『立士の儀』と『長短の矩』
「これは、拍子抜けだな……」
大の字で倒れこむギリアスを見下して、アウレは呟いた。
魔術、魔法の欠点は詠唱中、無防備になることである。
詠唱の隙を狙えば、この通りただの一般人以下だ。
しかし、イザベルやゲイリーの修練の時は、こうはならなかった。
詠唱中も動き回り、折を見て透明な壁で防御。距離の間合いを計った上で魔術を行使する。
彼らは魔術の長所、短所を理解しているのだ。
まあ、足元に魔石を投げたり、摩訶不思議な紐のようなもので拘束したりと様々な手を使うんだが……。
さて、どうしたものか、とアウレは考える。
つい、久しぶりの喧嘩、ノリでやってしまったがこの後のことは全く考えていなかった。
――その時、遠くの方で声がする。
「大丈夫かー!!!!」
それはウェルターがアウレを抱きしめようと両手を広げて走ってきた姿だった。
これはかなわんと、その熱い抱擁を寸でのところで体捌き。
その結果、ウェルターは勢いよくヘットスライディングする形になった。
「アウレちゃん、大丈夫!!!!うわー、怪我してるじゃないか⁉」
倒れたこみ、見上げるウェルターはアウレの顔に付いたギリアスの返り血を見て叫ぶ。
その心配そうな顔を見て、アウレは顔を袖で拭き、無傷であることをアピールしたのだった。
「こ、これは……一体⁉」
遅れてきたアルトバラン、スザンとその使用人一同が絶句する。
メルバトス家の中庭は地面や草木が一部焦げ。
呆然と座りこむカーラ。
顔面が膨れ上って意識がなく倒れこむ息子。
まさに、獰猛な魔獣が暴れ回ったかのような光景だった。
(……ヤバい……)
アウレは下を向き、冷や汗を搔く。
何故なら……。
執事長ゲイリーがいつも感じで微笑み顔をしながらも、内心は激怒の色を表していたからであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
かくして、怪我をしたギリアスは治療のため医務室へと送られた。
どうやら、彼の怪我は見た目ほど大したことはなかったらしい。
軽い治療を受けたカーラとアウレは大人しく事情聴取を受けることとなった。
「なるほど、うちの愚息がそんなことを……」
アルトバランは大きく息を吐く。
その様子にウェルターとスザンは大量の冷や汗を搔いていた。
ここ、セルタニア魔法国の貴族社会において、身分は絶対である。
ましてや……侯爵家メルバトスの次男に粗相を働くなど、処刑もんの惨事であった。
「普段、あ奴にはわしも手を焼いていてな……スザンとウェルターの娘達には悪いことをした、すまん」
アルトバランは素直に頭を下げる。
「――――!!!?」
それは……異例のできごと。
二人は慌てて謙遜し、「そんな、頭をお上げください」とかしこまる。
その様子を見て、アルトバランはため息交じり、ポツリと口を開く。
「昔はそんな奴ではなかったんだが……」
育て方を間違えたのは勿論のこと、最大の原因は兄ヒューズ・メルバトスの異質さだった。
それは、幼少期のギリアスに酷い劣等感を与えるほどの……圧倒的な才能の差。
「わしの育て方を間違えたとしか言えんな……」
そう、再び、苦笑交じりで呟く。
それはメルバトス家の将来を見据え、憐れみを含むものであった。
「アルトバラン様……?」
「ふっ、それにしてもウェルターのところの娘はやるのう。これでもギリアスの魔法の腕は同世代でも抜きに出ている、というのに……やはり、ゲイリー殿の指導の賜物か?」
いえ、そんな!と謙遜するウェルターだったが、愛娘が褒められているという嬉しさが顔に出ていた。
その顔を観たアルトバランはゲイリーの方をちらりと覗き見る。
それは……何かを思いついた、企み顔であった。
「ウェルター!そこで……お願いだ!今度、ゲイリー殿を貸してはくれまいか?うちのギリアスの魔法教練をつけてほしい!」
「――ええっ、ちょっと……ゲイリーさんには……城内以外の仕事もありますし……」
