奈落の死闘 ~無手総取~
「 ……ふっ、面白れぇ、……来いよ……まとめて――膾斬りにしてやる! 」
赤く染まる金髪を軽快に揺らし、人指で挑発。
小さな身体が無重力に跳ねる――。
瞬間――その 少女 へと襲い掛かる、魔獣の群れ――。
「 ―― བདག་གིས་བྱ་དངོས་ཡོད་ཚད་ལ་དོགས་པ་ཟ་བའི་རྫུ་འཕྲུལ་གྱི་གཡང་གཟར་གསལ་སྟོན་བྱས་ནས་དེ་མེ་ཡི་སྤོ་ལོ་ཞིག་ཏུ་འགྱུར་བར་བྱ་དགོས། མེ་སྒྱོགས་ཀྱི་སྤོ་ལོ། ―― 」
同刻――祭壇の上から木霊する 悪魔王の詠唱――。
――しかし、……それよりも早く……。
「 ―― 我、問う魔導の理を万象にて現し 疾風を纏う石の槍となり敵を穿て 岩石槍 三十重復唱―――― 」
悪魔王 の魔術を妨害し、――その有象無象の魔獣達を打ち抜く―― イザベル の岩石槍。
( …… お嬢様 の邪魔はさせない! )
それは アウレ の特攻を後方支援する イザベル の砲撃の魔術であった。
「 ……さすがだな…… 」
その援護を貰い――緩ませる口元。
( これで……こいつに集中できる……)
剣先を廻し、アウレ は星眼に構えを取る。
切先を対峙する 狂騎士 の喉元へ向け――その姿を碧い眼で見据えていた。
屈強な肉体に浮き立つ青灰色の血管。その全身を激しく駆け巡る――青白い靄の流れ……。
左手首を切られ負傷してもなお、その闘志を燃やしている。
瞬間―― 狂騎士 が 金髪の少女 へと駆け出す――。
迫る――大人と子供以上……体格差。その動きは恐ろしく身軽――。
あっという間に縮まる距離――。
――それは、既に 狂騎士 の剣の間合いであった。
その抜き身の刀身から放たれる怪しい光は、より一層増していく。
( 『 魔力制御 』か……?――いや………… )
振り上げる、瞬間――その斬撃は虹色に輝き出す――。
( ……剣が魔力を吸い……纏っている…………妖刀の類か…… )
そして、振り下ろす斬撃――その拍子に合わせ…… アウレ は、身体を沈ませる。
( ……剣の扱いには不慣れ……だが…… )
咄嗟に右足を引き、即――半身となる。
――刹那、その斬撃がすぐ横を通過――空を斬る。
( ……妙に闘い慣れている!!!…… )
力まかせの剛剣――風切り音が アウレ の耳元を襲う。
( ……返した剣が戻ってくる……な…… )
瞬間―― 狂騎士の振り下ろした宝剣、その切先を強引に翻し、斬り上げる。
――しかし、 アウレ は背を追うように死角へと回り込み、通り抜けると同時――胴に抜きの一閃を見舞った。
( ――固い…… )
剣の入りは浅い……が、動きを制止するには十二分な一撃。
堪らず膝をつく大きな体躯。
その一瞬を見下す――アウレ。その碧い眼には……。
異常な魔獣、異様な姿、形。それは……他の魔獣とは違う、獣らしからぬ、思考、感情まで持っている。まるで人の身体を無くした戦士……そのように映っていた。
人を真似ているのか……?
はたまた……元々は、人であったのか……?
