奈落の死闘 ~残響讃頌~
ある日のリセポーセ郊外 < ギタの森 >。
森林内の空気が急激に冷やされて、重々しい霧が漂う。
その白い靄の中から無数の閃光が奔っては……また消える。
訪れる静寂……。
その中に熱を帯びた息遣いだけが木霊していた。
栗色に煌めく、艶やかな髪。その毛先は霧と汗で湿り気を帯びていた。
端正な顔立ちに浮かぶ――苦悶の表情。
屈んだ態勢の彼女は……曇った眼鏡を拭き、かけ直す……。
―― 今一度の精神統一 ――。
神聖な雰囲気の中……上体をおこし、両手を広げる。
身体中に巡る……魔力の流れ。
その五指の先から地面へと放射状に射出する糸 『魔術回路』。
『 霊糸 』……その数、全十本。
更にそこから分裂し……二十……三十……と増え……無造作に、ばら撒かれた無数の魔石へと繋いでいく。
魔石が輝く……その瞬間――。
――弾け飛ぶように糸は切れ、消滅してしまうのであった……。
「 ……ハァ……、ァ……また……駄目……だわ…… 」
息を荒げ、頭を垂れ、俯く――イザベル。
その額から流れる雫、彼女は悔しそうの表情を浮かべていた。
「 ――精が出ますね 」
突如、かけられた声。それに驚き、振り向く。
白い靄の向こうに佇む……人影。
その姿が徐々に鮮明になっていく……。
( なぜ……ここに…… )
重量感の上質な黒の生地。上品で洗礼された――執事服。
湿度が高く鬱蒼と生えている草木の中を皺ひとつ付けず、こちらへと歩く――老人の姿だった。
「 失礼……。 蓮花 さんからここで修練されていると、聞いたもので…… 」
銀色の髪と顎鬚が朝日を受けて朱鷺色に輝く。
その身のこなしには一切の隙は無かった。
「 ……つい、様子を見に来てしまいました……。首尾はいかがですか? 」
マキシウス家の執事長 ゲイリー・バトラー が、そこにいた。
「 ……いえ、まだ……まだです 」
イザベル はそう呟くと……顔を上げ、姿勢を正す。
「 そうですか…… 」
そう、返答すると……。
……白い顎髭を摩り……。
暫らくの沈黙……後、ポツリと、その老紳士が呟く。
「 ……なるほど、焦りですか…… 」
その心の内を見透かす言葉に思わず、目を見張る。
「 ……しかし、その齢で二十の『 霊糸 』を行使できるとは……正直、驚きました……お見事です…… 」
そう、微笑み、慰めの言葉をかける――老紳士。
その言葉に イザベル は眉を顰めた……。
( ……どの口が言うですか…… )
彼女にとってそれは、皮肉の言葉に聞こえていた……。
なぜなら……。
風源 魔法師団 元団長で……『 魔導 』の師でもある、ゲイリー・バトラー。
―― 彼が操る、『 霊糸 』は、五十以上……だからである ――。
それは イザベル が一生を賭けても追いつけるかどうか、分からないほどの遥か高みにいる――ということ。
( 先生には分かるはずがない……持たざる者の気持ちなど…… )
そんな、彼女の複雑な表情を……。
ゲイリー は黙って見守っていた。
それは師である私と二人きりの時に見せる――表情。
彼女とはもう、二十年以上の付き合いになる。
親子以上に歳の離れた師弟関係。
それこそ幼少期から見てきた弟子は……。
普段の沈着冷静な雰囲気とは正反対の喜怒哀楽な子であった。
今ではすっかり、立派な魔導師になった彼女、だが……。
老紳士にとっては……初めて出会った頃の少女のままである。
( もしも……娘が大きくなっていたら、この子と同じように悩み……こんな表情を覗かせたのだろうか…… )
そう、思考する老紳士の片眼鏡<モノクル>が鈍く、光る――。
……それは、最早、過ぎたことであった。
そして、その老人はゆっくりと語り出す。
「 ……イザベル さんが見据える、未来……それは……これですか?…… 」
