36.次世代の勇者
引き続きカーシャ視点 ――
遅めの朝食を食べながらユーシスとアリサを弄り倒すこと約1時間――
なんだかんだ弄りつつもアリサの初めてが、無事惚れた男に捧げられた事に、女性陣は自分のことのように喜び祝福した。
一方ユーシスの脱童貞はヨシュアが祝っていたが、女性陣からは祝福ではなく、「えらい、よく頑張った!」と、脱童貞ではなく脱ヘタレを褒められていた。
この二人が結ばれて本当によかった。それは心から思う。
しかし問題もあった。
それは聖女というシステム上の欠陥であり、これから旅をするにあたって、この問題はアリサにとっては致命的とも言えた。
聖女は勇者以外と姦通すると、ほとんど力を失うか、全く力を失ってしまう。
せっかく今日まで訓練してきたことが無に等しくなってしまったのだ。
聖女の能力は勇者と長い旅を共に進むために特化している部分もある。
聖なる強力洗浄、完全治癒回復、飲料水生成、女神の聖水などは長旅には不可欠なものだ。
極端な話、完全治癒回復と飲料水生成があれば、食料と水の調達が見込めない場所でも、3ヶ月くらいは余裕で活動できる。
これらが失われたのはあまりにも痛い。
そうは言っても仕方がないので、その分はユーシスに頑張って貰うしかないのだが……
『アリサ達に伝えなかったのは間違いだったか』とも思う反面、過酷な長旅で情を交わすことを禁じれば、恐らく二人は遠からず歪が起きて最悪な終わり方を迎えたかもしれない。
結局聖女の力は最初から諦めるしかなかったのだろう。
「あー、弄り過ぎて喉が渇いちゃった。アリサちゃん冷たいお水頂戴な」
ユーコがコップを振り振りしながら水をオネダリした。
「あ、はーい」
アリサは言われた通り飲料水生成を行使する。
キラキラと金色の粒子が舞い、コップに冷たい水が注がれる。
飲料水生成、なんとか失われずに済んだか……まあ、この魔法は聖女以外でも水属性なら多くの者が使える。
……
……
でも待てよ?金色の粒子!?
魔法を行使するとき金色の粒子が舞うのは聖女の特徴だ。
聖女の力を失えば、金色の粒子は現れない。
例えば聖女以外の者がヒールを使えば銀色の粒子が舞う傾向が強い。
飲料水生成などは粒子はおろかエフェクトすらない。
「アリサ、私にも貰えるか?水でなく聖水で頼む」
アリサは言われるまま女神の聖水を行使する。
やはりキラキラと金色の粒子が舞い、コップに聖水が注がれる。
私は舌を湿らす程度に聖水を口にする。
聖水独特の清涼感が口内に広がり浄化される感じがした。
間違いなく聖水だ。
ちょっと待て、という事は……どういう事だ?
まさか、そうなのか!?
私はおもむろに剣を取り。
「ふん!」
自分の左腕を切り落とす!
