奈落の死闘 ~免許皆伝~
混濁する意識の中で……聞こえる声。
「 …………嬢様……!? 」
…………。
「 ……様……!?……っま……!? 」
……。
――誰だ……!?
「 ……………………っ……! 」
暗く沈むように……。
闇の中に溶けていく……。
……なんだ……?
……俺は……。
……。
「 ……………………どうした……もう、終わりか……? 」
「 ――――――――――!!!? 」
微睡む、網膜に映し出す――影。
その声に彩づく――世界。
眼前に、相対する――袴姿の中年の男。
見事という言葉でしか表せないほどの――星眼の構えをみせていた。
広大な道場内に差し込む――逆光。
その切っ先は常に喉元に突き立てられている。
( ……蝉の鳴き声が……うるさい…… )
広い道場内。両脇に、正座する――門下生達は、その立ち合いを見守っていた。
( ……一瞬たりとも目が離せねぇ…… )
全身の全細胞が騒めき……総毛立つ。
その燃える双眸が――。
早く、撃ってこいと――誘いかける……。
その威圧に……思わず、喉を鳴らす。
瞬間――握る竹刀が微かに震えていた。
( ……これは……畏れ……か……!? )
そう、気づいた瞬間――口元を緩む……。
ここ、四年間の武者修行の日々……。
強者を求め、道場破りばかりであった……が――。
ここまでの相手はいなかった……。
( ……面白い……これが…… )
―― 北辰一刀流の開祖にして、玄武館 道場主 千葉周作成政 ――。
深く長く吸い込む――息……。
凝り固まった握りをほぐすように、切先を揺らす――鶺鴒の尾。
――瞬間、目を見開き、構えをとる。
竹刀を頭上高く持ち上げる――天 上段の構え――。
振り下ろす一閃、その刹那――懐に飛び込まれ、左胴、腹部を斬りつけられる。臓物をその場に巻き散らして地面に倒れこむ……。
脳裏に浮かぶ――映像。
( ……こう、斬られる…… )
右脚を後方へと引き、竹刀を顔の右横へと構える――陰 八相の構え――。
打ち込む呼吸を合わせられ、交差する斬撃、翻す半身……その刃が頸動脈と腕を斬りつけ、噴き出す――鮮血。首を抑えたまま……後退し、出血多量で気を失い……落命。
( ……こう、斬られる…… )
なら、右脚を後方へと引いたまま、竹刀を下げる構え――陽 脇構え――は……どうだ……。
瞬間、――『先の先』。剣を廻すように捌かれ……左手首を切断。切り上げる返し刀の斬撃……首を刎ねられる。
( ……どう、打ち込んでも……次の瞬間には斬られている!!!?…… )
刻々と時は過ぎていく……。
点々と落ちる――雫に焦りばかりが募っていく……。
( …… 業 は 業 とは……よく言ったもの…… )
北辰一刀流 五行の形 構え。
この江戸には様々な流派がある。当然、その流派ごとに構え、形も様々である。
北辰一刀流はその散在する構えを五つに要約し、そこから派生する動きを剣術六八手にまとめあげた。
合理の剣。その変化は千差万別。
今、俺が相対しているのは、それを考案し、一代で成し遂げた――天下の大剣豪。
――当然、その構えは、その意味を成さない。
これは……竹刀での剣撃……だが……。
―― 真剣での模擬死合だ ――。
動いた瞬間……確実に斬られる……。
二人は竹刀を構えたまま――居つく。
「 ……なんで、あいつは……打ちこまないんだ…… 」
その膠着に痺れをきらした、一人の門下生が小声で呟いた。
「 ――しっ……もう既に…………始まっておる…… 」
そう、誰かが注意した。
周作 の双眸――その灯が勢いを増していく。
「 ……どうした……来ないのか……? 」
その一瞬、殺気に――。
( ――くそっ!安い……挑発だ!呑まれるな…… )
呼吸が乱れる――。
一つは太刀を殺し。
動いていないのに……喉が渇く……。
一つは技を殺し。
神経がすり減らされていく……。
一つは気を殺す。
( ……くっ……術中に嵌っている…… )
朦朧となる視界……何とか……その姿を剣先で捉え続ける。
まさしく――。
『 夫剣者瞬息心気力一致 』
瞬きや息遣いの一瞬の間を捉える動き――『瞬息』。
敵を広く一体に視る、『心』。
一気に打ち込む覚悟 『気力』
全てが一致して……体現する剣の理。
真剣での戦いはその一瞬、刹那で勝負が決まる。
握る左手……柄頭に添える――小指半掛け。
( 構わず、飛び込め――その喉元を突け )
しかし、身体が動かない。
その袴姿……構えに隙がない……。
――いや、……隙だらけ……恐ろしいまでの自然体なんだ……。
( ……これは…… )
その瞬間、若者の脳裏に浮かび上がる光景。
数百年間、大地に深く根を生やし……。
凄まじい樹肌の風合いに夥しい数の幹が分岐し、天へと溜め込んだ霊気を一気に放出する。
どこまでも、大いなる巨樹。
――次の瞬間、巨大な壁が迫るような圧迫感。
この身一つで投げ出される。
今いたはずの道場内は……。
……踏み入れることを許さぬ――神域と変わる。
