34.長かった回り道、想い合う二人
「身体を洗わなくちゃ……」
ユーコさんとフランさんが部屋を出てから1時間くらい経った頃、私は湖に向かった。
私はオリヨール村に着いてからは毎晩湖で身体を洗っている。
染み込んだ忌まわしい〔汚れ〕を落とすために。
いつものように着ている服を全て脱ぎ、一糸まとわぬ姿で湖から顔を出している岩に座り、身体を洗い始める。
布でゴシゴシと力を入れて洗うも、身体に付けられた〔汚れ〕は一向に取れようとしない。
私はそれでも必死になって擦り落とそうとする――だけど落ちる気配は全くない。
やがて擦り過ぎた皮膚は擦り切れはじめ、中の肉が剥き出しになり、血が流れ落ちて私の周りの水は赤く染まる。
身を削りながらさっき聞いたユーコさんとフランさんの話を思いだす。
『ねえ、アリサちゃん、15歳の女の子にしては、ちょっと抱え込み過ぎているんじゃないかな?』
『ユーシス君にもっと頼っていいんじゃないかな?』
私だって頼りたい、でも頼って拒絶されるのが怖い、
『アリサちゃん、それは違うよ。相応しいかどうかはアリサちゃんじゃなくてユーシス君が決めることだと思うよ?』
『本当は怖いからなんでしょ?怯えているんでしょ?ユーシス君に拒絶されるのが怖いから、自分から離れようとしているんでしょ?』
その通りだ。
私はユーシスに拒絶されるのだけは嫌だ、怖い、怖い、怖い……
だから拒絶される前に一人去ろうと思った。
『頼れる男がいるのなら、頼ればいいんだよ、ユーシス君ならきっと全て受け入れてくれるよ、私が保証するから!』
こんな私でもユーシスは受け止めてくれるかもしれない。
でもユーシスに頼るのなら、この身に沁みついた「汚れ」を落としてからでないと彼の前には立てない。
少しでも汚される前の身体に戻りたい……
だから私は必死で洗う。
ゴシゴゴシゴシゴシゴシ――
ゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシ
ゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシ
ゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシ
ゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシ
ゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシ
だけど、皮膚が削れ、肉が削れ、骨まで届いても、この〔汚れ〕は落ちてはくれなかった。
私はついに洗い落とす事を諦め、天空に浮かぶ輪を持つ月をボンヤリ眺めながら決心した。
『 “選択をしない”っていうのは絶対無しだからね、それだけは許さない』
ユーコさんとフランさんの言葉が重くのしかかる。
結局、私の選択は、“選択しないことを選択する”だった。
「ユーコさん、フランさん、許さなくてもいいから、心配してくれてありがとう……ごめんなさい」
「ヨシュアさん、カーシャさん、こんな結末でごめんなさい、どうかお幸せに……」
「そしてユーシス、私の大切な最愛の人……私の事を想ってくれてありがとう……愛しています……そしてごめんなさい……」
私は湖の沖に向かってゆっくり進む。
やがて身体は水に没し、私は意識を手放した。
…
……
…………….
