媚薬の行方
メルバトス領の城塞都市コルコソヌに一台の馬車が入ってくる。
それは王宮からの減税措置に関する返答の知らせであった。
「来たか……」
メルバトス家領主アルトバラン・メルバトスは立派な王宮印が添えられた書状を開く。
そこには……。
――却下、否認。 絶対性魔石のみ、良値、買取可。なお、この書状は開封後、消却せよ――。
と記されていた。
赤の他人からみれば、憤りを覚える内容だろう……。
しかし、「 魔石を無償で献上せよ 」と書いていないあたりは、まだマシである。
アルトバランは天井を見つめ、長く息を吐く。
この国はどこへ向かうのか……?
どうすればいいのか……?
深く、深く、思案する。
結論は出ない。
が……やることは決まっていた。
――そう、決意して……アルトバランは静かに詠唱する。
そして、手に持つ書状を燃やし尽くしたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「さあ!さあ!はったー!!はったー!!」
金髪碧眼の女の子が陽気に叫ぶ。
街はずれの孤児院に子供達が一列に並んでいた。
その子供達はしかめっ面、唸り声。
丁半のどちらかを次々と答え、……札を出していく。
「よろしゅうござんすねー!」
その女の子は、最後の札が出揃ったのを確認して、口上を述べた。
「ちょうはん、でそろいました!」
「しょーぶ!」
静寂が支配する。
孤児院の中で子供達は固唾を呑む。
その瞬間、女の子は伏せた壺を開け、高らかに叫んだ。
「――ちょう――!!!!」
「だぁぁ――‼」
「くそっ‼……ちょかぁぁー!」
「なぁ――!ちょう!アルか!これで……5れんぱいネー!!!!」
その落胆と歓喜が飛び交い、札とお菓子を交換される中。
一人の成人女性が、金髪碧眼の少女の背後から声を掛けた。
「……って!何やってんですか!お嬢様!!!」
「……何って、……丁半博打!」
それは、大人びた顔立ち、眼鏡姿が印象的で、どこか知性がありそうな雰囲気の女性。
イザベル・フィッツロイの姿だった。
ここ、リセポーセ孤児院は街中の身よりのない子供達を集め、養護するための施設である。
リセポーセの住人は大半が冒険者。
当然、両親がダンジョン攻略に行ったまま、帰ってこないということも多々あり、路地裏に孤児達が多くいる。
しかも、ここ最近の不景気によって、街の治安が悪化。物騒な事件が多発しているのだ。
聞くところによると、恐喝に強盗、更に孤児の誘拐騒ぎまであるというのだった。
そのことに気がついたアウレは母アンヌに相談。
極東都市リセポーセ、全体の問題として、対応がなされ……。
かくして、この街の郊外にリセポーセ孤児院が作られたのであった。
なお、出資者はこの国の著名な薬学師ニーナ・コリデウスである。
しかし、当の本人は子供の情操教育上、よろしくないという、友人のイザベル・フィッツロイの発言で出禁という措置がなされていた。
「まったく、お嬢様はこちらの護衛の身にもなって下さい!」
「そうネー!おかげでせっかく勝って集めたおやつを全部、ぼっしゅーされたアル!」
アウレはメルバトス領の一件以来、ゲイリーから「おとなしくしておいて下さい」といわれ、謹慎処分を受けていた。
毎日、毎日、城の中で座学と時々の実技の日々。
そんな生活にこのアウレ・マキシウスがおとなしくするわけはなく、……度々、ゲイリーの目を盗み、城下町へ繰り出していた。
当然、それに気がついているゲイリーだったが……。
自分の執務の忙しさも相まって、咎めるのを完全に諦めていた。
そこで……蓮花、イザベル、の両名を護衛に付けることを条件に外出の許可を渋々、出したのであった。
もう、それからはやりたい放題だった。
街で絡まれた、いかつい冒険者をボコボコにするわ……。
魔獣討伐のクエストしすぎて、冒険者ランクがG級からD級に昇格するわ……。
極めつけは孤児院でやっている丁半博打である。
元々、娯楽の少ないリセポーセの街で丁半博打は冒険者達に大流行。
瞬く間に、街の娯楽として根づいたのであった。
ちなみに賭けているのは子供達のおやつである。
「こらー、蓮花ー!子供のおやつを巻き上げようとするのはやめなさい!」
そう、蓮花の耳をイザベルは引っ張り、叱る。
その姿はまるで子供を叱る母の様であった。
「こいつ、ホントに26歳か?」と疑うほどに……。
そう、要らない世話を心の中で抱いていた――その時。
