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第62話 ストーカー女、襲来

「美味しいね!」

「これ好き!」

「うん、誠一さんのヨーグルトは美味しいねえ」

「私も大好き! 父さんのヨーグルトで育ったから、他で食べるヨーグルトはイマイチなんだよねえ」

天と風花とカデンとオロチが誠一のヨーグルトを食べながら盛り上がっている。


「それはフェルムの手柄だよ」

誠一の契約精霊であるフェルムは発酵の加護がある。パン生地もヨーグルトも漬物も発酵なら何でもオッケーだ。今も誠一の肩で胸を反らして誇らしげだ。


「俺は誠一さんのチーズも美味いと思う」

「ワシも誠一さんのチーズはハードもフレッシュも好きだな」

ハンニバルとハミルカルはチーズが贔屓らしい。


「俺はどっちも好き! お弁当がハムチーズサンドの日は最高!」

誠一の作るハムチーズサンドは、パンの3倍はあるボリューム具材を挟んである。阿修羅は育ち盛りなので、どんどん食べて欲しい。


平和な土曜の昼だった。


「後片付けは俺たちに任せてくれ」

ハンニバルとカデンが洗い物を引き受けた。

「ありがとう、よろしくね」


いつものように予洗いして食洗機にセットして終了だ。カデンとハンニバルが並んで洗い物をする様子は微笑ましい。『バル!バル!』とカデンがはしゃいでいる。本来の契約者であるハンニバルと一緒に加護を使えることが余程嬉しいのだろう。


「あれ? おーいハンニバルー! 向こうの家に誰か来たようだよ」

天が来客に気がついてハンニバルに声を掛ける。


「来客? そんな予定はないのだが…まったく…休みの日にどこの誰だ…」

面倒そうに自分の家に向かうハンニバル。カデンもくっついていく。


改装したので入り口は天の洗濯サービス兼、コーヒースタンド兼、冷凍野菜の店の入り口となっている。

その入り口をガンガンと叩く者がいる。あまりに乱暴な振る舞いに、扉を開ける前から客人の印象は最低だ。カデンも眉間にシワを寄せている。


「うるさいぞ! そんなに叩くな! 迷惑だ!」

イライラと叫びながら扉を開けると…絵に描いたような縦ロールな悪役令嬢がいた。


「久しぶりね、ハンニバル。あなたが恥ずかしがって会いに来ないので私が来て差し上げたわ。どう? 嬉しい? 感動した?」

カデンがゲッと叫び、ハンニバルの顔が嫌そうに歪む。


「嬉しい訳がない! 迷惑だ! お前のストーカー行為については、お前の両親に苦情を申し立てているし、俺の転居先をお前に知らせないよう役所でも秘匿されているはずだ! 改めて被害届を出す! 今すぐ帰ってくれ!」

青ざめたハンニバルが悲鳴を上げるように叫ぶ。


「あらあらハンニバルったら恥ずかしがって可愛いわね。でも遠慮しなくていいのよ。花嫁修行として隣国に留学させられていたけれど、花嫁学校を卒業して戻ってきたの。私たちの結婚式はいつにする?」

話が通じない相手にイライラしつつ、その伝わらなさっぷりに恐怖を感じる。


「バルはあんたのことなんか大っ嫌いなのよ! あんたと結婚なんてする訳ないじゃない! 帰れ! 二度と来るな!」

怯えるハンニバルに変わってカデンが叫ぶ。


いつも可愛いカデンや静かなハンニバルが珍しく叫んでいる。何事かと風花一家が背後で成り行きを見守っており、ハミルカルはオロチを抱いてブルブルと震えている。あの御令嬢に見覚えがあるらしい。


商店街のど真ん中での騒ぎにご近所さんや通りすがりの見知らぬ人まで集まってきた。


「あらあら、おチビさんたら相変わらずね…オホホホ! 私にハンニバルを取られるからってヤキモチね。私は心が広いから契約精霊が私たちに仕えるくらい許してあげるわ」


話が通じないが話すしかない。


「お前に指図される理由はない! ストーカー行為等の規制に関する法律でお前が俺に近づくことは禁止されているはずだ! 帰れ!」


「ふう…」

ストーカー女がため息をつく。


「私たちに嫉妬した者たちの妨害なら気にすることないのよ。…冷却期間を置くために留学させられたけど、きちんと花嫁学校を卒業してきたから私は良い妻になるわ。もちろんハンニバルは毎日私に愛を囁かなければダメよ。