「アリサ!」
身体を包み込むような暖かい感覚と、誰かが私を呼ぶ声、ほんの少しだけ意識が戻る。
―“ごふっ“
私は飲んだ湖の水を吐き出し息を吹き返した。
狼狽するカーシャさんの顔が目に映り、彼女の暖かい涙が私の頬に滴り落ちた。
「カーシャさん……私……」
私の意識はまた堕ちて行った。
どれくらい経ったのか、私は目を覚ました。
最初に目に映ったのは、私を見下ろしている全裸のカーシャさんの姿だった。
そして私も裸でここは屋外のようだ。
どうやら私は裸のカーシャさんに膝枕されているらしい。
だんだん意識がはっきりしだし、状況を理解しはじめる。
(そっか、たぶん私はカーシャさんに助けられたんだ、死ねなかったんだ……)
「えぐっ……ひっ……」
私は感情を押さえられなくなり、涙が止まらなくなった。
身を起こし丸く座り直し、震えながら息を殺すように泣いた。
カーシャさんは私の横に座り直し、肩を抱いて引き寄せ落ち着かせようとしてくれる。
触れ合う肌と肌が妙に心地よく、震えも収まり私はだんだん落ち着いてきた。
「なあアリサ、ユーコやフランソワーズもそうだが、私自身も召喚勇者の餌食になったのは知っているね?」
「はい……」
「だから私達にはなんとなく分かってしまうんだ。召喚勇者に攫われて全くの無事である訳がないってことがさ」
「…………」
「私に本当は何があったか話してみないか?ユーシスには話せないようなことでも私には話しても大丈夫だ。同じ痛みを知るもの同士なんだから」
「でも……」
私は躊躇った、あの悍ましい出来事を口にするのが怖かったから。
― カタカタカタ……
私の身はまた震えだす。カーシャさんは強く肩を抱いて落ち着かせてくれた。
そして躊躇う私を見て、カーシャさんは語りだした。
「なあアリサ、私も5年前の今日の日、この湖にいたんだ」
「 え? 」
私は驚いて思わずカーシャさんの顔を見る。
「そして私も裸になってあの岩に座ってたんだよ、どうしてかわかるか?」
「身体を……洗っていた?」
「そう、そして何度も何度も身体を洗い続け、皮膚は破れ身が裂け骨まで達し周囲の水が赤く染まった。その後どうなったと思う?」
「まさか、湖に身を没した・・?」
「まったく、オマエさんの動きは私のトラウマを見事に呼び起こしてくれたね。ここまで全く同じことをするなんてたまげたよ」
そう言ってカーシャさんは“クックック”と笑った。
「カーシャさん、ごめんなさい!私、そんな……」
何をどう言えばわからなかった。
屈強な精神を持つカーシャさんが私と同じ行動をしたのが信じられなかった。
そしてカーシャさんは話を続けた。
「私が聖女になってしまった時、召喚勇者達が私を狙ってきたんだ。奴ら速攻で私に勇者の魅了を掛けやがったよ。まだ魅了耐性を獲得していなかったからね、簡単に堕とされちまったよ。しかも奴ら全員が重ね掛けしやがった。
知ってたかい? 勇者の魅了ってのは複数から掛けられると全員に魅了されてしまうんだ。
その中でもより濃く掛けた者を特に魅了されてしまう。
だから奴ら全員が何重にも重ね掛けして自分の所有物にしようと競争が始まった。
その日のうちに私の自我は崩壊し、奴ら共用の肉奴隷になり下がったんだ。
私の初めてもその時に散らされたよ」
ああ、カーシャさん、あなたは、あなたは……
「私と一緒にいたユーコとフランソワーズも抵抗して、だけど結局は勇者の魅了の餌食になり私と一緒に堕ちたんだ。
その後すぐヨシュアが助けに来てくれたんだけど、まだ勇者に覚醒してなかったヨシュアは返り討ちにされたんだ……私の手によって……」
私の脳裏に、ユーシスを蹴り殺そうとした忌まわしい記憶がフラッシュバックした。
「まさか、まさか、そんな!?」
「私はこの手でヨシュアを刺し殺した……」
殺した?
ヨシュアさんをカーシャさんが?
カーシャさんは震えていた。
私は自然とカーシャさんの腰上に手をかけ震えを受け止める。
少しずつカーシャさんの震えは収まっていった。
「幸いヨシュアはその後、別の聖女様の奇跡によりこの世に蘇ったんだけどね、
私達はその後2か月にわたり凌辱の限りをつくされたんだ。
その間奴らの子を孕まされ、腹を蹴られて強制堕胎させられたよ。
私だけでなくあの二人もね。
それを私達はヘラヘラ笑っていたんだ……そしてまた進んで凌辱された。
私達の身体はボロボロにされたんだ」
「…………」
「後から分ったんだが、そのせいで私は子供が出来ない身体になっていた。
その後、勇者に覚醒したヨシュアが召喚勇者共の首を刎ね、私達は解放された。
――と同時に私達はおかしくなってしまった。
身体を汚され、ヨシュアに捧げるはずだった初めてを散らされ、その上ヨシュアを殺した。おかしくなって当然さ。
そしてヨシュアの介抱により発狂は免れたけど、私の心は闇に堕ちてしまった。
おまえと同じで身体に染み付いた奴らの汚れを落そうと……でも落ちなかった……
いくら洗っても落ちなかった……そして最初に言った通り、私は死ぬことを選んだんだ」
カーシャさん、あなたは、あなたは・・
「カーシャさん、あなたは可哀そう過ぎます……こんなの酷過ぎます……」
私は嗚咽が止まらくなりカーシャさんの胸に顔をうずめた。
カーシャさんは私の頭をなでながら話を続けた。
「今でも思うよ。
こんなに汚された私が、
子供を宿せなくなった私が、
あいつを殺した私が、
傍にいても許されるんだろうか?
