30.異変
王都脱出後、3日目の夕方。
一行はルート上にあるサラト湖の湖畔で野営の準備をしていた。
湖の周りに人や獣の気配があるかどうか調査し、暗くなる前に男二人が薪拾いと湖に魚を取りに行き、ユーコとフランソワーズが馬の世話をする。
アリサとカーシャはその間に魔法と特訓に入る。
「聖女の魔法」や「聖女も使える魔法」、それに「特殊技能」は案外多い。
【ホーリーウォッシング】【ホーリーピュアファイ】
【クリエイトウォーター】【セイクリッドウォーター】【ホーリーウォール】
【ストライバー】【ストライバーサーチ】【ストライバーソード】
【ホーリーライト】【ホーリーライトボール】【ホーリーフラッシュ】
【ランニングヒール】【ヒール】【エリアヒール】
【セイクリッドヒール】【セイクリッドエリアヒール】
【アボーシネス】【セイクリッドアロー】
【聖女の歌声】【聖女の祈り】
などなど。
これらは現在カーシャが体得している聖女の魔法と特殊技能で、これを時間の許す限りアリサに伝授する。
またアリサは聖女魔法の他にも植物系や身体強化系そして雷撃系の魔法を元から使えたが、聖女になったことにより魔力が向上され能力の向上が期待されていた。
幸い今夜は一行以外には人は誰もいないことを確認できているので、聖女の歌声から始めることにした。
聖女の歌声には、苛立ちや不安を解消し、心が清められ穏やかになり、安らぎを与える効果がある。
まずカーシャが見本とばかりに湖に向かって歌いだす。
Γνωρίστε πέρα από τον καταγάλανο κόσμο. Ο άνεμος περνά.
(風が通る紺碧の世界へ時を超えて会いましょう)
Τα άσπρα φτερά που πέφτουν.
(白い翼が舞い降りる時)
Θέλω να σε τυλίξω γενναιόδωρα και αναντικατάστατα.
(私は惜しみなく、かけがえのないあなたを包みたい)
Έχετε τη δύναμη να προστατεύσετε τα αγαπημένα σας πρόσωπα και στα δύο χέρια.
(そしてあなたにも、愛する人を守る力があるのです)
聖なる歌声が湖中に響き渡り、それが届くところ全てが清められていく。
周囲で作業していた皆は手を止め、カーシャの歌声に聞き惚れた。
付近の動物や妖精、精霊までもが姿を現し聴き惚れ出した。
「隊長の歌声を聴くの久しぶりねぇ……」
「まあ、ふだん迂闊に本気で歌う訳にもいかないしね」
「カーシャの歌って初めて聞いた。なんか心が落ち着く……カーシャなのに」
「カーシャなのには余計だ。中々いいもんだろ」
やがてカーシャに倣うようにアリサも歌い始める。
Ανοίξτε πάντα το όνειρό σας.
(夢の中で見ていた心を開いて下さい)
Βάλτε τα συναισθήματά σας στον άνεμο και μεταφέρετέ το μακριά.
(気持ちを風に乗せて遠くへ届けましょう)
Υπάρχουν αόρατα φτερά. Βλέπετε κι εσείς.
(ほら、あなたにも見えない羽があります)
Μπορείτε να πάτε σε οποιοδήποτε μέρος. Ο καθένας μπορεί να πάει.
(その羽で誰でも行けるのです。自由な場所に行きましょう。)
二人の聖女の共演から奏でる美しくも尊いハーモニーは、黄昏時な風景も相まって湖全体が幻想的な雰囲気を増していく。
「これは……」
「凄い……」
やがて共演は幕を閉じ、湖が静寂を取り戻した。
― パチパチパチパチ!
アリサとカーシャの後ろから皆が拍手を送る。
「ユーシス、俺らの嫁はすげーな!」
「…………」
「ユーシス?」
ユーシスの意識はアリサに釘付けになり、周りの言葉など聞こえなくなっているようだ。
続いて二人の聖女は魔法の特訓に入った。
「そういやオマエはどんな魔法使えるんだっけ?」
唐突にヨシュアが聞いてきた。
「俺はジョブが鍛冶屋だから鍛冶屋関連の魔法かな」
「どんなのだ?」
ユーシスの扱えるのは炎系の魔法と、金属素材に限定された錬金術だ。
「なんか俺と似てるな……」
ヨシュアは勇者の魔法以外にも、炎撃系の魔法と勇者武具に限定された錬金術が使えた。
「案外俺の必殺技とか使えるんじゃないか?」
「必殺技って魔王彗星斬とか竜王昇竜剣のことかい?あれは名前がなぁ……」
「まあ行き成りは無理だろうから、最初は剣に魔力を乗せたり込めたりする練習してみたら?」
「そうだなぁ……」
とか返事を渋っていたら、
「彗星斬!」
―ガラガラ、ズガーン!
雷を乗せた斬撃が目の前の大岩を木端微塵に砕いた!
「スピードと剣圧は物足りないけど、初めてにしちゃ上出来だよ、よくやった」
「はい!」
嬉しそうにアリサは返事した。
必殺技的なモノが使えたことにより身を守るキャパが増えたのが嬉しくて仕方がないようだ。
「あと彗星斬じゃなくて雷帝彗星斬だからね、そこは大事なところだから」
「あ、はい……」
「…………」
「ユーシス、お前はどうする?」
ユーシスは焦った。
――まずい、今のを見る限りアリサの方が実力は上っぽい。
このままじゃアリサを守るどころか俺がアリサに守られてしまうことに――
「アニキ、俺も頑張ってみる……」
決意するユーシスだった。
特訓も終わり、皆で食事を始める。
と言っても、さっき獲った魚に持ってきたパンと燻製肉。
あとフルーツなどを食べながら雑談に入る。
今日の雑談はもちろん二人の聖女の歌と彗星斬だ。
食事が終わり、カーシャが見張りをする。
2時間ごとの交代だが、ユーシスとアリサは交代せず寝ることになっている。
寝る前にアリサが聖なる強力洗浄をかけた。
なんとか成功したみたいで皆サッパリしてすぐに眠り始めた。
アリサを除いて……
「カーシャさん、私ちょっと水浴びしてきます」
(聖なる強力洗浄かけてサッパリしているのに水浴び?)
不信に思い、そっとアリサの後を付けて様子を伺ったが、アリサは来ている服を脱ぎ、湖で体を洗っていた。
(杞憂だったか)
そう思いカーシャはまた見張りに戻ったが1時間経ってもアリサが戻って来ない。
流石にオカシイと思い、アリサが体を洗っていた場所にいくと、彼女はまだ体を洗っていた。
― ドクンっ
カーシャの心臓が大きく鳴った。
(あの子まさか……)
カーシャの脳裏に5年前の悪夢が蘇る。
結局アリサが戻ってきたのはそれから30分後だった。
カーシャはアリサと一言二言喋って、次の見張りと交代するときに一緒に横になった。
(話しているアリサには異常はない。見た感じはいつも通りだが……)
ふとアリサを見れば、スースーと寝息を立てながらすでに眠っている。
彼女の様子を気にしつつもカーシャも眠りについた。
翌朝、カーシャは誰よりも早く目を覚ます。
「おはようございます」
最後の見張りだったユーコが挨拶する。
「ユーコ、ちょっと一緒に来ておくれ」
カーシャは彼女を誘い、昨夜アリサが体を洗っていた場所に行ってみた。
そこには水際から点々と血が流れた後が残っていた。
「カーシャさんこれ……」
血痕を見て思わず両手で口をふさぐユーコ。
「アリサの血だ……ちくしょう……」




