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第55話 従業員不足

てんの手伝いは、仕事よりも趣味に近いが、とても助かっている。


この世界では風花の両親のように家族の加護だけでお店を経営し、店番も作業の合間に交代で行う小規模店舗がほとんどで、飲食関係も持ち帰り専門店やカウンターのみという規模が一般的だが、まだ自分の店や工房を持たない若い職人や技術者が修行を兼ねて従業員として働く場合もある。


その他、配膳等のスタッフが働く飲食店もある。そういった雇用契約で働く従業員は、芸能の加護を得た若者が多い。

彼らは駆け出しの歌い手や演奏家、役者などで、若いうちは自分の加護だけで食べていくには実力不足なため、飲食店スタッフや商店の販売スタッフなどの仕事で生活を支えている。



「うちで働いてくれてるディランが新しい舞台に出演することになってね」

商店街にある酒場を経営するヨハンさんが、洗濯サービスの利用がてら天柴と話し込む。


「それは良かったねえ! 前回の出演作品から半年振りくらいだって?」

「ああ、夜はうちで働きながら昼間はレッスンしてオーディションを受けまくって…まあ大変そうなのに頑張ってて。めでたいよな」

「夢があるって良いねー」

「…ああ。」

「ヨハンさん?」

「もちろん応援しているんだが、ディランがいない間は、また忙しくなるからな。嬉しいが複雑なんだよ。」

舞台出演の間は酒場でのアルバイトはお休みだ。


ヨハンは醸造の加護持ちで、奥さんのハンナが料理の加護持ちだ。ヨハンの店はヨハンのビールとハンナが作るビールに合う料理が評判の酒場だ。

キャッシュオンデリバリーなので料理を運ぶ必要は無いが、ディランが不在の間はヨハンが空いたお皿やジョッキを洗ったりテーブルを拭いたりする。ビールを提供しながら皿洗いなどの雑務を行うのは大変なのだ。



「…っていう状況なんだって」

「ディランさんの新しい舞台かー! 観に行きたいね!」

「ヨハンさんも大変だけど、こればかりは仕方ないなあ」

「どこのお店も同じ問題を抱えているのよ」

天の話を聴いた風花と風花の両親は、当たり前のこととしてスルーしている。


「私たちも風花が小さな頃はお店と子守で大忙しだったのよ」

「パンを捏ねて、焼いて、合間に交代で接客と配達。食品を扱うから赤ちゃんの風花を背負って仕事する訳にはいかなかったから風花には淋しい思いをさせたよ」

「発酵していない時はフェルムが、焼成していない時はベイクが風花の子守をしてくれたの」

「風花が12〜13歳くらいから店番を頼むようになって、ずいぶん楽をさせてもらってるな」


現在の風花一家しか知らなかった天は驚いたが、よく考えてみれば分かることだった。


「風花が仕事の方向性を決められないのも、そういったことが影響しているんじゃない?」

「そうなの? 風花ちゃん」

母の言葉に天が首を傾げる。


「天さんは、これからも風花を手伝ってくださるの?」

「もちろんだよ! あっくんは風花ちゃんの生涯のパートナーだからね。僕とあっくんは風花ちゃんとずっと一緒だよ」

天や阿修羅にとって人間の50年〜60年は半年くらいの体感だ。神である天や阿修羅にとって風花の生涯を見守るくらい些細なことなのだろう。


「私は火魔法の加護持ちなんだけどケーキを焼く生活に憧れがあって、パン屋や焼き菓子のお店なんかで修行していたの。お父さんは発酵の加護持ちだから、お父さんもいろいろなところで修行してて…付き合うようになってから将来について具体的に考えるようになったの。2人でパン屋をやろうって決めたのは結婚することになってからよ。それから改めて2人でパン屋で修行してお店を開いたのよ。」

「そうなんだ」

母の話は天には新鮮な驚きがあったようだ。


「風花も結婚相手を見つけるまで、お店の方向性を決められないのでしょう?」

「……そうかも」

「天さんが助けてくださるなら仕事の選択肢もパートナーの選択肢も広がるんじゃない?」

「…そうかも」

「天さんが助けてくださる上に、カデンちゃんの加護が従業員の代わりに働いてくれるから、お相手が役者や軍人のように一緒に仕事を出来ない人でもいいものね」

「…そうかも」


風花の伴侶の話になった途端に、それまで空気だったハンニバルが動揺したのを母は見逃さなかった。

── あらあら脈ありかしら?


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