22.聖女
「それでは、10時頃に伺いますので宜しくお願いします」
“聖騎士ユーコ・カンザキ・パラディンヌ”と名乗った「真正勇者ヨシュア・真正聖女カーシャ」の使いは、踵を返しダンの屋敷へと戻っていった。
「めっちゃ奇麗な人だったね」
「そうだねぇ、でも名前が日本人ぽかったけど、もしかしてこの世界にも日本があるのかな?」
「ミッチー!向こうの勇者さん達10時くらいに来るってよー!て、何やってんの?」
娼館勇者小西道夫のパーティーメンバー斎藤真美・巽麗子・西村真奈美の三人は、玄関扉の内側からチラチラ覗き見している道夫をジト目で見た。
「どどどどうしよう、10時ってあと40分くらいしかないじゃん!」
「逆に40分もあるってことでしょ?」
どうしようもなくビビりまくる道夫、今更ながら王国2トップの実力者と相対することに怖くなったらしい。
「俺、ちょっとコンビニに行ってくる!」
いきなり真美達の脇をすり抜けて逃げようとする道夫!しかーし ――
「待て、逃げるな!この世界にコンビニは無い!」
――真美が後ろからタックルを決めて倒す!
「ぐえ……た、頼む、見逃してくれい!」
「大将のアンタが居なくてどーすんのよ!いいから落ち着きなさい!」
そう言って真美は手足をジタバタする道夫を後ろから羽交い絞めする。
真美のバストはCカップの美乳。その美乳が道夫の背中に“むぎゅう”と押し付けられている。
しかし全く意に返さずジタバタし続ける道夫に、女としてのプライドが傷つく真美。
「ちょっとは意識しなさいよ、なんか腹立つわー!」
「道夫君、聖女さんと握手しなくてもいいんですか?」
そう言って道夫の右耳に麗子が囁く。
「(ぴく!)」
「聖女さん、きっと道夫君に大感謝ですよ、握手どころか感極まって抱き着いてくるかも……」
今度は左耳に真奈美が囁く。
「だ、抱き着く!?」
「ま、どうしても逃げたいならいいけどね、私らだけで話すから」
自分には反応しないのに聖女と聞いて反応する道夫に苛立ち、ゴミを見る目で見下す真美。
「…………う……」
「え?なんだって?」
「会う……ちゃんと話する……」
「は、なに?」
「会って聖女さんに抱き着いてもらう!」
「「「 このムッツリスケベが! 」」」
バキ!バシ!メキョ!
容赦のない3人の鉄拳が道夫をしばいた。
「まあいいわ、とりあえずそのシワシワのだっさい制服なんとかしないと……」
「王宮から支給された勇者の服があったじゃん、あれ着せちゃおう」
「あと挨拶と会話の練習しておかないと……適当に途中で私達に振ってくれていいから最初だけしっかり……て、ねえ聞いてます?」
「うへへ……」
道夫君、妄想の中で聖女様と絶賛ラブラブ中のようだ。
「あーもう、ミッチー、着替えに行くよ!」
道夫は3人の娘子に背中を押されて屋敷の奥へ消えていった。
この小西道夫という召喚勇者、人に対して、特に女性に対しては徹底的にコミュニケーションが苦手で、所謂コミュ障であった。
それがどういう訳か聖女に対しては憧れなようなものを抱いており、また何故かこの世界の住人達とは男女を問わず普通に話せている。
さらに道夫は他の召喚勇者とは違い、召喚勇者が持つ歪んだ本能を抱えはしつつも、それが発現することはなかった。どうやらかなりレアなケースのひとりらしい。
*
ダンの屋敷1階食堂
アリサは一旦小さく息を吸い、決意を込めて口にした。
「私たち、王都を出ようと思います……」
「…………」
ヨシュアとカーシャは沈黙して目を瞑る。
「すまない、兄貴たちに折角助けてもらったのに、逃げるなんて身勝手なのは分かってるんだ、でも!」
「ごめんなさい!みんな裏切るみたいで心苦しいけど、でも!」
自分達にはもう後が無いかのような必死のユーシスとアリサ。
「いや、いい」
しばしの沈黙の後、ヨシュアがぽつりと呟く。
「ヨシュアさん!」
アリサが悲痛な声で呼びかける、
「ほんとにいいから」
「カーシャ!」
続いてカーシャもぽつりと呟いた。
カーシャのそっけない返事に罪悪感を感じるユーシス、それでも必死で呼びかけた。
怒ってる、自分達の身勝手さに怒ってる……“ユーシスとアリサはそう思い悲しくなった。
が――
「ふふふふ」
「くくくく」
「…………」
「…………」
「「ははははは!」」
ヨシュアもカーシャも何故か屈託のない笑顔で笑った。
「ほんと言うとな、二人には王都から脱出することを薦めるつもりだったんだ」
「でも、どうやって切り出したらいいか悩んでてねぇ」
「そうなのか!?」
「ヨシュアさん!カーシャさん!」
