最強と最凶 ~竜虎相搏~
( ……本当に あの アルベス・セルタニア なのか…… )
駆け巡る様々な疑念を振り払うように。
老魔法師 ゴルドエ は無我夢中で火魔法を放っていた。
辺り一面を火の海と化す――集中砲火。
しかし、仮面の男 の周囲だけは別の空間であった。
魔力が尽き、荒い息を繰り返す兵達……。
( ここまでか…… )
……その連携が揺らぎ始める。
その口元に、悔しさを滲ませていた。
「 ――撃ちかた止め!前衛、衝撃備えろ!中衛と後衛は魔力の補充だ!…… 」
そう、指示を出し、老紳士に目配せ……小さく頷く。
( ……わしらでは……まったく歯が立たなかった……じゃが……ここまでは想定内…… )
後は 『 魔導師 』 ゲイリー・バトラー にその希望を託す――。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
銀色の白髪と顎髭、片眼鏡< モノクル >をつけ、毅然とした冒険者服に纏わせる、流麗な『 魔力制御 』。
老紳士の双眸が光芒一閃、揺れ動く。
『 練功術 』の高速歩法 『 瞬歩 』が、その動きを加速させる。
刹那――漆黒の両手袋。
フィッツロイ族の秘蔵魔具 『 冠十手套 』。
その手の甲の十字形の装飾。薄紫色の魔石が煌めき出す。
「 ―― 深き淵 隔絶し異なる界へと繋げ、開封 ―― 」
その指先から放射状に射出される無数の糸。
ゲイリー の固有魔術 『 天罰斬糸 』。
それが高速で振動し、洞窟内を駆け巡る、その瞬間――。
狂気に満ちた笑みの 仮面。
それが一瞬、影を堕とす。
蜘蛛のような六本の触手で宙に浮き。
――禍々しい殺気を放つ……醜悪な姿。
アウレ の碧い眼にはその身体の内部。異常な『 魔力の流れ 』が視えていた。
―― その集結点、青白い発光体 『 魔臓 』 ――。
夥しい数の 『 魔臓 』が犇めき、激しく循環していく……。
その刹那――。
仮面の男 の姿が視界から消えたのであった。
( ―― 疾い ―― )
光る――片眼鏡<モノクル>がその姿を追い――捉え続ける。
神速の跳躍――暗がりの洞窟内、壁から壁へと不気味に飛び移る。
ゲイリー は即座に『 天罰斬糸 』を弛み、撓らせる。
――その変幻自在の斬撃が 仮面の男 を猛追する。
――六本の鋭い触手が伸長させ、蜘蛛のような立体機動をみせ――異形の身体を翻す、その瞬間――老紳士へと襲い掛かる。
刹那――数多の斬撃がぶつかり交差、その火花を散らす。
無数の斬撃を弾き、軌道を受け流す――高速の触手。その先端の鋭い爪。
( ――やはり……先程のよりも硬い…… )
烈風が地面を叩き、その存在を証明する。
――その合間を掻い潜り、繰り出される――仮面の男 の連撃。
瞬間――老紳士は弧を描く、流麗な足捌きを魅せる。
その残像だけを残し……緩急自在な動きで――その触手の刺突を躱した。
それは……まるで、そこに来ることが分かっていたような……。
恐ろしくも妖艶な踊り子……のような所作であった。
( ……な……こいつ……いつの間に…… )
その一瞬の攻防、老紳士の姿に アウレ は碧い目を見開く。
ゲイリー のその動きは……まさしく、 北辰一刀流 『 長短の矩 』。
( 俺の動きを盗みやがった…… )
地面を滑るような摺り足で重心移動し、姿勢を崩さず動くことで、相手の初動、その反応を0.1秒遅らせる。
さらに静からの動へと緩急をつけることで、まるで残像のように見せる術……北辰一刀流の奥義であった。
( ……それだけじゃねえ…… )
誘いがあるのだ。
剣術には先手の読み合いの中にあえて打ち込せることがある。
それは、相手にわざと隙を見せ、先手を取らせる。
そこに攻撃が来ると分かれば、捌く、受ける、外すのも容易である。
つまりは後の先。
( ……だが……これは剣の闘いじゃねえ……最早、化物退治だ…… )
仮面の男 の攻撃。それは人の理の外れた――常識外れの動き。
洞窟の壁を足場に縦横無尽、超高速で動き回る。
背から生えた蜘蛛のような六本の触手から放つ、その攻撃は……先程の巨大な触手のときよりも……数段早い連撃であった。
