愚者の旅路 ~飛雪千里~
屈強な漢達が賑わう酒場。
冒険者ギルドと隣接した、その酒場には多くの冒険者がダンジョン攻略への作戦会議を行っていた。
その一角に一際、威圧感を放つ――冒険者の集団。
S級 冒険者チーム < 悠久の黄昏 >。
数々のダンジョンの踏破し、常に最前線、新たな階層へと挑戦する……生きる伝説である。
そんな彼らの活躍を間近で見られる……と、この街に駐在する冒険者達は浮足立つ。
そんな期待と興奮入り混じる……その時――。
場内の扉が勢いよく、開き――若い男が駆け込こんで来た。
強面の漢達の鋭い視線が集まる。
群衆にそぐわぬ風体……見るからに田舎者臭い、格好。
突如……その男は風雲急を告げるように。
群衆へと向かい、大声で叫び始めたのだった。
「 「 ゲイリー!!!! ゲイリー・バトラーは……ここにいるか!!!!? 」 」
その名に……殺気立つ漢達。
その視線に一瞬、たじろぎを見せながらも……その喉を鳴らし、入り口に立ち塞がっていた。
「 おーい! ゲイリーさん! あんたに客人だ! 」
一人の冒険者が叫ぶと……奥から、その者が姿を現す。
荘厳な冒険者服に白銀の髪。
片眼鏡< モノクル >を掛ける、その男は、若いながらも……隠しきれない異才を放つ。
その歩みを止めぬよう、屈強な漢達は、譲るように道を開けていた。
< 悠久の黄昏 > の幹部 ゲイリー・バトラー 。
ゲイリー は、男の姿を確認すると……飄々とした声をかける。
「 おお、フィリップ! 久しぶりだな! 通してやってくれ!こいつは、私の妻の従妹で同郷の幼なじみの男だ! 」
懐かしい友人との再会を歓迎する ゲイリー 。
店の奥へと案内をしようとするが……。
フィリップ は、その場にとどまり続けていた。
「 どうした……フィリップ……? 」
「 ……ゲイリー 、お前は…… 」
震わせる……声と、その肩。
「 ………………? 」
次の瞬間―― ゲイリー の胸倉を掴み掛かっていた。
「 「 ――こんな時に、何をしてんだぁぁあ”あ”ああ!!! 」 」
――緊張の糸が一気に張り詰め、立ち上がる冒険者達。
その臨戦態勢を ゲイリー は、左手で制し、冷静な声で返す。
「 ……何って、これから仲間達と定例会議だが……どうしたんだ……?そんな血相を変えて…… 」
「 ……今すぐ帰れ!!!…… 」
「 …………? 」
今にも崩れそうな表情を浮かべる フィリップ は……。
「 ―― オリヴィア……が ―― 」
そう、言い放つと……その場に蹲ってしまった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
< シュラヌ村 >。どこまでも広がる田園地帯、牧歌的風景。
決して多くない人口の中に温かな人情、素朴さを感じる美しい村……。
……であった。
無言の身体を埋め、その悲鳴を閉ざすような固められた土。
点在する隆起を一粒を宥めるかように冷たい風が運ぶ。
多くの別れを告げる様に……。
村を一望できる美しい丘の上。
そこに立ち並ぶ……。
夥しいほどの墓標。
――集団墓地。
当たり一面に漂う香煙の匂い、鮮やかな仏花が立ち並ぶ……。
その墓標の前で ゲイリー は膝から崩れ落ちた……。
「 ……どうして……こうなった…… 」
664 ― 691
オリヴィア・バトラー 享年27歳
愛すべき想い出と共に、ここに安らかに眠る
あまりの出来事に……。
嘆く声すらも出ない。
二年前、この村を帰った時には、そんな異変はなかった……。
妻は、健康上に問題はなかったし、娘だって……。
そう、思い浮べる……無邪気な娘の笑顔。
……今年で10歳になる 娘 。
そうだ―― ソフィア は……。
「 ……フィリップ……教えてくれ……娘は…………今、……どうしている……!!!? 」
「 …………あの子は…… 」
そう、言って…… フィリップ は口をつぐんだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
フィリップと共に、閑散となった集落を横切る。
普段なら、各家の灯りがポツリ、ポツリとつく時間帯のはずだが……人の気配が感じられない。
まるで、大型の魔獣が毎夜、山から降りてきて人を攫っていくかのような……。
( ……一体、全体……この村に、なにが起きた…… )
皆、一様に息を殺し、家の奥に籠っていた。
ほどなくして……二人は、ゲイリー宅へと到着。
ゲイリーは、2年ぶりに……無言の帰宅を果たしたのであった。
自宅の中はいつもと変わらぬ風景が並んでいた。
だが……。
そこには……。
台所に立ち、夕餉の支度をする妻の姿も……。
嬉しそうに駆け寄る娘の姿も……。
なく、その面影だけが浮かんでいた。
そして……。
意を決し、その部屋の扉を開ける。
軋む音に思わず、息を呑む。
……娘の部屋へと足を踏み入れた、瞬間――。
そのあまりの光景に。
ゲイリー は声を失った。
そこには……。
ベットの上に横たわる、真っ黒な子供。
朦朧とする意識……。
