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32.訓練開始

 ― シャリシャリ……



 ロッジの調理場でアリサはジャガイモの皮を剥いている。



「あのー、ア、アリサさん?」


「…………」



 ― ザク、ザク、ザク……



 そのジャガイモを六つ切りにする



「いや、ゴメン、ほんとゴメンて!」


「…………」



 ― トントントン……



 ニンジンを角切りにする。



「機嫌なおしてよ、ね?」


「…………」



 ― ザック、ザック、ザック……



 玉ネギを切る



「「アリサちゃーん!」」


「いいから、シチュー作るの手伝って下さい……」


「「は、はいっ……」」



 抑揚のないドスのある声でアリサは返事をした。


 ユーコとフランソワーズは慌ててシチュー作りの手伝いをする。


 なんとも言えない重い空気の中、粛々と夕食の準備は進む。


 そして一通り準備が出来ると、アリサは気分がよくないからと部屋に籠ってしまった。



「「…………」」



「だって仕方ないじゃん!あのままキスしてくれれば一気に問題解決って思ったんだもん!」


「だいたいユーシス君もユーシス君だよ!なんで追いかけないのさ!あのヘタレ!」


「「あーもうー、なんでこうなるかなー!」」



 ヨーコは天を仰ぎ、フランソワーズはテーブルに俯せて嘆いた。



「ほんと惜しかったねぇ、ユーシスが無理にでも唇を奪っときゃ少しは好転しただろうに」


「「隊長……」」



 そんな二人に気配を悟らせることなくいつの間にかカーシャが側にいた。



「まあ、済んじまったことは仕方ないね、二人とも後でアリサに謝りな」


「いや隊長、アンタも同罪なんですけど……」


「それより、今夜からアリサを見張るから。今夜は二人に任せる。私は明日見るよ」


「はい……」



 その日、アリサは体調が悪いと言って夕食には顔を出さなかった。


 ユーコとフランソワーズは食事を早々に切り上げ、割り振られたアリサの部屋に行った。

 部屋をコンコンとノックして声をかける。



「アリサちゃん、入っていい?」


「…………」



 返事が無い。

 もう一度ノックしてみたが反応が無い。少し考えたが意を決して中に入っていく。



「アリサちゃん、入るよ?」



 部屋に入った瞬間、鉄臭い臭いがして、そして二人が目にしたものは、ベッドの上で裸の姿で全身から血を流し、横たわるアリサの姿だった。


 死んではいない。眠っているようだ。



「私、カーシャさん呼んでくる……」



 フランソワーズに呼ばれてカーシャが部屋に入ってきた。


 アリサを一目見るなりヒールで治療し聖なる強力洗浄(ホーリーウォッシング)をかけ痕跡を消した。



「ここまで同じとは……全く嫌になる」



 カーシャは悲しそうに毒づいた。


 その晩はこれ以上のことは何も起こらなかった。





*





 翌早朝



「昨日は嫌な態度してすみませんでした!」



 ヨーコとフランソワーズにひたすら頭を下げるアリサの姿があった。


 どうやら昨夜カーシャが治療したことは気づいていないようだ。



「いや、こちらこそゴメン、つい気になっちゃったから」


「ほんとごめん、軽率でした……」



 とりあえず仲直りはできた。しかしギスギス感が半端ない。



((あーもうー、なんでこうなるかなー!))



 とりあえず“ユーシス君がヘタレだから悪い!自分達はあまり悪くない“とユーシスに責任転嫁して心のバランスを取る二人だった。




*



 ロッジ近くの広場にてユーシスの特訓が始まった。


 ヨシュアの足元には軍が使う訓練用ポーションと訓練用補給水がズラリと並んでいる。


 広場の近くに王国軍の無人施設があって、そこからくすねてきたらしい。


 この訓練用ポーションは体力のみを回復させ、怪我や魔力の回復はできない。


 訓練用の補給水の方は適度な塩分とアミノ木から取れるエキスが混入されており、事前に飲んでおけばある程度の筋肉痛は防げる他、訓練で傷んだ筋肉を速やかに治し、かつ新しい筋肉の増産を飛躍的に向上させる効果がある。


 まあこっちの世界でいうプロテインみたいなものだ。



 ユーシスの訓練はこうだ。


 午前中一杯は体力の底上げで訓練用の重いベスト・パワーリスト・パワーアンクルを付けてとにかく全力で走る。


 走る前に訓練用補給水を飲んでおく。


 時々ユーシスから不意打ちの攻撃を食らったりする。


 スタミナが切れて動けなくなったら訓練用ポーションで体力のみ復活させて走り続ける。


 普通のポーションや魔法での回復は、ダメージによる能力向上を妨げるので使うことが出来ない。


 ヒールやセイクリッドヒールなどの魔法回復を使うのは午後の訓練直前のみ許可。


 マラソンなんかのようにペース配分などお構いなしに、とにかく全力で走り身体を苛め抜く。



「午前中はこんな感じの訓練だ」



 時刻は朝の5時、正午までの6時間を走りに費やすことにユーシスは焦りを感じた。



「兄貴、走るのも勿論やるが、もっとこう速攻で身に着けるモノは無いのか?必殺技とか」


「まあ、おまえの焦る気持ちもわかるが、現状はこれが一番の近道だ。今のおまえの実力は3級冒険者や3級ハンターの下位くらいはあるが、この先、召喚勇者達を相手に勝てないまでも出し抜くくらいにはならないとな、せめて2級上位程度の実力は必要だ。」