その全てを躱し……そのなかで駆け引きを制すなど……。
果たして、この 少女の身体 にできるだろうか……。
金髪の少女の頬に伝う一縷の雫。
――猛追する触手の連撃。
しかし、地面を滑るように、弧を描く足捌き。洗練された『 瞬歩 』。
その猛攻を紙一重で捌ききり……結果、その残像だけを突き刺す、形となる。
( ……そうか……これは……高位の『 魔力感知 』か…… )
『 魔力感知 』。それは目に視えぬ、魔力を肌で感じ取る技術。
しかし、本来の使い方は魔獣の探索に使われる程度だが……。
歴戦の『 魔術師 』 ゲイリー・バトラー の『 魔力感知 』。
その精度は……。
最早、攻撃の初動だけではなく……その心まで見透かしているようにも観える。
獣の感情さえも読み取るまで昇華している。
それは……。
―― 北辰一刀流 『 捨目付 』 ――。
と同じ境地に至っているということ――。
『 北辰一刀流 』の術理は、様々な剣術の流派に通じるものがある。
そして、これは剣術に限ったことではない。この世界の魔術、体術『 練功術 』にも云えることだ。
理とはすべての原点であり、唯一の至高。
この世界で アウレ・マキシウス として転生し、魔術と融合……昇華した『 北辰一刀流 』の剣術。
それにはまだ、道がある。
そう、語るような背中。老紳士の後ろ姿に……。
( 今、ようやく分かった…… )
アウレ は武者震いを覚えていた。
―― 『 魔導師 』 ゲイリー・バトラー ――。
( ――こいつが……最強の魔術師だ ―― )
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
巨大な魔石が怪しくも……紅く煌めく、大洞窟。
大気を震わし、凛と鳴らす――超音速の糸鋸。
触れもの全てを刻む、無数の刃と化す。
漆黒の両手袋の中で手繰り寄せ、斬撃を創り出す 『 天罰斬糸 』。
夥しいほどのその斬撃が百花を切り裂き、犇き合う。
――その合間を縫って移動する、奇々怪々の触手。
洞窟内の壁面を足場に飛び交い、薄気味悪い立体機動を見せていた。
瞬間――伸長する触手。
それは、洞窟内の壁を抉る、必殺の刺突である。
その攻撃は一人の標的に降り注ぐ。
しかし、その猛攻を涼しい顔で躱し続ける ゲイリー・バトラー。
「 ―― 我、問う魔導の理を万象にて現し溢れ 水粒となり全てを隠せ…… 霧雲 」
瞬間――老紳士が広範囲に白い霧が発生させる。
奪われた視界の中、その靄が渦巻き、不規則に蠢く……。
――突如、鋭い触手が ゲイリー を的確に狙い撃つ。
――瞬間の回避……と同時に無数の魔石が光り出す。
「 ―― 我、問う魔導の理を万象にて現し溢れ 稲妻となり敵を穿て…… 電閃槍 ―― 五十重復唱 ―― 」
――白い霧の中に雷鳴が鳴り響く。
被雷する暴虐の槍は、周囲に漂う、水蒸気を伝い通電――不可避の串刺しの刑と化す。
しかし……。
その攻撃は……またもや 仮面の男 の目の前で無に帰す。
透明な天蓋『 魔法防御壁 』。
( やはり……『 魔力感知 』を……小細工は通用しませんか…… )
周囲の白い霧が晴す、無数の斬撃――。
再びの『 天罰斬糸 』――。
洞窟内を埋めつくし、風切り音だけが反響していく。
二人の攻防に、場内は疾風怒濤の衝撃波が巻き起こる。
地面に、その斬撃の跡を刻み付け、土埃が舞い踊る。
紳士の顔 と 仮面の男 。
二人の 狂気 と 狂喜 に満ちていく。
その刹那の殺し合いを愉しむように……。
その異次元の戦闘の様子を蚊帳の外で見守る、ゴルドエ 率いる大勢の兵 と アウレ 達は……。
「 ……な、なんじゃあ……これは…… 」
その光景に息を呑む……。
大気中を音速より速く移動する二つの影。
発生する衝撃波、轟くような衝突音だけが木霊している……。
「 ……速すぎる……これが……人の動き……なのか!!!? 」
それは、烈風となって 歴戦魔法師 ゴルドエ の視界を遮る。
触手の動きは最早、速すぎて、目では追えない。
それを、避ける ゲイリー も時折、残像の姿でしか、その安否を確認できなかった。
( こんなにも差があるのか…… )
そう、ゴルドエ が奥歯を噛み締めた。
