24.下げて上げる 絶望から希望へ
「本当にありがとうございました!」
アリサは胸元で召喚勇者小西道夫の両の手を握り感謝した。
「無事で何よりでしたね、本当によかった」
道夫は優しい笑みでアリサに応える。
ここは召喚勇者小西道夫の屋敷、応接間。
最初に接客にあたった時空魔術師の斎藤真美に小西道夫を紹介されたヨシュア達は、道夫に紳士的に握手を求められ一人一人と握手していき、最後にアリサが握手した。
アリサは助けてくれた道夫に感謝の気持ちを隠せず、思わずそのまま両の手で握ってしまった。
召喚勇者小西道夫と名乗ったその男――
濃いブルー基調の衣装に身を包み、清潔感の感じるやや長めの黒い頭髪、見た目には好感を感じるなかなかのイケメンだ。
細身ながら衣装の内には格闘技経験者であることを感じさせる体があり、それっぽいオーラが醸し出していた。
道夫の手を握りながらはアリサは道夫の顔を眺め、脳内の常連客ファイルを検索する。
――が、こんな素敵なお客さんは覚えがない。
しかし応接間に飾られている花瓶の花を見て、脳内検索に1件ヒットした。
それは今の小奇麗で優雅な振る舞いの男とはまるで違い、薄汚れた丸首のシャツに袖を通した、少しオドオドした冴えない男だった。
「勇者様のこと覚えています……でも、え?」
道夫は「自分のことを覚えていてくれた!」ことに天にも舞い上がりそうな気分だったが、そこは気持ちを押さえて平然と振舞う
「ああ、僕は外出する時は目立たないよう地味な服で出歩くんだ。目立つのは嫌いなんでね」
半分は嘘で半分は本当。道夫が地味な服で出歩いているのは単に服装に無頓着なだけである。
ようやく道夫が常連客の一人だと理解して、握っている手に思わず力が入ってしまうアリサ。
「あの、いつも沢山のお花を買ってくれてありがとうございます!その上助けてまで頂いて何とお礼申し上げればいいのか……」
「ははは、そんなの気にしなくてもいいよ、そろそろ手を放してもらってもいかな?」
「あ、私ったら……すみません……」
困り笑顔でお願いする道夫に対し、アリサの中の好感度メーターがグンと上がった。
もちろん道夫の中の好感度メーターは曝上がりの上メーターを振り切った。
ヨシュアとカーシャは中々いい感じの男じゃないかと思ったが、当然ユーシスの心境は穏やかではなかった。
お茶を準備していた女忍者の巽麗子が戻ってきたところで、改めて双方の自己紹介をする。
「初めまして、こちらで言うアース世界の日本という国から強制召喚されて来ました小西道夫といいます。一応勇者という扱いです。こちらの者達は一緒に強制召喚されてきた仲間で、時空魔術師の斎藤真美、女忍者の巽麗子、魔法剣士の西村真奈美といいます」
「「「宜しくお願いします」」」
極めて普通かつ流暢に自己紹介した道夫に応えて――
「こちらこそ、私は勇者のヨシュア・リースティン、独立第三小隊の副隊長でもあります。こちらは聖女カーシャ・リースティン、独立第三小隊の隊長を務めています。同じくこの度聖女になりましたアリサ・リースティン、それにアリサの想い人のユーシスです」
「「「宜しくお願いします」」」
ヨシュアも無難に自己紹介する。
「それで私達にお話しがあるとか?」
雑談などもなく、話の切り口はヨシュアから始めた。
「はい、ですがその前に私たちの置かれた状況を先に説明したいのですが、宜しいですか?」
さっさと説明を始めればいいのだろうが、やはり元々が小心な故、ついつい相手の許可を求めてしまう道夫だった。
むしろ道夫にしては驚異的に頑張っている方だろう。
「もちろんです、我々としても興味あります」
「それではここからは、この斎藤真美に話を引き継いでもらいます。実は私は口下手で上手には喋れないもので……それでは真美君、説明を頼みゅ……む」
おしい、最後に噛んでしまった。
でも道夫君、ここまでよく頑張ったと思う。
「わかりました、ところでヨシュア様、礼を逸しない程度に素で話しても宜しいですか?」
「ああ、かまわないよ、むしろ我々もその方がいい」
「はぁ~、助かりました、ありがとうございます。なんせ私達はまだ礼儀も弁えていない子供だから結構しんどかったんですよ~」
一気に三人娘の空気が弛緩する。
ただ道夫だけは最後まで紳士の仮面を被らなければならなかった。
「では改めまして……」
真美の話がはじまる。
昨年の4月、市立宝の塚高校1年2組50人と生徒会三役と女教師一人、計54人は、王女と宮廷魔術師団の召喚術によりスラヴ王国王宮に強制召喚させられた。
その後、お決まりのテンプレ通り、王女アクサナから国を守ってくれと懇願され、まずはジョブの適正を調べられた。
ジョブ適性のある49人中45人が3日以内に男女ともハニートラップに遭い堕ちた。