そういうと、腰につけた小さな鞄 < 異空間収納鞄 >から取り出す――漆黒革の両手袋。
その手の甲の部分に十字形の装飾。煌めく薄紫色の魔石……。
その魔具に イザベル は目を開いた。
「 ……それは……まさか………!!!? 」
「 ――ええ、そうです。これは……貴方のおばあさまより、お預かりしたフィッツロイ族の家宝です。 」
……その手に填めた後――両掌を広げる下へと構える。
「 ……そういえば…… カトリーヌ さんが大量の暖炉用薪が欲しいと仰ってましたね……丁度良いです…… 」
そう、呟くと――。
突如、老紳士の身体から放たれる――波動。
「 ――――――――――!!!? 」
周囲の大気が歪むほどの魔力量に……。
―― イザベル の全身が総毛立つ。
「 ……一度しか、やりませんので……よく視ておいて下さい…… 」
そう、呟くと――。
突如、木々の騒めき、突風が吹き荒れる。
栗色の髪が舞い、遮る――視界。顔にかかる長い髪を右手で押え、その瞬間を見逃さないよう――眼鏡の下から目を見開く。
「 ―― 深き淵 隔絶し異なる界へと繋げ、開封 ―― 」
艶やかな擦れ声……。
それぞれが独立して動くような複雑な動きをする――指先。
大きく振り上げる様はまるで演奏を指揮するかのように大きく弧を描く。
木々の中を駆ける――旋毛風が草木を斬り、舞い上げる。
―― 森林を襲う、無数の斬撃 ――。
――瞬間、周囲に立ち込める白い靄が破裂するように――霧散。
――連なる大木は、根元から滑るように伐採され……ギシギシと鈍い音を立てて、倒れ込む……。
……やがて、見晴らしの良くなった前方、広がるその視界……。
鬱蒼と生えていたはずの森林帯は……。
一瞬にして、消滅していたのだった。
( ……初めて視た……これが、あの 『 天罰斬糸 』 …… )
イザベル は、その光景に驚愕する。
フィッツロイ族の秘蔵魔具 『 冠十手套 』
それは、魔力制御で形成した『 霊糸 』を十字形の装飾の < 特異魔石 > によって、濃縮……更に圧縮した上で実体化させる魔具である。
そして…… < 特異魔石 > の機能によって、射出する糸に高速の振動を与えることで、鋼鉄すらも容易く切り裂く斬撃を生み出す秘術。
―― 固有魔術 『 天罰斬糸 』 ――。
これは……『 霊糸 』を実体化させ、光る糸で、敵を拘束する魔術 『 綾織 』 と原理は、ほぼ同じだが……使用する魔石が異なっていた。
< 相対性魔石 > と < 特異魔石 > 。 ……その大きな差異は格納できる魔力量である。
その上、一度の使用で砕けて消滅する< 相対性魔石 > とは違い、 < 特異魔石 > は永久不滅の強度を持つ……。
つまり、術者の魔力総量によって、その効果が変わるということ。
糸を伸びる、距離 と 扱える本数。生み出される斬撃の威力……。
この魔具は、魔力操作によって生み出される『 霊糸 』の技術がそのまま、直結する魔術であった。
( どうすれば……ここまでの域に…… )
老紳士が着用する漆黒革の両手袋 『 冠十手套 』。
イザベル は、その現物をいつまでもその目に焼き付けていた……。
だが……。
「 ――駄目ですよ―― 」
「 ――――――!? 」
「 ……これは本来、扱えない代物です…… 」
その行為を端から否定する――老紳士。
「 ……そんな……先生は扱えている、ではないですか……!!!? 」
「 ……行使することが出来る、という意味ではそうかもしれません……しかし、参考になりません。私のやりかたは、邪道。大変危険を伴うものです…… 」
「 ……どうゆうこと……ですか……!!!? 」
思わず イザベル が問い詰める。
しかし、ゲイリーは、その核心には一切、触れなかった……。