床にゴロリと自分の腕が転がり、切り口から血が噴き出す。
「「きゃああああああああああ!」」
「な、何やってんだオマエ!」
「早く血を止めないと!」
「わ、私何か縛るもの探して来る!」
突然の私の奇行に周囲が慌てふためく。
が、私は極めて冷静な口調で言った。
「アリサ、すまないが完全治癒回復を掛けてくれ」
―“ピクっ”
一瞬ヨシュアの動きが止まり私の方を見る。
ここに来て意図に気付いたようだ。
「は、はい!はいいい!」
アリサが大慌てで完全治癒回復を行使した。
キラキラと金色の粒子が舞いカーシャの身体を優しく包み、カーシャの腕が再生されていく。
床に転がっていたカーシャの腕も消えた。
私は腕の再生具合を確認する。なにも問題はないようだ。
もう一度アリサの方を向き、今度は聖なる強力洗浄で飛び散った血を奇麗に片付けてもらう。
やはりいつも通り問題無く奇麗になった。
「どういう事です?」
「一体何がしたかったんですか?」
私はヨシュアと一緒呟く。
「勇者は聖女と」
「聖女は勇者と」
「「共にあれ・・だ」」
私は両手をテーブルに付いて俯いた。
崩壊しそうな涙腺を必死で抑え、唇をきつく締めた。
「それ、お二人が女神様の神託の時に頂戴された言葉ですよね?」
ユーコがコテリと首を傾げる。
「聖女は勇者以外と貫通すると、その力が失われるのは知っているよな?」
ヨシュアが逆に聞き返す。
「え?はぁ、そりゃほとんど常識みたいなもんですし……」
ユーシスとアリサは知らなかったのか少し驚いている。
「じゃあ、なぜアリサはまだ聖女の魔法が使えるんだ?」
そう言われて私とヨシュア以外が“ハッ!“とした表情になった。
「え、それってどういう事です?」
「ま、まさか!?」
ユーコはピンとこなかったようだが、フランソワーズは気が付いたようだ。
「そのまさかだ」
私は俯いていた顔を上げ、ユーシスに向かい直し、残酷な事実を告げた。
「ユーシス、おまえは次世代の真正勇者だ」
*
ユーシス視点――
「ユーシス、おまえは次世代の真正勇者だ」
絞り出すような声でカーシャは告げた。
カーシャに言われて俺は一瞬思考が停止した。
正直“なに言ってんだ、この人??”くらいのノリだった。
「いや、待てよ。俺が勇者とかあり得ないし……冗談だろ?そう言うの止めてくれよ」
冗談にしても悪質だろ。
そう思ってカーシャを睨もうとしたが、カーシャの表情は苦渋に満ちていた。
カーシャだけでなく、ヨシュア、ユーコ、フランソワーズも神妙な表情に変わっている。
「なあみんな、そんな顔で見ないでくれよ?あれだろ?仕込みなんだろ?旅に出る前に皆で驚かそうとか、そういう的なアレなんだろ」
しかし誰も口を開かない、無視しているわけじゃない、言葉が見つからないのであろうことは表情からは分かる。分かるけど……本当なのか?俺は勇者なのか?
「ユーシス、それにアリサ、頼みがある……」
カーシャが低い声で絞り出すように話しかける。
「な、なに……」
「これから先、お前たちには創造の女神テラリューム様から神託が下る。それが今日なのか、明日なのか、半年後なのか、1年後なのか、もっと先なのか、それは分からない」
「……」
「だが神託が来ても絶対に無視しろ、お前たちはお前たちの為だけに生きてくれ、頼む!」
カーシャが顔をクシャクシャにして俺達に頼む。
いや、待ってくれ。何故そんな深刻な思いで言うんだ?
「ユーシス、俺達は最初、アリサはミルーシャと同様の聖女だと思っていた。動乱も無く、どちらかと言えば平穏な世の中だからな。しかしおまえが勇者で聖女アリサと共に在るのであれば話はまるで違う。お前達は俺達と同類だ。〔強大な異変に立ち向かう勇者と聖女〕として神託が下るのはほぼ間違いない」
「い、異変……?」
スケールがデカい上に、子供の妄想のような話に付いていくのがバカらしくなる。
なんだよ、強大な異変とか……
でもこれはきっと本当のことなんだろうな、兄貴たちの顔を見りゃわかるわ。
「そうだ、そうでなければ想像の女神テラリューム様がお前達をワザワザ勇者と聖女にするはずがない。昔から戦に赴く勇者と聖女は幼馴染同士だったり恋人同士だったりする事が多いんだ。
だからお前達が勇者と聖女の間柄になる可能性もほんの僅かだがあると思った。
だが今は平穏な時代、可能性は限りなくゼロに近いと思っていたんだが……甘かった……すまん……」
「ユーシス……」
アリサが不安そうな顔でオレを見つめる。
俺は今どんな顔をしているのだろう……
それより何故カーシャは俺に頼み、兄貴が謝らなきゃならないんだ?おかしいだろ!
