蠢き交差するゲイリー・バトラーの思惑
パン。
手を叩く音――が響き渡る。
「お目覚めになられましたか……?カトリーヌさん」
艶やかな老人の声……。
その擦れた声で目が覚める。
「……ゲイリーさん……ですか……?、これは……一体……?」
辺りは真っ暗闇で何も視えない。
パン。
そんな中……。
「あなたは今、小麦色の草原の中を歩いています……」
「――――!?」
突如として……低く優しい声色で――囁く。
パン。
「柔らかな風……、収穫前の小麦が薫る家……」
「…………何をおっしゃって――――!?」
眉を潜ませ、不安そうな様子を浮かばせる彼女……。
パン。
断続的に続く手を叩く……その音に脳を揺らされ……。
――映像が飛び込んでくる――。
パン。
「そう、あなたの故郷です。…………何が、視えますか?」
途切れ、途切れの白黒。
それが徐々に鮮明へとなっていく。
「……そう、あれは……赤い屋根?……私の母が……静養する……私の実家……」
「――そうです、あなたは帰ってきたのです。それから、どうしましたか?」
パン。
「……家に……入ると……母が……ベットに……それから……」
「それから……?」
パン。
「……神父様達……数人が……いらっしゃて……おり……祈祷を……」
「その後、あなたは……?」
パン。
「わからない……です……儀式の後……神父様が……何かを……おっしゃって……急に……眠く……」
「神父達の特徴は?何を言ってましたか?」
パン。
「わからない……です……顔が……見えない……何を……おっしゃっていたのか……」
「なるほど……分かりました。ありがとうございます……」
パン。
「それでは」
パン。
「 ―― おやすみなさい ―― 」
…………。
…………。
その音で彼女は……再び、深い――暗闇の中へ溶けていくのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
マキシウス城の地下。
四方八方、土壁に囲まれた殺風景な牢屋の檻の前に立つ ゲイリー・バトラー は眉間に皺を寄せていた。
目の前には目隠しをして、椅子に縛り付けられ、眠る――マキシウス家メイド カトリーヌ の姿。
仄暗い部屋の中、足元には無数の魔石が煌めく。
それは彼女をここから出さないための術式が至る所に施されていた罠であった。
「……どうでしたか……?……何か、わかりましたか……?」
そう、ふわりと波打つ、栗色の髪を耳にかけ、眼鏡の奥で心配そうに窺う――イザベル・フィッツロイ。
それは彼女の様子が気になってしまい、思わず、見に来てしまった――姿であった。
「……いえ、何も……」
そう、腕を組むゲイリーは白髭を摩りながら――微笑む。
その様子にイザベルは気付く……。
表情がいつもより、……硬い、そんな……印象。
―― 嘘をついていると ――。
それは、長年、見てきた彼女だからこそ、分かる……ごく僅かな違和感であった。
そして、その老紳士は……口元を緩ませる。
「ふっ、 イザベルさん には隠し事できませんね。……そうですね……確かに、何者かに身体を操られていた……としか思えませんね……」
それは……イザベルも同様の見解であった。
「蓮花が言うには……数日前からおかしかったと、私も拘束する前の様子からは……明らかに別人格のように感じました」
「そうですか……これは……洗脳というよりも身体を乗っ取られていた、という考えの方が妥当でしょう……」
「……先生もそう思いますか?」
「ええ……しかし……『身体を乗っ取る魔術』ですか。……聞いたことも、見たこともないですね」
その言葉にイザベルは、不安の色を表す。
この ゲイリー・バトラー が知らない『魔術』。
それは、 只の『魔術』 ではないということである。
「 ……他に……何か、身体に異常、おかしな点はありませんでしたか?」
「……そうですね…………そういえば、……首筋のところに紋様のような『変な痣』がありました。」
「『変な痣』ですか?」
「これです」
イザベルは一つの紙をゲイリーに渡す。
そこには……紋様が写し出されていた。
「――――――――――――――!!?」
ゲイリーはそれをみて、一瞬、固まる。
受け取った紙の両端から放射状に稲妻のようなしわが入り……。
そして、気丈な背筋を小さく震わせ、口元を綻ばせた。
「先生……?」
「ふっ……これは……思ったよりも……大物が引っ掛かりました……ね……」
「――――――――!?」
イザベルはその言葉に、絶句した。
その表情は歓喜と憎悪の混じった凶暴な顔に見えるからである。
「……何か、知っているのですね……?」
「――失礼!何かの術式のように視えますね……」
そう、誤魔化す――ゲイリーの様子に……、イザベルは妙な胸騒ぎを感じていた。
そして……その違和感を探る。
「やはり、先生もそう見えますか、……この術式に心当たりでも……?」
「――いえ、この術式は見たことがありません。」
イザベルは眉を顰めた。
なぜなら……。
この質問に嘘はなかった、からである。
「しかし、……カトリーヌさん が意識を失った場所、謎の修道服の襲撃者、そして……ディオレ・ロレンチが亡命しようとしていた国と、全ての点が繋がりますね……」
それは……。
「…… < オドミナル聖教国 > ですか?」
少しずつ……。
「ほぼ……間違えないでしょう……」
形を帯びる。
「しかし、あれだけ餌を巻いたのに、鱗一つ引っかからなかった獲物が、今になって、こうやすやすと姿を現してくれるとは……嬉しい限りです。」
「――――――――――――!!!?」
―― その言葉は明確な、殺意となって現れる ――。
長年にわたり、彼の近くにいて、感じたことのないほどの悍ましい殺気に――。
イザベルは 血も凍るほどの戦慄を覚えた――瞬間であった。
(――餌!?獲物……!?いつ、罠を……!?)
多くの疑念が脳裏を駆け巡る。
(分からない、……先生は、一体、何をしたのか……が……)
「このタイミングは偶然ではなく、必然ですね……」
「……すると、やはり……< 魔獣大行進 >の件も……」
「……十中八九、彼らが関わっているでしょう。」
確信を得た、と言わんばかりのゲイリーの双眸。
「これは、……直接、調べなければなりませんね…… < クルードセツア迷宮 > その最深部で、何が起きているのかを……」
そう、言い放ち、踵を返す――ゲイリー。
彼の後ろ姿を……。
眼鏡越しに見つめていたイザベルは……。
(――――――――――――――――――!!!?)
……目撃する。
フィッツロイ秘伝の『魔具』 ―― < 術視鏡 >――。
それは術式を詠唱無しで視認できる『 特異魔石製の魔具』。
(…………そんな……噓…………!!!?)
イザベルの眼鏡――が返照する。
それは……。
彼の首筋。
そこに……見たことのない紋様が刻まれていたからであった。
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ご愛読頂き誠にありがとうございます。
この作品は処女作です。至らぬ点や修正箇所ございましたらコメント頂けると嬉しいです。
作者の先祖でもある剣豪を題材に執筆させて頂きました。
最終章への導入話 幕間 でございます。
ゲイリーは何をしていたのか?
彼の正体。
誰と対峙しているのか?
など、様々な伏線を抱えたまま、4章 <クルードセツア迷宮攻略編>へと突入していきます。
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