47.初めての痴話喧嘩
あの後私達はレストランに行き、オスカー・ブラウンのハーレムメンバーに会った。
皆、魅了が解けた影響で、当然ながら狼狽困惑していた。
私達はこれまでの経緯を説明すると嗚咽を漏らした。
幸いだったのは彼女達には想い人がいなかった事だ。
私やマランパさんが負ったような背徳感・罪悪感は薄かったようで、
心が壊れるほどに追い込まれた人はいなかった。
それどころかオスカーさんに同情する人もいて、彼のために涙を流していた。
彼は“ほんのささやかな仕返し”と言ってはいたが復讐には徹し切れなかったように思える。
本気で仕返しするのなら、全ての標的は相思相愛のカップルを狙ったはずだから。
オスカーさんの遺品の金はハーレムの方たちに渡し、どう使うかは彼女達に任せた。
次の旅への支度金だったのか随分な大金だった。
テクタイトのグラス剣とミスリルの防具に関しては、彼女達から良ければ使って欲しいとの申し出があったのでヤンマさんにお渡しした。
そして一通り区切りがついて、私達は冒険者ギルド指定のホテルに戻った。
「よかったのかな、こんな高価なもん貰ってしまって」
ミスリルの防具とグラス剣を装備したヤンマさんはなかなか格好いい。
「中々かっこいいぜ、まるでハヤトが生き返ったようだ」
ユーシスが少し茶化すとヤンマさんは凄く微妙な苦笑いをした。
私達はそれぞれの部屋に戻った。
ベッドが二つあるツインルームだ。
聖女の特権、聖なる強力洗浄で身を清めてから室内着に着替えた。
「なーーんか、どっと疲れたー」
ユーシスがベッドに大の字になって寝転がる。
あ、そう言えば大事なこと聞かなきゃ・・
「ねえユーシス、ちょっといい?」
「んあ?」
「大事な話があるんだけど・・」
私のただならぬ様子にユーシスはベッドの上に正座して向かいあう。
「なに?」
「あのね、その・・」
「なに?なになに?」
不安そう表情のユーシス。
でもこれだけはハッキリしとかないと。
例えどんな返事でも私はユーシスを受け止めるから!
私は意を決して口を開いた。
「その、ユーシスってトカゲなの?」
ドテッ!
どうやればできるのか、ユーシスはベッドの上で正座の状態から床にずっこけた。
「は、はは・・」
ユーシスの乾いた笑いが部屋に広がる。
「え、えへへ・・」
とりあえず笑い返してみた。
「んな訳ないだろう!」
割りとガチで怒られた。
「アリサさん、僕からも言いたいことがあります」
「は、はい、なんでしょうユーシスさん」
今度はユーシスのターンらしい。
「オスカーと戦いのとき、演技とはいえ手足千切られた僕を、“死ね”と連呼しながら蹴りまくるのは如何なものかと」
「あれは経験から基づき、魅了された女性なら誰でもそうするのではないかと思いまして・・」
「・・・・」
「・・・・」
「いやあれ流石にやり過ぎだから。めっちゃトラウマ呼び覚まされたから。すんげー痛かったから!」
「私だってトラウマだったもん!蹴るの辛かったもん!蹴るときちゃんと完全治癒回復かけたもん!」
「見ていたオスカーだってドン引きしてたよね?してたよね!?」
「ユーシスだって私のことビッチだって言った!興味ないって言ったー!」
「あれこそ演技だろ!」
「演技だって聞きたくなーい!」
ギャー!ワー!