一人の子供が近寄り、アウレに耳打ちをする。
「あねごー、実は……」
神妙な面持ちで話す子供に対して、アウレはその話を「ふんふん!」と軽い相槌を打つ。
アウレはこの孤児院で、「あねごー!」と呼ばれ、すっかり子供から慕われる存在となっていた。
話を最後まで聞いたアウレは、……不気味に口角を吊り上げる。
いいことを聞いた……。
と、悪巧み――。
そんな雰囲気であった。
相変わらず、孤児院内は子供のはしゃぐ声が響き、騒がしい……。
そんな中、イザベルが思い出したように口を開いたのであった。
「ああ……それと、お嬢様!今日は例の件でニーナのところに行く予定ですよね。約束の時間はもうとっくに、過ぎていますよ!」
「おお!そういえばそうだったな……」
賭博に夢中で約束の時間をすっかり忘れていた。
ニーナには先月、討伐した正体不明<ノーネーム>大型魔物の研究、霊薬の開発を依頼したままであった。
ついでに、魔力水を晩酌用にいくつか発注している。
……久々の酒。
思わず、あの時の味を思い出しただけで涎が垂れ、が……。
「おっと!いけねぇ、鬼の居ぬ間になんとやら……」
そう、呟くとアウレは自分の柔らかな唇を拭った。
この件は執事長ゲイリーには内緒である。
しかも、都合の良いことに、彼は執務に追われ、城に籠りっきり……。
「ニーナの手紙では『もう霊薬の完成までこぎつけた……から、早く報酬を持って来ーい!』だそうです。」
その話を聞いてアウレは眉ひそめ、苦笑する。
(うーん、バレないか心配だなぁ……。)
用意した木箱(報酬)を見つめ、不安の表情を浮かべるのであった。
)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「おっそ――――い!!!!」
ツタに覆われ、森に飲み込まれたような屋敷の門前。
家主であるニーナ・コリデウスは3人に向かって激怒する。
それは、彼女が3人の来客をずっと前から待ちわびていた様子だった。
「ごめんなさい。少しトラブルがありまして……」
イザベルは申し訳なさそうに答えた。
(言えるわけない……、お嬢様が遊んでいて、遅れた……なんて!)という表現が窺える。
そんな様子を横目に……。
「よっ!ニーナ!約束の物、持って来たぞ!」
アウレは横柄な対応し、木箱を見せる。
さながら、犬に餌をやる感覚。
その反応にニーナは目を大きく見開き、動悸が止まらない様子で涎を垂らす。
「早く渡せ!」と我を失っていたが……アウレはそれに対して、待て!をさせ……。
「まずは、研究成果からな!」
不敵な笑みをみせるのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「おー、これは……すげえー!」
ニーナ邸の研究室に通された三人は驚いた。
天上にまで貼りつけられた兄レクスの絵……。
……ではなく、人間の背丈以上の大きな容器がいくつも並んでいたからである。
その中には奇妙な形をした、様々な魔獣の標本や解体された部位が入っていた。
「……で、こちらがジャコモノヴァから抽出した霊薬です。」
ニーナは奥から小瓶のケースを出し、アウレ達に見せる。
それは薄紫色の魔力水が12本、並んでいた。
「これはジャコモノヴァの血を魔力水で薄めたものです。臨床実験を行い、効果ほどは、もちろん、安全性も確認済みです」
そう言うと、小さな檻に入った、鼠みたいな小型の魔獣を見せる。
どうやら、オスとメスのペアを入れ実験したところ、すぐに交尾したらしい……。
「これは……本当に……人が飲んでも大丈夫なのか?」
アウレはその中から一本を取り出し、ニーナに問いかける。
すると、ニーナは不気味な笑顔で答える。
「ええ、大丈夫ですよ!……私で試しましたから……」
「――――――!!!?」
3人と部屋の空気が一瞬にして固まる。
蓮花とイザベルの顔から血の気が引いていた。
どうやら、この二人はあの日のことがトラウマになっているらしい……。
「いやー、強さの調整するのには苦労しました!おかげで何枚もパンツを洗――。」
「――オッケー! ニーナ、ストップだー! スト――ップ!!!!」
アウレは言葉を遮った。
この先は聞きたくも、想像したくもない。
続け様、ニーナは「それと……」と、頼まれていた普通の魔力水が入ったケースを出す。
それに、「おお!」とアウレは感嘆の声をあげた。
「ちなみに、この霊薬は現在、約600本ほど作ってますよ!」
