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 「なにあれ」


 とっさに出てきたのはそんな陳腐な感想だ。いや、それ以外にどんな感想を抱け、というのか。全身ほぼ真っ白な巨人、いやあの見た目からしてロボットだろうか。


 人間の何倍もあるだろうその巨大な鋼の塊が多数の整備士っぽい人達に囲まれて壁側に立たされていた。いくつものケーブルがロボットの背部に繋がれていて、時折腰部の水色のパーツが明滅を繰り返していた。


 窓越しに正面から立つとその全体像が見て取れる。大きさは大体15メートルほど。胸部が開かれていて、その向こう側には座席が見える。あれがコックピットだろう。胸部左右、ちょうど手の付け根付近が妙に突出していてなんとも変な感じだ。あと目がいったのは頭部の形状くらいだろうか。アニメやゲームなんかでよく見るツインアイ、それは別に驚かないが、後頭部から生えているポニーテールみたいな突起物はなんなのだろうか。まるで日本のSAMURAIみたいだ。


 左右対称というわけではなく、左手の前腕部には妙なものが取り付けられていた。前腕部とほとんど同じ大きさのそれは盾というには小さく、固定武装の剣というには長さがぜんぜん足りていない。それ以外で目立った特徴というものはなく、ありふれた人型ロボットという印象を受ける。問題はそんな人型ロボットの試験場にどうして俺を連れてきたかだ。もうなんというか猛烈に嫌な予感がした。


 「さて、ファルニール君。ファルニール君でいいですよね?」


 もう好きにしてくれ。改まってヘルルカが俺の陰鬱な表情を覗き込もうとしているだけでなんとなくだが嫌な予感が的中している気がした。


 「あのフェロンノート、リレイドと言うんですが、あれはまだ動きません。搭載している量子インデクターに適合する人間がいないからです。で、あなたが寝ている内に採血したり、唾液成分なんかを検査して、ついでに量子インデクターとの適合率も測ってみました。そして適合率はなんと91%!これは我々の持っているデータをはるかに上回る値です」


 淡々とヘルルカは話を続ける。その度に俺の陰鬱レベルは上がっていった。人型ロボットを作れる技術力とかはもうなんかどうでもよくなってきた。宇宙空間に大型居住地を作れるならロボットも作れるだろうくらいのノリだ。


 「必要とされる適合率は60%。数値は超える人間は一人いるのですが、立場上、常時テストを受けることはできないため、専属のハーネットを私達は欲していたわけです。で、ファルニール君が適合した、というわけです。拍手!」


 パンパンと乾いた音が拍手が送られる。要はテストパイロットということか?ハーネットというのが。しかし俺はロボットの乗り方なんて知らない。乗ったことがあるのはショベルカーや伐採機のような大型重機とアームズマンくらいなものだ。それらと操縦規格が一緒だ、なんて言われたらあまりにご都合主義的だ。


 「あぁ、ひょっとして操縦なんてできない、とか思っていますか?ご安心を!そのための量子インデクターですから。元々は新兵でもすぐにベテラン並みの操縦ができるようにする、という計画のもとで開発されたわけで、それが搭載されているフェロンノートは理論上、赤子でも操縦できます。なんせ身体中の神経を伝う電気信号を読み取り、さながら脳内で考えているように機体を操るシステムですから」


 「脳波で操っている、とかじゃなくて?」


 「なんですか、その非人道的な超技術。できなくはなさそうですけど、それって人間にかかる負担が大きくなるだけじゃないですか。直接フェロンノートと人間の脳みそを繋ぐようなものですから。量子インデクターはあくまで神経を伝う電気信号を読み取って、ハーネットの意思通りに機体を動かす、というだけです。ですが、それにはある程度の親和性が必要でして」


 なるほど、理解した。電気信号を読み取ると言っても完璧に、というわけではないのか。一つの作業を何十回、何百回とこなすことで1回目よりも作業速度が上昇するように、何度も同じ動作を繰り返すことで量子インデクターとやらにこちらの電気信号の意図を一つ一つ教え込む。才能のある人間はすぐに一つの作業をこなれていくように、量子インデクターとの親和性が高い人間ならば、インデクター自身が憶える速度が早くなる、ということだろうか?


 だが疑問が残る。インデクターとは俺らの星で言うところのコンピューターみたいなものなのだろうが、それなら親和性ってどういうことだろうか?コンピューターを扱う人間の得意不得意とかだろうか。もしそうだとしたら別にパイロットが俺でなくともいいのではないかと邪推してしまう。それこそ長期間、使い続ければ誰でも量子インデクターに憶えこませることもできるのではないだろうか。地球にも量子コンピューターはあるが、使える人、使えない人がいるなんて話は聞いたことがない。


 「あー。それはですね。量子インデクターそれぞれの性質と言いますか。まぁ、乗ればわかります。要は好き嫌いですよ、好き嫌い」


 説明を切り上げ、ヘルルカは奥の扉へと歩いて行ってしまった。慌てて彼女の後を追いかける。右折し、例のロボットの胸部コックピットにつながっている歩道橋のようなところを歩いている彼女に追いつくと、下にいる作業員達に彼女が何かを叫んでいた。何を叫んでいるかはわからなかったが、別れ際に笑顔で手を振っていたところを見ると、言い争っていたわけではないらしい。


 コックピット前の足場まで来ると、彼女が到着するよりも早く、作業着の上にジャケットを着た作業員が数名、ホロディスプレイを起動させて待っていた。その内の一人、ゴーグルを付けた年配の作業員が近づいてきた俺に手を差し出した。