アルトバランのあまりの圧に、ウェルターは大いに困惑する。
なんとか、ゲイリーに助けを求めるようとするが……。
首を横に振るゲイリー。
こんな状況で断れるわけもなく、承諾するしかないのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「アウレちゃん、またね!」
すっかり元気になったカーラは馬車の中、アウレ達に手を振る。
父スザンに連れられて領地へと帰っていくのであった。
アウレは色々、あったが、ひとまず大事にならず済んだと、ホッと胸を撫で下ろす。
が……そんな様子のアウレの肩をポンと叩き、いつもの微笑み顔しながらゲイリーが呟くのだった。
「お嬢様、帰ってたら覚悟しておいて下さい」
ビクッと背筋が固まるアウレ。
(このまま帰らずに、なんとかしてメルバトス家の城に居座れないか……)
そう、思考を巡らすのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
アウレ達がリセポーセに着く頃には雨期の季節になっていた。
街全体に生温い雨が降る。
どこまでも続く曇天は、まるでなにかの不運を告げているようだった。
雨が気持ち悪いな……。
マキシウス家のいつもの中庭。
剣を持つアウレは――対峙する李 蓮花を見据える。
そこにはいつもの陽気な姿の女の子はいない。
『矛』を持ち、堂々たる構えをみせ、小さな身体からは想像もしないような圧を感じる。
蓮花の魔術授業は総仕上げ< 立士の儀 >を迎えていた。
< 立士の儀 >とは、< 錬清国 >特有の教育で戦士となるための最終試験のことである。
< 錬清国 >では、物心ついた時から練功術の修練を行い、师傅と呼ばれる武の師から、認められた者のみがダンジョンへ挑戦できる。その最終試験が< 立士の儀 >と言い、本物の戦士として認められるのだった。
それは、师傅との真剣勝負。殺し合いに近い試合。
< 錬清国 >では、実際にこの試練で師か弟子、どちらかが死ぬことさえある。
その判断を、ゲイリーは蓮花に任せたのであった。
魔力は切っ先まで流れ、アウレの喉元を捉える。
蓮花の実力はここ数か月、教わっていたアウレが、一番よく分かっていた。
生前の記憶を含めても、これほどの強者は――いない。
剣を構える手が微かに震える。
息遣いする度、隣に死を感じる瞬間。
ギリアスとの喧嘩では味わえなかったギリギリの高揚感。
やはり、これだな……とアウレは背中を震わした。
その瞬間――。
雨の雫を打ち抜く、一撃が迫る。
(――早っ!?)
アウレは蓮花の攻撃を皮一枚で躱す。
頬に鉄の熱さが走り、少量の血が流れた。
アウレの碧い眼には蓮花の『矛』が視えていた。
しかし、『矛』の速さ、威力は……。
いとも簡単に、アウレの『流水』を打ち破る。
蓮花は本気である。
アウレは小さく汗を掻き、笑う――。
そして、『瞬歩』――蓮花の懐に飛び込み、距離を潰す。
――が、蓮花は後ろへと飛び、持ち手を変える。
『矛』を回して、変則的に柄を使った打突を撃つ。
入り混じる無数の虚実の中、アウレは一筋の光明を視る。
それを捌き、「勝気!」と……。
アウレは袈裟斬りの一閃に魔力を凝縮し、振り下ろすと同時に放つ構え。
蓮花は『矛』を更に回し、防御姿勢。
(当然、それに反応するよな……が――)
あの時、大型の魔獣をしとめた――北辰一刀流奥義<星王剣>の一閃――。
それは、……『矛』の柄など簡単に斬る攻撃。
しかし……。
「――――!!!?」
――期待外れ、上手く発動しない。
アウレの斬撃は見事に捌かれた。
なぜだ……⁉。
あの日、あの時、掴んだと思った妙技。
それは……手からスルスルと抜け落ちる、そんな感覚だった。
そのまま態勢をくずされ……今度は、不用意に『矛』の間合いに入ってしまう。
(『矛』の刃先が戻ってくる!)
隙のだらけ、ガラ空き胴に『矛』が迫る。
――ヤバい!死ぬ!
