深淵の大饗儀
朦朧とする意識の中、ポツリ、また、ポツリと顔に当たる……水滴。
……。
横たわる身体から冷たい岩肌の感触。騒めく音が耳を劈く。
瞼の帳が、幕を上がるかのように開けていく。
広がる自分の金色の髪が見える……。
( ……どこだ……ここは……? )
青白くぼやけた視界、それが明瞭となっていく。
アウレ が、ゆっくりと上半身を起こすと――。
そこには見知らぬ、洞窟の天井が広がっていた。
洞窟内とは思えないほどの広い空間……。無機質な岩肌が遥か遠くに連なる。
「 ゴオォォ―― 」という轟音。吹き込み舞い上る風が、高場にいる、という状況を伝えていた。
「 ……ええっと……!あの時…… 」
漏れ出す声を……。
「 ――うっ――――――――!!!? 」
突如、口を塞がれる。
後ろから羽交い締めにされ、驚く――その時、一房の栗色の髪が頬を撫でた。
ふと視線を上げると、そこには イザベル の姿。
そして、すぐ隣には座りこみ傷口を抑えた姿の 蓮花 もいる。
( ……二人共、無事だったか…… )
全員……あの、地獄から、何とか脱出できた。
そう、アウレ が、安堵の吐息を漏らす――と。
それすらも……二人は声を出さないよう促す。
……ん……状況がわからない。
だが……。
( ……なんだ……? )
二人の切迫した表情が垣間見える。
イザベル は、その一点を凝視していた。
その視線の先を辿る。
辺りは暗く沈んでいてはっきりと見えないが……。
「 ――――――――――!!!? 」
正常へと戻りつつある、耳に飛び込む……。
風切り音。その中から聞こえてくる……。
―― 荒い息遣い と 呻き声 ――。
抱きしめられる イザベル の腕の中、 アウレ は、ようやく、その異様な状況に気が付いた。
( なんだ――この声は……? )
この感じに覚えがある。
( ……これは…… )
働かない頭を掻きむしるよう巡らす。
そう、あれだ……。
……思い出す、情景。
―― 処刑場の断末魔 ――。
アウレ は、ゆっくりと……。
下を覗き込む……。
……そこには……。
仄暗い洞窟内。
―― 犇く、二千以上の目 ――。
「 ――――――――――!!!? 」
――瞬く紅光。その光景を映し出す。
鎖に繋がれ、生まれたままの姿で一列に並ぶ、人間。
――瞬間、暗転。
逃げられない状況でただ、処理されることに怯え……順番に待つ。
――阿鼻叫喚。
そして、紅光……断続的な暗転。
大男以上の背丈に一本の角を生やした頭部。
ふくらんだ腹と強靭な肉体。―― 大鬼。
その先で、大きな鉈を振り――待ち受ける。
――引き裂くような閃光。
その狭間……。
ある者は首をもがれ……。
ある者は生きたまま焼かれ……。
処理されていく。
その時を今か、今かと牙を鳴らす――魔獣の群れ。
引き裂かれた四肢が、血飛沫をまき散らし次々と宙を舞い。
―― 我先と群がり、奪い合う。
皮を剥ぎ、肉を引き裂き、豪快に齧り付く――咀嚼音。
息を荒げ、その下卑た悦に浸る。
その滴る血で喉の渇きを潤し……。
貪欲に骨までしゃぶり尽くす。
―― まるで、餌付け ――。
( ……なぜ?……気づかなかった…… )
胸からこみ上げる醜悪に息が詰まる。
( ……想像しなかったんだ……? )
怯える家畜のような目。
( ……人が魔獣を食べるように…… )
それを直視してしまう――。
( ……その逆も然り…… )
小刻みに震える唇の動きは遠目からでも何を言っているのか、が分かる……。
( ……魔獣もまた、人を食べる、という可能性を……。 )
―― 神様、助けてと ――。
( 目を逸らせ……これは…… )
アウレ は、奥歯を噛み殺す。滴る汗となって現れていた。
( ……人の諸行ではない…… )
巨大な魔石が紅く光り、暗く沈む洞窟内、その地獄絵図を煌々と照らし出す。
眼下に広がる世界。
それは、この世の地獄を体現するかの如く、繰り広げられる――狂気の惨劇であった。
―― こんな狂気をまともにみたら……正気を失う――。
蓮花 の唇から一筋の血が流れる。
イザベル の抱き寄せる手から自然と力が伝わってくる。
訴える二人の双眸……。
( ……わかっている…… )
小さく頷く。
眼下で繰り広げられるこの地獄は、生前の人斬りの所業なんて、……鼻で笑ってしまうほどの悪業。
この悪は兇悪。人には有り余るほどの悪である。
アウレ は煮え立つ憤怒の窯にふたをする。
なぜなら……今、三人が出来る事は。
傍観者を決め込むこと――。
それしかできない……。
間違っても助けようと動けば――。
明日は我が身である。
そう、ここは、そういう世界なのだ。
人が魔獣を食べるのではない……魔獣が支配し、人を食べる世界。
弱肉強食。
アウレ は、俯瞰するように、道徳、倫理、あらゆる理性を切り離す。
こうならないように……。
見下ろす先には、千を超す魔獣達の大群。
そして、その奥、一段せりあがった壇上があり、巨大な魔石が紅く光り、辺りを照らす。
( これは……食事か……?――いや、何かの儀式のようにも視える…… )
まるで、祭壇のようにも視えていた。
状況を理解し、観察に努める アウレ 。その落ち着いた様子を確認した イザベル は、抱き寄せる手を解く。