その老魔法師の様子を汲み取った イザベル が口を開く。
「 ……先生の魔術 『 魔導 』 の特性は、その多様さな『 術式 』、それらを同時に扱える『 並列魔力操作 』にあります。更に…… 」
漆黒の両手袋……その手の甲の十字形の装飾、薄紫色の魔石が煌めき出す。
「 あれが…… フィッツロイ族の秘蔵の魔具 『 冠十手套 』です。これは、魔力の糸『 霊糸 』を実体化させるまで高密度で魔力を流し、超振動させることで、鋼すら切断する斬撃を創り出す魔術です。これだけの数と長さ、それを自由自在に操れるのは……我がフィッツロイ族の歴代の中でも……先生、唯一人でしょう…… 」
「 な、なるほどのう…… 」
「 ……ゴルドエ様、ご安心ください。先生は私が知る中で最高の魔術師です。負けることは万が一でもあり得ません…… 」
ゴルドエ はこの階層へと至る道中、幾度なく ゲイリー の戦闘を、目の当たりにし、肌で感じてきた。
正直言って、どれも規格外の強さであり……それは、疑いようのない事実であった。
「 ――違う……ネ…… 」
突如、話を割って入る、弱々しい声。
その声は満身創痍で横たわる 李 蓮花 であった。
「 ――蓮花!!!? どうしましたか?…… 」
「 ……これは……だんちょー……の普段の……闘いかた……では……ないアルよ…… 」
「 ……それは……どういう意味……!? 」
イザベル がその真意を尋ねる、瞬間――。
――突如、場内が静寂に包まれる……。
「 ――――――!!!? 衝突音が止まった――!!!? 」
イザベル の視界の先――老紳士が姿を現す。
閃光を泳がせる――片眼鏡<モノクル> 。
( ――――!!!!? どこに……!!!? )
それは……突如として 仮面の男 の魔力が消滅したのだった。
―― 転移 ――。
ゲイリー が首を振り、周囲を見渡す――。
瞬間――――。
「 ――じじい!上だ! 」
木霊する アウレ の声――。
その声にゲイリーは即座に反応した。
それは ゲイリー の真上。
仰ぎ見る洞窟内の天井に……。
吊られたように逆さで張り付く 仮面の男 。
それが――突如、そこに現れたのだった。
( ……なるほど、これが……転移の魔術ですか…… )
大きく広げる、六本の触手が、細胞分裂を繰り返し、膨張……。網状に広がっていき……。
―― 上空を覆う、堕天の翼 ――。
無数の触手が篠突く雨のように洞窟内に降り注ぐ――。
その広範囲攻撃に。
ゲイリー は『 天罰斬糸 』を展開。洞窟内の壁中に張り巡らす。
その糸の伸縮を利用し身体を強引に動かし――離脱を図る。
そして……。
その射程範囲はアウレ達のいる防衛陣まで及ぶ。
「 ――――前衛!!!! 防御姿勢!!!! 衝撃に備えろ!!!!!!!!!! 」
前衛の老兵が大盾を構える。
飛来する落石の如く――衝撃。
「 ――気張れぇぇええ”え”えええええ!!!! 」
皆一様に身を屈め、必死に耐えきる猛攻。
暫くして……その攻撃が止み、顔を上げた老兵は……。
――戦慄する。
それは大盾の一部がごっそりと切り取られるように喰われ……。
上空を埋め尽くす触手。その先端に獰猛な魔獣の口が覗き視える。
( ……何なんだ……これは……!!!!? )
兵達は……まるで化物の腹の中にいるような……そんな錯覚に陥っていた。
瞬間――緊急の回避した老紳士は……。
――壁から壁へと糸を張り巡らせ、瞬息の立体機動で駆け昇る。
そして……。
天井に張り付く 仮面の男 へと急上昇する ゲイリー・バトラー。
と――。
急降下してくる 仮面の男 。
――網状に張り巡らせ、上空から降り注ぐ――無数の触手――。
――洞窟内の壁面を伝い、射出する『 天罰斬糸 』その一糸不乱の斬撃――。
百花繚乱の大輪が、その鎬を削るように炸裂――。
刹那の内に――超音速の二つの物体が衝突し、交差する。
洞窟内に舞い散る――血の雨。
それは 仮面の男 の鮮血であった。
「 「 ――――――――――!!!? 」 」
触手の翼を切り刻まれ、地に墜ちていく。
鋭く光る、片眼鏡< モノクル >がその瞬間をおさめる――。