なんにせよ、祭壇へと到達するには 狂騎士 を殺すしかない……。
それは……あえて見逃すような……間。
今まで犯したの罪を数えさせ……辞世の句を引き出すような、間であった。
―― 侮辱を断ち切る――咆哮。
「 ――――――――――――!!!? 」
狂騎士は自分を奮い立たせるかのように激昂。
――即座に立ち上がり、力任せに振るう、狂騎士の一閃。
( ……残念だが…… )
しかし、アウレ は解っていたように後方へと飛び……。
――その瞬間、剣が空を斬る……。
( ……その太刀筋は見切っている…… )
お返しとばかりに 狂騎士 の顎元を割る、アウレ の一閃が通る。
――悲鳴と憤怒が混じる――咆哮。
斬られてもなお、前進。 アウレ へと圧力をかける。
その剛腕から繰り出される嵐のような連撃――。
どれも一撃当たれば、少女の身体では、無事では済まない。
―― 必殺の剛剣であった ――。
しかし……その剣をアウレは表情一つ、変えず……。
( 違う…… )
その猛攻を捌き続ける。
( ……刀の握り方はそうじゃない…… )
アウレ にはその動きが手に取るように、解っていた。
―― 北辰一刀流 奥義 『捨目付』 ――。
それは全てを見透かす、予知に近い予測。
その筋肉の動きから初動が視える。
太刀筋から垣間観える――焦り、葛藤、憤怒……。
狂騎士の剛剣は虚しく、空を斬り続ける。
最早、獣の感情すら見通す、碧い眼 < 魔成眼 >。
捌きながら見据える、その瞳に映る姿。
( ……本能のままの殺戮…… )
この殺意の熱とは反して アウレ の心は、凪のように静かであった。
( こいつはどこか……以前の俺と似ている…… )
紙一重で躱す斬撃に……金色の前髪が、はらりと宙を舞う。
( 誰かの命を奪う……歩く――厄災。……その地獄でしか、生きられない……猛獣…… )
絶え間ない 狂騎士 の連撃。その業が早くなっていく。
( ……もはや言葉はいらない…… )
その合間を縫うように アウレ も斬撃を繰り出す――。
( ……剣を交えて語る…………殺し合う…… )
獰猛に激しく舞い散る、血飛沫。
……その剣の応酬は一方的な虐殺であった……。
狂騎士 の強靭な肉体は鮮血に濡れていく。
そして……。
その醜悪な口元がカタカタと音を立てて震え始める。
それは、自分よりも小さな少女から感じる――威圧感。
瞬間――吸い込まれるような碧い瞳が光芒一閃を揺れ動く。
狩る者から狩られる者へと変わる……初めての感情――恐怖であった。
「 ……不思議か?……なぜ、斬ろうとした瞬間に斬られているのか?……と…… 」
アウレ は獣にわかるはずのない言葉を問いかける。
その様子に……もはや、憐れみ、すら感じ取っていた。
それは……『 切落 』の真髄。
寸分のずれによる術理である。
剣の立ち合いにおいて……。
相手と同時に動き……。
同時に振り上げ……。
同時に斬り下ろす……。
その拍子の中で……。
位置が僅かに、ずれる。
間が僅かに、ずれる。
太刀筋の角度が僅かに、ずれる。
すると、狂騎士の剣は届かず、こちらの剣だけが届く。
それも……斬られるまでわからないという――術。
まさしく、不可避の剣。
( ……残念だな、魔術なら……まだ、勝機があったろうに…… )
剣術はそれを理解し、体現出来るようになるまで素振りを繰り返す。
それこそ、何千万、何億……星の数ほど――。
誰か、から奪い取った戦利品。たまたま手に入れた宝剣を振るう獣とは……。
―― 扱う剣、一振りの重みが違う ――。
それに気づいた 狂騎士 。その剣を握る手が……小刻みに震え始める……。
―― その身に刻まれる、歴然としたの差 ――。
その碧く深い双眸……その閃光が鋭さを増していく――。
「 ……もういい……お終いにしよう…… 」
瞬間――狂騎士に漆黒の斬撃を見舞う。
袈裟斬りに斬られ、よろけたまま後退りする大きな体躯……。
それは狂騎士の身体と心を砕く一撃であった。
「 「 ཁྱེད་ག་རེ་བྱེད་ཀྱི་ཡོད་དམ། མགྱོགས་པོ། 」 」
祭壇から木霊する 悪魔王 の檄。
その声に呼応するかのように、狂騎士 は無我夢中で剣を振り上げる。