( ……暴れなくて……良かった…… )
並みの子供だったら錯乱してしまう状況。この子の図太さに救われた……。
そんな安堵に追いつく彼女の思考は、既に生存戦略へと向けられる。
それは、祭壇の上。
そこに陣取る、他の魔獣とは一線画す、三体の魔獣。
……そいつらが主催者のようにも見える。
イザベル は眼鏡をかけ直す。
その姿に見覚えのあるのだった。
それは、いつか ニーナ が見せてくれた古代文献。約300年前、セルタニア魔法国建国以前に起きた、最初の< 魔獣大行進 >その挿絵に描かれた 正体不明 < ノーネーム > の魔獣。……その僅かな特徴とその通称。
ヤギのように湾曲した角を二本生やし、生皮を剥がした馬のような頭部。上半身は屈強な人のような肉体を持ち、その筋肉に浮き立つ青灰色の血管が蠢く。腰に差す、剣は戦士のようだが、臀部に大蛇の尾が生えており、人外の生き物だということが見てとれる。
―― 狂騎士 ――。
遠目からは痩せこけた老人のような姿、形。頭に王冠を被り、顔は幾つもの目で覆われている。漆黒のローブ服を纏い、左手に髑髏の杖を持つ姿は、まるで魔術師の王。
―― 悪魔王 ――。
牛角を生やし、小鬼のような形相を覗かせる魔獣。しかし、その体は人の五倍はあろうか、というほどの巨体を持ち、全身、紫の毛皮で覆われている。大木のような尾が地面を鳴らす……右手に大型の魔獣の骨を、まるで棍棒代わりのように携えている。
―― 巨鬼 ――。
( ……酷似している…… )
その姿はまるで書物から飛び出てきたと、思えるほどよく似た姿であった。
「 ――――!!!? イザベル……あれを見るネ…… 」
突如、蓮花 が小声で呟く、その指先……。
それは 狂騎士 の腰元に差された、剣。
「 ……あれは……? 」
……見覚えがある。
散りばめられた『 魔石 』の装飾にリセポーセ冒険ギルドの刻印。
あの、剣は……。
―― A級 冒険者チーム < 白狼の牙 > のリーダー フェルナ・バルト の愛剣であった ――。
クルードセツア迷宮の階層をいくつも破ってきた実力者集団。 A級 冒険者チーム < 白狼の牙 > 。
その全員の消息は < |魔獣大行進≪サタンビート≫ > 発生以来、不明である。
( ……ということは、 < 白狼の牙 > は、既に……。 )
―― 全滅したということになる ――。
其処らに転がり、積み上げられる骨の山。
彼らはその中にいるのであろうか……。
そう、想像し、額から汗を滲む。
これは……異常だ。
これまでの一連の出来事からそうだった、……。
異常な数の魔獣の大群 < 魔獣大行進 >。
更に、謎の仮面の男の襲撃。
そしてこの惨状……三体の正体不明 < ノーネーム > の魔獣。
重なる事象に、何か陰謀めいたものを感じる。
攻略前、先生は、ここに何かがある、と言っていた。
しかし、これらは、人の作り出す域を遥かに超えている。
( ……一体、 < クルードセツア迷宮 > で、何が起きているというの…… )
イザベル は、予測外の出来事に、肩を震わせる。
私達には……どうすることもできない。
頭を振り、巡らす思考を切り替える。
今は無事にここから脱出することを考えなければ……。
そう、考えて イザベル は周囲を見渡す。
舞い上がる風穴は アウレ達 の居る高い崖へと吹き込み、すぐそこの洞穴へと吸い込まれていく。
この階層はどうやらこの洞窟以外にも先へと続く道がありそうだ。
「 ……とにかく、ここを脱出しましょう…… 」
そう、囁く イザベル の声に、二人は小さく頷き、この空間から離脱することを決断する。
物音一つ立てないよう……慎重に這って進む、 イザベル 。
二人も後から続く。
イザベル は……この地獄絵図のような空間から出ようとする――その最後。
横目で確認していた。
それは……。
祭壇の横……。
そこに大扉があることを。
三人は、ひとまず、身を潜められる安息地を目指し。
更に仄暗い洞窟内、その奥へと進む事としたのであった。
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ご愛読頂き誠にありがとうございます。
この作品は処女作です。至らぬ点や修正箇所ございましたらコメント頂けると嬉しいです。
作者の先祖でもある剣豪を題材に執筆させて頂きました。
最終章 クルードセツア迷宮攻略編の開幕 でございます。
この話では、細かい伏線を回収しましたのでご報告させて頂きます。
7話 異世界転生編 初めての社交界
15話 冒険者ギルドと悪名『猛虎』
での フェルナ・バルト と、その仲間との会話は死亡フラグです。
23話 < クルードセツア迷宮 >
一見、無意味な食事描写は、後に、この地獄絵図を連想させるように書かせていただきました。
また、ラスト死亡した冒険者は<白狼の牙>の仲間で、15話に登場しております。
このような、細かい伏線が多く登場しております。
良ければ、探してみてください。
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