即――身体を翻し……その 仮面 へと急転直下、襲い掛かる。
形勢逆転、上空から降り注ぐ、『 天罰斬糸 』の斬撃。
瞬間――その攻撃を阻む 『 魔法防御壁 』。
ゲイリー は、容赦なく冷酷無比な刃を浴びせ、その天蓋に斬撃を叩き込む。
防戦一方の天蓋の中……。
「 ――――――――――!!!? 」
その剝き出しの傷口が泡のように膨張……次の瞬間には塞がっていく。
ゲイリー は二転三転、態勢を変えながらも、その様子を捉え……絶えやすことの無い、苛烈な攻撃を加え続けていた。
先刻、天井へと転移をした時に 仮面の男 の足元に広がった 『 方陣円 』 。
その痕跡を ゲイリー は決して見逃してはいなかった。
転移の魔術。それは 歴戦の『 魔術師 』 ゲイリー でも……知り得なかった謎の魔術。
マキシウス城の襲撃事件で身体を乗っ取られた カトリーヌ が使ったという魔術と酷似していた。
( ここにきて……確証を得ましたね…… )
この二つは確実に繋がっている。
しかし……。
( 生け捕りにしてから……色々と聞き出したいのは……山々なんですが…… )
ひっそりと頬を伝う一筋の雫。
( ……参りましたね…… )
それは老体の体力、その限界であった。
( ……本当に…… )
全盛期に比べ、身体の自由が利かないのである。
( ……憐れですね……ゲイリー・バトラー…… )
ゲイリー は 仮面の男 と違い、正真正銘の人間である。当然、この ゲイリー・バトラーも例外ではない……。
つまりは……寄る年波には勝てない。
それに対し、その身体を禁忌で染め上げ、体力の底が見えない 仮面の男 。
( ここから先は消耗戦…… )
……その抗えない事実が……希望でもあった。
フィッツロイ族の『 魔導 』。その祖先が創り出した特別な『 術式 』。
固有魔術 『 天罰斬糸 』。
それをもってしても……この『 魔法防御壁 』は破れない。
まさしく、絶対防御――。
さらに 仮面の男 の身体は、損傷したとしても……生々流転するようにたちまち修復される……。
まさしく、不死の身体――。
――だが、しかし……。
老紳士は知っていた……。
この世界に永遠なものなど存在しない――ということを……。
( ……これ以上は……致死量ですが……)
稲妻のように深く刻まれた皺に……。
( ……やむを得ない……ですね…… )
燃え立つ双眸――その覚悟を忍ばせる。
「 ――お嬢様!ここからは……瞬き厳禁でお願いします…… 」
「 ――――――――!!!? 」
そう、アウレに言い放つ、老紳士の姿。
アウレ の碧い眼 魔正眼がそれを映し出していた。
ゲイリー の魔臓。それとは別の……首筋の方から湧き出す――魔力の泉。
注がれる……魔力容量が青白い閃光を放ち……。
( ――な、なんだ…………あれは…… )
器から溢れ、ひび割れる瞬間――身体を稲妻のように駆け巡り、感染していく。
( ――おい……何をする気だ……じじい…… )
それに呼応するかのように……。
老紳士の首筋……。
――刻まれた黒い紋様が波紋の拡がり、増殖するのだった――。
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ご愛読頂き誠にありがとうございます。
この作品は処女作です。至らぬ点や修正箇所ございましたらコメント頂けると嬉しいです。
作者の先祖でもある剣豪を題材に執筆させて頂きました。
最終章 クルードセツア迷宮攻略編
この物語のクライマックス 『 最強と最凶 』 の開幕でございます。
テーマは 『 この作品の最期 壮絶な介錯 』です。
これまでの二人の伏線を踏まえての頂上決戦になります。
幕間 の話 『蠢き交差するゲイリー・バトラーの思惑』にて
ゲイリーの首筋。謎の紋様の伏線を回収させて頂きました。
最強と最凶。まだまだ奥の手を隠す、二人の死闘はこの先、急展開を魅せていきます。
最後の最期に少女は何を観るのか?
お楽しみいただければ、幸いです。
この小説を読んで「面白そう」「楽しみ」「!?」と思った方
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