「 ……これを行使するには膨大な魔力が必要になります。それこそ、人の身ではどうにもならない程の……。現にフィッツロイ族の誰一人、完璧には扱えませんでした……まさしく神々の魔具――『 神具 』です 」
答えになっていない……はぐらかされた会話。
……しかし、『 神具 』という大袈裟な言葉が気になる……。
例え、比喩だとしても……たぶん、それは……この人がそう、断言するのだから間違いのだろう……けど……。
「 ……ですが……私には…… 」
そう、口籠り――俯く イザベル 。
自分の限界が理解している。……でも、それは許容できないのだ……。
フィッツロイ族の悲願である『 冠十手套 』……それはまさしく、理想……。
彼女はその壁を乗り越えようと必死に足搔いている最中であった。
そんな姿に……ゲイリー は再び、口元を緩ませた。
「 ……まあ、いいでしょう。少し、ヒントをあげましょう…… 」
と、神妙な空気を和ませるかのような口調で……語り出す。
「 ……時に イザベル さんは、ご飯を食べる時、何を考えていますか? 」
「 えっ……なぜ?……今、その質問を…… 」
「 ――大事なことです。 」
「 そうですね……ご飯を食べる時……ですか……?食べること、とは別の事を考えていますね…… 」
「 ――そうですよね……人は食事の際、何にも考えずとも食事をおこなえています。例えば、フォークを手に持ち、食材に突き刺し、それを持ち上げ、口元まで運び、口を開け、食材を入った瞬間、閉じると同時に咀嚼。味を認識し、飲み込む…………と、まあ、一つ一つの動作を意識してなくても無数の動作をしていますね…… 」
「 …………? 」
「 つまり、無数の動作を無意識に連動させ、一つの所作として自然におこなっている、ということです……そして、そこに盲点がある…… 」
確かに……魔術は多くの動作が必要となる。
自分の内側の魔力制御し、魔術回路を形成、触媒へと魔力を流す、そして……発動の命令、詠唱――と。
「 ……はあ……言いたいことは分かるのですが……それをどうすればいいのか……私にはさっぱりわかりません…… 」
「 ……そうですね……その答えは、 蓮花 さん と お嬢様 が持っています…… 」
「 えっ、あの……二人が、ですか……? 」
「 ――ええ、ですから……私からではなく、あの二人から学んでください。案外、鍵は身近なところに落ちているものですから…… 」
そう、言い切る――老紳士の言葉に イザベル は戸惑いながらも、それ以上の詮索は出来なかった。
次第に木々から漏れ出す、零れ日……。
その光が老人のその表情を照らす。
「 焦らずとも……時期が来れば、これは、いずれ貴方の元へとお返しできるでしょう…… 」
燃えるような眸から、伝わる意思。
それが垣間見えた、瞬間――。
雲の影が日の光を遮り、その表情を隠す。
「 ……その時、 イザベル さんが、どのような決断をするのか…… 」
イザベル の胸に刺さる疑念。その答えがはっきりとしないまま……。
「 楽しみにしております…… 」
その陰影だけを残し……光の残響へと消えていくのだった。
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ご愛読頂き誠にありがとうございます
この作品は処女作です。至らぬ点や修正箇所ございましたらコメント頂けると嬉しいです。
作者の先祖でもある剣豪を題材に執筆させて頂きました。
最終章 クルードセツア迷宮攻略編
後半戦 『 奈落の死闘 』 開幕 でございます。
ここから急転直下の激闘の戦闘が始まります。
難解な話が多くありますが、全ての伏線が繋がっております。
最期までお楽しみいただければ、幸いです。
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