―― 瞬間 ――。
間合いを潰すように飛び込む アウレ 。
刹那、同時に振り上げられる剣――。
交差し、重なる二つの斬撃――。
アウレの右足が半歩、横にずれる――。
すると……放つ太刀筋の角度が、僅かに変化……。
狂騎士 の斬撃の側面を打ち――軌道が頭上から逸れ……。
アウレ の斬撃だけが届く。
――絶妙な間。約束された未来の事象……。
――だった……。
――瞬間、火花散る、二つの斬撃――。
―― アウレの斬撃は空を斬った ――。
「 ――――――――――!!!? 」
狂騎士 の頭上に捉えたはずの刀身が……。
―― 根元から折れていた ――。
それは度重なる激戦を経て、酷くなっていた刃こぼれした剣。その強度は既に限界を超えていたのだ。
瞬間――醜悪な口元がニヤリと緩む……。
形勢は逆転し、勝利を確信する 狂騎士 はゆっくりと少女へと接近する……。
魔獣に感情があるのか、わからないが…… アウレ にはそんな様に観えていた。
もはや、得物を失い、無防備状態……。
そんな状況化で……アウレ は……傲岸不遜にも口角を吊り上げる。
それは……決して苦し紛れの笑みではなかった。
『 無刀取り 』
ゆっくりと瞬く碧い双眸に宿す灯。
それは剣術の境地。もはや、剣すら必要としない剣術であった。
「 ……こんな唄は知っているか? 」
答えるはずのない獣に アウレ は、あえて問いかける。
そして……。
「 ……切り結ぶ 刃の下ぞ地獄なれ 身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ…… 」
そう、唄うと――。
突如、残像だけ残し、沈み込む様な姿勢で 狂騎士 に急接近する。
―― 北辰一刀流 『 長短の矩 』 ――。
先手をとり、間合いを支配する。
ほんのわずか遅れる反応―― 狂騎士が獣の本能で剣を振り上げる。
――虹色に光を放つ刀身。
アウレ はそれを真正面から受け止めるかのように前進。
瞬間――振り下ろされ、迫る――剛剣。
――刹那、左足はわずかに斜め前へと……ずれる。
――そして、その剣筋が当たる直前で左足を軸に回転。横並び、斬撃を躱す形となる――『 入身 』。
誰もいなくなった地面を斬りつける 狂騎士の宝剣。
――咄嗟に アウレ は左足を一歩前へと沈ませ……その流れた態勢を導びいて力を流す。
( ―― 人間と同じなら……手の最大可動域から更に握りこぶし、二つ分……それで……重心は崩せる ―― )
よろめく、 狂騎士 は咄嗟に剣を振り上げる……その瞬間、その呼吸に合わせ、その右手を諸手で掴み……すかさず、捻りながら右足を軸に反転。狂騎士 の右腕を一本の剣に見立て振りかぶり、肘を起点に打ち下ろす。
北辰一刀流 『 柔術 』。
その投げ技に 狂騎士 の巨体は宙に浮き、頭から地面へと叩きつけられ……。
そして……。
鈍い感触の音が響き渡る……。
それは 狂騎士 の中指の骨を折る音であった――。
激痛の悲鳴が耳を劈く――。
咄嗟に立ち上がろうとする 狂騎士 に……。
( ……今、この刻…… )
そう、心の中で呟き――。
―― アウレ は奪った宝剣を天高く掲げた ――。
北辰一刀流は合理の剣。その変化は千差万別。
この北辰の星の元に様々な流派の剣術は集結する。
( この瞬間に…… )
柳生新陰流の開祖 柳生石舟斎。
( ――でも…… )
二天一流兵法の開祖 宮本武蔵。
( ――ですら…… )
至れなかっただろう……。
―― 北辰一刀流 『 星王剣 』 ――。
この洞窟に奔る『 魔脈 』。その一筋の魔力を捉え、一瞬を掴む。
その有り余る程の膨大な魔力が小さな少女の中で混ざり合い、激流の如く循環していく。
濃縮した魔力は黒く変質し、一筋の星となり、輝き……切先へと伝う。
虹色の刀身、奪い取った宝剣はいつも以上の魔力を吸い、食らい尽くす――瞬間、天へと放たれる黒い渦。
場内に巻き上がる疾風。刀身から七本の黒い渦がうねり蠢く。
小さな少女の頭上に数十倍にも膨れ上がる竜巻が出現する。
その一瞬、黒い靄の向こうにかつての師の姿が消えていく……。
それは過去と決別。
この世界に転生し、この世界だからこそ……。