「それはそうなんだろうが、なんか地味だなぁ。走りがメインで出発までに仕上がるかどうか不安なんだよ」


「ユーシス、軍隊式訓練を舐めちゃいかんぜ。おまえにはまだ十分伸びしろがある。出発までには全部引き出してやるさ。それにだな」


「なんだよ?」


「聖女に覚醒して今日で9日目、今のアリサは剣技だけでも2級の下位くらいの強さに向上している。これからさらに強くなっていくことだろう。彼女はカーシャに続く「戦える聖女」として成長すると思う。その時おまえ、『実は守るべき対象から守られてます』ってんじゃ男として情けないだろう?」


「わ、わかった、俺が間違ってた。なんとかアリサより強いくらいには鍛えてくれ!」



 訓練の趣旨が微妙に変わるユーシスだった。



「午後の訓練は午前の仕上がり具合を見てから決めよう、じゃあ始めるぞ!」


「押忍!」




*




 一方アリサの訓練は……



「――と言う感じで湖の周りを全力で走り回る。時々攻撃するから対応するように。聖女の魔法については村に着く前にマスター出来るようになったから午後から応用練習するよ」


「はい……でもひたすら走るだけ?」


「そうだ、それじゃ行ってみようか」



 全く同じことをやらされていた。





 午後~


 午前の訓練で苛め抜いた体をカーシャのセイクリッドヒールで全回復させてから午後の訓練が始まる。



「じゃあ少し地稽古してみようか、最初はとにかく乱撃してこい」


「押忍!」



 練習用の刃を潰した鉄剣で対峙するユーシスとヨシュア。



『いいかユーシス、手ごわい相手にはまず呼吸を同調させるんだ、それにより攻めるべきポイントも見えてくる』



 かつてヨシュアに習った事を思い出しつつ呼吸を同調させるユーシス、そして呼吸を合わせながら力を溜めていく。



 スーハー、スーハー、スーハー、スー……



「ハッ!」



 呼吸に合わせ、溜めた力を一気に爆発させヨシュアに襲い掛かる!


 躊躇いもなくヨシュアの首に剣を突き入れる!


 当然ヨシュアは体を少しずらすだけで難なく躱す。


 そのままユーシスが乱打乱撃に入り、いくつもの残像と共に剣を叩きつける。



 ― キン!ガキン!



 ヨシュアは剣を合わせユーシスの力を図るように受け止める。



(悪くない、むしろ午前中の訓練だけでここまで伸びるのは予想外だが……)



 ― キン!キン!ガキン!



(まだ物足りん。やはり腹筋と背筋が弱いな)



『相手の目から絶対そらすな、マバタキすらするな、敵はその瞬間に距離を詰める』



 ヨシュアの目を睨み、一切のスキを作らずに乱撃!乱撃!乱撃!



(ふむ、教えを忠実に守っているな、なら……)



 ヨシュアが一瞬マバタキをする。



 ― ドン!



 それを見逃さずユーシスが一気に距離を詰めヨシュアを袈裟斬りする!


 剣先が音速を超え衝撃波が発生周囲に砂塵を吹き飛ばす!



 ― ギュン!



 が、剣の振り下ろした先にいたはずのヨシュアの姿が消える。


 ユーシスはそのまま前に飛びのき、予想されるヨシュアの攻撃に備える!


 しかし攻撃は無かった。



「初日にしては上出来だ、ただ腹筋と背筋の弱さとバネの無さが剣撃の威力を低減させているな。」



ヨシュアは剣を収めながら感想を述べた。



「で、どんな感じだった?」


「確実に今までと違う、超えられなかった域に踏み込んだ感じがする・・たった7時間走り回っただけなのに。それに乱撃してても息が上がらなかったぞ?」



 まさかこれほど効果があるとは思わなかったらしく純粋に驚くユーシス。



「うちの訓練法を甘く見るなよ、今日の午前中だけで通常訓練10日分の効果があるぜ。午後は腹筋と背筋を徹底的に苛め抜くから覚悟しとけよ」


「押忍!」







 一方アリサの訓練



 ― キン!キン!カギン!



(この子少し鍛えるだけで面白いくらい伸びる!聖女に覚醒したからってこの伸びは明らかに異常……私と同じタイプ?)



「やーー!」



(だけど甘い!)



 ― キン!



「たぁーー!」



 ― キン!



(いや、甘いというよりこれは……力任せに鬱憤を発散させているだけか。これ以上するは無意味だな)



「よし、ストップ!一旦休憩だ」


「はい」


「今稽古を付けて思ったんだがアリサ、おまえの伸びは普通じゃない。おそらく私と同じ戦闘特化型の聖女なんだと思う」


「カーシャさんと同じタイプですか?」


「そうだ、だからアリサ、おまえはとにかく強くなれ。私の手を離れてからも日々鍛錬を怠るんじゃないよ?基本おまえ達の仮想敵は召喚勇者だ。アリサの場合召喚勇者の勇者の魅了(チャームアイ)に10発までは耐えられる強みがある。完全魅了される前に勝負を決めるか、最悪でも逃げられるだけの力を付けるんだ。わかったね?」


「はい!」


「じゃあ次は魔法の訓練に入るよ」



 アリサはオリヨール村に着くまでにカーシャと同等の聖女魔法はマスターしている。

 ここからは聖女の魔法以外の特訓だ。


 アリサの場合、聖女魔法以外では、雷撃系、植物系、身体強化系が使える。


 まずは現時点で使える魔法を確認していき、その後さらにランク上の魔法が使えるかどうか調べる。


 アリサの雷撃系の最大の技は中級雷撃魔法(ギガボルト)


 これより格上の上級雷撃魔法(テラボルト)もしくは上級雷撃殲滅魔法(ペタボルト)を使えるようになれば、一応はカーシャと同じクラスの雷帝彗星斬を放てるようになれる。



「それじゃあ、始めてみようか」



 カーシャは期待しつつ訓練を再開させた。


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