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第一章 やる気のない学生①

「僕は、決心した」

 狭間はざま きょうは、護世高校の二年生だ。

 部屋の外を窓越しに見れば、穏やかな陽光が登校時間であることを告げている。

 だが、彼は常々疑問に思っていた。学校に通う必要はあるのか、と。

 ならば、今日、その疑問に終止符を打つ。

 学生鞄をベッドに放り投げ、境は勢いよく引き戸を開けた。

 ――だが、そこに究極絶対学校行かすデビルがおったとさ。

「あ、悪魔だ」

「誰が悪魔ですか」

 妖精のように整った顔立ちの娘が立っている。

 名を、灯火 フヨウ(とうか ふよう)という。

 顔が小さく、長いまつげに切れ長の目、小さい唇はプルンとしていて愛らしい。黒をベースとした襟が赤のブレザーに包まれた胸は大きく、スカートから伸びるスラリとした足が目を引く。

 背はあまり高くない。先ほどの特徴を鑑みると、悪魔といったワードからは程遠いが、絶対零度の光を宿す瞳を見れば、そういった印象を抱く者もいる。……少なくとも、一名は確実に。

「また、学校をサボるつもり?」

「……フヨウよ。分かってくれ。僕に学校は似合わない。学校は束縛の地獄だ。僕がいるべきは、自由な青く美しい天国だと思う。ハウ! ううー」

 境は、股間に強烈な衝撃を感じ、地に倒れ伏す。地べたから上を見上げれば、フヨウが片膝を前に突き出し、一本足で立っている姿が目に映る。

「き、貴様。蹴りやがったな」

「あんたが悪いのよ。馬鹿だから」

「塩女め! あ、水色パンツ」

 パッとフヨウは、スカートを手で押さえ、顔を背けた。

(へ、照れてやがんな)

 そう見て取った境は、痛みをこらえ立ち上がると、フヨウの肩を掴み強引にこちらを向かせた。

 フヨウの長いまつげが戸惑うように揺れ動き、頬は赤く染め上がっている。

「馬鹿」

 毅然とした態度はどこへやら。彼女はか細くそう呟いた。

 ※

「なあ、放してくれって」

「駄目。逃亡するから」

 チィ、と境の舌打ち。これが朝の通学路を歩む学生の笑いを誘う。

 フヨウは、がっしりと境の手首を掴み、早歩きでそれら学生たちを縫うように進んでいく。

「おい、時間は大丈夫だって。なんでそんなに急ぐんだ?」

「……なんとなく」

「なんとなくかーい! 帰る。あ、嘘です。ごめんなさい蹴らないで」

 境は痛む足をさすり、ふと周囲へ視線を巡らせる。悪意……は感じないが、妙な視線が背中を刺しているような気がした。

(あれ、あの子)

 短髪の女生徒と目が合う。彼女は、頬を赤らめ境に熱視線を送っている。

どうして、そんなに熱心に自分を見ているのだろう? 

