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男の子達がでっかいパフェを食べる話

作者: 七川雲丞

 一触即発。


 ひりつく空気。

 指先まで神経が通っていく、冷たいような熱いような不思議な感覚。

 まさに喧嘩が始まるというその瞬間、一人の男子が口を開く。


「え、いかないの?」

 剣呑としたその場にそぐわない呑気な声音。 

 一人喧嘩する気の全くない花浜(はなはま)は、喧嘩する前のビリビリするようなやんちゃくれ達に臆することなく、背筋を伸ばしてそこに立っている。


「いや、後から行くから先に」

 出鼻をくじかれた副長格である吉早(よしはや)が、空気をぶち壊す花浜を遠ざけようと試みた。

「え、なに。俺だけ並んで、皆、後から合流する気?それ、ずるくない?」

「今それどころじゃ」

 試みは完全に失敗したようで、吉早の言葉を遮って一人違うベクトルにヒートアップしていく。

「美味しいもの食べられると思って頑張ったのになー。えー、食べないの?」

 信じらんない、約束してたはずなんだけど。

 花浜の口撃は止まらない。

 誰かが口を開こうとしても、その言葉を遮って話し続ける。そのせいで場はどんどん白けていく。

 その空気のせいか、延々と続いている口撃が効いているのか、今からしようとしている喧嘩がなんだか馬鹿馬鹿しく感じてきた。


「俺、行くわ」

 リーダ―格の土傍(つちわき)は周りに告げる。


「つちが行くなら俺も行くわ」

「俺も」

「おれ、俺も行くから」




「は?」

 相手のリーダー格、瑞下(みずした)が短い言葉で意図を問う。

 喧嘩の理由なんて何でもいい。

 目が合った合わないとか、馬鹿にしたとか、肩がぶつかったとか、とにかく始められれば何でも良い。

 ただ強さを求めて、自分より強いやつを倒したくて。同じような馬鹿共が、この街になら何人も居る。そんな奴らと誰が一番かを競い合ってきた。


 そうして探し出した相手は、今まさに背を向けて去ろうとしている。

「俺らやめるわ。負けってことにしたいならそれでも良いよ」

 あり得ない土傍の言葉。

 ふざけるな。


「待てよ」

 低い声で威圧して、そのまま殴りかからんと一歩踏み出すのと、「あ」と相手が振り返るのは同時だった。

「お前らも行く?」




 何故だろう。

「えーやばいなんか楽しみになってきた」

 何故こうなった。

「え、今?遅くない?」

 何故かNOと言えなかった。

「もっと楽しみになったってことだよな!何と俺もです!」

 考え込む瑞下を放っておいて、この場は和気藹々とした空気に包まれている。


 「美味しいもの食べに行くんだ」という言葉に、何故か頷いてしまった。

 黙って相手の後ろをついていったところ、行き先は喫茶店だった。行列なんてできていない。


 人数が多すぎて、二つに別れた隣り合った席に案内される。

 とりあえずメニューをと眺めていると、シナシナのおばちゃんが水を持ってきてくれた。

「特大ふたつ。こっちプリンとそっちはチョコで。後はメニュー見て考えまーす」

 土傍がいち早く何かを頼んだ。そっちは、と勝手にこちらの分まで頼まれて、瑞下から「は?」と声が出たが気にする様子もない。

「何勝手に頼んでんだよ」

 凄んでみたが、「来てからのお楽しみな!」と毒気のない顔で言われて脱力する。


 待つこと10分ほど。遅すぎて不安になる頃にそれは来た。

 運ばれてきたのは特大のパフェだった。

 大人の顔くらいの高さがある、ばかでかいガラス容器に入れられた糖分の塊。

 水を運んでくれたシナシナのおばちゃんじゃなくて、ちょっとがっしりしたおじさんが一つづつ、両手で運んで持ってきた。


 余りに巨大なそれに、見た瞬間その場が笑いに包まれる。

「はあー?」

「でかすぎる!」

「まじで言ってんの」

「なにこれ、え、なにこれ」


 底にフレーク。

 中腹の白が生クリームかソフトクリームか判断がつかない。その生クリームかソフトクリームの白の中に、色とりどりのフルーツが散りばめられているが、白に押し潰され、押し付けられている。

