勝利を掴んだ戦士ようだった。


✳︎


 息ができない。吸った息が肺から出てこない。吸うばかりで吐き出すことを忘れた肺に吐き出す感覚を思い出させようと何度も胸骨を叩く。


 瞳孔はきっとギャグ漫画のように飛び出ている。喉がイガイガする。まるで唾液が飴玉のように喉に絡まってすげぇ痛い。下顎と下顎部の歯が分離しているように感じる。息の代わりに唾液が出てくる。胃酸でないのはそこまで食事をしていないからか?


 やっと呼吸が元に戻ってもまだ喉が痛い。顔が青くなるんじゃないかってくらい気持ち悪い。ああ、ゲロバケツ。ゲロバケツはないか。今、猛烈に吐きたい気分だ。


 ——死ぬかと思った。なにより、人を殺した。多分、この手で殺した。その事実がまず頭に浮かんだ。だってこのロボットを俺が操縦しているってことは同じものであろうだろう、緑色のロボットにも誰かが乗っていたってことだろ?


 「大丈夫ですか?」

 「大丈夫じゃありませぇん」


 気の利かない量子インデクターとやらをあしらい、呼吸を取り戻す。冷静さを取り戻す。


 もしあの時、不意打ちの一撃を喰らわしていなかった俺が死んでいたかもしれない。俺だけじゃなくてヘルルカも。だからこれは仕方のないことなんだ。そうやって自分を納得させ、改めて瓦礫の山を見つめた。


 あの緑色のロボットを高架道路に叩きつけて、動きを止めたと思った瞬間、まさか当の道路が崩れてきて、大爆発に巻き込まれるとは思ってもいなかった。あの時はもう死んだ、と思ったものだが、どういうわけか、爆炎に包まれる直前で左手が勝手に稼働して、コックピットと炎の間に割って入ったかと思えば、爆炎の衝撃に跳ね上げられる形で崩落してくる瓦礫の雨から脱出することができた。


 いや、本当にどうなっているんだ?爆風だけで吹き飛ばされるほどこのロボットが軽いわけがないだろう。左手の前腕部に付けてあったあの装置に何か秘密があったのか?


 「現在、電力残量が20パーセントを切りました。機体制御に回している電力をすべてハーネットの生存用電力に回しますが、よろしいですか?」


 「え?ああ。もう敵だっていな」


 「——警告。敵味方識別信号を発していない機体反応を確認。即座に立ち上がり、身を隠すことを提案します」


 まじかよ。即座にロボットを立たせようとするが、立ちあがろうとした瞬間、何かが外れたようにその巨体がぐらりと揺れた。


 目の前に地面が迫り、とっさに左手で自重を支えようとするが、地面に手をついたとほぼ同時にその左手が関節部からぼろりと崩れた。壊れた関節部から火花が散り、ネジやその他のパーツが破裂する。


 「右脚部の破損、左腕部の破損を確認。行動不能。即座に当機から降機することを推奨します」

 「いや、そんな暇ないだろ」


 そう言ってもシートベルトを外す手を俺は止めなかった。無意識の行動だった。メインシートからずり落ち、ヘルルカが座っている補助席のベルトへ手を伸ばす。ベルトを取ると、彼女の軽い体が俺の両腕に落ちてくる。


 量子インデクターが入り口のハッチを開けると、砂塵と風圧が中に入ってきた。目に少しだけ砂が入ったが、気にするほど悠長に構えてもいられない。逆流しているダストシュートに飛び込むようにハッチから外へ出る。地面との差は大体2メートルくらい。施術を受けている人間であれば受け身を取る必要もない高さだ。


 すんなりと着地し、どこかの建物へ隠れようと周囲を見渡す。崩れている建物ばかりだが、今はそっちの方が好都合だ。崩れた建物の中に人がいると考えるのはゲリラ戦に辟易している職業軍人くらいなものだ。


 まだ体は本調子ではないとはいえ、たかだか50キロもない女の子一人を抱えて走るのに支障はない。敵かどうかもわからないロボットが迫っているみたいだしさっさと移動しなくては、と一歩足を踏み出したまさにその時、こちらの行動を嘲笑うかのように低い音が上空から聞こえた。


 「やばっ」


 ついさっき俺が偶然、運良く、本当に万が一くらいの確率で倒した緑色のロボットと同じタイプ。それがその巨体をゆっくりと、静かに着地させた。こちらを見る時、そのロボットは頭部の黒いバイザーを下ろし、光っているメインカメラを露出させる。索敵モードってところだろうか。いや、そんなくだらないことを言っている場合ではなく。


 まずい。まずい。まずい。非常にまずい。一番近い建物との距離は大体10メートルか11メートルくらい。2秒とかからずに建物の中にはたどり着けるだろうが、その後どうするかのヴィジョンが全く浮かばない。逃げる俺とヘルルカをあのロボットが見逃してくれる保証なんてない。それどころか嬉々として殺しにかかってくる。それは決定項だ。


 どうすればいい?どうすれば助かる?俺とヘルルカ、二人ともが助かるにはどうすればいい?全力疾走で逃げ切るとか?いや、無理だろ。50メートル走の記録大体5秒とかそれくらいだぞ?しかも短距離ではなく、長距離となれば話は変わってくる。施術のおかげで持久力もあるにはあるが、それだって1500メートルを4分とかっていう結構遅いほうなんだぞ?