決して受け入れられない現実。
だが……。
その手には握られた人形。
( ……あれは……8歳の誕生日にあげた……プレゼント…… )
その事実に酷く狼狽する。
それは……間違いなく……。
変わり果てた 娘 の姿であった……。
「 ……なんで……どうして……こんなことが………… 」
零れ落ちる言の葉。
眼に映る全てのものが……黒と白の世界へとなっていく。
亡者のようにおぼつかなくなる足取りで……そのベットへと……近づいていくと……。
―― 微かに反応する小さな手 ――。
( ……辛うじて、まだ息はある…… )
安堵も……束の間。
目を覆いたくなる状況が、そこには……あった。
その幼い手に浮かび上がる、無数の黒い痣……それが身体の全体を覆い、少女の身体を黒く蝕む。
そのあまりに痛々しい現状に目頭が熱くなり。
……その手を握ろうとした――瞬間。
「 ――触れるな!!! 」
物凄い剣幕で フィリップ が叫ぶ―― 。
「 ――な――――!!!? 」
「 ……それに触れると、お前も発症するぞ!!!!!!! 」
「 ……いったい……なにが……あったのですか……………… 」
その問いに…… フィリップ は静かに語り出すのだった。
「 あれは……半年前のことだ。この村に、ある男が訪ねてきた。それから、しばらくして……最初は宿屋の主人が……。続いて、その妻……。親戚一同と……倒れていき……それから……村中に広まっていたんだ…… 」
「 …………その男は何者ですか!!? ……特徴は……そいつは!?……その後、どこに…… 」
その問いに フィリップ は首を横に振る。
「 ……俺も村の外に出稼ぎへと行っていたから……その時の詳しい状況がわからないんだ……。目撃者の証言によると……その男はフードで顔を隠していて、人相までは、よく見れなかったが……これによく似た黒い痣が、顔の半分にあったそうだ……それ以上は何も…… 」
「 それで……そいつが……元凶だと…… 」
「 ああ……先々月には、おばさんも死んでしまって……その後は、看病していた オリヴィア が……そして、次の月には…… ソフィア も…… 」
そう言って、フィリップ は泣き崩れた……。
( なんだ……この痣は…… )
片眼鏡<モノクル>に映り込む……黒い痣。……一つ一つが小さな紋様にも視える。
( これは『 術式 』…… その上、他人に感染する……そんな魔術など……見たことも聞いたこともない……!!!? )
そこで、ゲイリーは、あることを思い出す。
三大厄悪の一つ 『 黒紋病 』。
その昔、< 錬清国 >で起こった大災害。
有効な対策は一切なく、< 錬清国 >の人口の約3分の2の命を奪い、国がほぼ壊滅状態……その被害は周辺諸国まで及んだ。
発症した地域では強制的な隔離を余儀なくされ……当時の< 錬清国 >の民は、一族ごとに分裂し……わずかな遊牧民族のみが生き残ったと云う。
―― 接触による集団感染 ――。
( なんてことだ…………私はもう……二度と…… )
一緒に添い寝することも――。
抱き上げ、頬擦りすることも――。
( 娘 に触れられることが……出来ないのか…… )
静かに後退りする ゲイリー は……。
総てが……悪夢のような気がしていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
( ―― なにかしらの手掛かりが……文献や――書物に、あるはずだ…… ―― )
灯火が揺れる、仄暗い自室。
膨大な資料の本を積み重ね――。
模写した幾何学紋様の紙を壁中の至る所に張り巡らす――。
もし……この痣の正体が『 感染、発症する術式 』と過程するなら……。
術式自体にいくつかの機能が備わっている形になる。
本来、『 術式 』の機能は、一つの『 術式 』にたいして、一つの機能しか付与出来ない。
しかし、例外はある……。
第一、私が行使する『 魔導 』も複数の術式を行使をしている。
……しかし、問題は、その機能の内容だ。
推察するに、人から人へと感染する、ということは……術式を増殖させ、写す機能が必要となる。
私が知る限り……そんな術式は現存する魔術の中にはない。
更にこの症状……。発熱、脱力感、頭痛。その後……三十日程度で憔悴死する……。
症状から推測するに、これは< 魔力欠乏症 >。
つまり……ゆっくりと魔力を抜かれている。
その魔力を動力に、『 術式 』を発動させている可能性が高い。
……何のために?
娘が発症してから……二十一日目。
娘は私に似て、他の子よりも……魔力容量があるとはいえ……残された時間は……そうはない。
( ――くっそ……時間が惜しい―― )
白銀の髪を掻きむしる。
『 術式 』は原則的に……一度、発動すると解除が出来ない。その危険性から『詠唱』という引金となる命令の形が必須となる。
また、永続的な発動も理論上、不可能だ。
それは、動力でもある魔力の容量の問題……その供給が常に行えない点と魔術触媒の耐久性が持たないからだ。
他の触媒なら……どうだ?