罵声が続き、私達は付き合ってから初めて喧嘩した。
時刻は朝7時頃、私は目を覚ました。
いつもと違い一人で寝ていた。
ユーシスもいつもと違い、頭から布団を被って寝ている。
私はいま不機嫌だ。
起きたばかりなのに頭の中がモヤモヤして気持ち悪い。
仲直りしたいのにどうすればいいかわからない。
“おはようユーシス“
この一言を言えないことが私を心底苦しめる。
もう一度言う。
私はいま超絶に不機嫌だ。
とりあえずベッドから起きて水差しの水をコップに注ぎ一気飲みする。
いつものように出来ない私は、とりあえずヨシュアさん達と道夫さん達への手紙を書くことにした。
・・・
筆が全然進まない・・ペンを握り紙を前にして固まったまま動けない。
コト
机にお茶の入ったティーカップ。
気付けばユーシスがお茶を入れてくれた。
「その、おはよう・・」
「うん、おはよう・・」
「・・・」
「・・・」
「その、ごめん。昨日は言い過ぎた」
「あ、うん。私も意地になってた。ごめんなさい・・」
「き、着替えて食事に行こうか、な?」
「そう、そうだね、行きます?」
言葉遣いがぎこちない。
私はもう絶対ユーシスと喧嘩しないと誓った。
けど狂い始めた歯車はすぐには元に戻ってくれないらしい。
ホテル1階の喫茶室、なんとも言えない空気の中で朝食を取っていると、ヤンマさんとマランパさんがやって来た。
朝だと言うのに二人とも酷く疲れているようだ。
「で、午前中はどうするんだ?」
ヤンマさんが聞いてきた。
今はまだ7時30分。冒険者ギルドの講習は13時からだから時間がかなりある。
本当なら夕べのうちにユーシスと相談したかったけど、喧嘩したせいで全くのノープランだ。
チラっとユーシスの方を見る。
「ノープランだ」
ぶっきら棒なユーシスの返事。
「どしたん?なんかあったん?」
マランパさんが私達の微妙な空気を敏感に察したようだ。
「別に・・何も・・」
「ああ、喧嘩でもしたか」
「ぶふっ」「ふぐぅ・・」
ヤンマさんがド直球で当ててくる。
やめて、人の心を読まないで!
「あのな、恋愛の先輩として教えといてやる」
この人、恋愛の先輩だったの?
「どんなに愛が深くても怒りは愛を粉砕する」
「なんだそれ?」
「そのままの意味だよ、おまえら喧嘩中に相手の事を愛しいと思ったか?」
「どうせ相手を理解できないほど怒ってたんでしょ?」
「別に喧嘩した訳じゃないけど・・それは・・」
「喧嘩はしてないけど・・あるかも・・」
「あのな、昨日冒険者になった俺が言うのもなんだけど、相思相愛の冒険者がガチの喧嘩は絶対にしちゃダメだ」
「そうそう、仲裁してくれる人がいないから、望んでなくても破局に向けて一直線だし」
「10年以上想い合ってた二人が仲直りの切っ掛けがなく別れるなんて冒険者の世界じゃ普通にあるぜ」
「愛情より怒りと憎しみが上を行くんだよね。そんで完璧に別れてから絶望と後悔するし」
ぐはっ!
思い当たることが多すぎて過呼吸起きそう。
「しかもそんな心境の時って寝取られやすくなるし」
「俺が独り身ならチャンスとばかりにアリサちゃんを寝取るね、間違いなく」
「おい・・」
ありえない話じゃないかも。
こんな心境なら誘いに応じ寝取られて自分を壊しに行くかもしれない。
「じゃあどうすりゃいいんだよ?・・あとほんとに喧嘩してないからな」
「早い段階でどちらかが折れて謝れ」
「早くない段階なら?」
「今すぐ部屋に戻って乳繰り合ってOK」
「ほらほら、早くやってこい!」
私達は二人に捲し立てられて部屋に追い返された。
12時前頃、私達は昼食取ろうと部屋を出たところでヤンマさん達にバッタリ会った。
「おまえら仲直りは出来たか?」
「ちゃんとヤッタ?」
「ん、何のことかな?俺達喧嘩なんかしてねーし。な?アリサ」
「そうそう、喧嘩なんてしていませんよ?ねえユーシス♡」
これ以上ないくらいユーシスに寄り添いながら、私達は満面の笑みで返事した。
「ま、いろいろあったけど俺達きっと幸せなんだろうな」
「うん・・」
私達はまた幸せになった。