と、思った極限状態の刹那。
走馬燈のようにあることを思い出す……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
それは、生前。
入門してまもない――記憶。
道場で数時間も正座された時のことであった。
「なぜ、正座するのか、わかるか?みきよ。」
道場主の老人が若者に問う。
「ただの罰だろ……女湯を覗いた……」
「ばかもん!そうではない!……これは……な、姿勢を正す修行なのじゃよ」
そう、云い、老人は指先を上に向け……。
「天と……」
下ろす。
「地。それを結ぶのが体じゃ。しかし、これはどうも不安定。何故か、わかるか?」
「――頭が一番重いからじゃねぇの」
その答えに老人は一瞬、感心した表情を浮かべる。
そして、口先が緩ませながらも語り続けた。
「そうじゃ、だから動きが不自然になる……」
「?」
「わしが考えた奥義の中に『長短の矩』というものがある。これは剣の間合いを説いたものでのう……これにはまず姿勢、『自然体』が重要なんじゃ。」
「??」
「人は動くものには敏感になる。しかし、そのままの姿勢で重心移動すると、どうなるか。錯覚をおこして反応が遅れるのじゃ……。すなわち……」
そう、老人が道場内の掛け軸を指さす。
『浦風や浪のあらきに寄月の あまたに見えて烈しかりけり』
「これは水面に映る月を表した道歌、剣の術理を説いたものじゃ。つまり、襲いくる敵に対して変化し、対応するということ、また逆も然りじゃ……。それには『自然体』にならねば、ならん。もちろん、心も技も体じゃ。」
「???」
「……ああ、わからんでよい。わからないことが、あるということさえ、わかってくれればのう……」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
北辰一刀流には独自の奥義、口伝が――四つある。
『蓮折』『長短の矩』『捨目付』そして、『星王剣』。
――『長短の矩』――。
それは……ただの重心移動、足捌きである。
地面を滑るような摺り足で移動し、姿勢と剣先を動かさず、近づき、最小限で斬る。
そんな簡単なことで相手の初動、反応を0.1秒遅らせ、間合いを刀圏を制することができる。
師曰く、「剣は体と一体で振るもの」。
しかし、アウレの技はこの世界の魔力と合わさり違う次元、高みへと昇華する。
魔力を足に溜め……ず、流す――『瞬歩』。
瞬間移動する雲のような動き。
――その刹那、蓮花の『矛』はアウレの元いた場所、残像を突いた。
「――!?」
正眼に構えた刃先から糸が一直線、蓮花に向かって伸びる。
その糸を切らさないよう、導びかれるよう自然と――身体が動く。
蓮花はそこにいるはずのアウレを探す。
そして、野生の勘で『矛』に、全身の魔力を流し、全力で防御に回した。
――瞬間、魔力を通した『矛』は飴の棒のように二つに切れる。
そのまま、斬撃は蓮花の魔力の鎧『外功』は貫通し……。
袈裟に斬られ……通り過ぎていった。
斬れた箇所。
服の皮一枚がヒラリとはだける。
蓮花はそれを手で確認して安堵する。
幸い、傷にはならなかったようだった。
そして、息を吐く。
それと同時に、周囲の緊張が緩んだ。
それは、この試験の終わりを意味していた。
「いやいや!負けたアル!完敗ネ!死ぬかと思ったアルよ!」
いつもの陽気な蓮花に戻る。
「ということは……?」
「卒業ネ!『練功術』は教えることないアル!しかし、半年でここまでとは恐れ入ったアルよ!」
真っ二つになった『矛』を見て肝を冷やすよう笑った。
「今後は冒険者活動と並行して実践訓練行っていくアルよ」
「つまり、……ダンジョンへもいけるのか?」
アウレは碧い瞳を大きく広げ輝きだす。
未知への冒険、見たこともない強い魔獣を思う存分、斬れる。
――アウレは早くその日が来ることを待ち望んだ――。
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ご愛読頂き誠にありがとうございます。
この作品は処女作です。至らぬ点や修正箇所ございましたらコメント頂けると嬉しいです。
作者の先祖でもある剣豪を題材に執筆させて頂きました。
3章 リセポーセ騒乱編 のテーマは 『愚者達の狂宴』です。
この話で『星王剣』が発動しなかった理由は伏線でございます。
元ネタは祖父の言葉で
「剣の”術”はあらゆる状況で、対応できるまでには50年かかる。だから、物事のコツは一度できたくらいで誇ってはいけない」と云うことをヒントに書かせていただきました。
また、『長短の矩』の補足させて下さい。
こちらは、実際にある奥義で
詳しい内容は口伝のみで伝えられております。
免許目録には『長短の矩』のすぐ後に『浦風や浪のあらきに寄月の あまたに見えて烈しかりけり』の記述があり、この二つの物は繋がっていると云われております。
既に伝承者がいなくなってしまった流派ですが
この小説を読んで頂けた全ての読者が伝承者です。
この場で書き記せたことに感謝を。
この小説を読んで「面白そう」「楽しみ」「!?」と思った方
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