31.オリヨール村にて - 拒絶されたユーシス -
王都脱出後、5日目
オリヨール村到着
「ただいま、義兄さん!お姉ちゃん!」
「こんにちは、兄貴、義姉さん」
ヨシュアとカーシャはオリヨール村に付いてすぐ一軒の家を訪ねた。
そこはカーシャの実家であり、現在はヨシュアの兄夫婦、カーシャにとっては姉夫婦が生活している。
「ヨシュアか!久しぶりだな!」
「カーシャ、いきなりだからビックリしたよ、いつも来るときは手紙を寄越すのに」
ヨシュアの兄ライナスとカーシャの姉ナターシャは、突然の弟妹夫婦の訪問に驚いたが喜んで歓迎した。
「まあ、立ち話もなんだ、早く入ってくれ。お連れさんも居るんだろ?」
ライナスは扉の外の一行を見て促す。
「兄貴すまん、今回は時間が無いんだ。湖のロッジと裏の演習場は今誰か使っているか?」
「いいや、今は誰も使ってない。次の予約はたしか1か月後だ。」
「じゃあ、とりあえず今日から10日ほど予約するよ、今回はかなり訳ありなんだ」
「そうか、じゃあ一緒に村役場まで行こう、詳しい話は向こうで聞かせてくれ」
「わかった、頼む」
一行はライナスとナターシャと共に村役場に向かい、そこで金を払い手続きをして、そのまま一行は湖の畔にあるロッジに向かった。
オリヨールは山裾にある緑豊かな村で、大きな湖を水源とし昔から農業と観光を主として栄えてきた。
観光と言っても複数のロッジや湖畔にあるだけだが、それでも夏シーズンにはキャンプ客も多く、人気はそこそこあるようだ。
また、湖の近くには多目的の大きな広場があり、時々軍が演習に利用している。
第三独立小隊も演習という体にしてちょくちょく利用していた。
湖畔に付き、2階建の一番大きなロッジに一行が入っていく。
部屋を割り振り、その後1階のリビングルームにてテーブルを囲み一息ついた。
「そうか、そんなことが……」
「大変だったね、二人とも」
ライナスとナターシャがユーシスとアリサを見ながら口を開く。
二人とも勇者と聖女に対しては色々思うところがあるらしい。
「そんな訳で本当に時間が惜しいんだ、今日は旅の疲れを癒すためフリータイムにするけど、明日からは早朝より特訓に入るよ」
「わかった、じゃあ俺達は戻って食料や飼葉、他資材の調達に戻るわ」
「また後でね」
ライナスとナターシャはそう言って帰って行った。
「カーシャ、俺は馬の状態を見てくる。かなり無理させたからな」
「分った、たのむ。私はユーコ達と話があるから」
「アリサ、散歩に行こう」
「うん」
ヨシュア・ユーシス・アリサ・ライナス・ナターシャが席を立った。
カーシャとユーコはアリサを見ながら溜息を付いた。
「今の様子を見ている限りでは問題はなさそうなんだけどね……」
「本当ですね、私も信じられないです」
「何がです?」
二人は2日前の湖での事をフランソワーズに話した。
水辺の血の痕・・それはアリサの自傷行為によるものだとカーシャは思った。
そして実際その通りだった。
ただしそれは、「辛い感情から逃げたい」「死にたい」といった逃避理由からではなく、彼女のなりのどうしようもない理由があっての行為だった。
その理由について三人には思い当たるフシがあった。
「そんな……だってユーシス君といる時、あんなに幸せそうにしているのに」
「あの子にだけは私達が通った道を進んで欲しくなかったです……」
「全てはユーシス次第だ」
重い空気が部屋を支配する。
「あーもう、私達も外に出ましょう!湖へGO!」
空気に耐えられなくなったユーコが散歩を提案、みんなそれに乗り湖の方に向かった。
3人歩き出して水辺が見えてきたところで、
「ストップ!しゃがんで!」
先頭を歩いていたフランソワーズが緊張した口調で皆に促す。
“追手か!?”
一瞬緊張が走るがフランソワーズの指さす方向にはイチャついてるユーシスとアリサの姿が見えた。
三人はそこから匍匐前進して進み、草葉の陰からユーシスとアリサを覗・・見守る。
何を話しているか聞き取れないが、かなりいい雰囲気のようだ。
指を絡ませお互い見つめ合う二人……
アリサの顔は上気して朱に染まり目がウルウルとしている。
これはもうキスまで待った無しのカウントダウン状態。
「キス?キスしちゃうの!?」
「おお、お互い向き合ったぞ!これは来ましタワー!」
「いっそこのまま押し倒せ!」
アリサが上向き加減ですっと目を閉じる。
いくらヘタレなユーシスでも、これはキスまで一直線だろう!
二人の顔がどんどん近づいていく……
「「「おおぉおおおおおお!」」」
デバガメ三人衆の興奮度はマックス状態!