ただハニートラップの影響だけでなく、王国に懐疑的な召喚者達は次第に思考が変化していき、最後は王国に靡いて行った。
ジョブ特性の無かった4人のうち、2人は途中で失踪して行方不明。
残る2人は自身の生命の危機を感じ、4か月前に道夫達に王都を脱出することを告げ出奔した。
道夫たち4人はハニートラップを回避はしたものの、斎藤真美以外の3人の思考に変化が現れだした。
最初こそ日本に帰りたがり王国に懐疑的だった3人は、王国を好意的に思うようになった。
真美は自分だけが洗脳されない理由を考え、それが時空魔術の影響だと確信し、3人に位相をずらした弱い時空シールドを張ることで洗脳を解くことに成功した。
以後、王国に対して従順な振りをして情報を集めまくったが、いよいよ手詰まりになった。
誰に相談することもできず、級友たちの洗脳を解くこともできず(解けばそこからアシがつくことを恐れた)、出奔した2人は未だ連絡もなく・・
彼らは孤独だった。
そんな時に加藤ダンによる聖女誘拐事件が起きた。
いつもは何もするにも消極的な道夫が珍しく聖女救出に乗り出した。
真美はこの状況を活用して真正勇者と真正聖女に接触して情報を引き出す、あわよくば定期的に情報交換してもらえるよう目論んだわけだ。
日本に生きて帰る、
その為に彼らから情報が欲しい、
しかしこれは道夫達にとって大きな賭けだった。
ヨシュアとカーシャの評判は知っていた。
だから彼らに接触したのだが、彼らは騎士団に所属する王国側の人間でもある。
話が終わった途端に戦闘の火ぶたが切って落とされるかもしれないのだ。
(どっちだ、どっちに転ぶ……)
道夫以外の3人娘は緊張してヨシュア達の様子を伺う。
アリサが縋る様な目でヨシュアを見つめる。
「わかった、話を続けよう」
そう言ったのはカーシャだった。
勇者・聖女の立ち位置的には別に誰の相談に乗ろうが問題ない。
問題なのは騎士団としての立ち位置だ。
「ただしこちらも条件がある、定期的に召喚者達や王宮内の動きを教えてほしい、そうすれば情報の提供や、出奔した二人の動向も追ってみよう」
「いいのかい?」
「ああ、隊長の私が決めたことだ、問題ない。それにどうもジアーナ女王が長期外交に出てしまってからは王宮の情報がサッパリわからないんだ。道夫君達から情報を得られるならこちらも助かる」
緊張の糸が切れ、“ぷはぁ“と息を吐く三人の少女たち。
その後“わっ”と声を上げ泣き喜んだ。
道夫の表情は変わらなかった。もしかして目をあけて気絶してるも知れない。
しかしヨシュア達がこれから話すことは、彼らにとってはややこしく面倒で、しかも厳しいものだった。
「まず覚えておいて欲しい事が一つ。君達を召喚した王女、アクサナ殿下だが、彼女は君達の敵にも味方にもなる存在であることを覚えておいて欲しい。彼女は本来アース世界からの召喚には反対の立場を表明していた人だ」
「ええ!そんなバカな!?」
とても信じられないといった顔の道夫達4人。
「異世界人召喚の地位についたのも、どうにかして異世界人召喚を廃止するためだったんだよ。ただ力及ばすで改革は無理だったようだ」
「ついでに言えば、あのお姫様は真正・召喚を問わず、勇者が大嫌いみたいだね。私達ともあまり顔を合わそうとしない」
「王宮の人達ってややこしそうですね……」
「ややこしいなんてものじゃない。魔窟だよ」
そう言ってカーシャは乾いた笑いをあげた。
「さて本題なんだが……君たちが故郷に帰る為の方法だが、王国は持ち合わせてはいない、周辺国にも無いだろう」
「「「「 ! 」」」」
覚悟はしていた、覚悟はしていたが、ヨシュアからの言葉は彼女達を絶望の底に叩き落とした。
「しかし……」
ヨシュアは言葉を続ける。
「召喚された者が自力で元の世界に戻ったという記録はここ100年の間に3件ある」
自力で帰った者達がいる……?
「うち2件は隣国の東スラヴ帝国の召喚者で、残りの1件はここスラヴ王国でおきた」
「詳細はわかりますか?」
「わからない、だがスラヴ王国で発生した件では時空魔術が関係したのは間違いないそうだ」
ドクン!
真美の鼓動が大きく鳴り身体が震える。
「無理だと思ったことも何度もあった、さっき送り返す方法を持たないと聞かされた時は流石に絶望した・・でも、まだ、まだ私達にはチャンスがある・・あるんだ・・」
「「真美・・」」
「まだ諦めるには早すぎるんだ、真美、ありがとう真美のおかげでまだ頑張れるよ!」
今まで感情を表面に出さなかった道夫だったが、真美の両肩を掴んで揺さぶり喜んだ。
「あんた頑張ったことなんて無いじゃない!」
真美は泣き笑いながら道夫に思わず抱きつく。
「道夫君、真美!」
続いて麗子も真奈美も飛びついた。
それはほんのかすかな光。
しかし彼らにとっては眩しいばかりの希望の光だった。