「えっ!?そんなにですか!?」
イザベルは驚き、思わず返事をした。
「ええ、……まだまだ血はありますし、これから培養の実験も行っていくので、安定して供給出来ると思いますよ!」
その言葉を聞き、イザベルは焦った。
なぜなら、このような代物をどのようにして扱えばいいのか、皆目見当もつかなかったからである。
「時に……お嬢様……。この霊薬どうするのですか……?」
「うーん、ひとまずは貴族に売るかな……」
「ええぇー!」
「いや、確かに……これは、凶悪な精力剤としての効果もあるが……、ほら!ニーナの肌を見てみ!」
そう、アウレに促され、イザベルは眼鏡をかけ直す。
ニーナの顔を再度、注視してみると……。
「――――!!!?」
いつも研究ばかりで、ボロボロの肌なのに、……今日は妙に肌艶が良い。
しかも、くせ毛までなくなって若返っているように見えるニーナの姿があった。
「な!これは、貴族のご夫人達に売れるだろ!」
そう、不敵な笑みをこぼす、アウレ。
そして、嬉しそうに検品し始めたのだった。
そんな中……。
「あのー、お嬢様!そろそろ、いいですか?例のアレを……」
ニーナは我慢しきれない様子で言う。
かなり待たされ、焦らされているのか、違う扉を開けるような恍惚した表情を覗かせていた。
(……これは重症だな……)
軽蔑を覗かせるアウレは再び、ニーナに「待て!」させ、言い聞かせる。
「いいかー、自分達が帰るまで絶対に、絶対に、絶対にー、開けないよう!」と。
素直に待つ、ニーナを横目に、霊薬と魔力水をイザベルの<異空間収納鞄>に仕舞うよう指示。
……そしてさっさと木箱を渡した後、悶絶の絶叫木霊するニーナ邸を退散するのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「カトリーヌさん、私の洗濯物は、以上で、全部ですか?」
マキシウス城の中庭。晴天の空の下、大量の洗濯物を干しているメイド カトリーヌに執事長のゲイリーが尋ねる。
「ええ、そうですが……どうか、されましたか……?」
「いえ、大丈夫です。おおよその犯人は分かっていますので……」
(これは戻り次第、きついお灸をすえないといけませんね)
ゲイリーは白い顎髭を摩りながら、静かに憤慨していた。
「?」
その様子をカトリーヌは不思議そうな顔で見つめる。
それに気がついたゲイリーは一つ咳をして、話題を変えるように話を始めた。
「そういえば……明日、カトリーヌさんは帰省休暇でしたよね」
「はい、そうでございます。……そういえば……帰省休暇の件、旦那様にご相談頂き、誠にありがとうございます。」
「いえ、お礼を申し上げるのはこちらのほうです。日頃、マキシウス家によく仕えて頂き、助かっていますので」
「そんな……。他国から出稼ぎに来た見ず知らずの私を雇って頂いたのも……ひとえにゲイリーさんの口添えがあったからだと聞き及んでおります。もう……何から何までお世話になりっぱなしで、……どう、感謝を伝えた良いかと……」
そう、深くお辞儀をして、感謝の意を表す、カトリーヌ。
そんな姿の彼女からは見えない角度で、ゲイリーは一瞬、冷たい表現に覗かせた。
そして、いつも通りの声色で問いかけるのだった。
「――時に、カトリーヌさんは、オドミナル聖教国出身ですよね」
「はい、そうですが……?」
「いえ、帰省した時になにか、あれば教えて頂きたいのです」
「……わかりました……?」
「もしもの時の話しです……。あまり、お気になさらず」
「……?」
改めて、感謝をのべ、深々と一礼して、城の中へと入っていくカトリーヌ。
その背中を見つめて、ゲイリーはポツリと呟くのだった。
――「本当に……、カトリーヌさんには、悪いことしました。」と――。
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ご愛読頂き誠にありがとうございます。
この作品は処女作です。至らぬ点や修正箇所ございましたらコメント頂けると嬉しいです。
作者の先祖でもある剣豪を題材に執筆させて頂きました。
3章 リセポーセ騒乱編 のテーマは 『愚者達の狂宴』です。
様々な思惑が交差するこの章は次話から加速していきます。
この小説を読んで「面白そう」「楽しみ」「!?」と思った方
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