しかし……
「だ、駄目!」
―“ドンっ“
あと唇と唇が触れる数センチのところでアリサがユーシスを突き放した。
「アリサ?」
困惑するユーシスと、怯えと悲しさと苦しさが複雑に混じり合ったかのような表情のアリサ。
「ご、ごめんなさい!」
アリサは謝りながらユーシスの元から走り去ってしまった。
「そ、そんな……」
呆然と立ち尽くすユーシス。
同じく呆然と覗くデバガメ三人衆。
そして走り去るアリサとデバガメ三人衆の目が合ってしまった。
「 え……?」
「「「 あ゛ 」」」
「 ! 」
顔を覆いアリサはそのまま行ってしまった。
「どう見ます?」
「どうってあれはもう……」
「かなり深刻だな、どう見てもあれは一線を超えることに心も体も拒んでいる」
再び重い空気のデバガメ三人衆。
「アリサちゃんの事もだけど、あっちはどうします?」
フランソワーズの指さす方向には、ガックシと膝を付いて魂の抜けてしまったユーシスの姿があった。
「放っておこう、ヨシュアにでも任せてりゃいいさ」
*
1時間ほどして魂の抜けたユーシスのところにヨシュアがやって来た。
カーシャに言われて様子を見に来たのだ。
「なあ、兄貴ぃ……」
「なんだ?死にそうな面して」
「兄貴はカーシャとのファーストキスのときはどんな流れだった?」
遥か虚空を見ながらユーシスはヨシュアに問う。
「俺の時は普通に土下座してキスさせて下さい!って頼んだ」
「土下座が普通なのかよ!そんなんでキスできるの!?」
「いや、そのときは足蹴にされた」
「ダメじゃん」
「いやー、俺も若かったからなー、
まあ何日かして此処でいい雰囲気になってブチュウってキスしたな、
丁度おまえが今立っている辺りだ、懐かしいなー」
「なんだこの敗北感……聞くんじゃなかった」
「何かあったのか?」
「……そうか。なあユーシス、ちょっと聞いていいか?」
「なんだよ」
「仮定の話なんだが」
「だからなんだよ」
「もし仮にだな、実はアリサの処女が散らされていて、体を汚されていたとしても、おまえはアリサを好きでいられるか?」
「なんだよそれ……まさか、そうなのか!?」
ユーシスの面倒くさそうな表情がみるみる青ざめていく。
「だから仮定の話だよ、処女が無事ってのは本当なんだろう。そんなすぐバレる嘘は付かないだろうしな。で、どうなんだ?」
「驚かさないでくれよ、心臓に悪い。そんなんで嫌いになるわけないだろ」
「じゃあ、アリサが一時の気の迷いに流されて、不貞を働いてしまったとしたらどうだ?」
「それは……ちょっと分からない。その時の事情ってのもあるし」
ユーシスは自分でも“あれ?”と思った。
どんなことがあってもアリサを愛せると思っていた。その自信が初めて揺らいだからだ。
「気の迷いの不貞ってのは一時的なものでな、女はやってしまってから罪悪感に苛まれるものなんだ。まあその後の流れでどう変わるかは人次第だけどな」
「…………」
「そして男は一時的とはいえ不貞を働いた女ってのは許せなくなるんだよ。愛が深ければ深いほど反動も大きくなる。一気に気持ちが醒めるんだ」
「訳わかんねえ、何が言いたいんだよ……」
「召喚勇者どもの勇者の魅了てのは強制的に女を浮気させるような魔法なんだよ。だから魔法が解けると想い人を突き放して不貞を働いたことへの罪悪感に襲われる。多くの女達が精神を病んだり自殺したりする。・・・もちろんアリサだって例外じゃない」
「 ! 」
「きっと怯えているんだよ、勇者の魅了のせいとは言え不貞を働いたことへの罪悪感と、おまえから拒絶されることへの恐怖と、そして汚された自分がおまえの傍にいることに」
「そんな!アリサが不貞を働いたなんて思っていない!罪悪感なんて感じる必要もない!汚されてなんかいない!俺は拒絶なんて絶対にしない!」
「それはおまえの思いであってアリサの思いじゃない。俺はずっとお前たちの様子を見てきたが、あの子の心はもう一杯一杯だ。罪悪感に押しつぶされて、今のままじゃ遠からず心は壊れる。寸前でキスを拒まれたそうだが様々な罪悪感から来るものだろう」
「そんな!俺はどうすればいい?教えてくれよ!兄貴!」
「だから聞いたんだ。で、おまえは彼女に何があったとしても好きでいられるのか?」
「ああ、好きでいられるとも!俺は何があってもアリサへの愛は変わらない!」
「なら大丈夫、まだなんとかなる。おまえが此れからするべきことは彼女との距離を詰めることだ」
「そんなの今だってやってる!」
「じゃあ何でおまえは逃げたアリサを追わなかったんだ?あそこで追わなきゃ距離が縮まるどころか離れるだけだろ、わからないのか?」
「それは……」
「おまえは女に対して押しが弱すぎる、良く言えば優しいんだろうが、悪く言えば単なるヘタレだ。今はヘタレじゃダメなんだよ」
「…………」
「よく話し合って、全部受け止めてやれ!」
「話し合って全部受け止める……」
「そうだ、その上で全力で押していくんだ!わかったな?」、
「わかった!俺頑張る!それにしても兄貴の言うことは深いな、ちょっと見直した」
「 (……俺達も一度通った道だからな……) 」
「ん、なんだって?」
「いや何でもない。それじゃ戻るか。今日は久々のマトモな飯だぞ」