もはや、構える――小枝など無意味……。
震え出す……手元。
……抗えるはずがない……。
今すぐ……伏したい……と。
――そう、気づいた瞬間――。
張り詰めていた心の糸がプツンと切れたのだった。
「 …………………… 」
……ふいに、入り込む新鮮な空気――隙間風。
雲間から覗く光が道場内を映し出す。
……何を恐れる必要がある……。
この人を大きく、みせていたのは俺自身……。
それは恐れや驕りが作り出した――幻影。
誰が強いとか、弱いとか……そんな感情はあまりに邪推――邪魔だ……。
そして……それに囚われてしまうのは……。
生きているから……か。
――そうか……。
俺はまだ、生きている。
深く息を吐き……また、吸い込む――深呼吸。
その命をいつ、燃やすのか……は自分次第……。
下手な小細工で誤魔化すな……。
……全てを吐ききる。
俺も所詮、人の子……。
この小さな星の一部でしかない……。
瞬間――口元が自然と緩む。
―― 剣術に信仰心などはいらない ――。
神仏など一切信じない、俺が……。
( まさか、こんな感情になるとは…………な、…… )
そして、構えを解き放つ。
「 ――――――――――!!!? 」
その様子に 周作 は瞠目する。
ゆっくりと半歩、前へ。
( ……全てを投げせ…… )
また、半歩。
( ……その刹那に……自分を…… )
風が全てを攫っていく――。
( ……禊げ…… )
そして……若者は不用意に 周作 の間合いへと踏み入れる。
( ―― なんじゃ……? )
――瞬間、周作は目を見開く――。
( ……隙だらけ、か…… ――否、これは…… )
――振り抜く、一閃。
( ……悟りか―― )
刹那――道場内に木霊する衝突音。
二つの身体が激しくぶつかり合い……。
竹刀が高く舞う……。
勢いよく二転三転し……。
――大の字で倒れ込む……。
瞬間、左片手面打ちの竹刀が――。
若者の頭上で寸止めしていた。
広い道場内に感嘆の声が漏れる。
両脇に並ぶ、門下生達の目には、若者の完全敗北のように映っていた。
( 届かなかったか…… )
天を仰ぎ、無様に倒れこむ――その姿に。
息を荒げ、鬼気とした形相の 周作 は……。
「 ……ふっ…………あはははははははは―― 」
――堰を切るように笑いだす。
「 ………………!? 」
何が起きたのか、分からず、困惑する――門下生。
そんな様子の中、道場主は叫ぶ。
「 ――おい!誰か!?筆と硯を持って来い! 」
「 ……はい……? 」
「 ――いいから……早よ!持って来い! 」
そう、急かす、周作 は……自分の左手首を摩る。
( ……ふっ、この中に何人、視えた奴がいたかのう…… )
そう、嬉しそうに思案していた。
それは、先程の打ち合いの刹那――。
周作 が打ち下ろす竹刀よりも早く――若者の竹刀が 周作 の左手首を打ち抜いていたのであった。
( 何の構えでもない……ごく自然体……そこから、繰り出された、恐ろしく速い太刀筋……否……静かな……剣……『音無し剣』か―― )
これは、竹刀の打ち合い――模擬試合。
――だが……。
……もしもこれが真剣であったなら……確実に左手首を斬られていた――。
( ……木刀の剣撃にしなくて、正解じゃったわい…… )
竹刀の打ち込みにも関わらず、骨の髄まで貫通するほどの威力。
その事実に 周作 は背筋を震わせ、ひっそりと汗をかく。
( まさしく……この感じは…… 又四郎 殿と同格か……ふふふっ、これが、笑わずにいられるか…… )
「 ―― 痛ったた ―― 」
周作 は、震える手で筆を奔らせる。
( ……骨に罅が入ってるな……これは…… )
そして、書き終え……巻納。
若者に手渡し――語気鋭く言い放つ。
「 ここに……北辰一刀流の『技』と『術』の理を、わしの名と共に記した…… 」
―― 北辰一刀流 大目録 ――。
「 ……深喜よ。お主にこれを授ける。……これより先は、お主自身の『体』、『人生』で……『剣』の『道』を示せ…… 」
「 ………………!!!?…………じじい……言ってる意味が全く分からんぞ…… 」
『 雨あられ雪や氷とへだつれど 解けては同じ谷川の水 』
出発点は違っていても、たどり着く先は皆、同じである。
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ご愛読頂き誠にありがとうございます
この作品は処女作です。至らぬ点や修正箇所ございましたらコメント頂けると嬉しいです。
作者の先祖でもある剣豪を題材に執筆させて頂きました。
最終章 クルードセツア迷宮攻略編
後半戦 『 奈落の死闘 』 開幕 でございます。
ここから急転直下の激闘の戦闘が始まります。
難解な話が多くありますが、全ての伏線が繋がっております。
最期までお楽しみいただければ、幸いです。
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