重荷でしかないんじゃないか?
――ってね」
「うう……カーシャさん……カーシャさん……」
「だけどアイツは私のことを受け止めてくれたんだ。嫌な顔もせず拒絶することもなく優しい笑顔で受け入れてくれた。だから今の私がいるんだ」
「…………」
「なあアリサ、話してみないか?話せば少しは苦しさから解放されるから、な?」
「カーシャさん、私、私は…………」
私はカーシャさんに全て話した。
あの日、私の処女は確かに無事だった。
でも「処女が無事だった」=「何も汚されていない」と言うわけじゃない。
私は処女以外の全てをあの男に奪われ汚されてしまったのだ。
しかも自ら進んで喜びながら……
召喚勇者加藤弾に魅了され「私がされたこと」「私がしてしまったこと」…………
男を知らず自慰すらしたことのない15歳の私には、許容できる限界を遥かに超えていた。
「なあアリサ、私達は弱い。当然だ!女なんだから」
「はい……」
「弱い女なんだから惚れた男に頼るのは当然の権利だ!頼って何が悪い!」
「は、はい」
「だからおまえはもっとユーシスに頼れ!私がヨシュアに頼ったように頼るんだ!」
「はい!……でも、でも、ユーシスは私を受け入れてくれるでしょうか……」
「大丈夫だ、あいつはそんなことで拒絶すようなヤツじゃない。もし拒絶しやがったらその時は……」
「その時は……?」
「私とヨシュアで半殺しにして言うことを聞かせるから大丈夫だ!」
「半殺しにって……ぷっ……くくく……」
「ふふふ、ははははは!」
一頻り笑い合ったあと、私の中で何かが吹っ切れたような気がした。
私は本当に一人で抱え過ぎたのかもしれない。
「カーシャさん、私全部ユーシスに話してみます。その上で頼ってみます!」
「いいぞ、それでいい。きっと全てうまくいく!」
「はい!」
「じゃあ一丁景気づけだ!」
そう言ってカーシャさんは立ち上がり湖の浅瀬まで行き・・
「女神のバカ野郎!聖女なんてくそっくらえー!」
これ以上ないような大声で叫んだ。
いきなりでビックリしたけど聖女がそれ言って大丈夫なの!?
「ちょ、大丈夫なんですか、そんな大声で女神様を批判して!」
「大丈夫だろ、これぐらい言ったってバチは当たらないさ、
そーれ、もう一発!
慰謝料払えー!バカ女神―!」
私もなんだか一言二言いってみたくなってきた。
「召喚勇者のバカヤロー!私の安寧を返せー!」
「ふふふふふ!」「ははははは!」
「「私たちに強いるばかりの世界なんか滅びてしまえー!」」
なんだろう、頭のモヤモヤがスッキリしたような気がする。
もっと早く相談すればよかったな……
「で、そこのデバガメ野郎、そろそろ出てきな」
「え!?」
「デバガメって……大声でなんか叫んでると思って来てみれば、美女二人が裸で女神批判してるし、こんなのどうやって割って入ればいいんですか」
そう言って、ユーシスは片手で目を覆いつつも私とカーシャさんをチラ見しながらやってきた。
― ドクン!