 急いで白いロボットの中に隠れることも考えたが、見つかっている時点で相手が俺を見失わない限り、永遠に追いかけられ続ける。つまり、この状況、まっさらな何もない道路の上で自分の10倍近い全高の相手と運悪くマッチングしてしまった時点で俺の負けは確定してしまっていた。


 「クソ、これは詰んだな」


 こちらの苦しげな表情から何を察したのか、ロボットの操縦者は何も言わずに右手に持っていた大型のライフルを俺に向けてくる。せめて一撃で終わらせてくれるっていう慈悲のつもりだろうか。どうせなら見逃してくれるくらいの寛大さを見せてくれたらいいのに。まったく、最悪な最後だ。せっかく反物質の消滅事故から生き残ったっていうのに、ビームライフルで蒸発エンドだなんて悪趣味な運命もあったものだ。


 これでもう2度とアミダとも会えない。こんなどこともしれない宇宙の彼方でビームライフルで俺が蒸発するなんてきっとアミダは想像もしていなかっただろうなぁ。ビームライフルの銃口に光が集まっていく。一瞬で済むだろうその動作がなぜかゆっくりと見えるのは死の間際だからだろうか。ああ、これが走馬と……


 ——ドシュン。


 走馬灯。


 これまでの人生のさまざまな記憶が、思い出が駆け巡ったまさにその時、緑色のロボットの頭上から巨大な曲剣が落下してきた。それは躱す余地も与えず、頭頂部から垂直線上にその巨体を真っ二つに切り裂いた。


 「ってやば」


 見とれている場合じゃない。すぐに逃げないと。


 踵を返し、ロボットの影に隠れようと走り始めたと同時に背後で爆発音が轟いた。切断面の熱と弾かれたプラズマが起爆剤となり、大爆発を引き起こす。爆風に吹き飛ばされる形でロボットの装甲に叩きつけられた。それでも意識が刈り取られないのは体が文字通り頑丈だからだ。


 いてぇ、と感じることはあってもそれで気絶することはない。体はこんなに柔らかいのに、その強度は鉄並みなのだから質が悪い。多分今の吹き飛ばされたスピードで背中ではなく、頭部をぶつけてもせいぜいが頭部強打くらいの傷しかないだろうな。万が一の内出血とかが怖くてやりたくないけど。


 それよりも問題は頭上から落ちてきた曲剣だ。緑色のロボットを両断した、ということは俺やヘルルカの味方だと考えていいのか?ていうか、そうでないと俺が困る。


 敵じゃありませんように、と祈っているとすぐにその答えは向こう側から来てくれた。俺とヘルルカを狙ってきた緑色のロボット、いやフェロンノートとは異なる灰色のフェロンノート。外見は非常にスマートでトップアスリートの整った筋肉を彷彿とさせる見事な出来栄えだ。


 ややトップへヴィーのようにも見えるが、それはきっとあの曲剣を扱うことを前提にした設計だからだろう。柄まで含めれば10メートルくらいはあるように見える。あれだけ巨大な長物を扱うとなれば、フェロンノートの方にもそれなりの強度と出力を求める、ということなのだろう。


 「——ん?あれ?ファルニール君?」


 「え、あ。起きた」


 「なんで私、お姫様抱っこされてるの、いえ、ですか?」


 寝ぼけ眼で目覚めたばかりのお姫様は俺に聞いてくる。俺が彼女を抱き抱えている理由を説明しようとすると、彼女は俺の口に人差し指で蓋をし、きょろきょろと周りを見回し始めた。それだけで大体の状況を把握したのか、直前までぼんやりとしていた彼女は引き締まった表情を浮かべた。


 何を思っているのだろうか。何を感じているのだろうか。一体何を気負っているのか。


 彼女の表情は例えばアミダの施術を担当したヴェーリッチ先生や、大学で俺が師事していたボストン教授、あるいは宇宙ステーションのステートマスターであるヘクター管理官のような重責や重荷を背負っている人間が見せる表情、もっと言えばとてもつもなく重大な結果の後に見せる彼らの表情と似通っていた。


 彼女が貴族様なんじゃないかと妄想したことがあったが、それもあながち間違いではなかったのかもしれない。貴族と言えば領地だ。自分の領地であるこのブランチが襲撃されたことに対して、思うことがないわけがない。つまり、今彼女が感じているのは自分の不甲斐なさに対する自己憎悪といったところだろうか。


 「ファルニール君。もう降ろしてもらって大丈夫です。それよりも……」


 彼女の視線が俺の背後に向く。白いフェロンノートをまじまじと見つめながら彼女は口を開いた。


 「ここまで移動させた、そういう解釈でいいでしょうか?」

 「え、ああ。ほぼ量子インデクターの指示ではあったけど」


 「量子インデクターが?平時は喋りもしないくせに」


 それはどういうことだ?結構軽快に喋っていた気がするが、彼女の認識ではあれは喋っていないに入るのか?だとしたらヘルルカは普段どれだけ多弁なんだ。


 「いずれにせよ、詳しい話は別の場所でしましょう」


 そう言って彼女は灰色のフェロンノートの方へと歩き出す。そしておもむろに袖口から手首に巻いていたとなんらかの紋章が刻まれた手形のようなものをそのフェロンノートに見せた。


 「そこのダムアンに乗っているハーネット!私はルガイア王国第三王女、ヘルルカ・フィオ・ストゥベリー・アリストテレス!今回の件について、軍の責任者に話があります!至急、私と彼をハルジオン中将の元へと連れていきなさい」


 王女様。そうか王女様かぁ。


 いや、マジでお姫様抱っこじゃねぇか!!??


✳︎

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