女神に翻弄される運命と、筋違いな頼みと謝罪をする兄貴とカーシャになんだか腹が立ってきた。
「兄貴、カーシャ、おかしいだろ!あんたらが俺達に頼んだり謝ったりするのはどう考えてもおかしい!」
「ユーシス・・」
「もちろん俺はアリサを最優先に考えて動く、でもだからと言ってこれからどう動くかは俺達で決めていく!
謝罪だってするな!それは兄貴達がすることじゃなくて、女神がしなきゃならないことだ!筋が違うだろ!」
「ユーシス、戦に赴く勇者と聖女ってのは……」
「うるさい!分かってる!いや分かってないけど兄貴たちの面をみりゃシャレにならないくらい過酷な事ぐらい分かる!
でもな、神託がどうのこうのは女神が何か言って来てから決めりゃいいだけの話だ!だからこの話はこれで終わりだ!」
「…………」
「それにな、俺が勇者だとしたら、聞きたい事は他にある。それも重要なことだ」
「なんだ?」
「いや、俺が勇者だとしたら、もう逃げ回る必要なくない?」
「あ!そうですよ、聖女は勇者となら一緒でも大丈夫なんですよね?だったら家に帰れるんじゃ……」
アリサの顔がパアっと輝く。
「ああ、そうだ。お前達は王都に戻ってもお咎めは無い」
「「やった!」」
「ただし……」
「「え?」」
「それはユーシスが勇者に覚醒してからの話だ。現時点ではまだ無理だ」
「どうしてですか!?勇者なら問題ないんでしょ?」
アリサが必死になって訴えかける。
だが俺はなんとなく分った。
おそらく兄貴の言う通りなんだろう。
「ユーシスを勇者として証明できるモノが何もない、今帰ればユーシスは火あぶりにされて処刑され、アリサは再び召喚勇者どもに狙われるだけだ」
「そんな!何か、何か証明できないんですか!?ヨシュアさん達の証言じゃダメなんですか!?」
「だからその証言をどう裏付ける?国王や大臣の前で勇者と聖女の公開貫通ショーでもして証明するのか?」
「そ、それは……」
「それに王都は召喚勇者を含め召喚者が大勢いる。今のユーシスには召喚勇者からアリサを守るだけの力はまだない。戻ればまたアリサが襲われるのは目に見えている」
俺は悲しそうに俯くアリサの肩に手をかけた。
「アリサ、今はこれで十分だ。俺達はいずれ帰る事ができる。これからの旅は少し長めの新婚旅行だと思って楽しめばいいんだよ。」
「ユーシスぅ……」
「これからの長い旅の間、たっぷり可愛がってやるから覚悟しろよ!」
「バカ……」
俺はいたずらっぽくアリサに言うと、顔を真っ赤にして胸に顔を押し付けてきた。
「ユーシス君、今のはあかんやろ……」
「そうそう、どんな女でも今の流れじゃ即堕ち間違いなしだよ、ヘタレのユーシス君らしくない」
そう言いつつ、ユーコとフランソワーズは揶揄った。
俺は二人に苦笑いしてから一番大事な事を兄貴に聞いた。
「あと俺にとって一番大事な事を聞きたい」
「な、なんだ?今までの話が重要な話じゃなかったのか?」
「いったいどんな重要な話が……言ってみろ」
俺は真剣な表情で真剣な質問をする。
「俺が勇者なら、最終的にはアリサより俺の方が戦闘力は強くなるよな?な?」
部屋の空気が一変して「なに言ってんだ?こいつ」と皆が思った。
「いや、これはマジに切実に問題なんだ。兄貴も言ってたろ?『“実は守るべき対象から守られてます“ってんじゃ男として情けないだろう?』てさ。
今のアリサの戦闘能力は俺より上だし、魔法も混ぜれば多分アリサの方が桁違いに上だ。
これは男としてのプライドの問題なんだよ!俺は“アリサに守られる”じゃなくて、俺がアリサを守りたいんだよ!」
「あ、そう……」
――重い部屋の空気を、なんだか微妙な空気に変えたユーシスであった。