遥かなる高みへと昇華することができた。
最高の『間』での――全身全霊。
( 狂騎士は転移魔術で逃げようとしているが……間に合わない…… )
―― 北辰一刀流 『 捨目付 』 ――。
アウレ は、知っている。魔術は詠唱する時間が必要で、その間が一番、無防備になると――。
( ……イザベル が何度も教えてくれた…… )
剣術 と 魔術。
重力 と 魔力。
二つの力が存在する……。
この世界だから……。
この地獄だから……。
アウレ・マキシウスとして……この境地に至れた……。
刹那――ふいに浮かび上がる言葉は……。
自分を殺そうとする敵への最大の深謝であった。
( ――今、全てを終わらす………… )
それは……石と石がぶつかり、火花が散るように。
それは……草木から露が満ち、雫が落ちるように。
自然に滞ることなく、澄み渡るように。
只々、振り下ろす――その一刀は自然な剣は……。
―― 神域の御業となって放たれる ――。
「 「 「 ぁぁぁあ”ああああ”ああぁぁぁぁぁぁあ”ぁぁぁあ”ああああ”ああぁぁぁぁあ”ああああ”ああぁぁぁぁぁぁあ”あああ――!!! 」 」 」
―― 猛り狂う漆黒の斬撃は ――。
「 「 འོ། མཚམས་འཇོག་རོགས། ང་ལ་རོགས་པ་གནང་རོགས། 」 」
ざわめく悲鳴をかき消し――。
―― 狂騎士 を飲み込み、跡形もなく吹き飛ばす――。
そして、対角線上の先……。
―― 魔獣達の大海を巻き上げ ――。
紅い血飛沫上げ、うねる波――。
――暴風の竜巻――。
一刀切断――。
渡っていく――。
祭壇の 悪魔王 へと――。
その瞬間――咄嗟に振り上げる掌。
―― 透明な天蓋の防壁 『 魔法防御壁 』と激突 ――。
―― 火花散り、押し潰す衝激音 ――その中で……。
「 「 ངོ་མ་རེད།གནས་ཚུལ་དེ་རིགས་བྱུང་བའི་རྒྱུ་མཚན་ཅི་ 」 」
必死に手を伸ばし 悪魔王 が激昂――叫ぶ。
蠢く無数の目が怨嗟を込め、金髪の少女へと注がれる。
―― しかし ――。
「 ――違うぞ!…… 」
鋭い双眸がその思考を断ち切る。
「 ……お前を追い詰めたのは俺じゃない…… 」
その碧い眼に映し出すのは、 悪魔王 の魔力容量、その残量であった。
――徐々に細かいひびが入っていく透明な天蓋……。
……それは イザベル との魔術砲撃戦。彼女は 悪魔王 の魔力を損耗させ、更にその自尊心を煽るように立ち回っていた。
そして、その誘いにまんまと乗ってしまった……だからこそ、この結果になった。
――亀裂が深くなり、黒い光が漏れ出す……。
イザベル は知っていた。ジャコモノヴァを討伐した際に アウレ が放った漆黒の斬撃、その射程距離を……。
そこから逆算し、届く距離まで アウレ を援護、誘導。更に 悪魔王 をその場に足止めさせていた。
( ……お前がもしも……その壇上に居座っていなければ、このような状況にはならなかった…… )
そう―― イザベル の魔術は手段。その目的は アウレ の剣を 悪魔王 に届かせること――。
「 お前は既に術中に嵌っていたんだよ…… 『 魔導師 』 イザベル・フィッツロイ の魔術に…… 」
その瞬間――。
「 「 ཁྱེད་ཚོ་ཚང་མར་དམོད་པ་བཏང་ནས་ཤི་འགྲོ་བ་རེད། 」 」
漆黒の斬撃は『 魔法防御壁 』を完全に飲み込み……。
――崩壊。
そして……悪魔王子の身体を真っ二つに切り裂いたのだった。
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ご愛読頂き誠にありがとうございます。
この作品は処女作です。至らぬ点や修正箇所ございましたらコメント頂けると嬉しいです。
作者の先祖でもある剣豪を題材に執筆させて頂きました。
最終章 クルードセツア迷宮攻略編
長かった 『 奈落の死闘 』 も残りあと1話となりました。
最後の最期までお楽しみいただければ、幸いです。
この小説を読んで「面白そう」「楽しみ」「!?」と思った方
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