ユーシス……
私の心臓が大きく跳ねたあと、早鐘のように鼓動する。
「ユーシス、ここから先はアンタに頼んだ、アリサを泣かせるんじゃないよ!」
「わかってる」
「アリサ、話し合いが終わって受け入れて貰ったら、今日くらいはユーシスに添い寝してもらえ。人肌はお互いを癒す効能があるんだ、わかったかい?」
「添い寝?人肌!?」
私は顔が赤くなって“ボ!”と爆発したような気がした。
いや、本当に爆発したのかもしれない。
「返事は!」
「ひゃ、ひゃい!」
「じゃあ私はもう行くよ、夜更かしは美容の敵だ!」
カーシャさんはニヤリと笑って服を手に取り裸のままロッジに戻っていった。
私はユーシスの方を向き直した。
「ユーシス……」
しかし、彼は私と目を合わそうとはしなかった。
― ざわっ……
私の背中を冷たい何かが走る。
避けられてる?拒絶された?……怖い……怖いよ……私を見てよ!
また身体がガタガタと震えだし腰が抜けそうになった。
「ユーシス、お願いだから、無視しないで……私を見てよぉ……」
消え入りそうな声で私は訴える。
でも彼から返って来た言葉は……
「アリサ、その……まず服を着ようか、目のやり場がその……」
「ほへ?」
よく見ればユーシスは無視しているようで実はチラチラと私を見ている。
「あ・・」
今更ながら自分が裸である事に気が付いた。
「っ――――!」
慌てて胸と大事なところを手と腕で隠す。
耳まで赤く、というか全身が赤く染まったような気がした。
でもなんだろう、チラチラとユーシスに見られる度に、私にこびり付いていた〔汚れ〕が薄れたような気がした。
私は一呼吸してから隠すのをやめ、改めてユーシスに向いた。
「ユーシス……かまわないから私を見て、こっちを向いて、お願い!」
湖と月を背にしながら私はユーシスに強くお願いした。
ユーシスはゆっくりと私の方を向いてくれた。
イヤらしい意味じゃなく、ユーシスは目を細めて、そして目が泳いでいた。
「大事なお話があるの、私、あなたに隠していたことがある……」
そう言うと、ユーシスは目を泳がせるのを止め、私としっかりと向き合ってくれた。
目が合った瞬間、私はまた怖くなる。
話が終わればあの真っすぐな眼差しのままで私を見てくれるだろうか、
それでも嫌悪の眼差しで侮蔑されるんだろうか。
そう思うとまた私の身体が震えだし、身勝手なことに私はユーシスから視線を外してしまった。
そんな私を見て、彼は優しく抱擁し、身体の震えを止めてくれた。
「大丈夫、どんな話だったとしても俺は君を受け入れる。絶対に拒絶なんてしないから話して、ね?アリサ」
私は涙腺が崩壊しそうになるのを耐え……あの日の事を……今までどんな心境だったのかを……ぽつぽつと話し始めた。
私はユーシスに全て話した。
そして俯いてしまった。
ユーシスの顔を見るのが怖かった。
今どんな眼差しで私を見ているのか知るのが怖かった。
今日何度目だろう、私の身体はまたガタガタと震えだす。
でも私の負の想像は全て杞憂だった。
ユーシスは私を強く、でも優しく抱きしめてくれた。
涙も流してくれた。
「すまない、ずっと孤独で苦しかったろう、本当にごめん、もう大丈夫だから、拒絶なんて絶対しなから、君を受け入れるから、だからアリサも俺を受け入れてくれ、頼む!」
ユーシスの腕がさらに強く苦しいくらいに締まる。
彼もまた身体が震えていた。
私達はお互いの震えを打ち消すように強く抱きしめ合った。
もう無理、ずっと耐えていた涙が一気に流れ出し、彼の胸に顔を埋めて大泣きしてしまった。
「ユーシス……ユーシス……ユーシス! うわああああんん!」
「アリサ……アリサぁぁ!」
ユーシスもまた大粒の涙をこぼす。
それは紛れもなく私のために流した涙……
悲しいけれど、私には嬉しい涙だった。
「これからはずっと一緒だ、一緒に同じ道を歩んで行こう、もう絶対に君を放さない!」
これ以上ないくらい幸せな言葉を聞いてユーシスの顔を見上げた。
優しく吸い込まれそうな瞳のユーシスの顔があった。
今度は逃げたりしないから……
顔を上げ瞳を閉じ彼に唇を捧げた。
天空の月と湖に包まれながら、私達はやっとキスをした。




