76.その可能性
私は数日放置していた宿屋に戻り、宿泊代を清算した。
荷物を纏め、王都に戻る準備をする。
馬屋に行き、ユーシスの愛馬ネロを解き放った。
「さあ、あなたのご主人様はあっちよ、早く行ってあげてね」
ネロは最初戸惑っていたようだが、理解してくれたのかユーシスの居る冒険者ギルドの方に走って行った。
「さあ、ファイス。私達も行こうか」
もう一分一秒たりともこんな街にいたくない。
それが伝わったのかヒンヒンと嘶いて、私に早く騎乗するよう促す愛馬ファイス。
街を出て街道を西に向けて走り出す。
幸い今宵は満月、周りの景色は白金色に輝く月明りに照らされて、ファイスが駆けるのに何の不安もない。
「随分遠くまで来ちゃったなぁ、王都まで何日かかるのかしら」
今駆けている道は来るときずっとユーシスと一緒に来た街道だ。
馬に乗り駆けるユーシスの姿が道沿いのあちこちでフラッシュバックされる。
ふふふ、あそこの木の下で休憩したんだっけ。
優しい風に吹かれながらユーシスを膝枕してあげたんだよね。
幸せだったなぁ・・・
この街に来るまでは二人ともずっと幸せだったのに、どうしてこうなっちゃったんだろう・・
「うくっ、ううう・・・」
ずっと堪えてきたけど、私はもう耐えらなくなった、耐える必要も無くなった。
「うわああああーーーーーーーーーーーー!」
ファイスの上で私はひたすら泣き続けた。
「ユーシス君、お願いだから離れて!」
「どうして?僕らを邪魔する者はもういないんだよ?」
「あー、もう!」
冒険者ギルドの前で私は、ユーシス君に纏わり付かれ身動きが取れなくなっていた。
「おおい!暴れ馬だぞ!」
誰かが大声で注意を促した。
見れば漆黒の迫力ある馬がこちらに向かって全力で駆けてくる!
私は抜剣して待ち構えた。
「待ってくれ、あれは俺の馬なんだ!」
「え!?」
黒馬はユーシスの手前で止まり大きな顔をすり寄せた。
「これ、ユーシス君の馬なの?」
「ああ、ネロって言うんだ」
「!?ユーシス君、これ一人用の鞍なんだけど、アリサちゃんは別の馬に乗ってるの?」
「ああ、あいつも馬を持っている。それが何か?」
「そんな・・じゃあもうかなり遠くに・・・」
「もうあいつの事なんてほっとけよ!さあ、家に戻ろう」
時間が経つにつれ、どんどん取り返しが付かなくなって行くことに恐怖した。
私は良心の呵責に押しつぶされそうになった。
リヴニの街から離れた所で、私は野営していた。
一人寝がこんなに身体を冷やすモノだなんて知らなかったな・・・
今までは常にユーシスに寄り添い身体を温め合った。
今はそうじゃない、マントを纏っていても夜風に当てられ身体の節々が冷えて痛くなる。
「防寒対策考えないと駄目ね、これじゃ王都まで身体が持たないや」
一人でブツブツ喋る私に当然相槌をかけてくれる人はいない。
独り言が終わった後はシンとした静寂があるだけ。
静寂は私の心を冷やし殺しにかかる。
「キツイなぁ、ほんとキツイ・・・ふふふ・・ふふ・・うう・・」
やっと止まった涙がまた流れ出てしまった。
また今夜も眠れそうにない。
夜風に身体を冷やしながら、どうしてこうなってしまったのか振り返ってみた。
ユーシスはいつから心変わりしたのだろう。
初めてクローディアさんと会った時に心を奪われてしまったのだろうか。
たしかにユーシスは彼女の美貌に驚きはしたしけれど、その後は純粋に彼女の絵を描きたいという渇望だけしかなかったはずだ。
変化と言えばユーシスとクローディアさんの試合の終盤付近のアレ。
クローディアさんに翻弄されていたユーシスが彼女に何か囁かれた後、ガチの本気になった。
あれが裸婦画の約束だったんじゃないだろうか。
本気の本気を見せたらヌードモデルになってあげるとか言われたとか・・
そして約束通り、毎晩ユーシスのヌードモデルになっているうちに深い関係になった・・・
「悔しいなぁ・・・物心つく前から一緒に過ごしてきた幼馴染より、たった3日ほどモデルになっただけの女に負けるなんて・・・」
ユーシスの私に対する想いなんてその程度だったのかと思うと情けなくなってしまう。
私はユーシスにとってその程度の女だったんだ。
「酷いよユーシス、オリヨールの湖での言葉は偽りだったの?嘘つき、あんたなんか私の方から願い下げよ!大嫌い!」
だけど分からない。
ユーシスがクローディアさんに心変わりしたのはソレとして、あんなに冷酷な態度を取れるものだろうか?
罪悪感も全く感じていないようだし。
あれじゃまるで・・・
「あれじゃまるでダンに魅了された時の私みたい・・・」
そう口に出して私はハッとなった。
ユーシスが私を振った言葉と過去に私が言い放った言葉が頭の中でフラッシュバックされる。
『すまない、アリサ』
『ごめんね、ユーシス』
『本当にすまない。俺はもう君のことは好きじゃないみたいだ』
『ほんと、ごめんなさい。私もう、あなたのことは好きじゃないみたい』
『だからもう、これで一生お別れだ、さよなら、アリサ』
『だからもう、これで一生お別れね、ばいばい、ユーシス』
『待って、ユーシス! ユーシス!』
『待ってくれ、アリサ! アリサー!』
「あ、ああああああああ・・!?」
気持ちが悪くなりそうなほどの類似性。
いや、類似性なんてものじゃない、配役が入れ替わった以外は全く同じ!?
大切に想う相手を、罪悪感など微塵に感じず、冷酷に切るあの感性、私だって経験あったじゃない!
かつてユーシスを絶望の底に叩きつけ、私をとことん穢したあの忌まわしい外法、
勇者の魅了!
なぜその可能性に今まで気が付かなかったのか。
クローディアさん、いや私のユーシスを奪ったあの女、あの女の正体は・・
「魔法剣士じゃない、あの女の正体は勇者だ!」
勇者は男性がなるものという勝手な固定観念のせいで、目が曇っていとしか言いようがない。
だけど解せない部分もある。
あの女は私が見た感じではユーシスを本気で拒み、それどころか私に戻そうとすらしていた。
そこが分からない。
でもそれ以外は全て納得がいく。
いずれにしても中核の部分はあの女で間違いない。
なら・・
「ユーシスを奪い返せるかもしれない・・・ううん、絶対に奪い返す!」
抜けきっていた身体に力が戻り、泣きすぎてぼやけていた視界も今はハッキリしてきた。
こうしちゃいられない、今すぐ戻らないと!
「ファイス起きて!すぐ街に戻りたいの!」
ヒヒン!と嘶いてファイスはすっくと立ち上がる。
私とファイスは月明りに照らされた街道を、リヴニの街に向かって全力で駆けて行った。