不思議に思った境はフヨウの拘束を解き、女生徒に近づいた。

「ちょっと境! 待ちなさい」

「少し待てって。なあ君、なんか用?」

「は、はいいい! いえ、はい」

「どっち?」

「いえ、用はあります。これ!」

 真四角の手紙を手渡される。元は真っ白だったのだろうが、所狭しとハートが描かれたそれは、誰がどう見てもラブレターだ。

「へ、返事は期待してません。じゃ、じゃあ!」

 それだけ告げ、女生徒は去っていった。

「あ、あー、なーる。またか。何で僕にそんな感情抱くかね?」

 境はプラプラとラブレターを振ると、ため息を吐いて手持ちカバンに放り投げた。

「油断した。やっぱり、境は目が離せない。中身はともかく見た目は良いから」

 フヨウは、チラリと境を盗み見る。

 雪のように白い肌と小さな顔。筋肉質だが、服のせいで線が細く見える体。加えて、中性的な顔立ちと優しげに見える瞳。それらの要素で構成された風貌は、天使のようだ。

「顔面詐欺」

「何だってフヨウ?」

「なんでもない。早く、速やかに、風より早く学校へ行きましょう」

「ぐえ!」

 首根っこを掴まれ、連行されていく。誰が首根っこを捕まえ、誰が連行されているのか? それは問うまでもない。

 ※

「起立、礼」

 号令と鐘の音色が、一日の終わりを告げ、弛緩した空気が、堰を切ったように教室を満たす。

「あー、終わった。だるい、帰る……歩くのめんど」

 机に突っ伏したまま、境は欠伸を噛み殺した。そんな怠惰の化身は、バンと肩を叩かれる。

「……………………いって」

「いや、反応おっそ」

 境が机から体を起こすと、緑と水色のオッドアイと目が合う。

「おはようさん。今日もずっと眠ってたなお前―。いけないんだー」

「ふ、気にするな。昨日、ちょっと雷がうるさくてな。なかなか寝れなかったんだ」

「雷? うーん、オラの家からは聞こえなかったなー。ま、いいや。境、今日ヒマ?」

「妙なダジャレ言うんじゃねえ」

「ダジャレ? ん、ほんとだ―。ダハハハハ」

 がっくりと境の力はより抜けた。

 親しき同級生であるボッチは、誰よりも明るく優しく、そしてお調子者で少し……いや、かなり抜けている小男だ。

 境は、ボッチのボサボサヘアーを手でグシグシと乱してやる。

「うるせーよ。あー今んところ用事はないけど何の用だ?」

「あのな、オラ、テストで赤点取りまくって大ピンチなんだ。だから、勉強教えて」

「さらば」

 神速とはまさにこのこと。境の席と教室の入り口との距離は二十メートル。その距離を駆け抜けるまで二秒もかからなかった。

「ちょ、ちょっと待ってよ。境は勉強得意でしょ。ゴロゴロ寝ているくせに成績良いもんね。だったら、その力でオラを助けてよ」

「すまんな。怠惰道の前には勉強を教えるなどありえん。めんどくさいランキングTOP十位に入っているからな」

「そのめんどくさいランキングってなんだ?」

「それは……教えるのめんどい。じゃあな」

 薄情者―、という悲痛の叫びを背後に追いやり、境は教室を後にする。

 護世高校は、一般的な普通科高校だ。部活動の参加は強制ではないため、境のような帰宅部も結構な数がいる。だが、それにしても廊下にいる人数が昨日よりも多い。

(んー? あ、あれか。ホームルームで確か、最近、行方不明者が多発してかなり物騒だから部活動は休みとかなんとか言ってたっけ?)

 境の瞳が僅かに鋭くなる。頭の中で、昨日戦った超越種の姿が再生された。……が、すぐに映像は消え、やる気のない彼に戻ってしまう。

「おい、境」

 呼びかける声に、境は振り向く。

 ピアスだらけのロン毛男とリーゼント男が、廊下で仲良く仁王立ちしている。どこぞの金剛力士像のように迫力がにじみ出ており、コソコソと生徒たちが離れていった。

「出たな。時代遅れブラザーズ」

「じ、時代遅れだと? このリーゼントはそうかもしれんが、俺はおしゃれロン毛だぜ。全然違う」

「んだと、コラ! リーゼントは永久不滅なんだよ、ボケコラ」

 いがみ合う馬鹿二人組を、境は軽やかに無視をする。

「あ、待てって。な、ホームルームでカオルちゃん先生が言ってたろ。物騒だから二人以上で帰れって」

「そうそう。それってつまりよ、遊んで帰れってことだよな、な? 境、遊びにいこうぜ」

 境は、(ああ、こんなんだから馬鹿ブラザーズって呼ばれるんだ)と心に浮かべた声に、鼻を鳴らした。ちなみに、彼ら二人と境を含めて、不真面目ブラザーズと呼ばれていることを境は知らない。

「断る。まったく分かってないな。こんな時は、家に帰ってごろ寝するのが正義なんだよ。勉強をたらふくした後に遊びまで行くなんて疲れるだけだ」

 ふう、とため息を漏らす境に、馬鹿ブラザーズは肩をすくめる。境が、授業時間のほぼすべてを睡眠に充てていたのを知っていたからだ。

 そんな二人の様子など怠惰道の体現者は知る由もないし、知ったことではない。

付き合いきれないな、とばかりに境は手を振って二人にサヨナラする。

本日は、家に帰り惰眠をむさぼろう、と彼は固く決意していた。

超越種は、夜に活動する者が多く、このところ昼夜が逆転しがちだ。どうせ、夜になれば戦いに赴くことになるだろう。

「だったら、寝だめしねーとな。フーフフフーン」

廊下の窓から朱が混じった光が差し込んでいる。

 境は目を細め、廊下から階段に足をかけた、その瞬間。――ブブ、ブー、ブブ。

 胸ポケットに忍ばせていたスマホが、そんな震え方をする。

(クッソ、いい加減にしろ)

 この震え方は、集合の合図だ。

 境は、深いため息を吐きながら、靴箱に辿り着くと、フヨウが待っていた。

「フヨウ、僕は帰る。後は君に任せたぜ」

「働けニート候補生。ここで働くことの大切さを学び、将来のニート化を防ぐのよ」

「無理。フヨウ、僕を養ってくれ」 

 ぶわ、とフヨウの顔が赤くなる。

「そ、それって。こ、こ」

「ハア、でも駄目だな。フヨウだと、厳しすぎてニート満喫している感じしねえな。やっぱ他の人にお願いしよう」

「フン!」

「あふーん」

 朝の再現が学校でも行われた。


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