…私たちは愛の被害者ね。引き裂かれた2人が数々の妨害にも屈せず愛を貫くのよ。私たちの恋愛は物語になるわね。私を演じる女優は誰になるかしら?」


あまりの妄想ぶりにガクブルと震えるハンニバル。


「帰れ! プロ被害者! バルはあんたのことが大っ嫌いなの! 迷惑!」

怒り狂ったカデンが叫んでいると、ストーカー女を探していた者たちが追いついてきた。


あんお嬢さん! ハンニバル様にご迷惑をお掛けしてはいけません!」

3人がかりで拘束しようとする。

「助けて! ハンニバル! この者たちが私たちを引き裂くの!」


バシッ!!


ストーカー女がハンニバルに向かって伸ばした手をカデンが乱暴に振り払う。


「ちょっと! どうなってるの? 接近禁止命令が出ているじゃない? しかも引っ越ししたのに、どうしてこのストーカー女がここにたどり着いたのよ! このストーカー女の父親が、この変態ストーカー女の妄想癖を治療するって言ってたのに悪化してるじゃない! 王弟は国民との約束なんて守らなくても良いと思っているの?」


カデンの怒りが爆発する。


背後の風花一家や騒ぎを見守るご近所さんや通行人が「王弟…」「ストーカー…」「怖え…」「全然、会話が成り立っていないぞ…」とヒソヒソしている。


「そ、それは大変申し訳なく…隣国にて謹慎しておりましたが、花嫁学校を卒業出来るのだから問題は無いと、裁判所の決定が間違っていると…あんお嬢さんを溺愛する王弟殿下が呼び戻されて…」

あんに乱暴に振り払われて顔を負傷した者が申し訳なさそうに説明する。


「そもそも処分に納得していなかった王弟殿下が、そろそろ、ほとぼりも覚めただろうと、事態を甘くみて…」

あんを羽交い締めにする者が、もっとハッキリ言った。


「はあ!? あのクソ馬鹿な王弟が裁判で出た決定を守らなかったっていうの!?」

カデンが再び噴火する。


「ハンニバル! 私はこのような障害には屈しません! さあ、私を連れて逃げて!」

会話が成立しないストーカー女がハンニバルに手を伸ばす。


ストーカー女の狂気じみた思い込みに野次馬も青ざめる。


バシッ!


その手を再びカデンが振り払う。

「あんたなんか連れて逃げないわよ! バルが好きなのは風花ちゃんなんだから!」


ざわつくご近所さんと風花一家。


まさかカデンに叫ばれると思っていなかったハンニバルはカデンの背後で真白に燃え尽きている。


─── 泣いてもいいだろうか。(ハンニバル、心の叫び)


「なんですって! 私たち恋人同士を引き裂く泥棒猫を連れてきなさい! 成敗してくれるわ!」

ストーカー女の顔が恐ろしげに歪む。


「そこまでだ! あんを拘束しろ」


衝突は避けられないと覚悟したタイミングで現れたのは勘助だった。


「すまないハンニバル、妹が迷惑を掛けた。カデンちゃん、久しぶり。こんな再会でごめんね?」

「まったくよ! なんで、あの女がここを突き止めたのよ!」

カデンが勘助に食ってかかる。


「父上があんを手引きした。父と妹の犯罪行為について家族としてお詫びする。また王都治安部隊の隊長として、当人たちと関わった者たちを厳しく処分すると約束する」

「バルに迷惑かけない?」

「もちろんだ」


「好きすぎて、好きって言えないバルの片思いの相手の風花ちゃんにも迷惑かけない?」

「もちろんだ。風花ちゃんの話題になる度に挙動不審になるハンニバルが面白いとか、もう思っていられない事態だと認識しているよ」


─ 悪気のない暴露にハンニバルが崩れ落ちた。

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