いや、 < 絶対性魔石 > は、各属性の効果を増幅させる効果しかない。
あるいは……< 特異魔石 > の未知なる古代の術式なら……あるいは……。
いや――落ち着け……そもそも、この『 術式 』は、魔術触媒を必要としていないではないか……。
深呼吸を繰り返す。
( ……待てよ……人に伝染る魔術?……人に写す魔術。……そうか!…… )
―― 因子の魔術 『 魔法 』 ――。
< セルタニア魔法国 > の 第二代 魔法皇王 アルベス・セルタニア。
彼が『 術式 』を改定し、身体に、血に刻み込み込んだ唯一の特殊な魔術『 魔法 』。
『 術式 』の改定、改竄は< オドミナル聖教国 >を中心に各国で禁止される禁忌。
しかし……それを可能とし、彼が持っていたと云われる特別な眼 < 魔成眼 >。
視えないはずの出来ない『 魔力 』と『 術式 』を視認し、その深部まで解析できると云う眼ならば……。
視えてくる娘を助ける一筋の希望。
( ……繋がる……まだ……娘を助ける手段はある…… )
そう、思い立ち、自室を出ようとした、瞬間――。
突如、胸倉を掴まれ……壁に叩きつけられる。
「 ――――――――!!!? 」
そこには……。
怒気を帯びた フィリップ の表情があった。
「 ――おい!いい加減にしろよ…… 」
そこで、初めて気が付く……。
その眼に映る――自分の姿。
ぼさぼさの髪、伸びきった無精ひげ……憔悴しきった自分の顔を……。
「 ……ずっと、お前は何をしてんだ!!!!!!! 」
力の籠った鉄槌の拳が頬に直撃し、ゲイリー はその場に倒れ込んだ。
その姿に フィリップ は更に激昂し、馬乗りで掴みかかる――。
「 ……あの子はな……ずっと……お前の帰りを待ってたんだぞ!!!! 」
零れる落ちる慟哭は――。
「 なんで……一緒にいてやらないんだ!!! お前は!!!!!!! 」
( ……分かっている…… )
身を引き裂くほどの……。
( ……それ、以上は…… )
「 なんで!!! もっと…… 」
――痛みであった。
その震える拳を払いのけ……。
「 ――ならどうすればいいんだ!!! 諦めろというのか!!! 娘はまだ、生きているだぞ!!!! 」
「 ――だからこそ!!!……最期くらい……父親でいてやれよ!!!!!!! 」
息を荒げ、ぶつかる視線……。
「 私は絶対に、諦めない…… 」
しかし……ゲイリー の双眸は一切、揺らぐことはなかった。
「 ――もういい!!!! 勝手にしろ…… 」
そう、吐き捨てると フィリップ は部屋から飛び出してしまった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
白い雪と黒い闇とのぼんやりした明暗の境界をさまよう。
めまぐるしく廻転する――雪景色。
その結晶の破片が顔に触れる。
殴られた頬は……想像以上に沁み、疼く……。
「 寒くはないか…… 」
幾重にも巻かれた温かな毛布を背に、その歩みを進ませる。
( こうして……おんぶするのは……いつぶりだろか…… )
娘の身体は、異常なほど……軽かった。
( もっと……早く、こうして……やれば、良かった…… )
――吹き荒む風が、その行く手を遮る。
( なぜ?あの日……握られた幼い手をほどいて、家を出た…… )
踏みしめた足跡が消えていく。
( 私は……大馬鹿野郎だ…… )
足に絡みつく、積雪の鎖が、咎人の体力を奪い去っていく。
顔を上げ……。
前を見据え……。
踏み出す、一歩。
その刹那――。
その足が、ピタリと止まった……。
――微かに聞こえてくる……少女の口元。
――その声は吹雪にかき消され……舞い散る――雪月風花。
止めどなく溢れ出す、雫が――。
凍てつく頬を溶かし……雪に吸いこまれていく。
胸の奥から込み上げる白い息は……。
その叫喚 に混じり……。
降り頻る――白銀の世界。
……愚者の姿を丸ごと飲み込んでいった。
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ご愛読頂き誠にありがとうございます。
この作品は処女作です。至らぬ点や修正箇所ございましたらコメント頂けると嬉しいです。
作者の先祖でもある剣豪を題材に執筆させて頂きました。
最終章 クルードセツア迷宮攻略編
この物語のクライマックス 『 最強と最凶 』 の開幕でございます。
テーマは 『 この作品の最期 壮絶な介錯 』です。
これまでの二人の伏線を踏まえた頂上決戦になります。
愚者の旅路。ゲイリーの回想編です。
少しだけ悲しいお話ですが、重要な回となっていきます。
最後の最期に少女は何を観るのか?
お楽しみいただければ、幸いです。
この小説を読んで「面白そう」「楽しみ」「!?」と思った方
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