 上部にはアイスが5種類と、名前の分からないスイーツが数種類。それと、少し大きめにカットされたフルーツ。そこにポッキーが親の敵のように刺さっている。

 てっぺんには片方はプリン、もう片方はチョコのかかった生クリーム。それ以外はほぼ変わらない。そこだけ選べる意味が全くわからない。誤差だろ。


 カシャカシャとスマホで写真を撮る。

「二つ並べてみようぜ」

 誰が言い出したか並べて写真を撮る事になった。


「え?」

 パフェを移動させようとした他仲(たなか)が固まる。そして爆笑した。

「いやいやいやいや、持ち上がらないんだけど。いや、え、おっも。重。まじで?まじか」

「そんな重いの?」

「え、うわ、まじだ」

「持ち上がらねえ」


 笑いながら皆で器を持ち上げて回る。

 体力には自身のある健康不良男子達。勿論持ち上がらないなんてことはない。

 しかし、食べ物の重さにしてはあり得ない程に重い。あり得ない重さに、笑いが止まらない。

 ひとしきりそれで爆笑しながら撮影会をした。


「食べよーぜ。溶けちゃう」

 吉早の言葉で皆でつついて食べ出した。

 この頃には霧散した喧嘩の事など誰も覚えていなかった。


 と、開始一分で花浜がシナシナのおばちゃんを呼んだ。


「ポテトください」


 まさかのポテト。

 コーヒーでも頼むのかと思ったのに。

 そして更にあり得ない事に、花浜は水を飲んで落ち着いてしまった。

「え、お前、もう終わりなの?」

「はなは甘いもの食べられないからな」

「食べられないからな。じゃねえよ」

「二口じゃねえか」

 土傍に庇われた事でより爆笑をかっさらった花浜は、「好きなんだけどねえ」とマイペースを崩さない。

 小皿にフルーツとクリーム、プリンを少量取り分けられたものが花浜の前に置かれた。

 全体からしたら1%程度にしかならない量を、少年はちびちび楽しむようだ。

 「いや、酒のアテかよ」

 また 笑いを掻っ攫ってしまった。


 シナシナのおばちゃんがポテトを運んできたタイミングで、皆がコーヒーやお茶を頼んだ。

 流石に水ではごまかせなくなった。

 花浜はポテトを皆にも分けてくれた。


 本当にキツくなって皆が生きる屍になり始めた頃、花浜も復活して手を出すようになった。

「お前いけるんじゃねえか」

 言った他仲がぎょっとする。

「ふるえてね?お前」

 花浜の手が震えている。

「俺甘いもの食べすぎると震えが来るんだわ。それがきてる」

 

「いやお前」

「ここに来てやめろよ」

「何震いだよ」

 笑いたくないのに抑えられない。一歩間違えれば上から何か出てきそうな彼等は、笑う事すらもう命がけだ。


 結果として花浜の頼んだポテトには助けられた。

 途中からはそれすらキツくなって、最後にはコーヒーやお茶すら受け付けなくなった。

 そんな時でも水は何とか飲めた。

 ひとり、またひとりとダウンする中、土傍と向こうの副長格の尾木津(おぎつ)が意地で最後まで食べきった。

 瑞下は序盤でコーヒーすら飲めなくなった。

 花浜は結局プッチンプリン位の量しか食べなかったのに、一番きつそうだった。

 


 満身創痍の中やりきった事に満足感と、奇妙な連帯感が生まれた。

 しかし誰一人として口を開かない。社会的な死を免れる為に必死に耐える。

 姿勢すら動かさず、屍のように時間だけが流れた。

 その間に店は混雑し、外には行列ができていた。


「お前ら動けるか」

 何とか蘇生した瑞下の一声で皆がのろのろと動き出す。

 伝票を持ってのそのそとレジに向かう。

 会計は13860円。

 単純に計算して一人千円ちょい。高くはない。いや、高い。

 金がないと日々バイトに明け暮れる彼らにとって、全く安い金額ではない。

 苦労して稼いだ金を払って行った苦行に、じわじわと笑いがこみ上げる。


 ふふふふと皆で気持ち悪くひとしきり笑った後、写真を撮ろうと言い出した他仲が瑞下達に連絡先を聞いてきた。

 ポテトの注文を受けてくれた後、シナシナのおばちゃんが撮ってくれた、10人の男子高校生がでかすぎる食べかけのパフェを囲んで笑う写真。

 その写真送るとの事だった。

 流れで何故か皆が交換することになり、連絡先が急に賑やかになる。


 奇妙な時間を共有した彼らは、それぞれのグループに別れて解散した。

 ただの喧嘩相手との不思議な縁は、これで終わることはな無くこれからも続いていく。

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