 「この引きこもり野郎の整備担当をしているマケット・ジャンゴだ。ヒメさんが連れてきた助っ人ってのはおまえかい?」


 「ファルニール・エルフガーデンです」


 そうかいそうかい、とマケットさんは俺の手をブンブンと振り回した。


 「ジャンゴ技師はこのリレイドの基礎設計も担当したんですよ」


 ヘルルカの補足を受け、へぇ、と感嘆の声が漏れる。つまりロボットの設計ができるってことじゃないか。同族意識が目覚めそうになるな。


 マケットさんに促され、俺はコックピットの中に入る。大きさは大体人が二人入れるかどうかといったところだろうか。ドーム状のコックピットの中は暗く、メインシート以外にも折りたたみ式のサブシートがあった。当のメインシートはと言うと、ロボットアニメとかでよく見る操縦桿が左右に二つずつあるタイプ、なのだが、前腕部付近を覆う形で円形状、それも目医者などで見る一部が欠けた円形状の筒があり、なんだか拘束具のように見えた。


 他には車のアクセルとブレーキを彷彿とさせる二種のペダル、メインコンソールが正面、左右にサブコンソールが置かれている。よく見るとペダル付近にも同じような筒がある。これがヘルルカの言っていた神経を伝う電気信号を読み取る装置なのだろうか。


 座席の大きさから見るに俺ならば窮屈に感じることはないだろう。座って、操縦桿を握ってみると、操縦桿にもボタンやらスイッチやらが取り付けられていて、しかもそれは親指の付近にあるボタンで開閉し、操縦桿がただのスティックからサーベルの持ち手のような形に変わった。多分、細かい作業をしない場合はこっちが正しいのだろう。


 「じゃぁお邪魔しまーす」


 俺がメインシートに座ったことを確認すると、次いでヘルルカが中に入ってきた。俺の後ろに周り、サブシートを起こすとその上にちょこんと彼女は座った。


 「ほら、訝しがらないでください。いくら量子インデクターがあると言っても基本操作を教える人は重要でしょう?——じゃぁジャンゴ技師。ハッチカバーを閉めてください」


 あいよ、とマケットさんは入り口から離れ、手元のホロディスプレイを操作する。ピィーという音と共にそれまで開きっぱなしだったハッチカバーが徐々に閉まっていき、完全に塞がると真っ暗闇になった。しかしすぐに青い光がコックピットの中に起こり、コンソールの画面に赤い文字がいくつも列を成す。


 それが続くこと大体四分間くらい。俺の両手両足を覆う円筒状の装置が緑から青、また緑と交互に色を変えていく中、急にビービーという警報のような音が鳴った。


 「ん?あれ?」


 カチカチとヘルルカは身を乗り出し、左側のコンソールパネルを押す。警報音が止まり、旧時代のレコードテープを彷彿とさせるホロディスプレイがコンソールの真下から、まるでキーボードのように現れた。


 「電力が足りてない?ちょっとどうなって」


 焦ったようにシートベルトを外して俺のひざに彼女は座り込んだ。ホロディスプレイをDJのような指さばきで操作し始める。それが三分くらい続いたが、コックピットの天蓋は青一色の、さながらコンピューターデスクトップのような景色を写したまま、いっこうに変わろうとはしなかった。


 「どうしたんですか?」

 「電力が足りていないって。なんでこんな。とりあえず座席の右下にある赤いスイッチを押して、一度ハッチを開け、うぁ!!!」


 急な衝撃。それはシートベルトをしていなかったヘルルカが俺の膝から浮き上がり、落ちていくのに十分すぎる衝撃だった。


 青い壁にぶつかった彼女はピクリとも動かない。抱き起こすと気絶していた。気絶している彼女を補助シートに座らせ、シートベルトを付けさせる。


 「なんで、ちょっと誰かいませんか!!」


 ハッチを叩くが、応答する声はない。近くに中から開閉するためのスイッチも見当たらない。また叩く。しかし何も聞こえない。そもそも完全遮音システムでも実装しているのかというぐらい、外の音が聞こえない。


 揺れが起きたということは地震?いや、ここは宇宙にあるのだから、地震は起きるはずない。ではなんらかの爆発だろうか。それならこの中がぐらぐらと揺れたのも理解できる。じゃぁなんで爆発?穴でも空いた?


 ——じゃぁ今俺達は宇宙を漂って……?食糧なんてないよ?俺は生き残れるけど、ヘルルカは?あぁ、でも宇宙なら無重力だからまだ大丈夫。まだブランチとやらの中だ。あ、そういえばこのリレイドってロボットはどれだけの破壊係数になら耐えられる?耐熱性とか大丈夫?あ、蒸し焼き。


 悪い想像なんてものは次から次へと湧き上がってくる。有体に言えば、ナイトメア・スパイラル。最悪だと思った想像をした矢先、より最悪な想像が湧き出てきて、さらに最悪な想像が湧き上がる糧になるという悪循環。ああ、世界は地獄だぜ。


 「誰か、誰か!俺に外の状況を説明してくれ!」


 「はい、了解しました」


 「え?」


 「映像をメインモニター、サブモニターに映し出します」


 どこからともなく聞こえてきた機械的ながら、どこか中性的な声。その声の正体を聞く暇もなく、それまで青一色だった左右正面の壁、もといモニターの景色が移り変わる。


 ——そして映し出されたのは紅蓮だった。


✳︎

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