ヨシュアもカーシャも怒ってなどいなかった。
それどころか自分達のために王都脱出まで考えてくれていたことに二人は感激した。
そして王都に残ることがどれだけ危ないかを語り始めた。
「だって、このまま王都に居たら、どう転んでもロクなことが無いからな、敵が多すぎる」
「そうそう、テラリューム教に召喚勇者達、それに王宮……」
「その他、王都の主だった組織が聖女を取り込もうと敵に回る」
「…………」
「おそらく俺達にだって庇いきれないし、よしんば庇えたとしても今までの生活はもう無理だ」
「誰かの庇護のもとで生きるなんてユーシス、あんた嫌だろう?」
「うん……」
状況の全てが二人の自由を否定していく。
はっきり言って王都に住むのはもはや詰んでおり、現実的な選択ではなかった。
もちろん、二人が諦めて別れるというなら別の芽もあるのだろうが、この二人にそんな選択はあり得ない。
ヨシュアとカーシャの説明は続く。
「それに王都に居る限り、君たちは添い遂げることは100%ない」
「聖女と付き合えば、火刑だし」
「貫通がバレたら聖女諸共火あぶりだしね」
「…………」
あまりの容赦ない内容に言葉も出ない二人。
ただ最後のヨシュアの一言には大きく反応した。
「だいたい聖女の制約が切れる27歳まで、エッチなことお預けなんて嫌だろう?」
「「絶対嫌だ!・そんなの嫌です!」」
今まで小声気味だった二人が声を大にして嫌がる。
そして言ってしまってから
「え?」と、驚くユーシス。
「あ!」と、真っ赤になって両手で顔を覆うアリサ。
「なんかこの食堂暑くないか?なあカーシャ」
「そりゃ目の前に生きたストーブがあるんだから暑いに決まってるよ」
「い、言わないでください……」
ニヤニヤしながらアリサを鑑賞する二人。
そしてアリサの横で締まらない笑顔を浮かべながら空を見るユーシス。
「勇者は聖女と」「聖女は勇者と」
「「共にあれ!……か」」
「まさか……な?」
「でも可能性あるかも……よ?だけどそうなって欲しくないね。より過酷になるのは見えている」
どこか遠い目をしながらヨシュアとカーシャが呟いた。
「なんだいそりゃ?」
「 ? 」
初めて聞く言葉にユーシスが問いかける。
それを受けて二人は語り始めた。
「今のは俺達が5年前に受けた神託の一部だよ」
「ユーシス、知ってるか?聖女には2種類あるんだ」
「知ってるよ、真正聖女と召喚聖女だろ?」
「ああ、言葉が足らなかったな、真正聖女には2種類あるんだ」
「そうなんですか?」
「どう違うんだ?」
聖女に2種類?
「一つは勇者と共に行動し戦いに赴く聖女」
「まあ私みたいなタイプだね」
「もう一つは女神に祈りを捧げ、自然災害や飢饉等から民を守ったり、癒しを与たりするタイプ、豊穣の聖女ミルーシャがそうだな」
「ちなみに私が戦場で祈りを捧げれば兵士たちの士気が高まり、身体能力が向上するんだよ」
「へー、そうなんだ!」
「聖女と言っても一括りにはできないんですね」
初めて知る聖女の役割に興味津々の二人。
「で、アリサはどっちなんだろうって思ってさ」
「どっちなんでしょう……?」
「まあ神託が下れば嫌でもわかるから」
「と言うか、神託が下っても拒否しちゃえって!」
「それ、聖女であるカーシャが言っちゃっていいの!?」
「いいんだよ、幸せを踏みにじられてばかりの聖女役なんて糞くらえだ!」
「俺も女神様には一言いってやりたいぜ、ちょっとは考えて人選しろって」
「ふふふ」
「ははは!」
現役の勇者と聖女が、聖女の役と神託する女神を全否定する様を見て、アリサは少しだけ聖女の重圧から解放された気がした。
今のティラム世界はどちらかと言えば平穏にある。
国家間に多少のイザコザはあるとは言え、真正勇者と真正聖女が必要とされる状況では無かった。
なのでアリサが聖女として担う役割は、非戦闘系の聖女である可能性が高いとヨシュアとカーシャは思った。
だがそれでも……
二人はアリサを過去のカーシャに重ねて思う。
アリサは過去のカーシャと比べて戦闘力は大きく劣る。
それでも彼女は剣を持って戦える聖女なのだ。
しかも規模はともかくとして、カーシャと同じく雷撃系の魔法まで行使できる。
どうしても過去のカーシャと被ってしまう。
もしアリサが戦いに身を置く聖女だとしたら……
ヨシュアとカーシャの胸中を、とてつもなく大きな不安と、ほんの僅かな期待が交差する。
「さて、話を戻して……」
「逃亡先を何処に選ぶかだね」
召喚勇者達との会見までまだ時間がある。
頼りになる二人の師匠は、逃亡先と逃亡ルートの検討を始めた。




